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成年年齢引き下げから1年。学校の金融教育と社会人の金融リテラシー

2022年4月からの成年年齢引き下げにより、18歳から、クレジットカードを作る、ローンを組むなど金融に関する契約を自ら行なえるようになりました。金融経済教育の重要性が高まることから、同年4月から学習指導要領の改訂により、高校の授業で本格的に金融教育が始まりました。それから1年が経過しています。

キャッシュレス化の進展により、私たちが現金を手にする機会は減りました。しかし、現金を使うことはなくなっても、お金と無縁で暮らすことはできません。それは、小中学生でも変わりません。

時代とともにお金との向き合い方は変化します。学生時代に学んだ知識だけではなく、社会人になってからも自主的に金融リテラシーを高める学習は欠かせません。そこで、金融広報中央委員会事務局の河合真児さんに、金融教育の今について話を聞きました。

金融広報中央委員会事務局 企画役 金融教育プラザリーダー 河合真児さん

成年年齢引き下げで金融教育を取り巻く環境が変化

――2022年4月から学校でも金融教育が始まりました。現場は、どう変わったのでしょうか?

河合氏:よく誤解されるのですが、学習指導要領が新しくなったことを機に学校で金融教育を教えるようになったわけではありません。以前からも、学校で金融教育は取り組まれていました。

旧学習指導要領を見ると、公民科では「金融商品は多様化しているので教えなさい」と、家庭科では「しっかり資金管理をしましょう。金融商品の中身についても触れましょう」と書かれています。

新学習指導要領で、例えば家庭科において、さらに「資産形成の視点」も踏まえて考えましょうなどと金融教育についての記述が詳細になりました。これが、学校でも金融教育に取り組みが始まったと思われた要因になっています。

新学習指導要領で従来の金融教育から踏み込む内容になった理由は、⺠法改正によって2022年4月から成年年齢が20歳から18歳へと引き下げられたことも大きく影響していると思われます。

成年年齢が引き下げられることによって、18歳でも保護者の同意なしにアパートを借りるといった不動産契約や自動車購入に際してローンを組むことができるようになったのです。

一方、成年年齢の引き下げにより懸念される問題も出てきています。国民生活センターに寄せられる契約にまつわるトラブルは、これまで20歳から一気に増える傾向がありました。つまり、悪徳業者は成年になったばかりで契約に不慣れな20歳を狙ってきていたのです。

成年年齢が18歳へと引き下がったことにより、今度は18歳が狙われるようになります。そうしたトラブルを未然に防ぐ目的も含め、学校での金融教育の内容がより充実したことから、注目されています。

――この1年間で、学校における金融教育を取り巻く環境が大きく変わったのですね。

河合氏:高校の学習指導要領は年次進行で導入されています。昨年は1年生だけが新学習指導要領で学びました。つまり、高校で金融教育がより充実した内容になってまだ時間が経過していません。家庭科で金融教育に触れるのは2年生からという学校もありますので、これからという生徒もいます。そう考えますと、新たな内容の金融教育が高校で本格化するのはこれからだと思っています。

金融教育と聞くと、株式などへの投資と結びつける人も少なからずいますが、いきなり投資を教えることはあり得ません。

私たち金融広報中央委員会は金融リテラシーの向上を目指し、さまざまな面から金融教育に取り組んできました。それは学校でも同じだと思います。

金融広報中央委員会「知るぽると」(画像:金融広報中央委員会)

──金融リテラシーという言葉はよく耳にしますが、そもそもどういった能力を指すのでしょうか?

河合氏:経済協力開発機構(OECD)は、金融リテラシーを「金融に関する健全な意思決定を行い、究極的には金銭面での個人の幸福(Well-being)を達成するために必要な金融に関する意識、知識、技術、態度および行動の総体」と定義しています。これを聞いても、何のこっちゃ?と、わかりづらいですよね(笑)。もっと簡単に言い換えるなら、「お金の知識と判断力」と表現できると思います。

金融リテラシーを学ぶ流れとして第一に家計管理、その次が生活設計、その先に金融商品の選択と金融経済の理解とステップアップしていくものです。これは金融広報中央委員会をはじめとして金融庁・消費者庁・文部科学省といった官庁、全国銀行協会・日本証券業協会といった業界団体、そして日本取引所グループ、さらに金融・経済や教育に造詣の深い有識者などの官民が一体となって金融経済教育について議論・検討する金融経済教育推進会議が作成した金融リテラシーマップにも示されています。

金融リテラシーマップとは、金融リテラシーを身につけるにあたって年齢別に体系的かつ具体的な内容を記したものです。これをみると、自分がどの段階でどの程度の金融リテラシーを身につけたらいいのか?を把握できるようになっています。

金融広報中央委員会では、3年ごとに18~79歳を対象に、国民の金融リテラシーの状況を調査しています。この調査結果をみると、金融リテラシーマップに示されている項目を国民がどの程度達成できているのか把握できるわけです。

――これまでは金融教育や金融リテラシーという言葉を使っていませんでしたが、お金の使い方や貯め方などは親から教わるのが一般的だったと思います。教師たちは、学校で金融教育を教えることについてどう受け止めているのでしょうか?

河合氏:お金に対する価値観やリスクへの許容度は、家庭環境や経済状況でもバラつきがあります。金融教育のやり方も目の前の生徒の状況に応じて変わり得るものだと思います。「小学校4年生までに台形の面積を求められるようになりましょう」といったものとは異なります。

そうした背景もあり、教える立場の教師もどう教えていくのかを試行錯誤しているようです。しかし、結局は金融教育の第一歩である家計管理を教え、そこから生活設計、そして身の丈に合った資産形成、さらに踏み込んで資産運用を教えていくといった具合になると思います。

先ほども申し上げたように、学習指導要領が改訂されたから学校でも金融教育を教えることになったわけではありません。旧学習指導要領にも、まずは家計管理をして、生活設計を立てる。そして、金融商品を知ろうというところまでは教えるようにと書かれていました。新学習指導要領は金融教育についての記載が充実かつ詳細になったということです。

さらに、学校の教え方についても変化しています。主体的・対話的で深い学びの実現に向けた授業改善が重視され、いわゆるアクティブラーニングなどにより子供たちに体験させ、考えさせることが重要になっています。その学習を通じて自分事として捉え価値観を育むことを目指す金融教育は、アクティブラーニングに向いています。教科書を読み上げて黒板に書いたものを丸暗記すればよいものではないんです。

さらにカリキュラムマネジメントの一環として教科間連携も重要とされています。例えばお金に関し、マクロを教える社会科の教師とミクロを教える家庭科の教師が連携するといったことが生徒の体系的な理解のために必要とされています。

FinTechが社会科の授業の中で一国の経済をどのように動かしているのかを考え、家庭科で自分たちの暮らしに新しい金融サービスがどのように影響しているのかを考えたりすることで、生徒が社会の出来事を重層的に捉えることができるのです。

今の学校現場では、金融教育を充実させていかなければならないのに、教え方にもさまざまな工夫が求められています。教師は大変な思いをしていると思いますが、金融教育には、生活に身近なものだけに生徒が主体的に取り組みやすいところがあります。

金融広報中央委員会は、そうした金融教育に関して、教師に向けたセミナーや実践事例のビデオを作成するなどのサポートをしています。

金融広報中央委員会では教育関係者に向けた金融教育サポートを行なっている(画像:金融広報中央委員会)

手軽に得た金融知識だけではトラブルの可能性も

――若い人たちの金融リテラシーの状況はどのような感じでしょうか。

河合氏:少し下火になりましたが、2020年前後に若者の間でFIRE(= Financial Independence, Retire Early)という考え方が流行りました。これは経済的な自立をすることで、早期リタイアを目指すという生き方です。

FIREが流行ったこともあり、20代30代の若者にも投資が認知されつつあります。それ自体はいいのですが、FIREを目指す若者たちがどのように金融知識を習得しているのかは気になるところです。

いまやYouTubeやツイッターなどインターネットを使えば、簡単に株式投資などの儲け話にたどり着きます。しかし、手軽にインターネットで得た金融知識を駆使して金儲けをしようと考えても、金融トラブルに巻き込まれるだけです。実際、生半可な知識を得たことで、金融トラブルに巻き込まれる人が増えていることは金融リテラシー調査の結果にも表れています。詐欺などの手口は、どんどん巧妙になっています。金融リテラシーの向上に努めることで「こんなうまい話があるわけない」などと自然に思えるようになり、トラブル回避にもつながります。

――金融リテラシーを高めることは簡単ではないのですね。それでは、金融リテラシーを高めるために、金融広報中央委員会はどういった取り組みをしているのでしょうか?

河合氏:金融広報中央委員会は金融リテラシーを向上させる取り組みは、これまで対面による出前講座が中心でした。

しかし、デジタル化で電子教材のニーズが広がっていた中で、新型コロナウイルスの影響により電子化の必要性はさらに高まりました。そうした中で、e-learning講座「マネビタ」を制作し、2021年11月に開講しています。

マネビタ(画像:金融経済教育推進会議)

マネビタでは、「金融と経済を学ぶ」「ライフプランを描く」「お金を借りる」「お金を増やす」「リスクに備える」「トラブルを避ける」の6分野、合計16テーマにおよぶ内容で金融リテラシーの基礎を網羅しています。

主として大学生や若手社会人を対象に制作したものですが、高校生や中高年層など幅広い年代にも観てもらえる内容となっています。マネビタで視聴できる動画は、1本10~20分前後で、スマホでも閲覧が可能です。また、誰でも無料で受講できます。

ーー今後、ますます金融リテラシーの向上が求められるようになりそうですね。

河合氏:2022年6月には、岸田文雄内閣が「新しい資本主義へ〜課題解決を成長エンジンに変え、持続可能な経済を実現〜」を閣議決定しました。これは、「『貯蓄から投資』のための『資産所得倍増プラン』」を推進する政府の方針を示しています。これを受けてNISA制度が抜本的に拡充・恒久化され、人々の資産形成への関心が高まっています。

また、現代社会では電子マネーやIC乗車券を使わずに生活することは難しい環境ですし、インターネットで買い物をすることも日常的になり、それらの支払いはクレジットカードが主流です。

こうした変化に対応するためにも、絶えず金融リテラシーを高める必要があり、それには金融教育が重要です。

金融教育は金融論などの学びたい人が学ぶ学問ではありません。すべての人が自分らしく暮らすための生活スキルを身につける教育です。

小川 裕夫

1977年、静岡市生まれ。行政誌編集者を経て、フリーランスに転身。専門分野は、地方自治・都市計画・鉄道など。主な著書に『渋沢栄一と鉄道』(天夢人)、『東京王』(ぶんか社)、『都電跡を歩く』(祥伝社新書)、『封印された東京の謎』(彩図社文庫)など。