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メタバースに“住む”人たち。先端事例とその可能性
2022年2月15日 08:20
2021年末から目にする機会が格段に増えた言葉「メタバース」。VRヘッドセットを使って、バーチャル空間の世界をアバターで自由に動き回り、ほかのユーザーとコミュニケーションがとれるというものだが、実際に体験したことがある人はまだ少ないのではないだろうか。
今現在、メタバースの代表的なサービスは一体どんなところで、何が面白いのか。ハマっている人は、どこに魅力を感じているのか。
本稿では、あえて“最深部”の情報に触れることで、一般の人の琴線に触れるような魅力があるのかどうかを探った。週に何度もメタバースの空間に入り浸っているという、Shiftall(シフトール)代表取締役CEOの岩佐琢磨氏に話を伺った。
Shiftallは、VRやメタバースの領域に注力していく方針を明らかにしており、1月に発表した3製品もVRメタバースのヘビーユーザーの要望に応える内容。これら新製品については後述している。
予め捕捉しておくと、同社はすでに、胴体と足の動きをアバターに反映(トラッキング)させるデバイス「HaritoraX」(ハリトラックス)を販売中。既存のVRヘッドセット・リモコンと組み合わせれば、全身のトラッキング(フルトラッキング、フルトラ)が可能になるデバイスで、3万円弱の追加投資でフルトラが可能になるとして界隈で注目を集め、常に品薄という人気商品になっている。岩佐氏によると、9割以上はVRChatやclusterといったメタバースで利用されており、残りはVtuber等が利用しているだろうとのことだ。
また現在、海外を含めてVRメタバースで定番のプラットフォームは「VRChat」になっている。Metaの「Quest」で動作するアプリも配信されているが、最大限に魅力を楽しもうとすると、PC向けのVRヘッドセットとミドルクラスのゲーミングPCが必要になるなど、ある程度の出費が必要という状況でもある。
VRChatでは、3Dモデルやデータを駆使することでユーザーが「ワールド」を作成して公開できるほか、ほかのユーザーは好みのワールドをインスタンスという形で区切って利用可能。ワールドに招待したり招待されたり、ひとりで利用することもできる。ユーザーの分身であるアバターもさまざまなデータが作成され、販売を含めてやり取りされており、ユーザーはそれぞれのコミュニティで、思い思いの方法で楽しんでいるという状況だ。
ユーザーは若い世代
まずは現在のVRメタバースやVRChatの雰囲気について。やはり、若い世代のユーザーが多いと感じるという。
「HaritoraX(ハリトラックス)が、若い人にたくさん売れていますね。私達は今のメタバースを、ビジネスの文脈よりも、コミュニケーションの文脈で見ています。若い人が多いという状況も、かつて連絡を取り合うのにメールが基本だった頃に『若い人はLINEを使っているよ』と言われたのと同じような感覚でしょうか」(岩佐氏、以下同)
現時点でVRヘッドセットといえばMeta(Oculus)の「Quest 2」などが人気だが、日本国内は価格の面で少し不利という。また、周囲に面白さを伝えづらいという、ヘッドセット系デバイスの根本的な課題もあり、体験していない人にはピンとこないという状況は続いている。
「機器のハードルについては海外だと少し事情が違いますね。アメリカではQuest 2が299ドルで、任天堂のSwitchと同じ価格帯です。ゲーム機を購入する感覚で、エンターテイメントデバイスをひとつ加えて、暇つぶしに使おうという気軽なものになっています。
日本国内ではもう少し価格帯が高いこともありますが、ゲーム機と比較すると、例えばマリオやゼルダが遊べるといった、明確な“買った後の価値”が見えづらい。ただ、そのハードルを越えて踏み込んでいった人は、とても楽しんでいます。
初期のTwitterが“これから流行る”とメディアに取り上げられても、最初はピンとこなかったことに似ている状況かもしれませんね」
バーチャル世界で「日常を過ごす」 その斜め上の世界線
実際のVRメタバースの世界は、どういった点が特徴で、魅力なのだろうか。岩佐氏は、没入感が非常に高い「VR」であることを前提に、「バーチャル世界」「エンドユーザー同士」「アバター文化」という3つのポイントを挙げる。
「昨今、急速にメタバースという言葉が流行りだして、“仮想空間だったらもうメタバース”というような定義も散見されますが、私は“VRで”を前提に考えています。
そのVRメタバースの要素は、『バーチャル世界』で、『エンドユーザー同士』が、『アバターの姿』でコミュニケーションする、というものです。VRとメタバースの組み合わせは、非常に面白い領域ですよ。
VRメタバースにハマっている人の多くは、自然と、自分はそこに『住んでいる』と言います。これまでもオンラインゲームのMMOなどでは、ドハマリしている人をその世界に住んでいると表現することはありましたが、VRメタバースでは、皆が一様にそう表現するのです。
オフラインのゲームだったら、どれだけ長い時間プレイしても、その世界に住んでいるという感覚を得るのは難しいですよね。VRメタバースに“住んでいる”と感じる要素は、分かりやすく言うと、他人がいて、消費を伴う行動などの社会的行為をしているから、だと思います。
コロナ禍で『ZOOM飲み会』が話題になりましたよね。全く人に会えない状況では良い機会なのですが、回数を重ねて慣れてくると、私はある時から「意外と楽しくないな……」と思うようになりました。そこでVRメタバースで飲み会をすることになるのですが……こちらはめちゃくちゃ楽しいです(笑)。実際に会う飲み会の楽しさが100だとすると、VR飲み会は80や90、場合によっては120にもなる、そういう感覚です。
これは、VRメタバースの面白さの根底にあるものです。ただただ、くっちゃべる。会ってしゃべりたいだけ。そういう根源的な欲求が満たされている。もちろん、体の動きが反映され目の前で見えるとかの、なぜ楽しいかについて専門的な分析もありますが、端的に言うと、『その空間に没入してコミュニケーションする』という行為は、“現実世界並みに楽しい”のです。だからこそ、ハマって、熱狂する人たちも出てきている。
手っ取り早く一番分かりやすいのは、一緒にお酒を飲むことでしょうね。特別なスキルがいるわけではないので、誰でもできます。VRメタバースの中で、本当に毎晩飲んでいる人がいるんですよ。VRヘッドセットをかぶって見知らぬ人と酒を酌み交わす。これって、想像の斜め上の世界じゃないですか?(笑)」
「こうしたVRメタバースでのコミュニケーションは、共通の趣味があれば、本当に面白くなります。例えば電車好きが、電車の車両の3Dモデルを集めたVRChatのワールドに集まって、車両を見ながらあれやこれやと語りあうとか、楽しいですよね。ロケットや発射について解説してくれる人のいるワールドに集まって、実物大のロケットの3Dモデルを眺めつつ、発射のライブ中継映像をみんなで見る、なんていうのもあります。
ほかにも事例として多いのは、撮影会ですね。さまざまな世界観や場所が作られているので、アバターをいろいろと変えながら、いろんな場所で撮影を楽しんでいますよ。初日の出、南国のビーチ、宇宙ステーションで撮影なんていうのもあります」
アバターは「制約からの開放」
こうしたVRメタバース、バーチャル世界の楽しみ方を大きく支えているのが、各自が身にまとうアバターだという。
「VRメタバースのもうひとつの重要な要素が、アバターの文化です。これも本当に面白いです。
例えば現実世界では、文字だけの掲示板でも、やりとりされる文体からおじさんっぽいとか女性っぽいとかの先入観が、印象や対応に影響してきますよね。ところがVRメタバースでは、アバターが10代の少女の姿でも、見た目の先入観で(10代の少女向けに)しゃべる、ということを“しない”のです。
VRメタバースの空間に没入していると、アバターはアバターであって、どんな見た目でも受け入れる傾向が私たちの中に生まれるのです。結果として、自分も相手も、世代や性別、背格好といった身体的特徴などから開放され、フラットなコミュニケーションができます。これがバーチャル空間の面白いところで、世代や性別がごちゃごちゃでも、共通の趣味があれば盛り上がれる。
もっとも、こうした牧歌的な雰囲気がいつまで続くのか、分からない部分もありますが……。
現実世界の制約を開放をできるのは大きなポイントです。例えばアイドルの握手会は、リアルで開催するといろいろなリスクへの対策が必要ですが、VRメタバースの空間ならそうした制約から開放されます。別に握手でなくて、ハグとか、お出かけ企画でもいいですよね」
なお、VRメタバースの空間をファンとの交流に使う事例は、すでにいくつか登場している。例えばバーチャルYouTuberの事務所がVRChat内に公式ワールドを作成し、所属タレントとファンがワールド内で交流するという使い方も出てきている。
アバター需要が作り出す経済的可能性
「このアバターについては、もうひとつ興味深い傾向があります。それは、みんなアバターやアバターのファッションに、かなりお金をかけているということです。そして、それらはほとんど、プラットフォームとしてスタンダードになっている「VRChat」の外で行なわれている、ということです(笑)。販売やダウンロードで定番のサイトは、pixivが運営するBOOTHですね」
「これはビデオゲームに例えると、ゲームの外でゲームのデータが売買されているようなもので、VRChatが料金を徴収しているわけではありません。アバターの形式はVRMかFBXのUnityパッケージで、VRMは国内向け、海外を含めたスタンダードはFBXです。製作ツールを使えば誰でも作成できます。
アバター(素体+衣装)の標準的な価格帯は5,000円で、衣装は数百円~2,000円未満が多いですね。人気・定番のアバターは50体ぐらいですが、衣装になると何千という種類があります。推定ですが、人気のアバターの製作者ともなると、年間で数千万円を売り上げていると考えられています。
時節にあわせてアバターや衣装を買って着替えることも多いので、ハロウィンのコスプレや、正月の着物なども用意されています。正月には神社のワールドで着物を着て初詣、なんていうことも多いですね。このように、メタバースの面白さはアバターが大きな割合を占めています。
また、VRChatで自由に作れるワールドも含めてですが、ユーザーが提供したものを、ユーザーが楽しむという構図になっているのもポイントです。
ゲームコンテンツの世界のように、楽しみ方やルール、強制があるわけではありません。飲んでいるだけの人がいますし、DJとして音楽をかけていたり、ダンスなどのライブパフォーマンスをしたりする人もいます。
あえて定番の楽しみ方を挙げるとすれば、それは現実世界と共通した季節のイベントでしょうか。VRメタバースでは、他者がいることで時間軸としては現実世界とリンクしていると感じられるためか、ハロウィンや初詣など、現実世界のイベントは人気で、ワールドや衣装も多数用意されています」
そうしたVRメタバース世界の今後の展望についても聞いた。アバターの話題で触れられているように、経済的に盛り上がる余地が大きいという。多くのユーザーがアバターに意味を見出し、購入しているからだ。
「今後どう広がっていくかについては、やはり若い人、ITリテラシーの高い人から、“バーチャル空間で過ごす”というスタイルが広がっていくと思います。
もうひとつの側面では、“食える人”が増えるだろうと予想しています。例えば音楽の場合、有名アーティストの周囲にはたくさんの仕事があり、プロとしてそれに従事する人がいます。さきほど人気アバターの製作者の話をしましたが、今後もっと大きなビジネスになれば、儲けや稼ぎは周辺にも波及していきます。クオリティがアップしてプロのレベルになっていくと、界隈で“食える人”が増えるでしょうし、プラットフォームとしての魅力が上がって、さらに人が増えるという循環になるのではないでしょうか」
ヘビーユーザーのための新製品
後回しになってしまったが、上記のようなVRメタバースのヘビーユーザーに向けて開発されたのが、ShiftallのVRヘッドセット「MeganeX」(メガーヌエックス)だ。そのコンセプトは、「とにかく軽くて高解像度」という。本体は約250gで、かなり軽量な部類だ。「VRヘッドセットは、ヘビーに使えば使うほど“重さ”がネックになってきます。より長時間でも快適にいられるものを、という視点で開発しました」(岩佐氏)。
筆者は取材時、開発サンプルを試用することができた。両目で5.2Kという高解像度のマイクロOLEDディスプレイは、黒がグッと引き締まって黒く、発色全般が良好という印象。高解像度のため、遠くの風景が緻密に描写されるのも魅力に感じた。Quest 2などと比較すると、サンプル機の視野角はやや狭く感じられたが、これは製品版では改善される予定とのこと。
パッド部分は、水泳用のゴーグルのように独立して両眼にあてがうメガネ型になっている。このためメガネを着けたまま装着できないが、視度調整機構を備えており、裸眼で視力0.1程度までなら補正可能。オプションの度付きレンズをセット可能で、調整範囲を超えた視度にも対応する。
仕様が潔く取捨選択されているのも特徴で、母艦となるPCとの接続は有線のみ。無線機能の搭載は不可能ではないものの、負荷が高くなり大型の排熱機構が必要になるほか、バッテリーも必要で、「軽くする」という第一のコンセプトが失われてしまうため、今回のモデルでは見送られている。
コントローラーについては、現在は詳細がアナウンスされておらず、他社の既存の製品を流用するのか、独自に用意するのかは、今後決まり次第案内される見込み。
ウェアラブル冷温デバイス「Pebble Feel」(ペブルフィール)は、「自分の体がバーチャル世界の中にあることを感じられる」というコンセプト。「モーショントラッカーのHaritoraXは自分の動きをバーチャル世界にインプットするデバイスですが、Pebble Feelは逆にバーチャル世界からのアウトプットを受け取るデバイスです」(岩佐氏)。寒い場所では冷たく、暑い場所では熱くなるよう、コンテンツの設定と連動する。
音漏れ防止機能付きマイク「mutalk」(ミュートーク)は、「実は切実な要望が非常に多いデバイス」という。「日本の家屋は静かに過ごすことが前提で、部屋から声が漏れやすい。『部屋からずっと話し声が聞こえてくる』という状況は、家族からも隣人からも嫌がられます。そうした周囲に配慮して、部屋の中であっても、気兼ねなく会話することが難しい状況にある人は多いのです。このデバイスなら、他者に干渉されず、自由に会話できます」(岩佐氏)。
仕組みとしてはBluetooth接続のマイクで、装着してしゃべると、普通の声量が、もごもごとして聞き取りにくくなるボリュームにまで減衰する。mutalkを装着した上でひそひそ声でしゃべれば、周囲にはほとんど声が漏れなくなる一方、マイクがしっかりと声を拾ってくれる。
カオスで牧歌的、バーチャルでも“体験”に回帰する世界
岩佐氏は、上記で触れてきた一連のVRメタバースの状況を、1990年代のインターネット黎明期、ユーザーが思い思いの内容で“ホームページ”を作っていた状況に例えていた。
ゲーム世界のように決まった世界観やルールがあるわけではなく、プラットフォーマーの過大な影響力があるわけでもない。ユーザーが作り、ユーザーが楽しむ。表現の仕方や楽しみ方は、すべてユーザーに委ねられているという状況だ。そうした状況はカオスではあるものの、アイデアに溢れた試みが常に生まれ、そしてどこか牧歌的であるという。
インターネット黎明期のホームページ文化、あるいはスマートフォン黎明期におけるTwitterの雰囲気を知っている人たちは、プラットフォーム初期の牧歌的な雰囲気がやがて失われてしまうことを知ってしまっているかもしれない。岩佐氏が「この牧歌的な雰囲気がいつまで続くか分からない」と少し寂しげに語ったのも、そうした歴史や経験を反映してのことだろう。
一方で、昨今の拡散・共有を核に普及してきたプラットフォームに対して、VRメタバースが決定的に異なっているのは、その魅力の大部分が、テキストや写真で伝わるような情報ではなく“体験”に根ざしているという点。
VRは“視聴”ではなく“体験”であり、実際のところ、何でも共有する今の時代において最も相性の悪いコンテンツでもある。それはネット上やSNSで複製したり共有したりすることができない、自分だけのものだからだ。結果として軽んじられてきたものでもある(本稿のようなテキストコンテンツも“体験”そのものを提供できない点では同様である)。
没入感たっぷりとはいえ、触覚や嗅覚のないバーチャル世界での体験が、はたしてどこまで本当の体験や本質に迫れるのか、筆者には分からないが、多くのケースにおいて、妥当な代替手段というポジションに落ち着く可能性はあるのではないだろうかと感じた。
インタビューでは若い世代が多いことに言及されていたが、手軽なネットコンテンツが溢れる時代において、デジタルネイティブな若い世代がいち早く、“体験の面白さ”に“初めて回帰している”とみることもできる。
VRメタバースは、1990年代からインターネットに触れている世代にとっても、久しく浸かっている“情報だけの世界”から、かつては当たり前だった“体験重視の世界”への回帰になるのかもしれない。VRメタバースには、バーチャルとはいえ、未知も、体験も、酒を酌み交わすだけの日常もあるというなら、なるほど、住みたくなってきたかもしれない。