西田宗千佳のイマトミライ

第279回

ソフトバンク孫氏の「OpenAI一本足打法」は成功するのか

2月3日の説明会に登壇した、ソフトバンクグループの孫正義会長

2月3日、ソフトバンクグループはOpenAIと合弁会社「SB OpenAI Japan」を設立すると発表した。

狙いは日本の大企業に存在する「AIによる起業システムモダン化」需要だ。

ソフトバンクグループは発表に300社近くを招待、「日本の株式総額の半数を超える企業のトップがあつまった」(ソフトバンク・宮川潤一社長)とされる。

説明会にはOpenAIのサム・アルトマンCEOも登場

そこで可能になることはなんなのか、そして、ソフトバンクグループは狙い通りの成功を収めることができるのだろうか?

今回はその点を考えてみよう。

合弁で「大企業のAI改革」市場を狙う

「AIの革命は企業、とりわけ大企業から始まる」

ソフトバンクグループの孫正義会長は、説明会でそう語った。

AIの企業導入について注目しているのは孫氏だけではない。生成AIのブームに火がついた2023年以降、多くの企業が「まず拡大する場所」と考えてきた。

理由はシンプル。企業内で生成AIを活用するには、その企業ならではの事情を把握するために大量のデータが必要になる。「日々生まれるデータの活用で困る」ような量のデータがある企業も多くはない。それらの条件を満たし、システム投資を行える企業はどこか、という話になると「大企業だ」ということになるのは必然だ。

マイクロソフトも、企業向けの「Microsoft 365 Copilot」については、大企業向けから提供を開始した。ここの考え方自体が、別に新しいものではないのだ。

では孫氏はなぜ、今「大企業からのAI導入」をアピールしたのか?

理由は、結局のところ、まだ本格的導入が進んでいないからだ。

議事録の書き起こしやヘルプセンター文書の効率運用など、一部の要素に生成AIを導入している企業は多い。しかし、企業の働き方全体を生成AIとのコラボレーションに移行し、大規模に刷新した例はまだあまりない。

そこで孫氏は、OpenAIとの合弁企業で「Cristal」というブランドのシステムを開発、そこで動く「Cristal Intelligence」と呼ばれる生成AIを使って、企業固有の知識を活かした経営改善を目指す、という。

ソフトバンクグループとOpenAIは大手企業の経営改革を狙う

冒頭で挙げた「SB OpenAI Japan」は、Cristalを大企業に販売していくための営業部隊であり、「1000人以上のセールスエンジニアが在籍することになる」(孫氏)という。

ソフトバンクグループとOpenAIは合弁会社「SB OpenAI Japan」を設立

ソフトバンクグループはCristalを最初に導入する大企業になる。孫氏は「この開発とサービスの利用に対し、OpenAIへ年間4,500億円を支払う」としている。ソフトバンクやLINE、PayPayといったグループ各社が導入し、古いシステムの書き換えやID連携などをAIが担当することで、グループに存在する2,500のシステムを「モダン化」して業務改善を狙う。

グループ内企業が使う2500のシステムを改善、そのためのシステム開発と運営費として、年間4,500億円を支払う

「たった一社の契約で4,500億円。10社で4.5兆。世界にソフトバンクグループ規模の会社は100社あるので、各社がクリスタルを入れると、年間45兆円。十分な利益を生む」

孫氏はOpenAIの財務にも大きなプラスになると説明する。ソフトバンクとしてはそこに絡んで行くことで、ともに大きな利益を得られる……との目論見なのである。

こうしたことを実現するには、日本側にも巨大なデータセンターをはじめとしたインフラが必要になる。

ソフトバンクグループやOpenAIは、アメリカでAIのインフラを中心に5,000億ドル(約75兆円)を投資する「Stargate Project」を展開しているが、「延長線上にあるものとしてStargate Japan的な物を設置する」(孫氏)とも言う。この投資がいくらになるのか、どこが関与するかも不明だが、Cristalの構築と合わせ、非常に大きなプロジェクトになることは間違いない。

Stargateも含めて多額の費用がかかることになるが、その点について、孫氏は笑いながらこうも言う。

「イーロン・マスクは『ソフトバンクにはカネがない』と言った。しかし我々はソフト”バンク(銀行)” だから成功させる」

「我々はソフト”バンク(銀行)” だから成功させる」と、アルトマンCEOとの対談の中で孫氏は語った

具体的な内容はまだ見えず。「OpenAI一点賭け」は成功するのか

いかにも孫氏らしい大きなブチあげ方だ。

孫氏は大きな可能性がある案件を見つけると一気に詰め寄り、多額の投資とともに独占権を獲得し、日本国内で有利な立場を確保しようとする。

過去のブロードバンドビジネス(ADSLの普及)もiPhoneの導入も、近年ではAIを活用した精密医療を手がける「Tempus」との合弁事業も、アプローチとしては同じである。

OpenAIを巻き込んだ今回の事業も、考え方としては似ている。

では大きな成功を収めることができるだろうか?

ここについて、筆者はまだピンと来ていない部分が多い。だが現状では、ソフトバンクの目指す「Cristal」がどんなものか分からない。だから、その実現性も、企業が積極的に導入を検討すべきかも不透明だ。

大企業のシステムを変革するのにAIが必要で、そこにニーズがあるのはよく分かる。そこにはデータ活用以外の価値も多い。

たとえば、過去に作られたソフトウェアのアップデート。基盤となるOSやSDKのアップデートに合わせて更新は必須のものだが、機能アップが伴うわけでもないと「コストだけがかかる」と後ろ向きになる気持ちも分かる。

最近はこうした処理を生成AIでカバーし、必要な開発期間やエンジニアの手数を減らすアプローチが生まれている。

AWSは同社の生成AI「Amazon Q Developer」を使い、システム移行支援機能を提供している。Amazon社内ではこの機能を使い、1万ものJavaアプリケーションのバージョンアップ支援を行なわせた。その結果、開発者の作業時間は累計で「4,500万年分」浮いたという。

そういう観点でいえば、Cristalで業務改善支援を……というのも分かるのだ。

だが、「理想的にはどれだけのシステムを書き換えるのか」「移行にはどれだけの時間がかかるのか」「結果としてどれだけの改善になるのか」が明示されておらず、どうにも判断がつかない。

「まだその時期ではないから」という見方もできるが、だとすれば、現時点ではあまり大きなことを言うべきではない。まあ、これは毎度の話なのだが……。

孫氏は「AGI」の可能性に大きな期待を抱いている。たしかに重要な視点だが、どのような状態になったらAGIというべきなのか、AGIでなければできないことはどの範囲なのか、という点を見極めないといけない。

孫氏は「AGIの時代」を強調するが、その定義はまだ曖昧だ

2月5日、KDDIは、2024年度第3四半期決算を発表するとともに、4月1日付けで社長が交代することを発表した。

その会見席上で、現社長(4月1日からは会長)の髙橋誠氏は、孫氏の計画について問われてこう答えた。

「具体的な内容がピンと来なかったので、なかなかコメントが難しい。孫さんがやられることなのでいろいろ構想はあるのだろう」としつつも、次のように語った。

「AIがエージェントに移行してきているのは明らかで、今後の産業に寄与させていこうという発想だろう。弊社も企業からのデータを活用し、産業に結びつけていくことはやっている。ただ正直、AIの世界がものすごいスピードで動いているので、OpenAIだけにスティック(固着)するのもどうかと個人的に思う」(KDDI・髙橋社長)

このコメントに筆者も同感だ。

目指すところは各社とも近く、その中でどうアプローチするか……という話かと思う。その中で、オープンモデルも含め、多数のアプローチがある。その中で「OpenAI一本足打法」にすることにはリスクもある。

孫氏は(いつも通り)そのリスクを採ったのだ……という見方はできそうだ。

Deep Researchが示す「競争の未来」

他方、各社が争っているからこそ、OpenAIも積極的に先頭を走らねばならない、という事情があるようにも思う。

「Cristal」に関する発表会が行なわれた日の午前中、OpenAIは「Deep Research(詳細なリサーチ)」を発表した。利用者が投げかけた質問から、ウェブ上の情報を活用して詳細なリサーチレポートを作る機能だ。

詳細は以下の記事に詳しい。

筆者も試してみたが、ちょっとビックリした。従来の「生成AIに聞いてみる」こととは明確にレベルの違うレポートが出来上がるからだ。

筆者もDeep Researchを使ってみた。画像は「日本国内で、5GHz帯の屋外利用ルールが緩和される可能性について」聞いた時のもの

参照する記事やそこからピックアップする数字への疑問はあったりもするが、それは人間にレポートをお願いしても出てくるもの。丸投げはそもそも推奨されるものではなく、人間がちゃんとチェックする必要はある。

それを前提にしても、レポートを作るためになにを調べるのか、調べたものからどこを使うのか、数字からどんな状況だと判断するのかといった「深い思考」の部分がよくできている。

前掲の「日本国内で、5GHz帯の屋外利用ルールが緩和される可能性について」をリサーチ中のもの。右側に表示される「作業の流れ」を拡大して読んでみていただきたい

現在は生成AIによるウェブ検索でも、「LLMの中に蓄積された内容から答える」のではなく、質問を解釈した上でウェブを検索し、そこで得られた内容を生成AIがさらにまとめ直す、という手法を導入するサービスが増えている。

Perplexityもその1つだが、先日話題になった「Deep Seek R-1」のオープンウェイトモデルを使い、自社サービスの中にいち早く組み込んでいる。レスポンスにおいても回答においても、Deep Seek R-1導入後には進化が見られると感じる。

Perplexityで検索したところ。今はDeep Seek R-1を使って検索後の情報をまとめ直すようになっている

だが、Deep Researchはその先を行く。

回答に時間がかかること、少なくとも2月9日現在は、月200ドル(約3.4万円/税込)かかる「ChatGPT Pro」の契約者しか使えないこと、という大きな制約があるが、筆者にとってはそれだけの価値がある。

当然、各社も追いかけてくるだろう。OpenAIも価格は下げていくだろうから、来年の今頃は「誰もが気軽にDeep Researchを使っている」可能性は高い。競争があるからこそ、OpenAIは先に行こうとしているのだ。

まだまだ生成AIには信頼できないところがある。だが、エージェントとして「人の代わりになにかをやってもらう」ことは、情報を扱うところから進んでいくのは間違いない。Deep Researchはその一端を示したものだと感じる。

そうした可能性に孫氏は「賭ける」と決めたのだろう。そして、設備投資が必須である以上、誰かが投資していかなくてはならない。孫氏のチャレンジはどうにも詳細が見えないところがあるが、「賭ける姿勢」だけははっきりしている。

ライバルの追い上げによって多様な形で進化が続くのか、それとも技術・シェア双方でOpenAIがリードする時代が続くのか。

こればかりは、本物の魔法の水晶玉をもってこないと見通すのが難しい。

西田 宗千佳

1971年福井県生まれ。フリージャーナリスト。得意ジャンルは、パソコン・デジタルAV・家電、そしてネットワーク関連など「電気かデータが流れるもの全般」。主に、取材記事と個人向け解説記事を担当。朝日新聞、読売新聞、日本経済新聞、AERA、週刊東洋経済、週刊現代、GetNavi、モノマガジンなどに寄稿する他、テレビ番組・雑誌などの監修も手がける。 近著に、「生成AIの核心」 (NHK出版新書)、「メタバース×ビジネス革命」( SBクリエイティブ)、「デジタルトランスフォーメーションで何が起きるのか」(講談社)などがある。
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