トピック
核融合の心臓部、世界最大の「プラズマ発生装置」を見てきた
2025年3月19日 08:40
量子科学技術研究開発機構(QST)とNTTは3月17日、大型核融合装置のプラズマ閉じ込め磁場に適用するAI予測手法を確立したと発表しました。これに伴い、茨城県那珂市にある「那珂フュージョン科学技術研究所」で、世界最大のトカマク型超伝導プラズマ実験装置「JT-60SA」を公開しました。
「JT-60SA」は、核融合発電の要(かなめ)となるプラズマを発生させ、その制御方法を研究するための設備です。日欧が協力して完成させた「JT-60」を改造したもので「SA」は「Super Advanced(最先端)」の略称。主な改造点は、プラズマを長時間生成するため、超電導技術を採用した磁場コイルに変更されています。
この施設そのものが核融合発電を行なうわけではありませんが、核融合発電の実現には、発生したプラズマを長時間安定して維持することが必要で、その研究のための重要施設となります。
「JT-60SA」は、トカマク方式と呼ばれるプラズマ発生装置としては現時点で世界最大です。2023年10月23日に初のプラズマ発生を行ない、プラズマ電流とプラズマ体積において世界記録を樹立しています。現在はさらにより高いプラズマ電流を長時間維持することを目指し、2026年の運転開始を目指して、プラズマ加熱装置本体の設置が完了したところです。
核融合発電とは?
核融合発電の仕組みとしてはトカマク方式、ヘリカル方式、レーザー方式が主流となっていますが、「JT-60SA」はトカマク方式のプラズマ実験装置となります。欧州で運用されている核融合実験炉「ITER(イーター)」とも連携し、「JT-60SA」の成果はITERにも活かされていきます。
「核融合発電」とは、「水素などの軽い原子同士をぶつけて発生するエネルギー」のことで、自然界では「太陽」で日常的に起こっている現象です。太陽では約15,000度の高温と、2,400億気圧という超高圧により水素原子同士が融合してヘリウム原子核にかわる「核融合」がおこり、膨大なエネルギーを発生し続けています。
核融合発電は、この現象を地球上で人工的に発生させようという取り組みで、太陽で発生しているメカニズムとは異なるアプローチで核融合を起こそうというものです。
太陽での核融合は超高温と超圧力下での水素同士が融合するという、ある意味シンプルな仕組みで実現されていますが、地球上では超重力を発生させる方法はなく、同様のアプローチは困難です。
そこで、地上では「重水素」と「三重水素」を約1億度の温度で熱して原子をバラバラに分解(プラズマ化)することで核融合を発生させます。これによりヘリウムと中性子が発生し、中性子が持つエネルギーは発電に利用されます。その後中性子はリチウムと組み合わせることで、再び三重水素となり核融合に使われる、というサイクルです。
太陽では太陽自身の超重力によって水素同士を「閉じ込め」ることで核融合が発生しますが、地球上では現状不可能な方法ですので、磁場等を利用してプラズマを閉じ込めることが必要になります。トカマク方式のプラズマ発生装置は、ドーナツ型の空間を持つ装置で、この中で発生したプラズマを磁場に閉じ込める方式です。
核融合を将来発電に利用するには、強力なプラズマを発生させ、長時間にわたり安定して維持することが求められます。
しかし、プラズマを最適な状態で閉じ込めるための磁場の制御が難しく、従来は複雑な物理法則に基づいた計算を利用する必要がありました。複雑な計算を多段階に渡って行なうため、結果として計算自体に時間もかかり、不安定になる磁場を完全に制御することは難しかったのです。
こうした課題の解決のため、新たに機械学習したAIを活用したことが今回の取り組みです。AIを使うことで従来よりも遙かに速く、正確にプラズマの制御を可能にする目処が付いた、というのが今回の研究の成果になります。
AIはNTTが開発を行なったもので、混合専門家モデル(Mixture of Experts:MoE)と呼ばれています。それぞれプラズマを異なる状態で学習した複数の「状態AI」が、現在のプラズマの状態を予測し、それらの予測結果を統合して状況を判断する「指令制御AI(重み付けAI)」が決断を下すことで磁場の予測を行ないます。
実際に公開された資料では、単一のAIによる予測と複数のAIを用いたMoEによる予測の結果が示されていました。単一のAIでもおおよそのプラズマの形状を捉えているものの、ズレがあるのに対して、複数のAIを使用した予測では、ほぼ正確にプラズマの形状を予測していることがわかります。
この手法を実際にJT-60SAのプラズマに適用したところ、プラズマ位置形状の制御に必要となる精度を実現することに世界で初めて成功しました。
また、プラズマの外部形状だけでなく、内部の状態についても予測が可能なのではないかとされており、従来の計算方法では難しかった予測も可能になることが期待されています。これが実現すれば、プラズマをより高精度に制御できる可能性が高まり、核融合発電へさらに一歩近づくことになります。
今回の成果は、核融合発電を実現するための重要なマイルストーンとされています。従来は核融合発電が実現する時期は2050年以降であるといわれてきましたが、最近ではその開発を加速する動きがあり、日本でも2030年代には核融合による発電を実現するという目標が掲げられています。
今回AIが大きな成果を上げたことになりますが、核融合開発においては、まだまだ人の手作業を必要するところが多くあります。QSTとNTTは今後も連携し、核融合のデジタルトランスフォーメーションを実現しながら、世界規模での核融合技術の普及促進を目指すとしています。