鈴木淳也のPay Attention

第237回

セブン銀行ATMの顔認証「FACE CASH」が目指す“窓口”としてのATM

セブン銀行の第4世代ATM発表時点から予告されていた顔認証取引機能の「FACE CASH」がついに稼働

セブン銀行はATMでの顔認証でさまざまな取引が可能になる「FACE CASH」の提供を開始した。当初、この機能に対応するのは静岡銀行とセブン銀行の2行で、キャッシュカードがなくても顔情報のみでATM上での入出金ができる“手ぶら”利用が可能になる。

現時点ではまだ対応銀行での現金の入出金に限られるが、将来的には本稿執筆時点で日本全国のセブン-イレブン店舗や商業施設などで稼働している27,800台のATM基盤を活用し、マイナンバーカードなどのICカード読み取り機能や顔認証機能を使ったさまざまな手続きの窓口として利用できるようにするための第一歩となる。

昨今、人手不足などでさまざまな分野での窓口業務が縮小する傾向があるが、そうした社会課題を解決し、人手不足を補完していく構想はセブン銀行が第4世代のATMを発表したときから描いており、少しずつではあるが、現実のものとなりつつある。

今回はFACE CASHを含むセブン銀行のプラットフォーム構想「+Connect(プラスコネクト)」の現状をまとめつつ、技術的な部分を少しだけ掘り下げたい。

セブン銀行が第4世代ATMで目指すプラットフォーム構想(出典:セブン銀行)

「+Connect」を支える3サービスはどう使われているのか

まずは「+Connect」の現状だ。

FACE CASHを含め、現状提供されているサービスは「ATM窓口」「ATMお知らせ」の3種類。それぞれ対応する金融機関は下記のようになっている。

「+Connect」の3種類のサービスに対応する金融機関・サービス事業者

ATM窓口のうち、エントリーは「バイトするならエントリー」の人材派遣業、SMART HOTEL(スマートホテルソリューションズ)は「bnb+」のブランドで展開されるホテルチェーンだ。どちらも金融機関ではないが、エントリーはATM窓口を通して在留カードの提出が可能で、SMART HOTELについてはATM上でチェックイン操作が可能となる。

どちらも身分証明書の提出や確認をATMを通して行なっているもので、新規口座開設など金融機関がセブン銀行ATMを銀行窓口の一部として捉えているのに近い使われ方となっている。

「+Connect」で現状提供されている3種類のサービス(出典:セブン銀行)

興味深いのは、こうした窓口サービスを通じての実際の利用動向で、「+Connect」の提供を開始した2023年9月から2024年12月までの期間に「ATM窓口」を使って行なわれた口座開設は22,000口座、住所変更が42,000件となっている。

サービスが利用される時間帯については、深夜の営業時間外が6割、そして当該金融機関の主たる営業区域、例えば千葉県の金融機関であれば千葉県内が6割で、県外が4割の利用比率となる。ここから見えるのは、当該金融機関の営業時間外にコンビニATMを目指してやってくる利用者が多いこと、そして全国を通じて同じサービスが利用可能なため、例えば本来は当該金融機関の営業エリアに在住していたものの、その後周辺に引っ越したり、あるいは一時的に域外に転居したケースなど、銀行ATMや窓口を求めてコンビニATMにやってくるという流れだ。

ATM窓口では住所変更や電話番号変更、パスワードロック解除といったサービスも利用できるため、日中は仕事で利用できないような人が駆け込み寺的にやってくることも想像される。

その他の利用傾向データとしては、本人確認書類として利用される媒体の比率が、マイナンバーカードで32%、運転免許証で44%、在留カードで23%となっている。在留カードはIC方式に一本化されているため除外すると、マイナンバーカードのIC利用率は97%の一方で、運転免許証のIC利用率は34%と一気に低くなる。今後はスマートフォンへの身分証明書の搭載が進み、IC確認が必須化の流れということを鑑みれば、IC利用率は100%に近づいていくことになる。

利用者属性については各金融機関が取得している情報のためセブン銀行の口座開設時のみのデータとなるが、男性比率が62%でやや多く、年代別では20代から50代まで4世代がほぼ同じ比率でバラけており偏りがない。また、利用者の半数が会社員とのことで、先ほどの「日中は仕事で利用できないような人が駆け込み寺的にやってくる」という推測を補完するものとなる。

残りの「ATMお知らせ」だが、こちらはATMを通じて情報を提供するサービスとなる。金融機関が何らかのお知らせを利用者に届けたいと考えた場合、手紙の郵送や電話での連絡といった手段が従来は用いられていた。しかし、日中の連絡がつきにくい、あるいは封書が着ていても無視してしまうといった状態で未開封となるケースも少なくない。

また以前のドコモ口座問題でも触れたように、金融機関側が必ずしも最新の顧客情報を持っているとは限らない問題もある。

では接触機会の多い電子メールではどうかと考えたりするが、スパムに等しいメール群の中で埋もれてしまうのは想像に難くなく、適切な手段とも思えない。

だがセブン銀行によれば、「ATMお知らせ」を通じて2024年末までに送られた“お知らせ”の件数は120万で、そのうち回答率が85%に達しているという。次回に回答するをメニューで選択した場合、この“お知らせ”はATMを訪問するタイミングで再び現れるため、時間をかければ100%へと近づいていく。従来の提供方法でのお知らせの回答率が2、3割程度だったことを考えれば、非常に大きなステップアップだ。

FACE CASHの仕組みを分解する

次にFACE CASH利用の流れを見ていく。本稿執筆時点で静岡銀行とセブン銀行の2行が対応しているが、それぞれの銀行口座とATMカードを持っている利用者であれば、セブン銀行ATM上で顔情報を登録することでFACE CASHの利用を開始できる。

まずは顔情報の登録となるが、ATM上の操作ですべて作業が完結する手軽さがポイントとして挙げられる。以前に「指静脈認証決済」を導入したスーパーの事例を紹介したが、決済そのものは便利な反面、初期登録が面倒であり、これが生体認証を利用する際の大きなハードルになっている。

特に指静脈認証決済の場合、専用のリーダー装置で登録を行なう必要があり、そのための窓口を別途開いておかなければならないのが大きな課題だ。その点、FACE CASHはサービスを利用するATM上で顔情報の利用登録も行なえるため、生体認証特有のハードルの高さを大きく下げている。

セブン銀行ATMを起動すると、FACE CASHの利用メニューが最初に現れる

下図がFACE CASHでの顔情報登録と、実際に取引を行なう際のフローだ。

まずは通常の銀行取引と同じ手順でATMカードと4桁のPINを使ってサービスに入り、FACE CASHで必要な顔情報の撮影と携帯電話番号の入力を行なう。次にSMSを通じたワンタイムパスワード認証を行ない、これで顔情報を登録した人物が実際に当人であるかの確認作業を行なうことで登録が完了する。

FACE CASH利用のフロー(出典:セブン銀行)

ここまでは想定される流れなので特に問題ないと思われるが、注目してほしいのはむしろ実際の顔認証での取引の方だ。

取引完了にあたっては「所持認証」が必要ない一方で、「生体認証」「知識認証」という2要素認証を“パス”する必要があるのはセキュリティ上当然だが、フローを確認すると「顔認証パスコード(※)」を入力して「顔認証」を通過した後に取引が開始され、その次に「4桁PIN」の入力を求められている。

※顔認証パスコードはFACE CASH登録時に自動発行される暗証番号

実はこの順番に“キモ”がある。図の左下に回答が含まれているが、顔認証を行なう部分まではセブン銀行側で処理が行なわれ、そこから先は接続先金融機関の通常取引と同じ扱いとなる。

つまり、取引開始から4桁PINまでは当該金融機関に情報がバイパスされており、FACE CASHでの取引はセブン銀行と接続先金融機関での2段階の処理で成り立っている。セブン銀行のデータセンターでは顔情報を含むFACE CASHを利用するための認証情報が保存されており、FACE CASH利用時にはここへの問い合わせがまず発生し、問題がなければ当該金融機関の利用メニューを表示するという流れだ。

「ATMカードを所持している本人である」という部分の確認処理をセブン銀行が代行し、以後の処理は接続先金融機関にそのまま投げる流れとなる。4桁PINを取引完了前に確認してくるのも、当該金融機関がセキュリティチェックのためにセブン銀行側の処理とは別に行なっているからだ。

セブン銀行 ATM+企画部長兼グループ長の柏熊俊克氏によれば、FACE CASHの認証情報はセブン銀行のシステム内で金融機関ごとにドメインを区切って保存してあり、ドメインをまたいで利用されることはないという。言い方を変えれば、セブン銀行が接続先金融機関のATMカードの“コピー”を預かって、認証業務を代行しているようなイメージだ。1枚のATMカードで複数の金融機関の口座に同時にアクセスできる訳ではないと考えればいいだろう。

セブン銀行 ATM+企画部長兼グループ長の柏熊俊克氏。商業施設設置型の第4世代ATMとともに

柏熊氏によれば、世間のトレンドとして決済や認証ゲートなどさまざまな場面で顔認証が広まりつつあったことから、カメラと認証エンジンさえあれば導入できる手軽さもあり、ATMで活用していくというのがFACE CASH構想のスタートだったという。顔認証ならばカード盗難や偽造の心配も低く、手軽に新しい金融体験が提供できるという考えだ。

認証エンジンにはNECの「Bio-IDiom」が用いられており、ATM内蔵の複数のカメラを活用して真贋判定を行なう。医療機関のオンライン資格確認において“お面”を被った状態で顔認証が突破できたという話題があったが、タブレットの動画などを使った偽装登録も含め、ランダムでの動作確認も含めたチェックを行なうことで信頼性を高めているという。

認証後に他人に入れ替わるといった不正検知機能も備えており、取引内容も含め怪しい挙動が検知された場合はその取引を強制終了してしまうケースもある。また、ATMそのものは無人であっても24時間365日にわたってリモートでの有人監視を行なっており、問題のあるケースが発見された場合はコールセンターを通じて店舗等に連絡がいくシステムになっている。仕組みとしては、提携先の金融機関にも開発導入の負担が少ない形で利用してもらえるシステムを目指したという。

FACE CASHを利用するための第4世代ATMは、25年2月時点で四国や九州の一部エリアを除いて導入が完了しており、3月末までには入れ替えが完了する。セブン銀行自体の営業リソースの問題もあり、すでに取引のある金融機関が「+Connect」サービスの利用主体となるが、今後は先ほども挙げた金融機関以外のサービス事業者も含めて広くシステム基盤を活用してもらうことが狙いだ。

セブン銀行の第4世代ATMは2025年3月中には全国配備が完了する(出典:セブン銀行)

サービス利用者側の想定としては、同社のアンケートで3割くらいが興味を持っており、10~30代だけで7割超を占める。柏熊氏の分析では、なにぶん新しい技術なので抵抗のある層も存在するが、一方で抵抗感の少ない若い年代のアーリーアダプターに積極的に使ってもらい、同社が提供する金融サービスへのフックや誘導を実現していきたいとのこと。活用事例が増えれば参加企業も増える好循環が生まれるため、少しでもユーザーを増やして実績を積み上げていきたいところだ。

国内SIerでシステムエンジニアとして勤務後、1997年よりアスキー(現KADOKAWA)で雑誌編集、2000年にプロフェッショナル向けIT情報サイト「@IT」の立ち上げに参画。渡米を機に2002年からフリーランスとしてサンフランシスコからシリコンバレーのIT情報発信を行なう。2011年以降は、取材分野を「NFCとモバイル決済」とし、リテール向けソリューションや公共インフラ、Fintechなどをテーマに取材活動を続けている。Twitter(@j17sf)