鈴木淳也のPay Attention

第215回

“タッチ決済”乗車の広がりでこれから日本に起こること

米ニューヨークのジョン・F・ケネディ空港でAirTrainに乗り、ジャマイカ駅に到着したところ。2024年1月の撮影だが、前年まではAirTrainの出口では磁気方式のMetroCardしか受け付けておらず、市内ではOMNY導入でクレジットカードによる非接触乗車が可能になっているにもかかわらず、AirTrain出札のためにわざわざ自販機でMetroCardを購入する必要があった。現在では2種類の支払方式でゲートが分かれている

前回、Suicaの近況や将来像についての情報を整理したが、Suicaを含む交通系ICカードの将来を考えるうえで重要となる、クレジットカードの非接触機能を使った“タッチ”乗車の最新事情を今回は追いかけていく。「オープンループ」などの名称で呼ばれるこのサービスだが、日本国内ではコロナ禍の2021年春にサービスを開始した南海電鉄を皮切りに全国規模での展開がスタートし、今日の状況が形作られている。

現状日本のオープンループで使われているのは、ほとんどが三井住友カードのstera transitだ。同社でstera transit事業を推進する石塚雅敏氏によれば、本稿執筆の2024年6月現在のタイミングでおよそ120社、2024年度内にはおおむね180社くらいの数で国内のオープンループに関するプロジェクトが公になるという。2024年度は大きな動きがみられ、大阪メトロ、阪急、阪神、近鉄が全線導入、さらには大阪モノレールや神戸市地下鉄に加え、2025年4月の山陽電鉄、そして南海電鉄など既存の事業者も合わせれば、大阪・関西万博までに関西圏ではある程度面的な整備が進むことになる。

一方で東京首都圏は実証実験が各地でスタートし、例えば現状で高尾山近辺での運用がスタートしている京王電鉄については、2024年度内の全駅展開が見えている。このほか、西武電鉄、京浜急行、都営地下鉄が同年度内の実証実験開始を告知しており、横浜市の地下鉄も含めて多くは年度内スタートが見込まれる。

このタイミングでの一番のポイントは、これまで対象駅を絞った数駅程度での限定的な実験だったものが、基本的には全駅展開を目指す形になってきていることにある。

大都市圏のみならず、地方でもその動きは顕著で、当初はインバウンド利用なども想定した空港と市内を結ぶバス路線での導入に留まっていたものが、面的整備を念頭に市内全域のバス路線に入りつつある。石塚氏によれば「規模も大きくなり、本格的なサービスインと呼べる状況になりつつある」という。

京王新線新宿駅にあるオープンループ+QRコードの改札
小松空港にやってきた小松駅行きの北陸鉄道バス。ちょうどオープンループ導入直後であり、Visaによる100円乗車キャンペーンが行なわれていた

ここからは、国内オープンループに関するさまざまな疑問を石塚氏に聞いてみたので、一問一答形式でざっくり紹介してみたい。

相互直通と定期券、割引運賃に関する疑問

Q. 東京都市圏の近郊鉄道は互いが地下鉄路線を介して乗り合いする相互直通運転が行なわれているが、今後オープンループを導入する鉄道会社が増え、このあたりの運用はどうカバーされるのか?

A. 事業者が増えたこともあり、現在ではどこも相互直通をベースに検討を進めている。関西圏の場合はまさに面的な整備なので相互直通が前提になる。関東は現状個別に進んでいるが、例えば京浜急行と都営地下鉄(浅草線)はまさに相互直通を前提に発表されたものだ。

また、東急電鉄ではすでに全駅導入に至っているが、東京メトロを介して東武鉄道などに相互直通運転を行なっている。現状でオープンループの営業エリア外に人が出ていくことがあるかというと、そういう状況にはなっておらず、あくまで自線内での利用に留まっている。告知も含めて割と理解して使っている認識だ。JR東日本でやろうという話にはなっておらず、東京メトロや相鉄などいろいろな民鉄各社がいざ始めるという段階になったときには、しっかりと告知をしながら「(行けるのは)ここまでですよ」という形で適時利用者認知を進めていく形になるのではないか。

実際の相互直通運転においては、やはり課題は首都圏にあり、現状の交通系ICカードの相互直通はJRや私鉄などが共同で運営する「ICカード相互利用センター」を介して運賃計算を行なっている。いざ相互直通を行なおうとしたとき、運賃精算のために相互利用センターに接続するのか、あるいは別の運賃システムを考えるのか、三井住友カードとしては運賃そのものにはタッチしないので、鉄道会社ごとに考えているのが現状だ。

渋谷駅をから先は東急田園都市線に相互直通運転する東京メトロ半蔵門線の車両。この車両は反対方向の押上駅より先は東武伊勢崎線に相互直通しており、通しで乗車するためには相互連携が欠かせない

Q. 以前に「“ポストペイ”のメリットに料金の“後付け”が可能というのがあり、例えばクラウド上にカード情報を登録しておくだけで、定期券や小児運賃割引とすることができる」という話を聞いた。現状はどうか?

A. 福岡市地下鉄ではすでに小児運賃と障害者割引が実現できているが、これは係員に申し出るタイプのもの。クラウド側でその機能自体は実装できているが、実際にアプリやWebサイトを介した子どもの(カード情報)登録の仕組みなど、そちら(フロントエンド)側の実装が進めば提供できるようになる。

いま実現可能で作った機能としては、マイナンバーカードとの連携がある。これで年齢確認が可能なので、割引運賃の適用が可能になる。ただしその場合、マイナンバーカードの情報を読み出す必要が出てくるが、成人は問題なく読み出せる一方で、15歳以下は実際に電子証明書が読み出せるかどうかは交付時の”フラグ”設定があるのか、自治体ごとに対応が異なるようだ(*)。

*デジタル庁に確認したところ、このような年齢を閾値にした読み取り可の有無に関するフラグの存在は確認できず、詳細は三井住友カードに改めて確認中

ただ、やはり問題となるのはクラウドへの登録方法で、アプリ経由なのか、窓口で受け付けるのか、あるいはバッチリストを受け取って一括登録するのか、われわれ受ける側としてはいくらでも対応できる。また現状の交通系ICカードによる定期券で実装されている、「乗り越し」「飛びつき」といった区間外利用運賃の算定についても、問題なく対応できる。

このように鉄道の場合はそれほどハードルがないが、バスの場合が難しい。バスでは区間定期という考え方があり、例えばAからC地点に行くときにBを経由するのか、あるいはDを経由するのか、系統がバラバラでも許可をするかどうかの判断が事業者によって異なる。このロジックが各社バラバラであり、各社の仕様に合わせた判定を行なわなければいけない。一方で、地方を中心に定期券に対する考え方が異なっており、このような区間定期を維持する、あるいは段階割引や金額割引など、いろいろ検討が行なわれている。

実際、過去から継ぎ接ぎで作ってきたものが重くなっているのが現状で、もしオープンループ導入を機会に定期券運用を転換するときは“スリム化”で対応というのが共通認識のようだ。

このほか定期券で重要な点に、コストを下げて現状をどうスライドしていくのかという話がある。現状の定期券はCBT(Card Based Ticketing)で発行されており、多くの定期券はICカードに対して営業所や券売機で書き込みを行なっている。これが“タッチ決済”方式となることでABT(Account Based Ticketing)となり、窓口に来なくても更新が可能になる(*)。特に学割定期について、いまは学生証チェックなどでかなりの労力がかかり、運転手や窓口職員の確保が厳しい現状にもかかわらず、特定の時期に大量の人が窓口にやってくるのを転換したいというのが事業者側の本音。実際、発行されている学生証そのものの種類も多く、それらを目視チェックで対応するというのも限界がある。“学生”というよりも「22歳以下割引」のような形で簡素化したいという声もある。

*CBTではカード側に残高や定期券情報があり、ABTではクラウド側にそれら情報が保存される

“タッチ決済”の広がりでこれから日本に起こること

Q. 定期券の話があったが、例えばロンドンやニューヨークでは週単位などの料金キャップ制を導入することで定期券のような役割を担わせている。日本の現状はどうか?

A. 料金キャップの話でいえば、福岡市地下鉄が1日券、鹿児島市が市電の1カ月上限というのを導入しており、福岡でも1カ月上限を検討しているようだ。実は上限運賃の問い合わせは無茶苦茶多く、ある程度1カ月定期がスライドできるのではないかと考えているとみられる。理由は前述の窓口緩和効果で、タッチ決済導入とセットで検討されることになる。

一方で、どのような料金キャップを導入するかは土地柄がある。例えば観光地は1日上限のニーズが多く、その理由としては観光案内所などで販売していた1日乗車券だが、販管費をかなりかけていたこともあり、人の確保が難しい現状、何も手続きなしでできるメリットは大きい。地元向けサービスの場合は1カ月上限が多くなり、鹿児島市の場合は定期券としての役割を担っている。

鹿児島市電へのオープンループ導入記者会見で報道陣の質問に答える三井住友カードの石塚雅敏氏

Q, 熊本市で地域交通を担う鉄道とバスの運営5社が交通系ICカードからの脱退を宣言したが、これについて三井住友カード側の見解は?

A. まず前提として当社が現地の“タッチ決済”をやると発表しているわけではないことをお伝えしておく。

そのうえで熊本の話だが、この事例では5社で共同経営化をしているという状況もあり、サービスの統一をしないといけない現状がある。交通系ICカードでサービスを行なう場合は投資がかかるが、前提となる問題として、交通系の更新に国の補助がつかないという現状がある。そこで仮にクラウドに全社がつながれれば、そちらでもやっていけるという考えなのだろう。

誰を乗せるのかを考えたとき、地元の人は「くまもんのICカード」、街全体を見たときには外国人とそれ以外の地域の日本人を乗せる共通項がタッチ決済になるのではないかと考えている。実際、「(全国共通の)10カード」の片利用も10年程度が経過し、リプレイスの時期に差し掛かっている。導入にあたっては補助金が使えたものの、リプレイスには補助金がつかない。そのため、向こう10年くらいを見たとき、熊本のような状況が各地で再現されるなど、日本中が転換点に差し掛かっていると考えている。

2022年にオープンループを導入した熊本市電の車両

Q. 現状でオープンループを交通事業者が導入する場合、タッチ決済とQRコードの両方を導入するケースが多いと思うが、このあたりの利用意向はどうなのか?

A. 鉄道会社目線でいえば、QRコードは磁気券の代用で、改札機の機構をシンプルにしつつ、それをQRコードで補いたいという需要だ。一方でタッチ決済の導入はインバウンドを見据えたもののほか、ICカードにおける現金チャージを抑制したいという事業者側の意図がある。このほか、スマートフォンへの対応や10カードを導入していない地域への展開といった話がベースになる。利用者がスマートフォン利用が中心となるなか、それに対応しないのは致命的となる。タッチ決済はそういった目線での検討が行なわれている。運賃の柔軟な設定もあり、従来の交通系ICカードのように乗車時に残高を引き去るのみならず、いままでICカードでできなかった付加サービスを提供したいという考えもある。

そしてQRコードの場合は2つの利用パターンがあると考える。磁気券の代替の場合は券売機からQRコードが発行されて、それを改札機で認証する。このほか、スマートフォンを使ってMaaS的な切符の自動購入も考えられるだろう。QRコードを介してどのようなサービスが提供されるのかは、三井住友カードではなく交通事業者各社のアイデアによる。

シンガポールのMRTの改札では従来の交通系ICカードであるEZLinkのほか、NETS、Mastercard、Visaのオープンループが利用可能
これはシンガポールMRTダウンタウン線のBencoolen駅だが、オープンループでの乗車がメジャーになったのか、EZLinkのチャージ機は1台のみ設置されており、利用者もほとんどみられなかった

国内SIerでシステムエンジニアとして勤務後、1997年よりアスキー(現KADOKAWA)で雑誌編集、2000年にプロフェッショナル向けIT情報サイト「@IT」の立ち上げに参画。渡米を機に2002年からフリーランスとしてサンフランシスコからシリコンバレーのIT情報発信を行なう。2011年以降は、取材分野を「NFCとモバイル決済」とし、リテール向けソリューションや公共インフラ、Fintechなどをテーマに取材活動を続けている。Twitter(@j17sf)