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ピクシブ/BOOTHが提供する創作とメタバースの“居場所”

BOOTHのWebサイト

ピクシブが創作物の総合マーケットとして展開する「BOOTH」(ブース)は、クリエイターの作品やグッズなどをいつでも購入できるマーケットプレイスとして、独自の地位を築いている。近年では、音声作品(音楽やボイスデータ)、VRChatなどで使う3Dアバターの販売でも定番サイトになるなど、グッズだけでなくデジタルデータの取り扱いも拡大している。

本稿ではピクシブでBOOTHなどを担当する3名に、これまでの取り組みや盛り上がり、VRメタバース関連の動向について聞いた。

左から、ピクシブ クリエイター事業部 BOOTH部 PM 兼 新規事業部 3Dビジネス室 PMの土肥涼介氏、ピクシブ クリエイター事業部 BOOTH部 シニアマネージャーの杉本紳一郎氏

年間900万件の注文、グッズ販売を支えるプラットフォーム

BOOTHのビジネスモデルは、クリエイターが出品したアイテムが販売されるごとにサービス利用料を集金する方式で、商品代金の5.6%に22円を加えた額がサービス利用料になっている。

物理的なアイテムの販売方法は複数の種類がある。出品したクリエイターが直接発送する方法のほかに、BOOTH側で倉庫への保管と発送を代行する方法も利用可能。オンデマンド印刷のpixivFACTORYを利用する場合も、サービス側から購入者に発送される。出品者側に在庫を置く物理的なスペースが無い場合でも、倉庫やオンデマンドで対応できる体制になっている。

また、BOOTHではグッズとデータを組み合わせた販売や、物理的なグッズを買うとおまけでデータをプレゼントする、という販売も可能。出品側の発想次第で柔軟に対応できるようになっている。

BOOTH全体の売上金額は公開されていないものの、年間注文数は約900万件に上る。BOOTHでは「グッズ」「音声作品」「3Dモデル」など17種類のカテゴリーが用意されており、「グッズ」カテゴリーが数・売上ともに最も多く、取扱高は全体の3割前後を占める。

「同人誌などはほかに販売するマーケットがありますが、少量生産のグッズについては、クリエイターや企業からBOOTHが選ばれる傾向があります。多数のファンを抱えているクリエイターはグッズを展開したいという意向も強く、『グッズ』カテゴリーはBOOTHでも人気のカテゴリーです」(ピクシブ クリエイター事業部 BOOTH部 シニアマネージャーの杉本紳一郎氏)。

コロナ禍では外出や対面販売の機会が制限されたが、オンラインで取引を行なうBOOTHに大きな変化はあったのだろうか?「コロナ禍でオンラインに移行する流れがあり、当初は取扱高が大きく伸びました。またこの時期に、大手VTuber事務所がグッズ展開でBOOTHを活用したということも影響しています。

一方で、多くのクリエイターにとっては、創作や出品のきっかけであるイベントの開催中止が増えたためか、BOOTHで取扱高が大きく伸び続ける形にはなりませんでした。コロナ禍が落ち着いても、良くも悪くも大きな変化は起きていない状況です」(杉本氏)。

左から杉本氏、土肥氏

TRPGシナリオやガレージキットで盛り上がり

全体は堅調な推移とのことだが、流行のジャンルや担当者が注目するジャンルはどのようなものだろうか。

「注目しているのは、TRPGのシナリオやガレージキット、“ぬい”用の衣装、ボイスなどです。TRPGシナリオはライセンス関連が整備されたこともあって、伸びているジャンルです。ガレージキットは、プロ・アマを含めた原型師の方たちが、オリジナルや二次創作可能なキャラクターを出品するケースが増えています。こうした“物を作れる個人”が、同好の士やファンに向けて、オンラインマーケット経由で創作物を届ける流れが定着しはじめていますね」(杉本氏)。

「ボイスも盛り上がっているジャンルで、グッズとのセット販売は新しい形だと思います。大手VTuber事務所がボイスとセット販売を始めたことで、VTuberの表現手段のひとつとして定着しました。ほかのマーケットだと意外とセットにできないこともあるので、BOOTHの特徴にもなっています。これら注目ジャンルの取扱高は常に増加している状況です」(杉本氏)。

3Dアバター販売を一手に担う

「VRChat」に代表されるVRメタバース/VR SNSでは、ユーザーが自身の分身としてまとう3Dアバターなどのデータが、BOOTHを中心に販売されている。VRChatがオンラインマーケットプレイスを自ら手掛けず、外部の販売サイトに任せている状況も影響しているが、アバターや衣装、アバター用アクセサリーを探すなら、まずBOOTHの「3Dモデル」カテゴリーをチェックするのが定番になっている。

BOOTHの「3Dモデル」カテゴリー。オリジナル作品が中心になっている

こうした盛り上がりはピクシブ側でも把握しており、「3Dモデル」カテゴリー限定ではあるものの、規模感が分かる「白書」を公開している。

「3Dモデル」カテゴリーの特徴は、ファンが価格の安さよりも、「魅力」や「体験」を重視する傾向があることだという。そうした傾向は年々高まる傾向にあり、現在はまだ需要過多の状況と指摘する。「年間支出で高額帯にあたるユーザーの数が増えていて、熱量の高さや、魅力の底知れなさが感じられます」(ピクシブ クリエイター事業部 BOOTH部 PM 兼 新規事業部 3Dビジネス室 PMの土肥涼介氏)。

2023年については、3Dモデル向けの「衣装」データや装飾品が顕著に伸びるなど、アバターを“着替える”ことが多くなったことも特徴とのこと。着替えに対する需要や要望は高く、ピクシブが提供している3Dキャラクター制作ソフトウェア「VRoid Studio」でも衣装の着せ替え関連の機能強化を図っている最中だ。

「VR SNSにハマっている人は、それが日常になっていることも多く、ずっと同じ服だと違和感を感じるようになることも多い。服やアクセサリーはどんどん新しいものが出てくるので、もっと可愛く、もっと綺麗に、と着替えたくなります」(土肥氏)と、利用が定着したユーザーにとって着替えは重要になっているという。

また、「リアルクローズの傾向が出てきています」(ピクシブ 新規事業部 3Dビジネス室 岩田慎吾<pink> 氏)というように、マンガのような世界の衣装というより、現実世界の服に近い感覚で捉えている人が増えているとのこと。「当初はアニメ調なども多かったですが、日常で着ているようなデザインの服が増えてきました」(土肥氏)。

ピクシブ 新規事業部 3Dビジネス室 マネージャーの岩田慎吾<pink> 氏(の3Dアバター)

こうしたことから読み取れる傾向や背景は、どのようなものだろうか。土肥氏は「理想的な日常」と指摘している。

「こうなりたいとか、可愛くとか、格好よくとかの、理想的な姿です。別にヒーローになりたいわけではないと思います。VRChatのワールド(ユーザーが滞在する世界)は、“いつもの家”のようなところに集まってゆったりと過ごすというスタイルが定着していますが、集まる人同士で、可愛い姿になったり、理想的と思う姿に着替えたりしているのを見て、自分も着替えようと思うとか、相互に影響している部分はあると思います」(土肥氏)。

3Dビジネス室を立ち上げ、VRChatと提携

ピクシブは2022年11月、BOOTHとVRChatの連携を深める提携も行なっているが、これはピクシブで3Dビジネス室というチームを立ち上げたことが大きく影響している。

このチームは、3Dクリエイターの志望者を増やしたり売上増に貢献したりするような、3Dクリエイターへの長期的な貢献を目的とした部署で、立ち上げ時の最初の目標は、BOOTHの「3Dモデル」カテゴリーの取扱高を上げることだった。その方策として取り組んだのが、ギフト機能と、VRChatとの連携強化だったという。当時すでに「3Dモデル」カテゴリーの一番の出口がVRChatだったため、早い段階でVRChat側と話し合いを進めていたという。

BOOTHとVRChatの提携では、具体的には、ワールド制作に関連してVRChatに機能開放を要望したり、BOOTHの販売ページでVRChat関連アイテムに専用バッジを表示したりする取り組みを実施。

また、「まったりハウス」をコンセプトにしたという、BOOTH制作のVRChatのワールド「BOOTH House」も公開されている。このワールドはBOOTHで購入できるアイテムだけで制作されており、販売されているアイテムに直接触れられるのも特徴。「BOOTH House」は来場者数が40万人、お気に入り登録数は2万人に上り、企業制作のワールドとしてはかなりのスマッシュヒットになっているという。

VRメタバースは“新しい居場所”

BOOTHの担当者からみた、VRChatに代表されるVRメタバースやVR SNSを利用するユーザーの年齢層については、一般には若年層が多いと言われるものの、「若い人だけでもないという印象」(土肥氏)としている。年齢層を問わず「“感性が若めの人たち”が、自分たちで試行錯誤しながら場を広げていったように見えます」(同氏)。

その将来性や展望についても聞いてみた。これはピクシブの見解ではなく、担当者個人の見解と断った上でだが、「10年後には誰もがバーチャル空間で過ごしている……という風にはならないと思います」(土肥氏)とコメントしている。

「ただ、すでに市場規模があり、ユーザーがいて、多くの時間が費やされています。これは“新しい居場所が発見された”ということだと思います。かつてのメタバースのサービスとも異なり、自分が格好よくなったり可愛くなったりできて、気持ちよく相手と過ごせるのが価値になっています。そんな居場所は、人類史上なかったわけです。“ここが居場所だ”と感じられる人にとって大きな誘引力になっていると思います。もちろん、それに向いている人もいれば、そうでない人もいる。選択肢が増えたということだと思います」(土肥氏)

新たな創作活動の受け皿に

「BOOTHの視点でいうと、メタバースだけに注力しているわけではありません。BOOTHはあくまで創作活動にフォーカスしているだけです。同時に、“置き場所の分からない創作物を置ける場所”を維持することも重視しています。」(杉本氏)というように、BOOTH自体は“どこにも認識されていない創作活動”の受け皿になることを目指しており、メタバース関連もその一環という立場。

しかし一方で、ユーザーに任せるが故の興味深い展開もあるようだ。「BOOTHのようなCtoCの面白いところは、どう売るか、何を売るか、なにが面白いのか、それをクリエイターが発見してくれるところです。我々が決めているわけではありません。『3Dモデル』カテゴリーは当初からありましたが、利用動向は静かでした。しかしある時から3Dアバターが増え、VRChatが盛り上がっていることが分かりました。VTuberがボイスとグッズを一緒に販売したケースもそうで、そういう使い方があるんだと、クリエイターやユーザーに教えてもらった形です」(杉本氏)と、出品するクリエイターやユーザーとの“化学反応”がこれまでも起こってきた場所だとしている。

「多様な創作物を出品できる場所にしていたからこそ、面白いことが起こった。メタバース関連だけでなく、新しく出てくる創作も支えられる場にしていきたいですね」(杉本氏)。

太田 亮三