トピック

経済のDXを促す「触媒」に デジタル通貨「DCJPY」とはなにか

デジタル通貨フォーラムの世界観

近年注目を集めつつある「デジタル通貨」。ただし、各国の事情により対応が異なるなど、まだまだわかりにくさもあります。デジタル通貨の現状や課題、将来に向けた取り組みなどを株式会社ディーカレットDCP 下村 みお 氏にご寄稿いただきました。第2回目は日本におけるCBDCの検討状況です(編集部)

日本のCBDCの検討現状

前編では世界の中央銀行デジタル通貨(CBDC)の動向についてお伝えしました。では日本のCBDCはどのように検討が進められているのでしょうか。

国内では日本銀行がCBDCの検討主体となり、2021年4月から各工程が3段階に分かれた実証実験のフェーズ1に着手し、2022年4月からフェーズ2が始まっています。

2021年4月から2022年3月まで行なわれた基本機能に関する検証成果は、フェーズ1の報告書としてすでに対外公表されており、報告書には今後の世界各国の動向や環境変化に対応できるような準備をしていると記載がありました。

フェーズ2ではフェーズ1で構築したシステム環境にCBDCの周辺機能を付加し、その実現可能性を検証します。フェーズ1・2の概念実証後に、民間事業者や消費者が参加するパイロット実験を行なう可能性があると日本銀行は示しています

また自由民主党のデジタル社会推進本部が今年4月に公開した、デジタル・ニッポン2022~デジタルによる新しい資本主義への挑戦~では「中央銀行デジタル通貨(CBDC)の発行等について、関係省庁にて早急に検討すること」と提言しており、CBDCはデジタル社会の実現において重要な取組みとして位置づけられていることがわかります。

民間デジタル通貨に関する取組み

前述の日本銀行によるCBDCの検討に加え、デジタル通貨の発行・導入に関する検討主体として、民間企業がリードする「デジタル通貨フォーラム」があります。デジタル通貨フォーラムでは、民間発行となるデジタル通貨DCJPY(仮称)の仕組みを検討し、多くの企業を巻き込んだ取組みを行なっています。

デジタル通貨フォーラムは、株式会社ディーカレットDCPが事務局となり2020年12月に発足し、さまざまな業界の企業だけではなく自治体や団体・金融庁をはじめとした関係省庁や日本銀行もオブザーバーとして参画しています。前身である「デジタル通貨勉強会」が2020年6月に発足した時点では、参加企業が11社という取組みでしたが、その後、参加企業・団体数が増え、約2年間で90社超の企業を巻き込んだ国内最大の活動となっています。

デジタル通貨DCJPYとは

このデジタル通貨フォーラムで検討されているDCJPYは、民間銀行が発行する円建てのデジタル通貨で、企業・個人が預け入れている「預金」と同等の価値を発揮します。DCJPYの特徴の一つとして、事業者がプログラムを組み込むことができる「付加領域」を提供しています。この付加領域では企業の業務・事業内容に適した機能を構築することができ、新規ビジネスでの活用や今ある業務の省人化・UI/UXの向上などの検討がされています。詳細は昨年発行したホワイトペーパーに記載がありますので、ぜひご参照ください。

具体的な付加領域の利用イメージについて、企業間取引におけるバックオフィス業務の効率化を一例にご説明します。企業における事業活動には必ず、請求と支払いが発生します。事業規模拡大に伴い取引先数や取引量は増えると、請求や支払いなどの経理業務も増加し、それを効率化するために個別の業務に対応した社内システムや経理システムなどが存在します。

一方で支払いに関しては、口座振込やクレジットカード払いによって、請求に対して支払いを行なっており、中小企業においては銀行窓口やATMでの支払いがされています。このような支払いのデジタル化がされていない現状は、経理業務と支払い業務がシステム的に分断されているために発生しています。DCJPYの付加領域の中でブリッジとなるプログラムを構築し、分断されたシステムを連結することで更なる業務効率化の実現が可能です。

・請求データを受領し確認後、自動で支払代金を請求先に振込する
・請求データを発行し、契約先から着金後、複数明細から該当する振込を紐づけ、消込が不要である

上記のようなプログラムの実装は大企業における請求/支払業務の省人化、人手不足に悩む中小企業の経理業務の削減につながります。

2023年10月から始まる「インボイス制度」では、制度対応が煩雑で経理担当者の作業が増えてしまうことも懸念されているようです。そのため、デジタル庁が中心となってデジタルインボイスの普及に向けた取組みが行なわれるなど、支払い業務のデジタル化が推進されています。

このような制度の影響もあり、ますます請求/支払業務の効率化のニーズは高まっていくでしょう。ご紹介した例は一般的な経理業務における活用ですが、経理業務は業界ごとの商慣習によって内容が大きく異なり、抱える課題もさまざまです。

デジタル通貨フォーラムで実施した実証実験

デジタル通貨フォーラムでは産業や領域ごとに分科会を設立し、業界独自の課題や商習慣を踏まえたユースケース検討や、実証実験を通じたデジタル通貨DCJPYの実用化に向けた活動を行なっています。ここで、2022年の実証実験を3つご紹介します。

【分科会名】産業流通における決済分科会
【実証実験】貿易取引における決済事務と支払いの自動化

日本の商社や船社による貿易の海上輸送で発生する取引において、関係者間で締結する契約から決済までの一連の業務データをブロックチェーンに記録し、そのデータによって自動算出された請求額が承認されると、DCJPYによる支払いまで自動で行われる実証実験を実施しました。

これまで契約に関する各社の業務や、請求から決済までのオペレーションの煩雑さ、支払いに係るタイムラグなどの課題を抱えていました。取引や契約履歴・実績データをブロックチェーンプラットフォームで管理し、データの信ぴょう性を保つことで請求内容を正として、契約内容から請求額を自動計算します。その金額をDCJPYに伝達することで支払いまで自動化することが可能となり、各社のバックオフィス業務の大幅な削減を見込めることがわかりました。

【分科会名】小売り・流通分科会
【実証実験】サプライチェーンにおける企業間取引へ活用

小売企業と卸売企業の間で行われる取引では、受発注から請求までの一連の流れをデジタル完結することができるEDI**システムを利用しています。本実証実験では商取引と紐づく決済業務を連携し、DCJPYで自動決済をする実証実験を行ないました。

受発注・入出荷に関するメッセージをブロックチェーンに格納し、情報の信ぴょう性を担保しました。その取引データから決済情報を作成し、DCJPYを使って決済することで受発注から支払いまで一連の流れを自動化しました。請求書の確認や支払いなどの事務処理は現状経理担当者の手作業で行われていますが、それらの業務の効率化にも貢献できました。

【分科会名】地域通貨分科会・行政事務分科会
【実証実験】行政における給付金への活用

自治体からの給付金においてデジタル通貨の利用を想定した実証実験が、2022年3月に福島県会津若松市宮城県気仙沼市で行なわれました。「子育て世帯への臨時特別給付金クーポンの配布」を想定した実証実験では、紙でのクーポン配布に比べ事務コスト削減や、クーポンを受け取った店舗への早期換金などを見込み行なわれました。

まだ記憶に新しいかもしれませんが、2020年に新型コロナウイルス感染症緊急経済対策として「特別定額給付金10万円」が支給されました。

給付金を受け取るためには、(1)市区町村から郵送される申請書を受取る→(2)申請手続きを行なう→(3)世帯分の給付金がまとめて支払われる、といった流れでした。

なかなか申請書が届かなかったり、オンライン申請の受付が停止され郵送申請のみとなった地域もあったりなど、自治体によって対応のスピードや方法が異なっていました。自治体側にとっても、慣れない作業で混乱がおきていたというニュースを当時はよく目にしました。

この実証実験では、自治体がスマホアプリで受給意思確認のメッセージを送信、市民が受給希望である旨をメッセージにて返信、希望者向けにデジタルクーポンを交付、といった流れが短時間で行なわれることを確認できました。

市役所と受給対象者のやり取りやクーポンの発行をデジタル上で行なえるため、印刷や郵送の手間が省けます。またクーポンの利用情報が市役所で把握できるため、そのデータを分析することでより効果的な施策に繋げることも可能です。デジタルクーポンに、子育て用品や子供用の食べ物などのみが購入できるよう利用に制限をかけることで、確実に子育て世帯の生活のサポートになるような施策となります。

このようにデジタル通貨を利用した給付が実現すると行政事務が効率化でき、申請から受取り、利用までデジタルで迅速に完結します。用途にも制限をかけられるため、助けを必要としている市民や企業にむけて、その時必要な給付を行なうことができます。

デジタル通貨の発行・普及に向けて

人びとはこれまで、さまざまなものを通貨として利用してきました。通貨が発行される前は、物々交換によってほしいものを手に入れていました。それから貝や石を通貨として扱う「物品貨幣」や、金・銀などで作られた「金属貨幣」を経て、明治時代に日本銀行券が初めて発行されました。

さらに時代は進み、わたしたちの生活の変化に伴って通貨の在り方も変わっていき、スマホアプリから振り込みができるネット銀行や、チャージして支払いに使える電子マネーなど、通貨の「かたち」が目に見えないデジタル上に存在するようになりました。

過去を振り返ってみると、わたしたちの生活様式とその時代における技術によって通貨はさまざまなかたちを辿っていることがわかります。では現代、未来はどうなるのでしょうか。

ここ数年でおきた生活様式の大きな変化は「実需によるデジタル化の拡大」ではないでしょうか。新型コロナウイルスの拡大抑制のため、多くの企業でリモートワークが推奨されました。その結果、社内ミーティングや営業活動などにおいてWeb会議ツールを使った非対面でのコミュニケーションの機会が急激に増え、コロナ禍が落ち着いた今でも、Web会議が当たり前となった企業もあるのではないでしょうか。

しかし、一部の経理業務では書面でのやり取りが多く、押印のために出社するなどデジタルシフトできていない業務も残っている現状があります。また少子高齢化による人材不足の影響をすでに受けている中小企業は、デジタル化による生産性の向上が急務となります。

技術の目ざましい進歩により、デジタルトランスフォーメーション(DX)社会やWeb3.0といった新たな経済圏での活動において、支払決済のデジタル化は不可欠となります。デジタル・ニッポン2022においても、NFTがWeb3.0時代の起爆剤として重要分野に位置づけられており、NFTを用いればデジタル上での資産の価値の保存や移転が可能となり、経済活動がデジタル上で行なわれるようになります。

バーチャル渋谷などで注目されている都市連動型メタバースでは、アバターを通して渋谷の街でさまざまな人と出会ったりイベントに参加したりなど、日常生活がリアルとバーチャルの融合した世界となります。ライフスタイルの変化や少子高齢化といった労働人口の減少、さらにデジタル技術の発展など、現代の環境に適した通貨が必要とされています。

デジタル通貨DCJPYの実用化に向けて

デジタル通貨DCJPYの実用化に向けては、さまざまな検討事項を関係各社と調整していくことが必要となります。今回ご紹介した実証実験はテスト環境での検証のため、事業者の社内基幹システムとの接続や本番環境を想定した運用・テストなどが必要となります。またDCJPYは民間銀行が発行する仕組みであるため、DCJPYの発行を検討いただく銀行の基幹システムの接続やセキュリティ要件の充足・運用・テストなどが必要です。

わたしたち日本人が当たり前と感じている安心・安全な預金・送金の仕組みは、世界的にみるととても高い水準であり、この水準を達成するためにはこれから実用化に向けてさまざまなステークホルダーとの議論を通じて、一つずつ対応していかなければなりません。

前編でお話しした世界のCBDCへの意欲や足元のデジタル化に対する実需が拡大していく大きな流れは、止まることはなく加速していくものだと思います。このような潮流に対応していくために、通貨のデジタル化であるDCJPYは世の中にとって必要不可欠なものだと思います。

デジタル通貨フォーラムでは今後もさまざまな実証実験を通じて、デジタル通貨DCJPYの実現へ向けた取組みを行なってまいります。皆様に利用していただける日もそう遠くはないかもしれません。

著者
株式会社ディーカレットDCP 下村 みお

2018年株式会社ディーカレットに参画。暗号資産トレーディング業務に従事したのち、現在は同社よりデジタル通貨事業を承継した株式会社ディーカレットDCPの広報チーム マネージャー。会社の広報PRとあわせて、まだ知名度の低いデジタル通貨の啓もう活動にも注力