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ユニクロ等が採用の採寸技術「Bodygram」開発秘話。AIは仮想データを学習

スマホのカメラで、服を着た状態で身体の正面と側面を撮るだけで、首周り、肩幅、背丈、脚の長さなど、身体の様々な部分のサイズを測定できる採寸技術「Bodygram(ボディグラム)」。現在はユニクロやSHOPLISTといったアパレルに加え、寝具メーカーのエアウィーヴにも採用されている。この技術はどのように生まれ、どのように進化し、そして今後はどのようなカテゴリーで活用されるのか。

Bodygramを提供するBodygram Inc.の創業者であり、技術の開発にも携わったJin Koh(ジン・コー)氏に、Bodygram開発への思いや完成までの苦労、今後の展開などについて話を伺った。

Bodygram CEO ジン・コー氏

Bodygramは、特にネットで洋服を買う時に悩みの種になる「きちんとサイズが合っているか」という悩みを解決してくれる、独自のAIを駆使して全身の推定採寸を行なう技術だ。ユニクロを始めとしたアパレル企業が、Bodygramを採用した採寸サービスを開始しており、採寸数値によって適切なサイズへ案内するシステムを創り上げている。

bodygramの使い方

目指したのは「ポケットサイズのテクノロジー」

――Bodygramの技術は現在、主にどのような事業で活用されているのですか?

現在、アパレルでは「ユニクロ」のアプリから使うことができる新サービス「MySize CAMERA」や、ファストファッション通販サイト「SHOPLIST.com by CROOZ」、ライフスタイルでは「エアウィーヴ」のマットレスに活用されています。

ユニクロアプリのMySize CAMERA

――自動採寸を行なうというアイデアは、どのように生まれたのでしょうか。

構想を練り始めたのは約3年前。私は、Bodygramの前にオンラインカスタムシャツブランド「Original Stitch(オリジナルスティッチ)」をアメリカでスタートさせています。シャツをオーダーするには採寸が必要ですが、「体のサイズを測る」というプロセスを面倒に思うユーザーが多く、採寸をいかに簡単にできるかがひとつの課題になっていました。私は元々ソフトウェアエンジニアで技術畑出身なので、「技術でこの課題を解決したい」という思いがあり、それが開発への第一歩になりました。

まったくの白紙からスタートして、本当に試行錯誤を繰り返しました。すでに3Dスキャナーは採寸に活用されていましたが、「これが本当に技術としての将来なのか」「もっといい方法があるはずだ」と思っていました。そんな時に考えついたのが、「誰もが持っているスマートフォンが採寸マシンになったら」ということです。それが究極のツールであり、まさにポケットサイズのテクノロジーではないかと。

3Dスキャナーで行なうことをソフトウェアに変え、そのソフトウェアをスマホにダウンロードできるアプリケーションの形にすれば世界中の多くの人が、同時に、簡単に採寸できる。これほど大きなインパクトはないと思い、スマホをツールとして使う、という発想に至ったわけです。

このテクノロジーを開発する時、最初に考えたのは「ユーザーが最も簡単に使える方法」でした。どんなに高度な技術を開発しても、たくさんのユーザーが使わなければ意味がありません。使い方が難しいと敬遠されてしまうので「簡単で使いやすい」、ということが一番こだわった部分です。

例えばボディスーツに着替えてスキャンするなど、自動採寸にはいろいろな手法がありますが、技術者にとっては簡単でもユーザーにとっては簡単ではないものが多いんです。特別なものを着なければならなかったり、撮影する時の背景や距離に制限があったり。だからこそ「普段着ている洋服のままで採寸ができる技術」が必要だと考えていました。

MySize CAMERAの採寸時の服装に関する注意点

ヌードボディライン想定後にサイズを測る推定計算

――着衣のままで自動採寸を可能にするために、AIにはどのようなことを学ばせているのでしょうか。

AIにはたくさんの技術の種類があります。その中で我々が使っているのはディープラーニング(DL)、マシンラーニング(ML)という2つの手法です。DL、MLそれぞれのモデルは独自に開発したもので、この2つを使い分けて自動採寸を行なうアプローチそのものが米国で特許の認可を受けています。

Bodygramでは全身の正面と側面を撮影して採寸。画像はMySize CAMERA

DLは、採寸を行なう1つ目の処理のための学習です。自動採寸のために普通の洋服を着た状態で撮影しますが、洋服の中の実際のヌードのボディラインを推定することをDLで行なっています。コンピューターに洋服を着た状態の画像が来た時に「これがヌードサイズです」と答えられる学習をするために、ありとあらゆる洋服を着た人のデータを与えていますし、答えとなるボディラインデータも与えています。

ヌードボディラインの想定が終わったら、その後はサイズを測る推定計算という作業に入りますが、その計算処理をするのがMLです。ここでは実際に採寸した数値を出さなければいけないので、あらゆるボディタイプと、実際のボディの採寸数値、つまり正解のデータをとにかくたくさん与えます。これが結果的に計算の精度に効いてくるところです。

画像に関わるデータと、実際の採寸の数値に関わるデータ、この2つの重要なデータを組み合わせることによって、精度の高い採寸結果を出すことが可能です。もちろん、撮影した画像だけでなく、最初に記入していただく身長、体重、性別、年齢も計算のインプットデータとして使っていて、自動採寸のデータのひとつになっています。

MySize CAMERAでは、性別、年齢、身長、体重を採寸前に入力する

――現在、複数のアパレルメーカーでBodygramを活用したサイジングが可能ですが、採寸箇所に多少違いがあるようです。その理由は?

制服を作るような会社とユニクロのような総合的なアパレル会社では欲しい採寸箇所が違うと思いますし、同じグループ会社でもユニクロとGUでは洋服の採寸箇所が違うかもしれません。企業によってサイズ表示される部位が違うのは、企業側が欲しい採寸箇所を取捨選択できようにしているからです。Bodygramはあらゆる体の部分を採寸できますが、企業にとっては不要な部分もありますから、必要な部分だけをユーザーにわかりやすく見せていると考えられます。

MySize CAMERAでの採寸後のデータ登録画面と表示されるデータ(サンプルは男性)

Bodygramは採寸だけではなく、ユーザー企業の立場も考慮しています。例えば、企業ごとにプライベートに持つことができる採寸結果の「BodyBank(ボディバンク)」。このデータベースは企業ごとに個別にホスティングされるもので、プライバシーやセキュリティーの管理、安定性が重要になります。我々としては「インフラを提供する」という考え方をしており、そこにも大きな投資を行なっています。

――Bodygramの開発で、最も苦労した点は?

今の時点に至るまで、さまざまな困難がありました。特にAIがトレーニングを開始する前のデータセットを作るのは大変でしたね。

洋服を着た状態で洋服の下のボディラインを推定するためのデータセットを、生身の人間を使って十分に集めるのは困難と判断し、私たちは独自の手法で3Dの仮想データセットを作り上げたんです。実際の画像データだけでなく仮想のデータセットも作ったことで、洋服のバリエーションや体型など、さまざまな条件で撮られたようなトレーニングに十分なデータセットを作ることができました。同等のデータを生身の人間を使って収集しようとしたら何年もかかってしまいます。これが短期間で終わらせるブレイクスルーになりました。

――Bodygramを提供している企業やエンドユーザーからは、どのような声がありますか?

最も早く世の中の声を知ることができるSNSは、よく目を通しています。「Bodygram」というキーワードでサーチするとあらゆる声を拾えるのですが、なかでも多かったのは「自撮りで測定できると便利なのに」というリクエストです。今は人に撮ってもらわないと採寸できませんが、将来的にはその声に応えてセルフィーで撮れるようにすることも視野に入れていますので、ぜひご期待ください。

採寸イメージ

全体的に見るとポジティブなコメントが多く、SNSに限らず、ブログやニュースメディアなどでも注目されていることを感じます。なかにはユニークなレビューもありましたね。“人間くらい大きなパンダのぬいぐるみを撮影して自動採寸にチャレンジしたら「人間が検出されません」と認識してメッセージが出た”、“同じ人で大きなマスクをした時と外した時の比較をしても同じような採寸結果が出た”、といった正確性を実感したという意見も多いように思います。

ユーザーの信頼を得ることは我々にとって最も重要ですから、正確な結果、ムラなく一定した結果が出せることは継続して注力したいところです。

エアウィーヴの会長はプロトタイプの段階で導入提案

――最近ではアパレルだけではなく、エアウィーヴのマットレスの個別仕様化にBodygramが活用されています。事業を寝具へ展開する運びとなったきっかけを教えてください。

エアウィーヴとの出会いは2年前。私もエアウィーヴの高岡本州会長(代表取締役会長兼社長)もスタンフォードに行っていた時期があったり、共通の知人がいたりと共通点が多くあり、とある友人の集まりで会話が始まりました。当時、Bodygramのプロトタイプをお見せしたところ、「これは使える!」と高岡さんからマットレスでの活用を提案されたんです。

私は「マットレスにどう使うんですか?」と聞くくらい半信半疑だったのですが、エアウィーヴには多種多様なマットレスがあるので、直接ショップで買えない人たちがeコマースで自分に最適なマットレスを選べるようにしたい、とおっしゃって。それなら一緒にできそうですね、というところが寝具展開へのきっかけです。

今、エアウィーヴでは多くのアスリートに向けて、それぞれの体型に合った個別仕様のマットレスを提供しています。世界に名を馳せるアスリートたちの快眠にBodygramが少しでも役立っていると思うとうれしいですね。

Bodygramはエアウィーヴでも活用されている

東京2020で選手の体型に最適化できるマットレス。エアウィーヴが開発

――寝具ではマットレスのほかに、枕にも応用できそうですが。

もしかしたらできるかもしれませんね。少なくともBodygramは首回りのサイズや、体のラインやカーブなどの形も測定できるので、枕の個別仕様化で活用したいという企業が現れてくれることを期待しましょう。

Bodygramは採寸を行ない、我々が考えつかないような活用方法をパートナーが見出していくプラットホームのような役割を目指していますので、ぜひ有効な活用法をご提案いただけるとありがたいです。

次はヘルスケア分野を開拓

――今後、日本国内ではどのような展開を考えていますか?

私たちの成功の定義は、とにかく「ユーザーがハッピーになること」です。ユーザーとは実際にアプリを使うエンドユーザー、そして、Bodygramを導入してエンドユーザーにサービスを提供する企業。どちらもハッピーであることが重要だと考え、カスタマーサクセス部門の拡大・増員にも注力しています。

カスタマーサクセス部門とは、Bodygramの導入を決めたお客さまに対して、技術、ビジネス、両方の観点からプロジェクトをマネジメントし、導入後にどうしたらより使い勝手がよくなるか一緒に検討、提案するような、コンサルティングに近い部門です。

それを前提に、次の1年間は3つの分野に力を入れていこうと考えています。1つ目は、新しいプロダクトを作るのではなく、今あるプロダクトをとにかく完璧に仕上げること。Bodygramの採寸精度を高め、お客さまが持つデータベースをきちんと大きく育てていくことを目指します。

2つ目は、アパレル、ライフスタイルに加えて、ヘルスケアの分野を開拓すること。我々のボディサイジングの技術はヘルスケアでも十分活用できると思っていますし、人々の健康な生活に役立つものだと考えています。長期的に見ればもっと幅広い分野での活用も可能だと思っていますが、直近はアパレル、ライフスタイル、ヘルスケアの3つのカテゴリーにフォーカスを当てていきたいと考えています。

3つ目はエコシステムを作っていくこと。今は取引先をいたずらに増やすのではなく、Bodygramを導入した企業が満足しているか、ハッピーなのか、確かめていくことが大切。それを我が社だけで行なうには限りがあるので、Bodygramの技術を一緒に広めてくれるチャネルパートナーを開拓し、増やしていきたいと構想しています。

――最後に、将来的な夢や目標を教えてください。

創業者は誰もが同じような夢を思い描くと思いますが、自分たちの生み出したBodygramが、より多くの人々に使われることですね。例えば、Microsoftは「すべての家庭にパソコンを置く」というゴールがあって今はそれが達成されていますし、Googleは「世界中の情報をワンクリックで誰でも得られるようにしたい」と目標を掲げ、今まさにその通りになっています。Bodygramは、この究極のポケットサイズのサイジングマシンを、すべての人のポケットの中に入れるのが夢です。

今はまだまだ実現していませんが、いずれはそれが当たり前になると信じています。例えば、キャッシュレスが普及してタッチ決済が当たり前のように使われる世界になっていますし、自動運転も当たり前になる未来が見えてきています。そんな風に将来、誰もが使っているテクノロジーになっていれば最高です。