鈴木淳也のPay Attention
第225回
普段使いのモバイル決済を海外利用 「Project Nexus」とはなにか
2024年11月28日 08:20
「Project Nexus」をご存じだろうか。各国の中央銀行が集まった国際決済銀行(BIS:Bank for International Settlements)が提唱する国境間(クロスボーダー)決済システムで、今日70以上の国で稼働している「即時決済システム(IPS:Instant Payment System)」を相互接続し、国境をまたいでの決済を“素早く”、“低コスト”で、そして“透明性”をもって実現することを目的とする。
プロジェクトの詳細をまとめた文書がBISから公開されており、本稿執筆の現在は2024年7月1日発行のPDFが配布されている。近年、IPSなどと呼ばれる国内間の送金ネットワークは秒単位など即時着金のものが一般化しつつあり、利便性と安全性の面でシステムの進化の恩恵を受けている。
他方で、国境をまたいだ国際間での取引はいまだこうした便利な決済手段が広くは普及しておらず、その隙間を埋める送金サービスが市場に存在する一方で、マネーロンダリングなどの観点から多くの海外送金では着金まで最大で数日を要したり、中継地点(コルレス銀行)を複数経由することからコスト高かつ最終的な手数料が不透明といった問題が存在するなど、多くのハードルが存在している。
Project Nexusでは、国内で普段使いのIPSをそのまま海外送金に利用し、送金から受け取りまで最大60秒以内での完了が可能なシステムの構築を目指している。
Project Nexusと「ASEAN-5」
冒頭で説明したように、Project Nexusは2021年4月にシンガポールのPayNowとタイのPromptPayの2つのIPSを相互接続したことから始まる。どちらもそれぞれの国で広く普及する店舗決済ならびに送金サービスだが、ここで構築された仕組みが後のIPS相互接続の標準的な枠組みとなった。
2国間のモバイルウォレットが接続されている状態では、例えば送金主は相手国の受取人の電話番号を指定するだけで、普段国内でIPSを使うような要領で送金が可能になる。
一般に、中央銀行が推進するIPSでは、IPSにモバイルウォレットや決済サービスを提供する「銀行やサービスプロバイダ(PSP:Payment Service Provider)」がぶら下がる形態を採っている。送金主がウォレットを通じてPSPに送金指示を出すと、それが“ぶら下がって”いるIPSを通じて「Nexus Gateway」へと伝わり、受取人の国にあるSource Nexus Gatewayが情報を受け取り、同じくIPSを経由して当該PSPの受取人のウォレットに着金する流れとなる。最終的には受取人のPSPが着金メッセージを送金主のPSPに送って終了となるが、通貨変換や手数料の徴収など、PSP間で必要になる各種精算処理は「Settlement Access Provider(SAP)」を通じて行なわれる。これが一連の流れだ。
さてこのProject Nexusだが、基本的には共通の「Nexus Gateway」を各国が用意し、それを相手国と接続することで“ピア・ツー・ピア”での相互送金が可能になる。前述の通り、IPSのネットワークは基本的に中央銀行の管理下にあるケースが多く、国同士がNexus Gatewayを前面に出すことでIPSの相互接続が実現される。イメージでいえば、「Nexus Gateway」という巨大な“ハブ”が国際間の送金ネットワーク上に存在しており、そこに規格に沿った形で各国がIPSを接続することで、Project Nexusにおける送金ネットワークが機能するというもの。
Project Nexusのホワイトペーパーでの説明によれば、当初EurosystemならびにシンガポールとマレーシアのIPSを相互接続するPoC(概念実証)が行なわれ、後にシンガポールにあるBIS Innovation Hub Singapore Centreにおいて、インドネシア、マレーシア、フィリピン、シンガポール、タイの5カ国(ASEAN-5)のIPSを接続する検証が2023年にスタートした。これが現在のProject Nexusにつながる流れとなっている。
ただし現状のProject Nexusの注意点として、基本的には2国間を結ぶピア・ツー・ピアのネットワークであり、イーサネットの“ハブ”のような「いったん接続すれば同じネットワーク上のどのノードにもつながる」ような流れにはなっていない。
システム的には「Integrate Once」なモデルを採用しており、純粋に2国間でPSPやIPSを新たに接続するたびにシステムを追加したり改修が必要になることはないため、仮に新たにProject Nexusへの参加国が増えたとしても、既存の接続国がNexus Gatewayを含むシステムに手を入れる必要はない。
一方で、IPSの多国間での“相互”接続を実現するには当該国同士の連携が必要であり、Project Nexusへの参加がイコールで、同ネットワーク上に存在するすべての国の間でのIPS接続を保証するものでもないようだ。それは、次項の日本の事例からもうかがえる。
国際間コード決済のスキーム
日本の話題に入る前に、少しQRコード決済の世界のトレンドについてまとめる。
以前にシンガポールの共通QRコードである「SGQR」の話題に触れたが、SGQRでは国内に数多あるモバイル決済サービスのQRコードを統一し、店舗に1つのQRコード、つまりSGQRを掲示してさえおけば、あとはユーザーが手持ちのスマートフォンでそのQRコードを読み取るだけで、どのモバイルウォレットアプリを利用していようとも支払いが行なえる。
ただしSGQRは必ずしも当該の商店(マーチャント)が目的のコード決済サービスに対応しているとは限らず、どのサービスが利用できるかは掲示されたQRコードに貼ってあるアクセプタンスマークで判断することになる。
また、どの決済サービスをマーチャントが選択するかは個別契約に依るため、結局のところメジャーな決済手段のみに対応……という流れになることが多い。加えてマーチャントが支払いを受け取るための“ウォレット”は決済サービスごとにバラバラに用意されているため、これら不便さを解消して「マーチャントが1回の契約で必要な決済サービスを利用可能にし、ウォレットも共通化」という仕組みを目指したのが「SGQR+」となる。
またウォレット統一の過程で、「シンガポール海外の決済サービスの受け入れも可能にする」という仕組みが盛り込まれ、これが今日のProject Nexusにも通じる流れになっている。
これは今日のJPQRにも通じる流れではあるが、もう少し発展させる形でシンプルかつ実用的に改良したのが同国のLiquid Groupが進める「roamQR」だ。
もともとSGQR+はMAS(シンガポール金融管理局)がLiquid Groupなどを中心に進めていた仕組みだが、インバウンド旅行客が自国のコード決済サービスのアプリを持ち込んだとしても、国内マーチャントや当該国の決済サービス事業者は特に難しい仕組みを構築することなく国際間決済が行なえるようになる。
仕組みとしてはLiquid Groupが提供するQRコードの情報を自動解釈する仕組みを当該の決済アプリを提供する事業者が導入することで、マーチャント、イシュア、アクワイアラの間で適切な“ルーティング”が行なわれるというもの。日本のクレジットカードの仕組みに詳しい方のために付け加えると、決済に利用されたカードのイシュアに応じた特定アクワイアラへの仕向けなど、いわゆるカード決済におけるマルチアクワイアリングのような仕組みをQRコード決済上で実現する。
このように、コード決済は各サービスごとにバラバラだったものが共通のQRコードへと統一され(もともとこの決済用QRコードの仕様自体をEMVCoが規定している)、現在はマーチャント側のウォレットの統一など使いやすい方向で変化している。
同時に、支払い手段が共通QRコードだったとしても、送金等の仕組みでは各銀行やPSPで共通のIPSが用意され、これをNexus Gatewayでクロスボーダーで接続することで、国をまたいでのモバイルウォレットの利用やQRコード決済が可能になる。
まもなく始まる日本のコード決済のアウトバウンド利用
東南アジアを中心に話が進んでいるProject Nexusだが、日本の場合はどうか?
以前のレポートにもあるように、当初はまず今年度内(つまり2025年3月まで)にインドネシアとのJPQRを用いた相互接続が行なわれる。これまでインバウンド一辺倒だった日本のコード決済だが、初めてアウトバウンド(海外旅行)での利用が可能になる見込みだ。
なぜインドネシアなのかといえば、理由は2つある。1つは前述のように相互接続のための2国間連携が必要であり、それが最初に結べたのがインドネシアという点。
同国の次がカンボジアとなる。理由の2つめは日本人の海外旅行事情だ。
ネットスターズなどが主催する2024 International Financial Technology Forumに登壇したインドネシア中央銀行決済システム部長(Director of Bank Indonesia - Payment System Department)のDudi Dermawan Saputra氏は「日本とインドネシアでの人の行き来を人数で見たとき、日本からインドネシアにやってくるインバウンド旅行客の方がその逆よりも多く、特にバリ島を訪問する日本人が多い」と説明する。
とすれば、コメントは取れていないものの、2番目に相互連携協定が結ばれたカンボジアも同様に日本人が現地を訪問するアウトバウンドの人数の方が多いことを意味する。協定締結の優先順位が人流を見てある程度決定されていることがわかる。
もう1つ、日本のQRコード決済サービスのアウトバウンド利用で重要なのが、当該国での共通QRコードの有無だ。
コード決済が利用できる場所が多い中国や香港、台湾が毎回この手の解説スライドの国一覧から省かれていて不思議に思った方がいるかもしれないが、これら国には共通QRコードがないため「現状で2国間連携を結びにくい」と述べるのはキャッシュレス推進協議会の福田好郎氏だ。
そして最初の対応国となるインドネシアだが、同国では「QRIS(クリス)」という共通QRコードが存在する。QRコード決済がクレジットカードなどと比較してメリットとなっているのが、実際にインバウンドの利用客がどの程度お金を落としていったのかを正確に把握できる点だとSaputra氏は述べている。
出入りした金額が2国間での精算のタイミングで正確に分かるため、これらデータを追跡しにくいクレジットカードよりもさまざまな効果を検証しやすいようだ。またインドネシアにとって日本人のインバウンド客はアウトバウンドのそれの3倍近くおり、経済的効果も期待できる点に同氏は言及している。