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小児IC運賃50円の衝撃。狙いを小田急に聞いた
2022年3月30日 08:20
2022年3月12日、ダイヤ変更に伴って、小田急電鉄は「小児IC運賃の全区間一律50円化」をスタートしました。
子どもはICカードを利用すれば、全区間どこまで乗っても一律50円。最安区間でさえ63円かかっていた小児運賃が50円に引き下げられるうえ、最高区間の新宿⇔小田原にいたっては、445円が50円になる(ほぼ9割引!)という衝撃の施策です。
これまでも一部のバス会社では、夏休みなどの期間限定で一律50円というキャンペーンはありました。しかし小田急の取り組みは、持続的なもの。これは、全国の鉄道で初となる施策だそうです。
我が家にも鉄オタの子がいますが、マイ小児用PASMOを片手に鉄道行脚をしている小学生にとって、この「小田急50円」の報はビッグニュースとなりました。
かなり攻めた取り組みですが、経営は大丈夫なのか? なぜ導入を決定したのか? など、小田急電鉄 交通企画部 吉川卓杜さんに、庶民目線であれこれと聞いてみました。
一律50円でも経営に大きな影響なし
いきなり核心から聞いてみます。子どもがぜーんぶ50円になっちゃって、小田急電鉄の経営は大丈夫なのでしょうか?
「みなさん心配されます。結論から言うと、大丈夫です。小児運賃は鉄道収入ベースでみると1%未満。確かに小児運賃だけ⾒れば減収にはなりますが、すぐさま鉄道事業の経営に大きな影響を与えるものではありません。その分、お⼦様と⼀緒に乗る親御さんの利用が増えることや、将来的な子育て世代の沿線流入に繋がると考えています」(吉川さん)
確かに、小児IC運賃は50円でも大人料金は変わりません。実際、我が家も今回の報を受け、子どもの春休みにロマンスカーに乗って小田原に行くことになりました。
また、50円という料金については、「いっそ0円でもいいのでは、という大胆な意見もありました。ただ、0円にすると、他の鉄道会社との乗り継ぎの関係上、相互割引をどうするかという問題が残ってしまいます。また、鉄道収入への影響や現行の初乗り運賃を下回る金額設定などを考慮して50円にしました。“どこまで乗っても往復で100円”という分かりやすさもありますね」と、吉川さんは話します。
社内の独身世帯や介護世代もプロジェクトチームに
小児IC運賃50円は、3年ほど前から進んでいた企画。導入の背景には、当時同社が取り組んでいた「子育て応援ポリシー」の策定が関わっています。
「子育て応援ポリシー」は、小田急電鉄が、こどもの笑顔をつくる“子育てパートナー”であることを宣言するため、2021年11月に発表したもの。
少子高齢化を見据えた沿線住民の獲得――という狙いはもちろんありますが、子育て世帯だけを優遇するという性質のものではありません。
「公益性の高い鉄道会社として、どうあるべきかをもう一度問い直したという意味合いが大きいです。プロジェクトチームのメンバーは、社内の全ての部署から、多世代が集まりました。独身者から介護世代まで、多様なバックグラウンドのメンバーが、会社の向かう先を考えて生まれたものなんです」(吉川さん)
もし赤ちゃんがぐずったらと考えると、周囲の目が怖くて電車に乗れない、ベビーカーに子を乗せたまま電車に乗るとひんしゅくを買いそう……。電車に乗ることに対してハードルが高いと感じている子育て世代をはじめ、どんな人にもやさしい沿線をつくりたいという想いが、「子育て応援ポリシー」というひとつの形に結実。その一環として、小児IC運賃50円の施策が生まれました。
「子育て応援車」やベビーカーシェアリングも
小田急電鉄の子育てフレンドリーな施策は、小児IC運賃50円だけにとどまりません。運賃改定が行なわれた同日3月12日より、「小田急の子育て応援車」の運用も開始されました。
子育て応援車では、小さな子どもを連れての電車移動の不安や心配を軽減し、気兼ねなく安心して利用してもらえるように、窓や貫通扉などには計24枚のステッカーを掲出。ステッカーでは、子ども連れの乗客を温かく見守ってもらうよう、協力が呼びかけられています。
運用区間は、小田急線全線。小田急が保有する通勤車両の3号車は、順次「子育て応援車」に切り替わっていきます。時間帯は限られず、終日の取り組みである点もポイントです。
「ベビーカーなどを抱えて電車の乗り降りに苦労している人や、赤ちゃんが突然泣き出した際にも気兼ねなく小田急線を利用してほしいです。もちろん、車椅子の方や大きな荷物を抱えた方など、いろんな方の乗車を応援するバリアフリーな車両となることを願っています」(吉川さん)
2021年12月には、小田急電鉄新宿駅/新百合ヶ丘駅/海老名駅の各駅に、ベビーカーシェアリング「Share Buggy」サービスも登場。
ベビーカーなしでのお出かけは緊張するものです。身軽で出かけたものの、もし途中で「歩きたくない」とぐずられたらどうしよう、寝てしまったらどうしよう……。そんな不安を払拭してくれる、お出かけ時のお守りのような存在といえます。
子育て世帯にやさしい鉄道は「みんな」にやさしい街を作る
子育て世帯にとってはありがたさしかない「子育て応援ポリシー」ですが、この施策のゴールはどこにあるのか、吉川さんは答えてくれました。
「短期と長期、2つの視点があります。まず短期的な部分で言うと、鉄道の利用がさらに活性化すること。鉄道利用のハードルが下がることで、小田急沿線にある魅力的な遊び場や観光地が再発見され、電車で遊びに行くというスタイルが定着するといいなと思っています。
長期的な視点では、将来にわたって魅力のある沿線になることです。子育てがしやすい鉄道があると、同じ意識を持った店舗や企業、住居、自治体が周辺に集まりやすくなり、結果として暮らしやすい沿線が形成されていきます。
街づくりは鉄道だけではできません。ですが、我々がポリシーをはっきりと打ち出すことで、さまざまな協力が得やすくなり、すばらしいリソースが集まりやすくなるのではと考えています」
とにもかくにも「一律50円」のインパクトは絶大でした。
昨年の報道発表後、取材や問い合わせの数は「数えきれていない」(小田急電鉄・広報部)というほど、多くのリアクションがあったそうです。
中には、沿線のご高齢の方から「取り組みにとても感銘を受けました」という丁寧な手紙も受け取ったとのこと。子育て当事者でない層にも、ポジティブな衝撃が広がったことが伺えます。
「小田急沿線の駅は、観光地の片瀬江ノ島駅や、ロマンスカーミュージアムのある海老名駅、丹沢山地の登山口になる大山駅など、おすすめのスポットはたくさんあります。でも、ぜひ、お隣の駅や今まで降りたことがない近所の駅へ、気軽に電車で行ってみてください。街の新しい魅力を発見できると思いますよ」(吉川さん)
季節は春。ぽかぽか陽気にさそわれて、週末は小児ICカードを片手に電車でお出かけはいかがでしょうか。