鈴木淳也のPay Attention
第49回
クレジットカードの“外側”にあるキャッシュレスの世界
2020年6月5日 08:30
6月1日、Twitterのトレンドに突然「クレジットカード」のキーワードが出現したことが話題になった。その原因はジャニーズ事務所が6月開催予定のオンラインライブ「Johnny's World Happy LIVE with YOU」について、有料視聴のための決済方法を「クレジットカード決済」に限定していたためだ。
Twitterを同キーワードで検索してみると、そこには“さまざまな理由”でクレジットカードが利用できないという嘆きの声とともに、それを解決するためのアドバイスがいろいろと投稿されていた。
普段、本連載では「キャッシュレス普及」をうたっていたりするが、「クレジットカードを普及させればいい」という単純なアイデアだけでは解決できない問題もいろいろあることがわかる。今回はクレジットカードの外側にある世界を少し整理してみたい。
クレジットカードと年齢制限
クレジットカードが利用できない理由として一番見受けられたのが、「そもそもクレジットカードを持っていない」というもの。その原因はいろいろ考えられるが、今回のライブではジャニーズ Jr.のメンバーまで含めれば20以上のグループが参加しており、対象とする年齢層も相当に幅広い。ゆえに未成年や学生も多く、「社会人ではないためにクレジットカードが申請できない」という人も少なくないだろう。
一般に、多くのカード会社では18歳以上をクレジットカード申請が可能な年齢としている。対象年齢であっても“未成年”は親の同意を求めるケースがあるほか(2022年4月1日以降は“成人”の定義が18歳以上に引き下げられる)、高校卒業後に海外留学を考える利用者を想定して若干審査基準を緩めるケースがあるなど、金融機関によって若干の取得条件の差異がある。
基本的には“成人”として「自己管理ができること」を前提にクレジットカードは発行されており、特に10代の若年層にとっては「クレジットカード」という言葉が出てきた時点で手が出せない状態となってしまう。
だが先ほどのライブの決済方法を紹介したページの抜粋にもあるように、「クレジットカード機能付きデビットカード・プリペイドカードについてもご利用可能です」という文言がある。簡単にいえばJCBやMastercard、Visaといった“国際ブランド”のマークのついた「ブランドデビット」や「ブランドプリペイド」があればいいわけで、先ほどのTwitterのキーワード検索にも出てきたアドバイスの数々は、この中でもお勧めの決済手段を紹介していたりする。
この中で候補の1つとなるのが「デビットカード」だ。“あと払い”のクレジットカードとは異なり、デビットでは即時決済が行なわれ、リンクされている銀行口座の残高以上の買い物はできない。
基本的には審査不要であり、銀行口座さえあれば使える手軽さから、最近では国際ブランドや銀行などの金融機関を中心にブランドデビットのプロモーションが広く行なわれている。
ただ、このデビットカードにも取得年齢制限があり、カード会社によって異なるものの、おおよそ15~16歳以上が対象とされている。J-Debitを含めたそれぞれのカードの違いについて、みずほデビットの紹介ページに分かりやすい表があったので紹介しておく。
ジャニーズのファン層の下限は分からないが、これでも年齢制限に引っかかる場合があるかもしれない。さすがに中学生以下で数千円の買い物は「ご両親に相談して」としたいが、それでもクレジットカードやデビットカード以外の手段を利用したい人がいるかもしれない。そこで登場するのが「ブランドプリペイド」となる。
ブランドプリペイド商品にはいくつか種類があり、ギフトカードとしての利用を想定した「バニラVisa」や「JCBプレモ」、ネット利用を想定した即時発行の「V-プリカ」、オンラインの即時発行とリアルカード発行にも対応する「バンドル(Vandle)カード」など、目的に応じて選ぶことができる。
Twitterのタイムラインを見る限り、一番お勧めされていたのはバンドルカードで、とりあえず本人確認不要でオンラインでの即時発行が可能なため、今回のオンライン決済用途に適しているというわけだ。プリペイドなので使う前の事前チャージが必要だが、コンビニやATMなどを通じて手数料無料で手軽にチャージできるため(チャージ手段やサービスによっては一定の手数料を請求されるケースがある)、現金さえあれば問題なくオンラインでの支払いを行なえる。
実のところ、この審査不要という部分が大きい。
今回の件でクレジットカードが使えないと言っていた方の中に「カードを使うと履歴でバレてしまう」との反応があった。これは家族カードなどで共有しているケースだと思われるが、その是非はともかく「見えてしまうと困る」というニーズは少なからずあるはず。現金では追跡が難しいものであっても、クレジットカードでは簡単に可視化されてしまう。そういった用途には審査不要のブランドプリペイドは心強い。
一方で、審査不要というのはメリットばかりではない。先般のライブのサイトにも記載があるが「一部ご利用いただけないものもございます」とある。
基本的にブランドプリペイドは、アクセプタンス(店舗等で対応カードを示すマーク)のあるすべての加盟店で使えることが前提だが、一部例外がある。例えばオンライン決済ではサービスによって3Dセキュア対応の有無があったり、バニラVisaのように1万円が上限の使い切りタイプで再チャージ不可だったりと、購入先のサイトや商品によっては利用自体が難しい。
また海外利用での制限がかかっている場合があり、バンドルカードの場合は追加の本人確認を行なって「リアル+」というカードに変更することで制限解除が可能だ。バニラVisaの説明にもあるように、そもそもギフトカードの利用は地域によって上限金額が著しく制限される傾向にある。このあたりは同サービスの「ご利用できない加盟店」の一覧が分かりやすい。
全体でみれば、プリペイドで制限されるのはガソリンスタンド、公共料金、ホテルなどでの支払い、各種プリペイドや電子マネーなどの金融商品の購入といったものが中心となる。
このほか、サブスクリプションサービスや毎月の引き落としなどで、あらかじめ登録しておいたクレジットカードで継続的に引き落としが行なわれる「リカーリング(Recurring)」と呼ばれる仕組みがあるが、これはクレジットでの利用を前提としたシステムであり、プリペイドやデビットのように残高での即時決済が前提となるサービスでは利用できない。
つまり、今回のライブ配信のようなケースでプリペイドは臨時に役立てることは可能なものの、「クレジットカードとはあくまで別物」ということで、サービスの制限を受け入れる必要がある。
クレジットカードと現金の間を埋めるサービス
とはいえ、何らかの理由でクレジットカードが利用できない、あるいは利用したくないというニーズは存在しており、そのニーズの隙間を埋めるサービスが出現し、うまく活用している層が少なからずいることも確かだ。
近年、新規事業者参入で賑わう「(クレジットカードではない)あと払い」市場だが、もともとリアルの世界では「ツケ払い」という文化が存在しており、それがECなどの非対面市場にも大きく拡大しつつあるのが現状といえる。
矢野経済研究所の予測によれば、2018年度で5,720億円の市場が、5年後の2023年には2兆円規模にまで拡大が見込まれるという。EC向けでは2014年のPaidy参入から、2016年のZOZOの「ツケ払い」ときて、国内最大規模のマーケットプレイスを抱える「メルカリ」の「スマート払い」、そしてECへの拡大を狙うPayPayが近年のキャッシュレスブームを機に参入してきたという構図だ。
この分野で2002年からECで利用可能な「NP後払い」の提供を開始し、業界のパイオニアを自認するネットプロテクションズ。そのサービスを利用するユーザー層やその背景について同社マーケティンググループでシニアプロデューサーの長谷川智之氏はこう説明する。
「後払いは属性でいえば女性の利用が多いです。入社当初は『誰が使うのだろう?』と疑問に思っていたサービスですが、クレジットカードに比べて使いすぎになりにくく、『好きなタイミングで支払える』というのが大きいようです。例えば、代引きであれば商品が届くタイミングまでに現金を手元に用意しておく必要がありますが、NP後払いであれば請求書が届いてから期日までに支払えばいいので、その点の気楽さがあるようです。またクレジットカードではセキュリティ面の不安もあり、そうした心配のない点も挙げられます。定期通販と相性がよく、商品自体は定期的に手元に届くけど、支払いは自分の好きなタイミングを選べるという、自分に支払いの主導権がある点で好評を得ています」(長谷川氏)
つまりクレジットカードで不安に思っている部分や、代引きにおける各種リスクを低減しつつ、クレジットカードの特徴である「あと払い」を利用できる点に、利用者はメリットを見出している。
ネットプロテクションズは実店舗向けにはユーザー登録が必要な「Atone(あとね)」というサービスを提供しているが、「NP後払い」は氏名、住所、電話番号の都度入力の方式を採用している。クレジットカードに比べて「カード情報漏洩」や「ハッキングによるアカウントの悪用」といったケースはないものの、基本情報しか入力を求めないため、当然“なりすまし”のリスクはある。
そのため、詐欺に利用されやすい商品に対してはサービスを提供しないようにしたり、ノウハウの蓄積で不正利用を防ぐようにしている。ECでの取引承認に当たっては、過去2億件のトランザクションを参照しつつ95%の審査をロジック判断で通過させ、残り5%をオペレータによる目視判断でチェックする。ロジック判断でも5分以内、オペレータ経由でも2時間程度とのことで、即時ではないもののクレジットカードに近い使い勝手を実現しているといえる。
同様に、女性の利用が比較的多いメルカリもまた、メルペイスマート払いでクレジットカードではない利用層を取り込むことで市場を拡大している。「メルカリで見つけた商品を、わざわざ残高チャージすることなく素早く入手したい」というニーズに対し、「あと払い」という選択肢を提示することで利用者も運営側もWin-Winの関係を構築することが狙いだ。
1つ興味深いのは、こうした“あと払い”サービスで利用する金額の合計が多くて月に数万円、通常は数千円程度に留まっていることだ。メルペイスマート払いの場合、与信によっては20万円近い枠が提示されることもあるが、多くのユーザーはその枠をほとんど使っていない。
同様の話はネットプロテクションズもしており、長谷川氏によれば「NP後払いの上限は税込み55,000円ですが、平均単価は5,000円から6,000円くらい」だという。毎月のお小遣いをやりくりする程度の金額で「あと払い」によるショッピングを楽しんでいるということになる。
クレジットカードでは、収入や家族構成、資産状況を勘案して一度に数十万円程度の与信枠が与えられる。「あと払い」サービスでは、それとは異なるロジックで与信を与える仕組みを提供するが、一方でそのユーザーのほとんどは通常で数千円程度、多くても数万円ほどの金額で、与信枠をほとんど使うことなくサービスを利用している。
こうしたユーザーにとって、クレジットカードは審査や取り扱いを含めて「大きすぎる」ものであり、普段使いのサイズにフィットした「あと払い」の仕組みが好まれる素地になっており、結果として「大は小を兼ねない」となっているのかもしれない。
以前に、知り合いから「楽天カードを発行したけど、2-3万円を超える買い物をするごとにカードがすぐに止まって使いにくい」という感想を聞いたことがある。楽天カードは現在「日本で一番使われているカード」を自負しているが、一方でこうした不満を聞いたことはほとんどない。つまり、多くのユーザーにとってクレジットカードとは日々のちょっとした買い物を補助するような存在であり、筆者のまわりにいるような「何万円もするガジェットを頻繁に購入するような使い方」は決してマジョリティではないのだと感じる。