鈴木淳也のPay Attention
第130回
ショッピングカートとスマートセルフに熱い視線が集まる裏事情
2022年3月11日 08:30
コロナ禍で海外渡航が難しくなって久しいが、英ロンドンを訪問したのが約2年前のこと。驚きの1つは、同市内のスーパーの多くがセルフレジを中心としたオペレーションとなっており、有人レジの配置を最小限に留めていたことだった。この現象は米国などでもよく見られるが、そちらのセルフレジは「キャッシュレス決済専用」であり、紙幣や硬貨の受け入れ口が設定されていることはほとんどない。一方でロンドン市内のスーパーでは現金自動精算機が併設されているケースが多く、実際に見ているとセルフレジを利用していても現金を投入する買い物客を少なからず見かけた。
日本においても、近年はセルフレジの導入が増えつつある。ただし、セルフレジとはいっても自分で商品のスキャンから会計までを済ませる完全な“セルフ”ではなく、袋詰めや支払いのみ顧客対応で、商品のスキャン自体は店員が行なう「セミセルフ」の割合が多く、これは特にスーパーで顕著だ。
理由の1つとしては「手間取りやすいスキャン作業を手慣れた店員に任せ、人流をスムーズにするため」というものが挙げられているが、また別の事情があるのではないかというのが最近の筆者の考えだ。
人件費上昇や雇用問題、コロナ禍における人との接触を忌諱するトレンドを経て活況を呈するセルフレジの世界だが、今回はこのあたりの裏事情について考えてみたい。
なぜスーパーはスマートカート導入に意欲を燃やすのか
過去10年以上リテールまわりの事情をウォッチしているが、おおよそ2-3年遅れくらいで海外のトレンドが日本にやってくることが多いように思う。セルフレジも海外の展示会では10年近く前から登場しており、7-8年前には導入が本格化していた。一方、日本での導入が本格化し始めたのはその少し後のことだ。
こうした中、やはり5-6年前くらいから「スマートカート」の出展が海外展示会ではよく見られるようになった。商品スキャンの機能をカートに持たせ、従来であればチェックアウト時に実施していたスキャン作業をカートで移動中に行なってしまう。
カートには商品検索やルート案内、広告表示といった機能が付与され、買い物をアシストしてくれる。メーカーの中には、利用者を自動追尾する機能が付与された“スマート”なカートさえ展示されているケースさえあった。
最終的に「決済」まで行なえるスマートカートもあり、カードリーダーなどの専用装置が取り付けられていたり、あるいは自身が所持するスマートフォンにアプリを入れてそこで決済できたりと、いわゆる有人レーンやセルフレジでの「待ち時間」を最小限に留める工夫が行なわれている点が特徴だ。
そんなスマートカートだが、日本においても急速に普及の兆しを見せている。例えば、今年2月に幕張メッセで開催されたSMTS(スーパーマーケットトレードショー)と、3月に東京ビッグサイトで開催されたリテールテックにおいて、複数のスマートカートの展示が確認できた。
話を聞いていると、スーパーを中心に導入意向が強く、引き合いが多いという。
本誌のリテールテックのレポートでもいくつか紹介されているが、日本におけるニーズは「人流を分散させる」ことにあり、特に夕方など特定のピーク時におけるレジでの人の滞留を防ぐことが主眼にある。有人レーンであれ、セルフレジのレーンであれ、ピーク時には待ち行列ができることも珍しくなく、商品点数の少ないExpress Checkoutが意味をなさないことも少なくない。スマートカートであれば商品点数の大小に関係なくチェックアウトのレーンを最速で通過できるため、ある程度の顧客を既存のレーンではなくそちら側に誘導できれば、スーパーとしても最小限のコストで混雑緩和ソリューションが導入できるというわけだ。
前述のようにスマートカートはチェックアウトに2種類のパターンがあり、カートは商品スキャンのみでチェックアウト時に専用のKIOSK端末などで会計を行なうもの、そしてカートで会計そのものが可能なものとなっている。
現状での日本国内の対応は前者が多いようで、スマートカートを2018年2月という最初期に導入した「スーパーセンタートライアル アイランドシティ店」もこちらのパターンになっている。
アイランドシティ店の場合はキャッシュレスが基本となっているが(店舗独自の電子マネーがある)、現金利用を望む顧客も一定層がおり、前出の「人流の分散」という観点からも一通りの決済手段を用意することがある程度求められるという事情がある。
こうしたスマートカート百花繚乱の時代に突入しつつある状況だが、中でも興味深い機能を搭載していたのがリテールテックでRetail AIが展示していた「次世代型スマートショッピングカート」だ。
Retail AIはトライアルの出資で設立されたリテールAI研究開発会社で、最近はスマートカートの製品を中心にラインナップされつつある。
3月8日から「スーパーセンタートライアル田川店」に導入が始まったこの製品では「スキャン漏れ防止機能」が搭載されている。通常、スマートカートでは購入商品をカートに投入する前に備え付けの赤外線スキャナでバーコードを読み取るが、新型カートではスキャンを行なわずに商品がカートに投入されると警告メッセージが表示される。
セキュリティ上、具体的な認識方法についてはコメントを得られなかったものの、この技術が新製品の“キモ”に当たるのは間違いない。
不正を防止する技術
新技術が買い物体験をより便利でスムーズなものにしていく一方で、同時に「“不正”対策」のための技術開発も同時に進んでいる。
過去さまざまな場所で聴き取りを行なっているが、スーパーはスマートカートのような技術に非常に興味を示す反面、その悪用にも神経を尖らせている。
特にスマートカートの場合、最後まで店員に接触せず、目の届かないうちにチェックアウトを済ませることが可能なため、「商品の持ち逃げ」をされる可能性があるからだ。技術的には買い物客が持ち込んだスマートフォンで商品をスキャンし、そのままチェックアウトすることも可能だが、この仕組みがほとんど広がっていない理由の一端はここにある。
スマートカートにおいても、チェックアウト時に専用レーンでわざわざ店員のチェックを入れたり、手元で会計させずに最終的に専用のチェックアウト用KIOSKへと誘導したりするのも、わざとワンクッション置かせることで店員の目をかいくぐった不正行為を防止するためだ。
また「チェックアウトせずに退店」のようなあからさまなものでなくても、スマートカートへの商品投入時に「10個商品を購入するうちの1-2個だけスキャンを行なわない」といった部分不正の可能性もある。木を隠すなら森の中という表現があるが、このタイプの不正は分かりにくく、店員の目視チェックをもってしても見逃す可能性が上がってしまう。
そこで前出の「スキャン漏れ防止機能」登場というわけだ。単純なスキャンミスの可能性もあるが、故意の行為とは区別しづらい。そこをある程度技術で補うことで対策していこうというのが昨今のリテール業界のトレンドといえる。
現状では、スマートカートの導入例が少ないため、どちらかといえばセルフレジでの不正の方が問題といえる。あまり表には出てきていない数字だが、万引きなどを含む商品の不正持ちだしは数%台の少なくない水準での被害額に達するケースがあるという。以前にも触れたが、スーパーの利益率は2-3%程度とされ、仮に1割の商品が不正対象となった場合に赤字に転落する恐れがある。商品を隠して持ち出す万引きとは異なり、セルフレジの不正(あるいはスキャンのミス)は一見すると判明しにくく、この部分に神経を尖らせる関係者が多いこともうなずける。
セルフレジの上方にカメラを取り付けて「動画記録中です」の警告表示を出したり、重量センサーで商品のカゴから袋への移動を細かに監視したりする工夫も行なわれているが、それでもなお新しい不正防止技術に興味をもって取り組んでいるというのは、不正が減っていないという事情の証左なのだろう。
東芝テックが参考展示していた不正防止機能を搭載したセルフレジは、その問題解決を目指したものだ。AI解析で人の行動をセルフレジ上方のカメラから監視し、AIが「商品がきちんとスキャンされていない」などの不正行動が行なわれたかをチェックし、場合によっては警告のランプ点灯をする。
このセルフレジでは重量センサーもあるため、合わせて商品の物理的な移動と“モーション”の両方をチェックしているというわけだ。ただ東芝テックによれば「まだ技術的に商用化できる段階ではない」ということで、あくまで参考出展の位置付けに留まっている。またコスト的にも「カメラ自体のコストと周辺技術の兼ね合いもあり、単純に重量センサーのみを採用した方が安価に済む」という。
セルフレジでは先行する海外でも同じ問題はたびたび指摘されており、2013年に開催されたNRF Retail's Big Showの時点でNCRと富士通がShopLiftの技術を使った不正防止技術のデモンストレーションを行なっている。2019年に同社は「SmartAssist」の名称でAIを用いた不正判定技術をやはりNCRのブースで披露しており、来場者の関心を集めていた。場所は違えど悩みは同じで、その問題は最新技術をもって解決を目指している。