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源頼朝から「リスくん」へ 鎌倉銘菓「クルミッ子」売上急増のワケ
2023年12月6日 08:20
実店舗でもオンラインショップでも入荷次第すぐに売り切れ、購入できる個数を制限しても入手困難なほど人気のお菓子があります。それが、鎌倉銘菓「クルミッ子」。
クルミがぎっしり入った自家製キャラメルをバター生地で挟んだお菓子で、キャラメルとバターの風味、ちょうどいい甘さに夢中になる人が続出しています。製造工程のほとんどが職人による手作業で、丹精込めて丁寧に作られているのです。
クルミッ子を製造・販売しているのは、1954年に創業した「鎌倉紅谷」。神奈川県鎌倉市の鶴岡八幡宮境内のそばにある本店のほか、横浜ハンマーヘッド内「Kurumicco Factory」などの直営店が10店舗、オンラインショップも運営しています。「鎌倉紅谷といえばクルミッ子」というイメージが強いですが、上品な甘さのラスク仕立ての焼菓子「あじさい」やイチョウの形のサブレ「鎌倉だより」なども人気です。
鎌倉紅谷は、和菓子職人の初代と洋菓子職人の二代目によって創業され、現在は三代目となる有井宏太郎氏が代表取締役を務めています。有井氏にとって初代は祖父、二代目は父にあたります。同社によると、2008年に有井氏が代表取締役に就任した時の売り上げ高は4億円弱でしたが、2022年には54億円に達する急成長を遂げています。クルミッ子、そして鎌倉紅谷が好調な理由について、有井氏に話を聞きました。
パッケージリニューアルが好機に
鎌倉紅谷は創業時、今も人気の「鎌倉だより」のプレーンにあたるサブレのほか、和菓子職人によるお饅頭と洋菓子職人によるケーキが並ぶ菓子店としてスタートしました。やがて、ラスク仕立ての「あじさい」が誕生。「クルミッ子」も販売されるようになります。
おおよそ40年前、クルミッ子の生地は「鎌倉だより」の生地の残りを転用して作っていました。「生地を捨ててしまうのはもったいない」という創業者の考えに沿ったものです。
当時のクルミッ子の外装は、源頼朝をあしらった荘厳なデザインで、現在のパッケージにも使われている「リスくん」のキャラクターは、個包装にのみ描かれていました。
2008年に代表取締役に就任した有井氏は、それ以前から鎌倉紅谷に専務として勤務していました。そして、社長就任後にクルミッ子の大幅なブランドリニューアルを行なったのです。源頼朝のパッケージを変更し、個包装に使われていた「リスくん」を全面に押し出しました。
「源頼朝のパッケージは格式高い印象があったのですが、焼き菓子が入っていることがわかりづらかったため、お菓子の特性が伝わるパッケージにしたいと考えていました。父が源頼朝が大好きでパッケージにしていたので、パッケージ変更は反対されそうと思い、ある程度完成し、もう後戻りできない、という段階に来てから報告しました。
しかし、反応は意外なもので変更はあっさりと受け入れられました。どちらかといえば、父が大事に思っていたことを知っていた母の方が反対していましたね。また、地元の土産店からもこれでは売れないだろうと言われましたが、実際に新パッケージで販売してみると売れ行きは好調だったようで、翌日には追加発注が来る状態でした」(有井氏)
パッケージのリニューアル後、掲載される雑誌が鎌倉のガイドブックからトレンド誌や女性誌に少しずつ変化し、注目度は上がっていきました。さらに後押しとなったのが、2012年に第25回神奈川県名菓展菓子コンクールにクルミッ子を出品したところ、最優秀賞を受賞したことです。
最優秀賞を獲ったことにより様々なメディアに取り上げられ、テレビへの露出も増えました。当時はくるみを含むナッツ類の健康ブームもあり、勢いが加速したようです。
工場を増やすが需要に追いつかない現状
人気が高まるにつれ、生産数が追い付かなくなりました。2011年あたりから工場の増築、職人の増員、交代制などを導入しましたが、場所がなければ大幅な増産はできません。苦慮するなか、ついに工場用地を見つけて2015年に本格的な工場を立ち上げました。2019年には横浜ハンマーヘッドにショップ併設の工場を作り、カフェもオープン、生産拠点を大きく増やしたのです。
それでもクルミッ子の人気は上昇する一方で、現在も品不足が続いています。その理由について有井氏は、「おかげさまでたくさんの方に喜んでいただいており、工場や人を増やして生産体制を整えているんですが、それでも間に合わない」と語ります。品不足の原因のひとつに、職人の手作りという要因はあるのか尋ねてみました。
「まだまだ手仕事の工程が多いですが、手作りにこだわっているわけではなく、最も大切にしているのは美味しさへのこだわりです。経営理念に掲げている“常においしさを追求し続ける”を実現するために、機械化できる点があれば取り入れていくようにしています。例えば、キャラメルを混ぜる作業に関しては人の手が基本なのですが、人は疲れてしまいます。一番重要なのは職人が大事なところに集中できることで、そのために機械と共存することは必要だと思っています」(有井氏)
工場の規模を大きくし、機械も取り入れつつ生産していますが、ニーズは高まり続けています。それだけ、クルミッ子が注目されているとも言えます。
SNSの活用でコロナ禍に図らずも認知拡大
こうした中、クルミッ子の人気の高まりはコロナ禍においても大きな転換期がありました。2020年の春、新型コロナウイルスの流行により、鎌倉紅谷も、全社の操業をストップしました。店舗に置いていた商品もすべて在庫となってしまったのです。
そこで、運用していた有井社長のSNSを使って、「はじめてのお願い」をX(当時Twitter)に投稿。
「職人たちが一生懸命作ってくれたお菓子ですから、意地でも廃棄したくないと考えました。それまでは絶対しなかった値引き販売をすることに決めて投稿しました。すると、その投稿がどんどん拡散され、フォロワー数は一晩で1万人も増えました。あまりの勢いにびっくりしましたが、多くのご支援が本当にありがたかったです」(有井氏)
値引き販売はオンラインで先着にしたため、一瞬で売り切れました。その後、まだ在庫があったことから、第2弾は抽選方式に。最終的に12万エントリーほどになり、手作業で抽選を行なったそうです。
クルミッ子の在庫販売ツイートは話題となり、ネットでの認知が高まりました。有井社長がブログで転売について触れたこともネットメディアに取り上げられるなどして、クルミッ子の名はどんどん広がっていきます。
「楽天、Amazon、Yahoo!ショッピングなどでの販売は転売なので買わないでくださいと注意喚起しました。衛生環境も補償されません。呼びかけと同時に、プラットフォームに対しても停止するように働きかけているのですが、転売は終わりません」(有井氏)
有井氏のSNSは頻繁に話題になり、クルミっ子の知名度上昇に一役買っています。ネットでの発言のコツを伺うと、実は文章の書き方に悩んでいるといいます。
「Twitter(X)では出来るだけシンプルな文章になるように気をつけています。色々なことを言いたい中、一番伝えたいことができるだけ正しく伝わるように内容を整理するのはいつも悩ましいです。
一方でブログに関しては、文字数制限がないため、できるだけ詳細にそして丁寧に、語り伝えるようなイメージで書くようにしています。とは言え実際は、シンプルに書くと伝えたいことの真意を読み取ってもらえず、詳細で丁寧に書いてたとしても長くて読んでもらえないということもあり、SNSで文章を書く上で一番悩ましいと感じているところです。
それでも、SNSで自社のエゴサーチをしてみると本当に多くのファンの方々に
支えられると実感でき、励みをいただける機会がたくさんあります。
どんなに辛いことがあっても、お客様の「おいしい」や商品たち、そして鎌倉紅谷への愛を語り合ってくださっているお声を直接目にすることで嫌なことはかき消され勇気をたくさんいただきます。悩みの多いSNSでもありますが、こうしたお客様のお声に出会える大切な場でもありますし、だからこそ、もっと喜んでいただけるように頑張ろう! という気持ちになれるのです。
怪我の功名という言葉がありますが、功名は黙っていてもやってこないので、自分で発動させなければいけないと感じています。難しい局面でもあきらめずに、ここからどうやって結果オーライにしていくかを考えています」(有井氏)
経営理念に沿ってお菓子の価値を上げていく
クルミッ子のファン層は、最近は若年層にも広がっています。有井氏がメインターゲットに想定しているのは、27才~45才の女性とのこと。少し幅が広いですがこの年齢層を想定することで、それよりも若い世代には憧れ性を感じていただき、その上の世代にも商品の魅力を感じてもらえることが期待できます。
さらに男性も、女性へのプレゼントにと購入するようになるという好循環が生まれるようです。鎌倉紅谷は社長と副社長自らInstagramでライブ配信を行なっていますが、インサイトのデータを見ても狙い通りの年齢層に視聴されていると有井氏は語ります。
クルミッ子と他の有名ブランドのコラボも続いています。2022年以降、チョコレートデザインのブランド「VANILLABEANS(バニラビーンズ) 」、スウィート・スプエストの「ミサキドーナツ」、伊勢丹新宿店 新宿出店40周年記念としてPH PARIS JAPONの「ピエール・エルメ・パリ」、あみだ池大黒の阪急うめだ本店限定ブランド「&OKOSHI」とのコラボ商品などを期間限定で販売しました。
こうしたコラボは、百貨店からの呼び掛けや地域、ブランドの親和性により実現していますが、一緒に取り組むことによって新しい価値を世の中に届けられると考えられた企業とのみ行なっているようです。
鎌倉紅谷の経営理念「常においしさを追求し続ける」、そして「心を込めたお菓子とサービスで、「『笑顔』と『しあわせ』をつくる」を体現していく。また、経営ビジョンの「【おいしい】の先にある気持ちを一番大切にする」ために、きちんとサービス提供もしていかないといけないと有井氏は考えています。
「父が残してくれた商材の魅力をどう伝え、どう売っていくか、それだけを考えてやってきました。父が美味しいお菓子を残してくれたことは、本当にありがたい財産だと思っています。お菓子の価値をしっかり高めていくことが、私の使命のひとつだと考えています。お客様が召し上がったあとにどんな気持ちになるのかを想像し、より良い気持ちになっていただけるようにしていく。それを積み重ねることで、世の中全体のより良い未来に繋がればいいなと考えています」(有井氏)