鈴木淳也のPay Attention
第99回
まもなく始まる? コード決済手数料有料化。手数料は“悪”なのか
2021年6月10日 08:20
QRコードやバーコードを使った、いわゆる「コード決済」事業者の加盟店手数料が話題になっている。例えばPayPayの場合、2021年9月30日までは一律無料で、10月1日以降の有料化を予告している。
実際にどの程度の手数料率が設定されるのかについては、当初3月までに告知の予定だったが、同社によれば「加盟店手数料は10月から有料予定だが、料率は8月末に決定し開示することにしている。昨今のコロナ禍の環境もあり、世の中の状況を見ながら慎重に検討して決めたい」(PayPay広報)としている。
コード決済の手数料率の実際
2018年ごろにコード決済事業者の市場参入が加速したとき、各事業者は加盟店開拓の呼び水として「短期間の手数料無料化」を打ち出した。
本来であれば重要な収入源である手数料を無料化しても加盟店開拓を優先する流れは業界の体力競争を激化させる結果となったが、それも間もなく終了しようとしている。
特に参入前から複数の関係者が「おそらく本命になる」と指摘していたPayPayがこの動きを助長したため、それに追随せざるを得なかったという背景もある。
競合他社の無料期間対応状況をみると、メルペイは6月30日まで、個別の加盟店営業をメルペイに相乗りしているd払いの場合は9月30日まで(4月1日以降申し込みの場合)、au PAYは現状で7月31日までの無料をうたっているが、8月以降は有料化の可能性を示唆している。LINE PayについてはPayPayとの加盟店統合も見据え、もともと8月だった無料対応時期を延長して9月30日に揃えている。
無料対応自体がもともと期間を区切ったものであり、それを予告通り止めるというのは約束違反でも何でもない。
ただ、もともと手数料や機器の設置負担などを嫌がってクレジットカードなどのキャッシュレス決済手段を導入してこなかった中小規模の店舗が、「(期間限定だが)手数料無料」「専用機器も必要なく、送付したQRコードを掲示するだけ」という手軽さで一気にコード決済導入に傾いたという背景もあり、手数料有料化がこの流れにネガティブな影響を与えるのではないかという話だ。
実際、最近になり「手数料有料化がPayPayを含むコード決済事業者への逆風になる」という内容で同加盟店の声を紹介する報道が複数出てくるなど、加盟店にとっての関心事であるのは確かなようだ。
筆者が以前に和歌山県の紀伊田辺を取材したとき、PayPayを率先して導入した米屋“たがみ”の田上氏は「手数料無料で、利用にあたって余計な費用はかからないし、嫌ならいつでも止めればいい」を合い言葉に、地元商店主らにPayPay導入を積極的に呼びかけたという。結果として、2年前の訪問時に紀伊田辺駅周辺の多くの店ではPayPayが利用可能になっており、PayPayの“のぼり”やアクセプタンスマークをあちこちで見かけることができた。
もしこれら小規模な店舗がPayPay利用のメリットを感じられないまま手数料有料化に踏み切れば、加盟店から脱退したり、あるいはそのままPayPayが使えることをアピールせずにフェードアウトしてしまうかもしれない。ゆえに、PayPay側も有料化の判断と料率設定にはかなり神経を尖らせている状態にある。
1点注意しておきたいのは、PayPayを含む「決済手数料無料」をうたっているコード決済事業者について、手数料無料が適用されるのは「MPM方式で直接契約を結んだ場合」に限定される点だ。つまり、加盟店契約後に専用機器を設置せず、サービス事業者から送られてくる印刷されたQRコードを設置しただけの状態でのみ「手数料無料」となる。
それ以外のケース、例えばJPQRやSmart Codeのような共通コードを利用していたり、「ゲートウェイ」と呼ばれる代行業者経由でコード決済のアクワイアリングを行なった場合には、きちんと料率が設定されて手数料が徴収されている。リクルートのAirペイのような仕組みや、チェーン店のPOSでバーコードを赤外線リーダーで読み込む方式などがそれに該当する。
すでにコンビニやスーパーなどでは相当数のコード決済が行なわれていることは想像に難くないが、これら決済を通じて毎回2-3%程度の手数料が現在もコード決済事業者に支払われている。
さらにいえば、JPQRを通じて行なった決済でPayPayの料率が9月30日まで2.59%、10月以降は3.24%に設定されているのは、共通コードではなくPayPayとの直契約に誘導するための意図的な高い料率設定だ。
PayPay取締役副社長執行役員COOの馬場一氏は以前にも「高い料率での(中継業者との)契約よりも、われわれと直に契約した方が無料でいろいろお得なのに」とインタビューの席で回答している。同氏は手数料の有料化についても「業界最安の水準を目指す」ことをあちこちで公言しており、一部でいわれるような「業界トップに躍り出たので、料率を一気に上げて収奪に乗り出す」という意図はもっていない。ただ、貴重な収入源である「手数料が無料」という状態は業界全体でみても健全な状態にあるとは言い難く、そのバランスに頭を悩ませていることは確かなようだ。
日本のカード決済手数料は本当に高いのか? 手数料にまつわる誤解
ここで改めて手数料について整理してみたい。「日本のカード決済手数料は高い」とよくいわれるが、実際はどうだろうか。日米両方でビジネスを展開しているSquareが提示している決済手数料は、JCBを除くすべての国際ブランドが日本では3.25%となっており、一方の米国では2.6%+10セントとなっている。10セントはミニマムチャージという扱いだが、確かに0.5%程度料率に差がある。
細かく挙げていくと違いはいろいろあるが、日本のカード決済手数料は諸外国と比べておおよそ0.5-1%程度は高いというのは確かなようだ。
日本のカード決済手数料が高いというのは、いくつかの要因によって成り立っている。詳細な資料は経済産業省の「キャッシュレス決済の中小店舗への更なる普及促進に向けた環境整備検討会」で進行中の議論にもまとめられているが、大きく2点あり「アクワイアリングにおける処理の高コスト構造」「加盟店手数料におけるイシュアの取り分であるインターチェンジフィー(Interchange Fee)の高さ」に原因を見出している。前者の話題については後日触れるとして、今回はインターチェンジフィーに言及したい。
経産省の同検討会で公開されている資料によれば、加盟店手数料に占めるインターチェンジフィーの割合は高く、この透明性を高めていくことが手数料引き下げにおける重要な要素の1つだと認識されているようだ。
MastercardやVisaといった国際ブランドがついたブランドデビット普及も鑑みて欧米ではデビットカード決済におけるインターチェンジフィーが低く抑えられる傾向があり、特に欧州ではクレジットカードについても同費用の上限規制があり、基本的にはカード決済手数料が低く抑えられている。ただし、こうした規制を日本に直接持ち込むことは、せっかく進み始めたキャッシュレス決済比率上昇の動きに冷や水をかける行為になりかねず、慎重な姿勢で臨むべきともしている。
興味深いのはこの資料にある「イシュイング事業の収支構造に関する認識」という部分で、実にポイント事業など販促にまつわるコストが全体の4割を占めている。
日本は諸外国と異なり、クレジットカード利用の多くが翌月一括払いの「マンスリークリア」方式となっており、クレジット支払いの弁済にまつわるリボ払い手数料などの収入が限られている。かつては日本において“キャッシング”手数料が収益の比較的大きな割合を占めていたが、各種規制で取り扱いは減少しつつある。
頼みの綱はショッピング手数料ということになるが、こちらも割合としては5割の水準から変化しておらず、むしろ年会費など収益で賄っているというのが現状だ。目先で削れるのは人件費やシステム費用、印刷コストなどの部分だが、やはり諸外国ほどリボ関連の収益がない点がカード会社(イシュア)の経営を圧迫する要因になっており、Apple Cardなどで注目された「Cash Rewards」ような柔軟なショッピング還元の仕組みの提供を難しくしていると考える。
今回のサンプルではインターチェンジフィーが取扱高に占める割合が3.2%となっていたが、この料率は実際にはトランザクションごとに変化する(そもそも3.2%がイコールでインターチェンジフィーにはならない)。加盟店に請求される決済手数料とは、このインターチェンジフィーにアクワイアラの取り分を引いたものが合算して請求されたものだ。
つまり、手数料のベースとしてインターチェンジフィーが存在しており、それ以上の引き下げは難しいものの、あとはアクワイアラが自身の判断で利益を鑑みつつ“戦略的に”決済手数料の設定を行なっている。
これがいわゆる「手数料」と呼ばれるものの正体だ。
ここで重要なのは、前出のSquareのようなケースを除いて手数料率は明示されておらず、個々の契約によってまったく異なっている。時にはアクワイアラが意図をもって驚くような水準で加盟店契約を行うケースもあり、それは特定の業種を集中的に攻略したり、あるいは(アクワイアラの)ライバルとの競合を鑑みつつあえて赤字同然の契約を行なった結果だ。
手数料に関する大きな誤解として、「3.24%」のような数字が一意に提示されると思われがちな点が挙げられる。前述のように、決済手数料はアクワイアラが戦略的に設定するもので、本当に加盟店によってまちまちだ。
筆者の聞いているケースでは、ライバル対抗を理由に本来であれば破格の1%近い手数料率を勝ち取った寿司チェーンがあるという話を聞いている。かつては10%近い数字が提示されることもあったようだが、現在ではおおよそ1-6%の水準が標準になっている。
傾向としてはスーパーやコンビニなどの物販が全体に低めの設定となっており、飲食やサービス業、信用力の低い商店、オンライン決済などは高めになる傾向がある。このほか、年間取扱高の大きい加盟店ほど国際ブランドの“割引ボーナス”が設定され、最低水準に近いインターチェンジフィーとなるケースが存在する。
下記はVisaの公開している米国でのインターチェンジフィーに関する料率設定の資料だが、取扱高とトランザクション量で複数の“Tier”や“Threshold”が設定されており、同じ業種でも料率が大幅に引き下げられる。飲食店でもMcDonald'sなどは全業種で比較しても圧倒的トランザクションを誇っており、ほぼ最低に近い手数料率が設定されることになる。
手数料は“悪”なのか?
話をコード決済に戻すと、国際ブランドのルールに縛られるクレジットカードなどと違い、イシュアとアクワイアラを兼ねるコード決済事業者の行動は比較的自由だ。ゲートウェイ(決済代行)に相乗りしてアクワイアリングを行なうケースもあるものの、今回問題となっている「決済手数料の有料化」の対象は加盟店との直契約の部分であり、システム処理費用や銀行振込手数料などを除けば基本的には決済手数料をすべて自社の利益とすることが可能だ。
カード決済のアクワイアラがそうであるように、こうした手数料率の設定は戦略的要素が非常に大きい。展開対象の多くが比較的小規模な個人店などが中心で、そもそも決済回数も非常に少ない。ゆえに手数料を有料化しても得られる利益は大手チェーンほどではないだろう。なので、加盟店に逃げられることで発生する将来的な損失と、有料化によって得られる追加の利益の両天秤をかけた判断でPayPayをはじめとするコード決済事業者は悩むことになる。
これについてPayPayでは「引き続き利用していただくべく、PayPayマイストアなどの加盟店向けのサービスを充実させるとともに、料率は競争力のある水準で設定したい」(PayPay広報)とコメントしている。仮に手数料を極限まで引き下げたうえで(無料にするという選択肢もあるだろう)、送客の仕組みや店舗管理システムなど付加サービスを提供することで相殺するといった考え方もある。
いずれにせよ、宣言した以上は8月までに答を出さなければいけないわけで、他社も含めてその推移に注目したいところだ。
1点、筆者がここで触れておきたいのは、「手数料はシステムを提供する事業者として当然の権利であり、問題の改善要求はあったとしても、それを利用する加盟店が手数料徴収そのものにクレームするのは筋違い」ということだ。
手数料の有料化は本来あるべき姿に戻ることであり、それを引き下げたり無料化するのは事業者側の戦略的判断でしかない。中国でAlipayやWeChat Payによる決済インフラがわずか数年で全土に拡大したのも、インフラ拡充後に得られるメリットを享受したいというAnt FinancialとTencentの2大事業者のモチベーションと大量の資本投入で為し得たものだ。構造的問題はあったとしても、手数料そのものを批判する風潮には異を唱えたい。