西田宗千佳のイマトミライ
第267回
お買い得になった新Mac 背後にある「Apple Intelligence」の影響
2024年11月5日 08:20
10月の最終週、アップルはMac関連製品を相次いで発表した。iMac、Mac mini、MacBook Proと、M4チップ搭載で各製品を刷新したことになる。
各製品のスペックを見ると、今回はちょっといつもよりお買い得感が強い。理由は、Apple Intelligenceの導入に伴い、スペックの底上げが必要になったからだ。
これはどういうことなのか? 他社の戦略とはどう違うのか? その辺をあらためてまとめてみよう。
「小さなMac mini」登場の背景
アップルは毎年9月にiPhoneやApple Watchを発表している。MacやiPadの発表時期は微妙に異なることが多いが、10月にMacが発表されることは多く、ある意味今年も「例年通り」といえる。
ただ、1週間でここまで連続して製品を発表することは少ない。マーケティング戦略的に「続々登場」感を演出したかったのかもしれない。ニュースを書く側は大変だが、プレスリリースで一斉に発表されるよりは盛り上がるので、悪いことではなかろう。
同社は11月1日に決算発表を控えており、その前に製品発表したかった、という事情もあっただろう。11月5日にはアメリカ大統領選挙の投票が行なわれて「それどころではない」状態になってしまうので、その前に発表しておきたかった……という事情もありそうだ。
まあとにかく、毎日発表があるのは派手で面白かった、というのは本音として感じる。
今回の新製品では、デザイン的に大きな変化があったのはMac miniのみ。他はカラーリングこそ多少変わったものの、プロセッサーの変更に留まっている。
ご存知のように、アップルは一度決めたデザインを複数年に渡って維持する。その方が量産にも有利だし、ブランドイメージ定着にもプラスだからだ。いつ更新されるかはともかく、iMacにしろMacBook Proにしろ、まだまだデザイン変更の時期ではない。
Mac miniは2010年以降14年間も同じデザインを採用しており、今回は本当に久々のデザイン刷新となった。
本体サイズが非常に小さいことが話題であり、確かに驚きではある。アップルは公式サイトで3Dモデルを公開しており、iPhoneやVision ProのAR機能を使って「現実空間に3Dモデルを配置」できる。
筆者もVision Proでやってみたが、たしかに、コーヒーカップやMagic Trackpadよりも小さいというのはインパクトが大きい。
とはいえ、冷静に考えるとそこまで不思議な話ではない。
現在のMacはすべてAppleシリコンで動作している。ベースはモバイル向けのプロセッサー技術であり、プロセッサーのサイズもマザーボードのサイズもごく小さいものだ。Mac miniにはバッテリーは不要なので、MacBookよりも必要な部材は減る。十分なエアフローを確保したとしても、あのサイズで作ることは十分に可能だ。
メジャーなメーカーでは採用例が少ないが、Windowsでも主にノートPC用のフォームファクタや低価格プロセッサーを使った「ミニPC」の流れはあり、その辺の事情は変わらない。
ただ、いきなりグッと小さいボディにまとめ上げ、デザインも洗練されている分、やはりアップルのやり方はうまい。モノとしての魅力をアピールする能力は一流だ。
Macのメインメモリーが「最低16GB」に
他方で、冒頭でも述べたように、今年のMacで注目すべきはMac miniだけではない。
すべてのMacのスペックが底上げされていて、お買い得度が増している。新製品はプロセッサーにM4を使っていて高速になっているのだが、それだけでなく、メインメモリーがすべて16GB以上となっている。M4 Proを搭載したMacは24GB以上、M4 Max搭載のMacBook Proは32GB以上だ。
それだけでなく、M2・M3を搭載したMacBook Airについても、メインメモリーが8GBから16GBへと倍増し、出荷されることになった。
M4以上のモデルではメインメモリーの帯域も向上しており、アクセス速度が上がっている。
これはなぜかといえば、「Apple Intelligence」はより容量が多く、帯域の広いメインメモリーを必要としているからだ。
Apple Intelligenceはアップルが提供する生成AI機能の総称。Macだけでなく、iPhoneやiPadでも使われる。日本では2025年4月以降の導入だが、アメリカでは、新Macの発表に先駆ける形でOSの新バージョンが導入され、利用可能になっている。
Apple Intelligenceでは複数のAIモデルを、デバイス内で動作させる。俗に「オンデバイスAI」と呼ばれる形態だ。プライバシー保護の目的から、Apple Intelligenceは、ほぼすべての動作をオンデバイスAIが処理する形だ。
そうなると、より高いAI推論機能が必要になると同時に、メインメモリーの量とアクセス速度も重要になってくる。
iPhoneも今年の「iPhone 16」「iPhone 16 Pro」シリーズからメインメモリーが8GBになっているし、先日3年ぶりに刷新されたiPad miniも、メインメモリーが4GBから8GBに増強されている。
Macの場合、アプリケーションサイズがより大きく、メインメモリーへの負担が増加することに加え、8GBの次の「実装上キリのいい数字」が16GBであることから、製品としてのメモリー量が増加した……ということだと理解している。
Apple Intelligenceにはいろいろなツールがあるが、文章のリライトや要約する「作文ツール(英語ではWriting Tools)」は、特にMac上で使うことが多いものになるだろう。
そのほかにも、Siriの改善や「写真」の自然文検索など、メモリーを消費しそうな機能は数多く存在する。こうした機能が常に裏で動いていて、すぐに呼び出して使えるようにしておくには、メインメモリーが多いに越したことはないはずだ。
オンデバイスAIのためにメインメモリーを増やす、という流れはMacだけのものではない。
マイクロソフトが策定した「Copilot+ PC」も、メインメモリーは16GB以上・ストレージは256GB以上と規定されている。Windows 11ではメインメモリーを16GB以上で出荷されるPCが増えているが、Copilot+ PCではそれが必須となったわけだ。
オンデバイスAIの搭載に各社が取り組んだ結果、PC/Macのメモリー搭載量が増え始めているのは、消費者にとってプラスなことではある。
スマホからPCまでカバーするアップル オンデバイスAIの「産みの苦しみ」も
では、アップル以外の企業は、機器へのAI導入をどう考えているのだろうか?
アップルの特徴は、iPhone・iPad・Macという主要3製品すべてで同じようにApple Intelligenceが使える、という点だ。ここは現状、他社にはなかなか真似できない。
オンデバイスAIであるため、仮にMacとiPhoneを持っていても、それぞれでAIの学習結果は「同期されない」。それぞれのデバイスで独自に学習され、デバイス内から情報が出ていくことはない。
だが変な話だが、写真にしろメールにしろ、自分に紐づく情報は多くの場合「クラウドを介して複数のデバイスに同じように蓄積されている」ため、学習結果も似たようなものになる……とされている。ただ筆者が英語で使った限りでは多少ズレも感じた。どの製品でも同じようにリッチなAIが使えるのは便利だしわかりやすいのだが、「AIが使う学習結果が少しずつ違う」のは、短期的には違和感を生む結果にもなっているように思う。
WindowsにはCopilot+ PCがあり、Androidスマホには「Gemini」があるものの、それぞれ別の企業が作るものだ。マイクロソフトはスマホ自体から手を引いているし、GoogleはWindows PCを手がけていない。
Googleの場合、2023年末に市場投入した、Chromebookのハイエンドバージョンである「Chromebook Plus」に、Geminiを積極統合してきている。
Chromebook Plusは従来のChromebookよりスペックが上で、いわゆるPC的な「クリエイティブワーク」を志向したデバイスである。
たしかにChromebookに比べ色々と機能が異なり、使い勝手も良くなっている。ただ、「PCそのものではない」という制約がなくなっているわけではない。
また、Geminiもオンデバイスだけでにこだわっているわけではなく、クラウドとのハイブリッド利用が基本。それ自体には問題はないが、Chromebook Plusに限っていうならば、マイクロソフトやアップルほど大胆に「オンデバイスだからできること」を追求しているイメージはない。
ただ、マイクロソフトやアップルは「オンデバイスAIの産みの苦しみ」も味わっている。クラウドを併用するGoogleの方が、機能の提供はスムーズに進んでいる印象が強い。
マイクロソフトは「Recall」などのCopilot+ PCの特徴的な機能を、結局10月中にテスト開始できなかった。アップルも、Apple IntelligenceをiPhoneの発売に間に合わせられなかったし、10月末に公開されたのも「初期機能」。数カ月かけて順次機能を追加していく形を採る。アメリカ英語以外の提供も「順次」だ。
こうした各社の違いが、消費者にとってどう「使い勝手の違い」になるかが気になる。
機能実装が始まったばかりだし、日本語で使えない部分・公開されていない機能も非常に多い。
全体が見通せるようになるまでにはまだ数カ月かかりそうだが、個人用デジタル機器の価値を変えるものとして、当面は注目しておく必要がありそうだ。
正直、短期的には期待はずれとなる可能性は高い。だが、この2年で生成AIに起きた進化を考えると、オンデバイスAIを使った機能も急速に変化していくだろう。