トピック
リテールテックにみる2020年の決済シーン。セミセルフや生体認証の拡大
2019年3月20日 08:15
かつてインターネットの世界で「ドッグイヤー」という言葉が使われていたように、「IT」の世界では技術が日々進化しており、半年や1年でトレンドが大きく変化することも珍しくない。一方で、長らく変化の潮流が緩やかだった分野においても、このITの波が押し寄せることで否が応でも変化の荒波に晒されつつある。現在、このITの洗礼を受けつつある2大分野が「リテール(流通・小売)」「金融」であり、そうした事例がここ最近になり多数出現してきている。
筆者が追いかけている小売分野において、大きな展示会としては米ニューヨークで毎年1月に開催される「NRF Retail's Big Show」や東京ビッグサイトで毎年3月に開催される「リテールテック」が挙げられるが、特にここ2-3年の変化は激しく、業界全体の危機感とともに躍動が感じ取れるようになった。今回、2019年3月5日から8日まで開催されたリテールテックでのトピックを紹介しつつ、来たるべき2020年に日本の小売シーンはどう変化しているのか、そのあたりを探ってみたい。
「キャッシュレス」推進が本格化
リテールテックはもともと数年前まで「IC CARD WORLD」と呼ばれていた電子マネーやクレジットカード関連のソリューションを集めた展示会を吸収する形で拡大してきた経緯もあり、言葉こそ存在しなかったものの、「キャッシュレス」の文脈でいえばその素地が存在していた。だが今年2019年のリテールテックにおいては多くのブースで「キャッシュレス」の文字を大々的にアピールする形で、いかに小売店がキャッシュレスに対応していくのかを紹介するコーナーが多数用意されており、昨今のキャッシュレスブームを受けて業界全体の関心が高まっていることを示唆するものとなっている。
インバウンド対応だけではなくなった「キャッシュレス」
いろいろなブースで関係者の話をヒアリングしていたところ、今年のキャッシュレス関連展示の昨年までとの最大の違いは「インバウンド対応からキャッシュレス需要全体を取り込む」方向へとシフトしたことが挙げられるという。
昨年までは、例えば「中国からのインバウンド客を取り込むためにAlipay(支付宝)やWeChat Pay(微信支付)に対応したい」「(インバウンド対応をにらんで)クレジットカードのICEカード対応をどうすればいいのか」といった顧客からのリクエストが多かったという。こうしたブースを興味を持ってまわる人々もまた企業のインバウンド担当者だったりと、インバウンドの文脈でQRコード・バーコード決済への対応や、ICカード対応を進めるケースが中心だったようだ。
だが今回、2019年10月1日に施行される消費税増税や、それにともなうポイント還元施策など、増え続けるQRコード・バーコード決済の取り込みも含め、電子マネーからクレジットカードまで、国内で発生したキャッシュレス需要全体をいかに取り込むかが課題となっているようだ。実際、ビジコムやソフトバンクペイメントサービスなどのブースではPayPayを前面に推しだした形での展示となっているほか、LINE Payは自らブースを構えて加盟店開拓を行なうなど、リテールテックが各社の顧客獲得合戦の最前線となっていた。
主役に躍り出た? 「セミセルフレジ」とその背景
もう1つの興味深い傾向としては、「キャッシュレス」のもう1つのメリットである「店員の負荷低減による人手不足問題への対処」として「セミセルフレジ」の展示が多くみられたことだ。キャッシュレスではレジ処理を電子化することで、いわゆるレジ締め業務の簡素化や、回転率の悪さからくるレジ処理時間の短縮効果が期待できる。一方で、ローソンがいまだに「キャッシュレス決済比率は2割程度」と説明しているように、こと少額決済においての現金比率は非常に高いのが現状だ。一連の問題を解決する手段として登場したのが「セミセルフレジ」となる。
セミセルフレジの特徴は、商品をスキャンして決済直前の合計金額を出すところまでは店員が行なう点が、利用者がスキャンから決済までをすべて行なうセルフレジとの違いとなっている。例えば今年2019年1月に開催されたニューヨークのNRFでは、各社のセルフレジが大量出展されており、米国でセルフレジの導入機運が高まっていることがわかる。
一方でなぜ日本はセミセルフなのかといえば「顧客がセルフレジの操作に慣れておらず、会計のみをお願いしたほうが効率がいい」という理由によるという。スーパーなどではスキャンと決済が分離したレジが導入されているケースが多いが、これがさまざまな業種に広がりつつあるのが昨今のトレンドといえる。パン屋のケースのように、むき出しの食品を扱う商店では衛生面から現金に触れないほうがいいという理由でキャッシュレスやセミセルフレジ導入が進んでいるという話も出ており(例えばモスバーガーなどでも一部店舗で導入が進んでいる)、今後の主流になりそうだ。
QRコード/NFC両対応のキャッシュレスソリューションが多数登場
昨年までは「インバウンド対応」ということで明確に区別されていたQRコード決済への対応だが、昨今のサービス乱立状況を反映してか、各社のブースでも取り扱いの幅が大きく拡大していた。
顕著なところではNayaxやFinGoの自販機向け決済ソリューションで、従来まではクレジットカードまたはEMV Contactless(NFC)、電子マネーといった決済手段のみを取り扱っていたのが、QRコード支払いにも対応する仕組みを取り込んでいる。
海外ではKIOSK端末向けにQRコードを含むあらゆるキャッシュレスな支払い手段に対応する決済端末をIngenicoやVerifoneといった業界最大手らが提供開始しており、スマートフォンやタブレットといったスマートデバイスのほか、POSのような専用機器がなくても、決済端末単体でQRコード・バーコード決済を処理できるようになっている。
ただNayaxやFinGoの説明によれば、引き合いや問い合わせはあるものの、実際に一般利用者の目につく形で設置されるケースはまだ少ないようだ。Nayaxは海外の自販機では比較的メジャーだが、日本ではりそな銀行への導入ケースやオフィス向けのコーヒーマシンへの組み込みといった形で、限定的な運用にとどまっている。FinGoの端末も業界最大手スーパーの自販機で多数導入が進んでいるが、電子マネー利用が中心でQR決済対応はこれからだという。小売店やレストラン向けのハンディ端末でのQRコード決済対応も進んでいるが、現状ではまだAlipayやWeChat Payのサポートにとどまり、「国内のQRコード・バーコード決済対応はこれから」というケースも多い。
QRコードを利用した交通系サービスへの応用例を展示していたのはオムロンだ。どこかで見たことあるような券売機や改札ゲートが展示されていたが、既存のものとの違いは「QRコードで発券」「QRコードが印刷された切符でゲートを通過」という点にある。
例えば事前に切符を購入しておいたり、予約のみ完了させておいて指定の切符を券売機で購入といったケースで、QRコードを提示することで切符を受け取れる(あるいは決済できる)。
これは主にインバウンド対応で「切符購入が困難」という意見を汲み取った仕組みと考える。切符も磁気カードではないQRコードを用いる。後者については「QRは遅い」という評価が一部であるが、交通系での国内応用事例としては沖縄のゆいレールがすでにあるうえ、QRコードさえ問題なく読み取れれば処理そのものは既存の交通系ICカードのシステムと何ら変わりないため、処理が特別遅くなることもない。むしろ鉄道各社は機械のメンテナンスコストを多く要する既存の磁気方式の切符を今後どのように扱っていくかで問題意識を抱えているといわれており、遠からずQRコードをいかに活用するかの議論が始まることと予想する。
またインバウンドという文脈では、Visaが同社のEMV Contactlessサービスである「payWave」を東京五輪のスポンサードと絡めてアピールしていた。海外では欧州や豪州を中心にクレジットカードやデビットカードへの非接触決済機能搭載が進んでおり、英国やフランスでは発行カードの9割以上が非接触対応といわれている。クレジットカードでの交通サービス利用が可能なロンドンでは、交通系ICカード「Oyster」よりもクレジットカード(デビットカード)経由での利用が大きく上回っているというデータも存在しており、今後インバウンドを考えるうえで重要な技術であることは間違いない。
一方で国内ではEMV Contactlessが利用できるのはマクドナルドなどごく限られた小売店のみで、MastercardやVisaが普及を目指しているものの日本での展開はまだまだといった状況だ。だが、リテールテック会場では日本未発表のはずのSquareのNFCカードリーダーがVisaならびにビジコムのブースで展示されており、何らかの動きが直近であるのではと考えている。
加速する技術革新スピード。バイオメトリクス認証の拡大
従来からあるPOSや決済端末に加え、今年のリテールテックで目立っていたのは「バイオメトリクス認証を活用した決済」「画像認識を用いた新しい決済体験」といったものだ。両者ともに中国ではAlibaba(Ant Financial)をはじめとする各社がすでに商用サービスを開始しており、後者については米国でAmazon Goがすでに1年以上商用サービスを運用しており、しかも少しずつブラッシュアップを重ねながら店舗数を増やしている。この波が、おそらくは2019年から2020年にかけて日本にもやってくるだろう。
これまでバイオメトリクス認証を決済に利用することについては各社ともに慎重で、日立製作所の指静脈認証のケースでは「従業員向けの勤怠管理や機械操作時に本人認証」といった限定的なケースでの運用が行なわれてきた。
だが今回、各社ともに明確に決済市場をターゲットに据えつつあり、日立製作所と東芝テックの展示していた「ユビペイ」では実際にスーパーの従業員を対象に指認証決済のトライアルを開始している。富士通やNECも同様のサービスを参考展示しており、その各社の技術の一部がすでに商用化されていることを考えれば、日本でも本年度中のトライアルを経て、来年2020年には何らかの形で商用サービスとして運用が開始されると考えている。
一方で、もう1つの興味深い傾向は、特に顔認証や商品認識など画像認識を用いる分野で中国系ベンダーが多数展示を行なっていたことが挙げられる。例えばオムロンの顔認証ゲート装置の基盤技術を提供しているのは中国のSenseTimeであり、このほかにも台湾や中国本土から日本ではまだ無名のスタートアップが展示ブースを構えて顧客獲得に向けて動いている。また今回把握できていないケースでも、このような形で中国系ベンダーと組んで展示を行なっていたものがあると考えられ、画像認識を行うコンピュータビジョンの世界での中国の強さを改めてうかがわせる。
またコンピュータビジョンでは、MicrosoftがクラウドサービスのAzure上でCognitive Servicesを使った画像認識機能付きスマートシェルブ「Smart Box」の参考展示を行なっていた。これは商用サービスというよりも、GitHubでソースコードだけでなく“ボックス”の設計図まで含めて共有することで流用や改良を顧客に促すもので、「将来的に同社のクラウドサービスを活用してくれれば……」という意図が込められている。つまり、コンピュータビジョンの技術そのものはサービス基盤として確立しており、あとはそれをどうアイデアに転用するのかは開発者しだいという段階に到達している。
かつては技術そのものが「他社との差別化要因」となっていたものが、メーカー同士のアライアンスやクラウドを介した技術利用により平準化されつつあり、むしろ「アイデア」や「ユーザー体験」をいかに考え、システムを設計し、運用していくかという点で差別化する状況になっている。これはAmazon Goが登場からわずか1年も経たずに類似のフォロワーが多数出現したことからもいえ、技術革新のスピードが大幅に加速しつつあるなか、既存のリテール向けソリューションを提供するベンダーが独自色を出しにくくなりつつあるのではと考える。