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「デジタルインボイス」とは何か インボイス制度が見据える請求関連処理の自動化

企業の法令対応を支えることになるかもしれない「デジタルインボイス」を解説

2023年10月1日よりインボイス制度が始まる。以前本誌でも解説したように、インボイス制度は正式には「適格請求書等保存方式」と呼ばれる消費税の仕入税額控除の仕組みだ。

また、2022年1月(宥恕期間2年)には「改正電子帳簿保存法」が施行された。そもそも電子帳簿保存法(電帳法)は、帳簿書類等を電子的に保存する際の手続等に関する法令となる。

このような制度改正に対応するにあたり企業、個人事業主ともに注目しておきたい動きが出てきた。それは「デジタルインボイス」というものだ。

「デジタルインボイス」によって、これまでアナログで作業していた請求書の処理、支払い処理、入金確認といった業務が一気にデジタル化・省力化され、劇的な業務効率の向上を期待できる、という。

「デジタルインボイス」とは何なのか、企業や個人事業主にとって利点はどこにあるのか、解説していきたい。なお本記事は、「デジタルインボイス」の普及・定着の取組を行なっているデジタル庁 加藤企画調整官と「デジタルインボイス推進協議会(EIPA)」へのヒアリング内容を参考にしつつ構成している。

インボイス制度と改正電子帳簿保存法の振り返り

まずはインボイス制度の内容について振り返っておきたい。インボイス制度、つまり「適格請求書等保存方式」(インボイス制度)は、消費税の仕入税額控除の仕組みだ。

インボイス制度においては、課税事業者は、原則、法令が求める一定の記載事項を満たした「請求書等」(適格請求書)を保存することで、自らの売上に係る税額から仕入に係る税額を控除することが認められる。そして、課税事業者は、その適格請求書(インボイス)を発行するため、「適格請求書発行事業者」として登録を受ける必要があり、その登録申請の受付は、2021年10月から開始されている。

インボイス制度を理解するためには、消費税の仕入税額控除の仕組みを理解する必要がある。

たとえば、インプレスがある企業のタイアップ案件を獲得し、その仕事を筆者のような事業者に外注した場合を想定してみよう。

その場合、「企業とインプレスとの取引(A)」と「インプレスと筆者との取引(B)」それぞれが消費税の課税取引となる。その上で、インプレスが自らの消費税の納付額を算出する際、売上に係る消費税額(10万円)から仕入に係る消費税額(5万円)を控除(仕入税額控除)し、その結果である5万円を納税することとなる。この仕入に係る消費税額を控除する仕組みを「仕入税額控除」という。

インプレスが課税売上100万円(+消費税10万円)の案件について、筆者に50万円(+消費税5万円)で依頼してきた例
インボイス制度に対応して仕入税額控除を受けるケースでは、インプレスは差し引き5万円の納付で済む

この仕入税額控除の適用のためには、一定の記載事項を満たす帳簿と取引の相手方から交付される請求書等の保存が必要となる。そして、インボイス制度においては、この仕入税額控除の適用が現行よりも制限される。

端的に言えば、仕入税額控除の適用のためにインボイスの保存が必要となるのだが、そのインボイスは、適格請求書発行事業者の登録を受けた課税事業者しか交付することができない。その結果、例えば、免税事業者からの仕入については、この仕入税額控除の適用が制限されることとなる。

筆者が免税事業者の場合。インプレスが仕入税額控除を適用できないため、消費税10万円を納付しなければならない

そのため、特に⼩規模・零細事業者の中には「取引先から課税事業者になること、登録を受けることを迫られるのではないか」、「適格請求書発⾏事業者とならなければ、発注を行なってもらえなくなるのではないか」といった懸念も多い。インボイス制度への移行によるビジネスへの準備・対応については、単に「事務負担が増える」といったことだけではなく、経営のあり方も含め、進める必要がある。

次に電子帳簿保存法(電帳法)についても、その内容を簡単に振り返っておきたい。電帳法は、帳簿書類等を電子的に保存するための手続等に係るものだ。この電帳法については、令和3年度税制改正で大幅に改正された。

その中でも、2022年1月から施行されている「電子取引の取引情報に係る電磁的記録の保存」については、ご存知の方も多いと思う。それにより、電子取引の取引情報については、その電磁的記録(電子データ)の保存が求められるようになった。これまでは、その電磁的記録の出力書面等の保存(電子で受け取り、紙にコピー等)で良かったことを踏まえれば、非常にインパクトのある変化だ。

なお、この電子取引の取引情報の保存の義務化については、2年間の宥恕期間(猶予)が設けられているものの、2024年1月、インボイス制度開始の3カ月後には対応が必要となる。

インボイス制度と改正電子帳簿保存法には、直接の関係性はないが、事業者が対応すべき制度であるという点では共通している。そして、この2つの制度改正に対応するに際し、⼤きな鍵を握ってきそうなのが「デジタルインボイス」と呼ばれるものだ。

事業者と事業者の請求書のやりとりをデジタルにする「デジタルインボイス」

では、「デジタルインボイス」とは⼀体何なのだろうか。

標準化され、構造化された電子インボイスが「デジタルインボイス」と言われている。この「デジタルインボイス」は、売り手のマシン・システム(例えば、販売管理システムや請求管理システムなど)で生成された請求に係るデータが、人を介することなく、買い手のマシン・システム(例えば、購買管理システムや仕入管理システム)に連携され、自動処理される仕組みとなる。

その点、人による処理を前提とし、「紙」を「電子化」したものとは、その考え方や前提が大きく異なる。

この「デジタルインボイス」の仕組みの普及と定着の取組は、デジタル庁が、民間の会計・業務システムベンダーの団体である「デジタルインボイス推進協議会(EIPA)」と連携して進めている。

EIPAは、2020年7月、設立発起10社でスタートし、現在、180社程度まで会員が拡大している。その活動には、会計・業務システムのベンダーだけでなく、企業のバックオフィス業務を支えるSaaSを提供している事業者やECサイト運営事業者なども参加している。

デジタルインボイス推進協議会(EIPA)のWebサイト
会員一覧には業務ソフトの開発元やECサイト運営事業者など、よく目にする企業名が並ぶ

なぜここまで多くの企業が参画しているのだろうか。

現状、例えば、A社のシステムで生成された請求データをB社のシステムでは自動処理できない、というデータ連携の「分断」という課題が言われている。

企業によって異なる仕様のシステムを使っていると、それごとに異なる手段、体裁で請求書を発行しなければならない

インボイス制度への対応を考えると、デジタル化により、この課題を喫緊に解消することが重要との認識が浸透し始めているのだろう。ただし、こうした標準化は、一企業や特定の業界だけでできるものではなく、社会全体を見据えた取り組みが必要となる。そのため、請求に係るデータについて、それぞれのマシン・システムでの自動処理を前提に、標準化され、構造化された電⼦インボイス、「デジタルインボイス」の仕組みを早急に整備することが重要だという共通認識のもと、デジタル庁が、EIPAと連携し、その取組を行なっている。

標準仕様を採⽤したシステムであれば、相手のシステムの差異を意識する必要がない

柔軟性のある国際標準規格をベース技術に採用

では、どのような“仕組み”が用意されているのだろうか?

2021年9月、デジタル庁は、Peppol(ペポル)という電子インボイスの国際標準仕様を管理する国際団体(OpenPeppol)のメンバーとなり、そのPeppolをベースとした日本のデジタルインボイスの標準仕様の策定作業を本格化。現在、「JP PINT」という標準仕様を策定し、公開している。

(出典:デジタル庁)

Peppolの仕組みについての詳細をここで説明することは避けるが、基本的な仕組みとして「4コーナーモデル」を理解しておく必要がある。

「4コーナーモデル」とは、ユーザー(売り手)(C1)が自らのマシン・システム(請求管理システムなど)でインボイスデータを生成し、それを自らのアクセスポイント(C2)を通じ、Peppolネットワークを経て、買い手のアクセスポイント(C3)に送信し、買い手(C4)のマシン・システム(購買管理システムなど)に連携されるという仕組みだ。

Peppolで採用されている「4コーナーモデル」の簡易的な概念図

このPeppolの仕組みにおいて、「JP PINT」という標準仕様は、売り⼿のアクセスポイント(C2)と買い⼿のアクセスポイント(C3)の間でやり取りするデータの標準仕様となる。

基本的には、インボイスデータを生成する売り⼿のマシン・システム(C1)で、「JP PINT」に対応したインボイスデータが自動生成される。そのために、会計・業務システムベンダーによるPeppol対応により、「JP PINT」に対応したインボイスデータの自動生成が正しく行なわれることが重要となる。

なお、グローバルで⾒たとき、売り手のマシン・システム(C1)が「JP PINT」対応のインボイスデータを自動生成できないとしても、アクセスポイントサービスを提供する事業者の「データ変換」などのサービスを利用することで、Peppolネットワークでのインボイスデータのやり取りを可能とするビジネスモデルも多くなっている。

「JP PINT」の位置付けについても整理しておこう。「JP PINT」は、OpenPeppolが現在策定を⾏なっている「PINT」(Peppol International Billing Model)という新たな国際標準仕様に、消費税制度への対応などの⽇本で求められる内容を盛り込んだものとなる。ちなみに、この「PINT」は、「Peppol BIS Billing」という既存の国際標準仕様をベースにしつつも、その中の欧州固有の要素(例えば、EUの付加価値税制が求める内容など)をできる限り⼀般化することで、⼀層の国際的な利用を可能にするものとなる。

そのため、「JP PINT」は、Peppolの標準仕様の⼀つであり、その相互互換性は確保されることとなる。また、より国際的な利用を可能とする仕様であることから、今般の⽇本の取組は、「デジタルインボイス」の導入を目指すアジア各国からの注目も高く、「アジア各国が日本の取組をベースに、自国での取組を検討し始めている」(デジタル庁 加藤企画調整官)とのことだ。

さらに、「JP PINT」の策定に際しては、そのスピードも重視された。この「デジタルインボイス」の取組は、事業者のバックオフィス業務の効率化・生産性の向上を実現させるための取組でもあり、インボイス制度の実施を待たずに実現されるべきものだ。そのため、ネットワークも含め、全てをゼロから作ることは現実的ではなく、「⽂書仕様」だけでなく、「ネットワーク」や「運⽤ルール」も標準化され、欧州で既に実装されているPeppolを活⽤することが「最も合理的な選択」(デジタル庁加藤企画調整官)であったということだ。

やりとりを円滑にするのは当たり前。重要なのは「いかに自動処理するか」

ここまでの説明でもわかるように、「デジタルインボイス」の取組は、請求書を単に電⼦的な⽅法でやり取りするだけでは意味がなく、やり取りされたデータをマシン・システムが「自動処理」することで、バックオフィス業務が「楽」になることを目指している。

どのようなバックオフィス業務が「楽」になるのか。

例えば、「デジタルインボイス」の活⽤により「⼊⾦消し込み」の効率化が期待される。現状、この「⼊⾦消し込み」は、売り⼿の経理担当者の「⼿間」となっていることが多いと⾔われる。経理担当者は、⾦融機関から提供を受けた振込⼊⾦明細の内容を⾃社のシステムに⼊⼒をする必要があり、その⼊⼒されたデータと⾃社で作成・管理していた売掛に係るデータを突き合わせ、確認することが求められる。

そして、その突き合わせ作業が、目視で確認するアナログなプロセスで成り⽴っていることが多く、それが「⼿間」となっている。

「⼊⾦消し込み」をなぜデジタル化できないのか。「⼊⾦消し込み」は、⼀⾒、単純作業であり、容易にデジタル化できるように思われる。しかしながら、実態はそうではない。その理由の⼀つとして「売掛データと振込⼊⾦データをひも付ける『キー』がないこと」と⾔われている。

では、どうすれば良いのか。

「デジタルインボイス」には、「請求ID」が付与されている。その「請求ID」に関する情報が振込⼊⾦データに含まれ、振込⼊⾦情報とともに売り⼿に提供されれば、「⼊⾦消し込み」の⾃動化・デジタル化は進むはずだ。

ただ、そのためには課題もある。どのようにして、振込入金情報にその「請求ID」を盛り込むのか。この点は、振込入金情報を受領する会計・業務システムの問題ではない。それを提供する側、つまり、⾦融機関側の対応となる。ちなみに、EIPAの会員には、全国銀⾏協会も特別会員として名を連ねている。そして、⾦融機関側は、例えば、「ZEDI(全銀EDIシステム)」での対応、具体的には、ZEDIを活用し、振込・送金の際、XML電文で必要な情報(「請求ID」)をやり取りしていくことも検討され始めているという。

「請求ID」が各処理に付いて回り、個々の請求に該当する入金を特定できるため、システム側での処理の自動化も容易になる

また、経費処理のプロセスの効率化の観点からも、この「デジタルインボイス」の活⽤は重要になってくるのではないか。

例えば、EIPAの会員事業者でもあるアマゾンジャパンは、マニュアルな経費処理により⽣じ得る非効率・⼿間などを解消するツールとして「Amazon ビジネス」を展開している。現状、この「Amazon ビジネス」において提供される「請求」「領収」に関する情報は、デジタルインボイスの標準仕様(「JP PINT」)に対応するものとなっていないが、それがデジタルインボイスの標準仕様に対応することで、インボイスのやり取りがデジタル化されるとともに、購買・経理システムによる購買情報の⾃動処理も可能となり、ユーザーの利便性はさらに向上することが期待される。

デジタルインボイス対応を業務を「楽」にする機会に

EIPAの活動への参加企業が180社という状況を考えると、「JP PINT」に対応した「デジタルインボイス」が⽇本でのデファクトスタンダードとなる可能性は⾼い。その⼀⽅で、インボイス制度において「電⼦インボイス」「デジタルインボイス」の提供は義務ではない。当然、「紙」の請求書の交付もあり得、そしてそれを保存することで仕⼊税額控除の適⽤を受けることができる。さらに、「デジタルインボイス」を活⽤するとしても、「JP PINT」に対応した「デジタルインボイス」にする必要性もない。

この点について、どのように考えるか。人によるマニュアルな作業を前提としたプロセスやツールのままで、バックオフィス業務が「楽」になるのであれば、それはそれで良いかもしれない。とりわけ、経理担当者の判断であればそれで良い場⾯もある。

しかし、経営者に求められるのは、将来も⾒据えた判断かもしれない。要すれば、「バックオフィス業務の負担の増加が、⾃らの成⻑の⾜かせになるようであってはいけない」(デジタル庁加藤企画調整官)とのことだ。

将来の成⻑を⾒据え、処理すべき請求書の枚数が⼤幅に増えても効率的に処理することができる体制整備を、デジタルインボイスの活⽤を通じ、電帳法への対応も含め、早めに実現しておくことが重要ということだ。

「JP PINT」に対応した「デジタルインボイス」のサービス・プロダクトは、いつ登場するのか。

EIPAによれば「2022年秋以降、各社からリリースされるだろう」とのこと。「デジタルインボイス」のサービス・プロダクトは、法令改正への対応のため⽣じる追加の事務負担を吸収することが期待され、その効果は、⼤企業だけではなく、中⼩・零細事業者にもおよぶはずだ。

EIPAは、インボイス制度や電⼦帳簿保存法の改正への対応を「企業が業務の効率化を図るための良い機会だと思って欲しい」と訴える。「これまでは、法令改正への対応となると、後ろ向きな見方がつきまといがちであったが、今般は『デジタルインボイスを活⽤することで業務が楽になった』と思えるようなチャンスにして欲しい」とも⾔い、EIPAの会員事業者は「そのために必要なツールを提供していく」とアピールしている。

⼀⽅で、ユーザー側の意識の変化も求めている。EIPAは「ユーザー側に『改善しよう』という意欲があることも重要」と釘を刺す。また、「新しいものに変えたくないという気持ち、変えていくことへの抵抗感が「デジタルインボイス」の利活用のバリアになってしまわぬよう注意する必要がある」(デジタル庁加藤企画調整官)とも言い、「このタイミングで事業者がデジタル化に取り組んでいかないと永久にデジタル化できないのではないかという危機感もある」とEIPAも同調する。

インボイス制度などの対応をしっかりとこなせるかどうかは、企業の今後の成⻑をも左右しかねない重大事であると⾔っても過言ではない。まずは、請求プロセスについて、「デジタルインボイス」を活⽤することで改善することができないか、今⼀度、確認をしておくべきだろう。そのためにも、会計・業務システムベンダーが、どのような「デジタルインボイス」のサービス・プロダクトを展開していくのか、要注目だ。