鈴木淳也のPay Attention

第101回

デジタルワクチンパスポートの実際。標準のない世界

米カリフォルニア州サンフランシスコにある目抜き通りに面したバーにて。段階的な緩和を経て、6月15日の全制限解除後は徐々に街に賑わいが戻りつつある(撮影:Stania Zbela)

以前に本連載の中で、米国でのコロナ禍における各種営業制限からの「復帰プラン」の進展状況についてレポートした。同国における新型コロナウイルスでの陽性者数は日本に比べれば決して低い水準ではないが、ワクチン接種率の上昇とともに段階的に各種制限を緩和していく方針を明確に示しており、その点が行動規範として機能している。ニューヨーク州やカリフォルニア州など大都市を抱えている州では70%に割合が迫るなど全体に接種率が高めな一方で、それ以外の州ではまだ進展途上にあるといった具合で地域差は大きいものの、Our World in Dataの資料によれば6月29日時点で米国でのワクチン接種率は53.8%(1回目のみの数字)とそれなりの水準に達している。

6月29日時点での各国のワクチン接種率(出典:Our World in Data)

カリフォルニア州では6月15日以降にそれまでの飲食店や各種施設にかけられていた営業制限がすべて取り払われ、以前の日常の喧噪が少しずつ戻りつつあるようだ。

サンフランシスコに住む現地の友人にいろいろ話を聞いているが、制限解除後(現地では「Re-opening」と呼んでいるようだ)の目抜き通りには人が溢れる光景が見られるようになり、飲食店なども食事どきには満席にもなる。送られてきた複数の写真を見る限り、マスクをすでに外した人も多く、国外からの観光客が少ないことを除けば日常に戻りつつあるように見える。

ただし、店舗の入り口には「マスク推奨」「人との距離を保つこと」といった注意書きはいまだ貼られており、決してすべてが元に戻ったわけではない。

このように「Re-opening」のプランは着々と進行している。直近でのニュースによれば、サンフランシスコのあるSFベイエリアに本社を構えるGoogleでは、7月12日以降にカリフォルニア州内のオフィスを順次再開し、それに合わせてオフィスと居住エリアを往復するシャトルバスの運行も再開するという。

リモートのままでいいという声もあるかもしれないが、Google自身は同州サンノゼに街の再開発と一体化した巨大キャンパスの今後10年間での設置計画を推進中で、物理的オフィスそのものが重要性を増すようになる。従業員の復帰は地域の飲食店や各種サービスの利用機会も増やすため、街としてはWFH(Work From Home)からの復帰を歓迎するだろう。

カリフォルニアの外に目を向ければ、7月1日にはニューヨークでも「Re-opening」を控えている。米国では7月4日に独立記念日がやってくるが、一連の動きはこの記念すべき日でのアピールにつなげる狙いがあるというのは間違いないだろう。

いわゆる「アフターコロナ」の世界において「Re-opening」を促進するために一定の役割を果たす「デジタルワクチンパスポート」について改めてまとめたい。

「Re-opening」後のサンフランシスコの街角の風景。すでにマスクをしない状態の歩行者を多数見かける(撮影:Stania Zbela)

「デジタルワクチンパスポート」とは何か

「デジタルワクチンパスポート」については日経クロステックの「接種のお墨付き『デジタルワクチンパスポート』の有効性を考える」の記事でも解説しているが、ワクチン接種済みの証明となる国や自治体などが発行した証明書を「ワクチンパスポート」といい、これをスマートフォンなどデジタルデバイス上からも提示可能としたのが「デジタルワクチンパスポート」だ。

日本で現在接種が可能なPfizer-BioNTech製とModerna製の2種類のmRNAワクチンについて、1回目の接種から3-4週間程度の間隔を空けて2回目の接種を行なうことで高い有効性を示すとされている。さらに有効な抗体ができるのは2回目の接種から2週間以降となるため、「有効なワクチンが接種されたか」「回数は何回でいつ接種されたか」の2つの情報が重要となる。ワクチンパスポートとは、この情報が正しいことを公式の証明書として用意したものだ。

日本の場合、現在はこの記録証明として自治体が配布する接種券を用いたものと、いまだ接種券を入手していない状態で先にワクチン接種を行なったために自前で接種記録を残すケースの2種類がある。ただし、ワクチンパスポートを実際に有効活用しようと考えたとき、「偽造対策」「諸外国においても日本の証明書が有効と判断される(英語での表記など)」といった対応が必要になる。

内閣官房副長官補室が6月25日に開催した「新型コロナワクチン接種証明書発行手続 第1回自治体向け説明会」によれば、日本が発行する「ワクチンパスポート」はこうした事情を加味して「旅券(パスポート)」を持っている人物で、かつ前述の接種記録の記された書類を申請書とともに自治体に提出することで発行されることになっている。旅券(パスポート)の発行は都道府県単位だが、ワクチンパスポートについては市区町村が窓口となる。

ワクチンパスポート発行に合わせて改修された「ワクチン接種記録システム(VRS)」に問い合わせる形で市区町村の受付担当が情報の照会を行ない、有効性が確認されしだい印刷して申請者にその場で手渡し確認をする(郵送対応も行なわれる)。つまり当初のワクチンパスポートは「紙ベース」で発行されるわけだ。VRSや市区町村の対応が進みしだい、7月下旬をめどに開始していくという。

現状の新型コロナワクチン接種記録書の例(自治体配布の接種券がないケース)。接種したワクチンの種類とロット番号、日付と接種会場が記録される

今後の対応については厚生労働省のサイトに掲載された資料にもあるが、「電子申請で紙のワクチンパスポートを入手」したり、「電子申請で“デジタルワクチンパスポート”を入手」といった仕組みはこれからの課題となる。

現実問題として、6月のバカンスシーズン開始を皮切りに、それまでロックダウンを続けてきた欧州などで日本人を含む域外の旅行客を受け入れる動きが始まっており、現地での入国時の隔離措置や施設等への入場といった場面でワクチン接種済みを条件に制限が緩和されるケースが想定されるため、「まずは最も早くワクチンパスポートを発行できる仕組みを導入する」というスピード対応を優先したのが現状だ。

接種証明書(ワクチンパスポート)の発行計画(出典:厚生労働省)
ワクチンパスポート(紙)の発行に必要な書類とフロー(出典:厚生労働省)
ワクチンパスポート(紙)のイメージ(出典:厚生労働省)

欧州での事例と越境移動での有用性

とはいえ、前述したワクチンパスポートに含まれるべき「有効なワクチンが接種されたか」「回数は何回でいつ接種されたか」といった情報は挿入されていても、「偽造対策」「諸外国においても日本の証明書が有効と判断される(英語での表記など)」といった部分は、この証明書では本当の意味でカバーされないというのが筆者の意見だ。

後述するが、そもそもワクチンの接種証明を行なうための共通ルールが世界で存在しておらず、ゆえに各国で発行される接種証明(ワクチンパスポート)は国や自治体、あるいは企業がその裏付けを行なうという形で成り立っている。

ここで重要となるのが「偽造対策」と「有効性の確認方法」の部分だが、公開されている資料のQ&Aでは各種緩和措置を受けられるよう、証明書の有効性を示すとともに個別に情報収集を行なっている段階だという。また偽造防止については住民票の写しなどで用いている偽造防止用紙を採用しつつ、「国際的に互換性のある仕様の2次元コードの掲載」を検討している。

「日本がデジタルワクチンパスポートで出遅れている」ことに批判の声を挙げるメディアも多い。確かに日本の動きが遅かったことは事実ではあるが、現時点でワクチンパスポートのデジタル証明書となる“標準”が存在しておらず、すでに稼働しているデジタルワクチンパスポートについても地域ごとの独自ルールに基づいて運用されており、必ずしも世界規模で運用できる仕組みではない。

クロステックの記事では欧州連合(EU)の「Digital COVID Certificate」とイスラエルの「Green Pass」の2つの事例を紹介しているが、どちらも基本的には域内あるいは国内運用を前提としている。

欧州ではブルガリア、クロアチア、チェコ、デンマーク、ドイツ、ギリシャ、ポーランドの先行7カ国が「EU Gateway」という仕組みでワクチン接種情報の共有を行なっており、7月1日以降はEU加盟全国に展開される。「Digital COVID Certificate」ではスマートフォンアプリからQRコードを表示するが、この有効性が共通ネットワークを介して証明される。“紙版”の「COVID Certificate」も希望者には発行されるが、安全性と利便性の面でデジタル版の方が有効性が高いと考えられる。

欧州では感染状況の拡大もあり、もともとバカンスシーズン突入までは域外からの旅行者の受け入れのみならず、国ごとに細かい越境ルールを設定しており、移動の自由が制限されていた。バカンスシーズン解禁を機にこの制限が一気に緩められた形で、「Digital COVID Certificate」発行の意図には「安全性を確保しつつ経済活動を活発化させる」という狙いがある。

欧州連合(EU)の「Digital COVID Certificate」解説ページ

一方のGreen Passはイスラエル国内で発行されるワクチン接種証明書で、よくデジタルワクチンパスポートの成功事例として紹介されることが多い。

発行対象は3グループあり、まずワクチン接種完了済みの人物と新型コロナウイルス感染から回復した人物の2つのグループに対しては年内いっぱい有効な証明書を、そしてワクチン接種対象者ではないが証明書を必要とする「16歳以下でPCR検査の結果が陰性だった人物」に対して発行後72時間有効な証明書を、それぞれデジタルまたは“(QRコードが印刷された)紙”の形で発行する。これを使うことでジムやコンサートなど入場制限のある施設の利用が容易になる。

後に2国間協議でGreen Pass対象者に国境移動での隔離免除措置などのケースも出てきたが、基本的には国内施策だ。

ただしGreen Pass利用にあたっては「別途身分証」が必要であり、Green Passと本人を紐付ける情報が要求される。いくらスマートフォンでGreen Passを提示しても(「Traffic Light」というアプリを利用する)、“紙(またはプラスチック)”のIDを別途要求されるわけで、オールデジタルということにはならないようだ。また、Green Pass自体がワクチン接種の進展と感染拡大が抑えられたという見込みが立ったことで、6月に入った時点で運用を停止されている。

こうした事情もあり、世界でも国内利用を想定したワクチンパスポートはあまり有効に機能しているとはいえず、欧州の「Digital COVID Certificate」のように“域内”での国境移動を想定した仕組みの方が有用性が高いのが実情だ。先ほどの厚生労働省の資料で、日本で発行される「接種証明書(ワクチンパスポート)」の国内での利用に関する想定問答が記載されていたが、やはり国境移動での有用性と、それに応えるべくできるだけ早い対応を進めることが重要という認識だ。

ワクチンパスポートの普及で国境移動は復活するか。デンマークのコペンハーゲン空港にて

1点補足しておくと、ワクチンパスポートはそれ単体ではあまり意味をなさない。例えばGoogleは6月30日(米国時間)に新型コロナワクチン摂取情報をGoogle PayのPasses APIに追加可能な仕組みを発表しており、政府や医療機関、あるいは公的医療機関に認定された組織が利用可能になっている。

当初は米国のみということで、対象範囲は今後拡大していく見込みだが、従来まで“アプリ”としてばらばらに提供されていた“デジタルワクチンパスポート”をOS側で取りまとめることを目的とする。

接触通知アプリのときに日本政府は単一のアプリに集約する方針を採ったが、サービス提供者を絞った方が利用者を混乱させないという意図だろう。紙の書類をデジタル化するにあたり、ワクチン接種情報を集約するシステムに接続する必要があるが(日本の場合はVRS)、このアクセス制御の部分と合わせて信頼性を担保することになる。ただし、あくまでワクチン摂取情報をデジタル化するだけなので、仮にこの仕組みが日本で利用できるようになったとして、実際に有効活用できるかは施設やイベントの運営者しだいだ。

標準のない世界

国内利用を前提としたワクチンパスポートがあまり機能しないことは、米国の事例からも分かる。

米国では連邦政府はワクチンパスポートの発行には関与しておらず、州単位での対応に任せている。筆者の把握している範囲でニューヨーク州、カリフォルニア州、ハワイ州などはワクチンパスポート導入に積極的な一方で、フロリダ州、テキサス州、ユタ州、モンタナ州などのやや保守系の州はワクチンパスポートの導入そのものを禁止しており、対応が真っ向から分かれる。

仮にワクチンパスポートを導入しても、州政府がその運用を強制しない限りは各団体や施設にその使い方の判断は任せられるため、「ワクチン接種率を上げる」という意図が州政府にない限りは利用は進まないと考える。前述のように、ワクチンパスポート導入に積極的な州ほどワクチン接種率が高いという現状もあり、この施策は功を奏しない可能性が高い。

一方で、やはり米国内においてもワクチンパスポートが有効機能するケースがある。正確にいうと「新型コロナウイルスの陰性証明」なので“ワクチンパスポート”ではないのだが、米国で空港などの施設での本人確認サービスを提供しているCLEARがハワイ州と組んで「Health Pass」アプリによる陰性証明で現地での隔離措置などを回避し、行き来を簡素化する仕組みの提供を開始している。ハワイは離島で域内移動ルールもコロナ禍において本土とは異なっているが、海外旅行客が激減したいま、本土からの旅行者をより多く受け入れるべく、少しでも安全を確保したうえで移動ルールを緩和するためにこの仕組みを採用している。

CLEARとハワイ州が組んで米国内の離島への旅行客の移動をスムーズにする仕組みの運用が進む

国境の隣接する欧州などとは異なり、他の多くの国における越境は飛行機での移動が中心となる。多くが知るように、人の移動が途絶えた航空業界のダメージは大きく、現在ではどの国も国内線や短距離運行が中心になりつつある。他方で国際線の運行をスムーズに回復させたいという思惑もあり、「“国境移動”のワクチンパスポート」に対する取り組みは他の業界と比較しても非常に熱心だ。

こちらも現時点ではワクチン接種証明が含まれないため位置付けとしては前述のCLEARに近いが、アメリカン航空、ブリティッシュエアウェイズ、イベリア航空、エアリンガス、日本航空らワンワールド系の航空会社が多く参加する「VeriFLY」というアプリでは、陰性証明を含むフライトに事前に必要な情報を1つのアプリで管理できるため、複雑化するコロナ禍での飛行機移動を簡素化できる。

ワクチンパスポートまで含めた取り組みとしては世界経済フォーラムの「CommonPass」と国際航空運送協会(IATA)が推進する「IATA Travel Pass」がその中心格だろう。

日本の場合は島国のため、越境は基本的にすべて飛行機利用が前提となる。そこでワクチンパスポートの有効性が求められるわけだが、仮に前述の「接種証明書(ワクチンパスポート)」が他のシステムと連携する場合、このように複数ある仕組みとどう組んでいくかが課題になるのではないかと考える。両者はアフターコロナにおける国外渡航の必須アイテムとして競合関係にあるとされるが、実際にほとんどの航空会社は両方の仕組みに参加しており、現時点で有利不利があるわけではない。

例えば、日本航空では前述VeriFLYのみならず、CommonPassとIATA Travel Passの両方で実証実験を進めており、基本的にはルートによって連携先サービスを使い分けている。同社によればVeriFLYはあくまで米国域内をターゲットにしているというが、CommonPassとIATA Travel Passは並立するというスタンスだ。渡航先の国によっても到着時のレギュレーションが異なるわけで、場合によっては行き先によってアプリを使い分けるケースも出てくるかもしれない。

筆者は海外取材が多いという事情もあり、情報は継続的に調べているが、正直事情が複雑なうえにまとまった情報がなく、おそらく今年末ごろをターゲットに海外渡航する際は、必要書類や証明書の組み合わせで難儀することだろう。半年の間に事情が大きく変化している可能性も高く、このあたりの事情は関係省庁などへの取材も含めて継続的に追いかけていきたい。

国内SIerでシステムエンジニアとして勤務後、1997年よりアスキー(現KADOKAWA)で雑誌編集、2000年にプロフェッショナル向けIT情報サイト「@IT」の立ち上げに参画。渡米を機に2002年からフリーランスとしてサンフランシスコからシリコンバレーのIT情報発信を行なう。2011年以降は、取材分野を「NFCとモバイル決済」とし、リテール向けソリューションや公共インフラ、Fintechなどをテーマに取材活動を続けている。Twitter(@j17sf)