西田宗千佳のイマトミライ

第270回

司法省がGoogleに迫る「Chrome売却」の意味

世界中で大手ITプラットフォーマーへの圧力が強くなってきている。

中でも今注目しておくべきなのが、米司法省による、Googleに対する、ウェブブラウザー「Chrome」の売却要求だ。今回はこうした要求が出た背景と今後について考えてみよう。

司法省対Googleを俯瞰する

2020年10月、アメリカ司法省はGoogleに対し、検索広告市場で違法に独占を維持したと主張し、提訴した。

この裁判は3年以上続き、2024年8月5日、コロンビア連邦地裁は「Googleが違法に独占を維持している」とする判決を下した。

その後、司法省はGoogleの分割を含む是正案を示した。

今回のニュースで出てきた「Chrome売却」は、前述の分割案・是正案の1つであり、分割などに関する修正案であり、まだ決定ではない。司法省からの正式な提案は、2025年3月に提示される予定となっている。

もちろんGoogleはトラスト法に違反した独占行為を認めていないし、分割やChrome売却などの措置も支持していない。訴訟については今後控訴審があり、さらに、司法省の最終提案の影響も出てくる。

最終的な結論が出るまでは数年かかるとみられており、いますぐChromeがGoogleから売却される、という話ではない。

政治と共に変わる反トラスト法の扱い

今回のGoogleの件の背景にあるのは、アメリカの連邦取引委員会(Federal Trade Commission、FTC)と司法省が、大手ITプラットフォーマーへの締め付けを強化してきたことがある。

要は、大手プラットフォーマーが力を持ちすぎたことによって重要な領域で競争が阻害されており、その弊害を取り除くべきだ……という主張である。

俗に「Landmark antitrust lawsuit(ランドマーク反トラスト訴訟)」とも呼ばれており、2020年、第一次トランプ政権下でスタートした。

ただ、特に急進的になったのは2021年以降と言われている。同年6月に反トラスト法を専門とする法学者であるリナ・カーン氏がFTC委員長に就任、強い姿勢で臨み始めたのがきっかけだ。

トランプ氏はGoogleに良い感情を持っておらず、そのことがGoogleへの反トラスト法訴訟のきっかけとなった。

一方で、バイデン政権下ではさらに反トラスト法訴訟に対する姿勢か強固になった。GoogleだけでなくアップルやAmazon、Metaへも訴訟が広がり、これらの企業による企業買収(M&A)についても、圧倒的に厳しい姿勢が採られてきた。

ここにきて、ビッグテックへの反トラスト法対策については動きが急になってきた。第二次トランプ政権への移行を睨み、ある種「駆け込み」的に対応が行なわれている……との見方も強い。政権が変わったということは、FTC委員長や司法省反トラスト局の人事にも影響が出る可能性があるためだ。

バイデン政権下では、ビッグテックへの締め付けが厳しかった。伝統的にテック企業は民主党支持が多いのだが、反トラスト法やM&Aへの締め付けもあり、あえてトランプ支持に回った人々も少なくなかったようだ。

第二次トランプ政権は、基本的には規制緩和の方向に向かうと見られている。反トラスト法対策についても、「それはそれとして、アメリカの国力を削ぎ、対中国という面でマイナスになるならありかたを見直していく」流れというのが大方の予想だ。特にM&A規制には大きな影響があるのでは……という人が多い。

一方で、Googleに対する訴訟がどうなるのかは、かなり意見が分かれている。

トランプ次期大統領は「Googleは中国に対する競争力維持にとって重要な企業」とコメントしている一方で、そもそもはトランプ氏がGoogleに対して否定的であったところから生まれた訴訟でもある。特に検索でのモデレーション(コンテンツの健全性確保)について、トランプ氏は「Googleなどの大手プラットフォーマーは偏った意見ばかりを出す」との見解を持っている。

だとすると、分割のあり方や姿勢は変わったとしても、結局のところGoogleに対しては厳しい姿勢で臨むのでは……というのが筆者の予測であり、そうした見方はアメリカ国内でも多々見られる。

なぜGoogleのシェアは高いのか

たしかにGoogleの検索シェアは圧倒的だ。

Statcounterによる調査を以下に示すが、2009年1月以降、不動かつ圧倒的な一位。現時点での世界シェアは89.98%と高い。

Statcounterによる検索エンジンシェアの推移。2009年1月以降ずっと、Googleのシェアは圧倒的

ここに広告が紐づいており、そのことがGoogleに大きな利益と影響力をもたらしている。

とはいうものの、Chromeを売却したらそれが解消されるとは思えない。はっきり言って、Googleに対してダメージは与えられるだろうが検索シェアへの影響力を削ぐことはできるとは思えない。

検索とそれに紐づく検索広告のシェアが高い理由は、スマホからPCまで、多くのデバイスでGoogleが選ばれているからである。Chromeのシェアが高いから、という部分もあるだろうが、同じStatcounterのデータによれば、Chromeのシェアは67.48%。過去にはInternet Explorerがトップシェアだった。現在はWindowsにEdgeという代替があり、Macなどのアップル製品ではSafariが使われているのに、そこでは結局検索エンジンとしてGoogleも選ばれている。

同じくブラウザのシェア。IEからChromeに代わり、安定的に強いがそれでも検索エンジンシェアほどではない

ブラウザを切り離したとしても、よほどのことがない限り人々はGoogleを選び続ける。

検索エンジンとしてなぜGoogleが選ばれるかというと、「検索エンジンとしての信頼性が他よりはマシ」だからでもある。

最近はジャンクな情報が増え、検索精度が落ちたと言われる。また、生成AIによる「まとめ」の結果もあり、信頼できない情報が出てくることも増えた。

だが、それでもGoogleは検索の信頼性維持に力を注いでおり、検索結果は「他の検索エンジンより良い」と筆者は評価している。多くの人もそう思っているのではないだろうか?

プライバシーなどの明確な差別化要因があるDuckDuckGoなどの例は別として、現状では「検索エンジンとしての価値」自体がGoogleのシェアを支えている、と言っても過言ではない。

新しい競争こそが状況を変える

では、Googleの勢いを削ぐものが出てくるとすればなにか?

それはやはり「新しいテクノロジーによる競争」だろう。

先ほどウェブブラウザーのシェアを示した。あのデータは2009年からのものだが、Internet Explorerが急激にシェアを失い、Chromeに置き換えられていく様も示されている。

これは、ChromeがInternet Explorerよりも優れたウェブブラウザーであったから起きたことだ。同時に、ウェブアプリケーションが拡大し、PCのOSへの依存度は減り、スマートフォンの登場で、検索の多数がPC向けウェブブラウザーからモバイルへと移っていく。そうした変化が、司法省から売却を求められるほどの勢いをChromeに与えたことになる。

では、今後そういう「トレンドシフト」をうみだすものはなにか?

おそらくは生成AIの活用だろう。

マイクロソフトのBing検索が「Copilot」になって以降、「生成AIが検索ビジネスを食う」と言われてきた。だが、制度や使い勝手を考えると、まだまだ全体では圧倒的に既存型の検索を凌駕する段階にはない。

今は正直、間違いの多さから、生成AI検索自体に「お邪魔虫」なところもある。

だが、2022年1月からの検索エンジンシェアだけに注目すると、Googleはほんの少し下り、Bing(Copilot)が少しだけ上がっている。Bingがわずかだが他より上がってきている理由は、Copilotくらいしか思いつかない。

2023年からの検索エンジンのシェア。じわりとGoogleが落ち、ほんの少しだがBingのシェアが上がっている

もし今後、生成AIによる検索でGoogleよりも明確に良いものを作れて、そこへの導線として価値の高いものを生み出せたら、もっと大きな変化が生まれるかもしれない。

ただ、検索エンジンとは「質問に対する答え」だけで構成されていないことにも注目しておく必要がある。

以下の4つは、順にGoogle・Bing検索・Perplexity・ChatGPT(ウェブ検索機能)で、「Wi-Fi 7 ルーター」と検索した時の画面だ。

上から、Google・Bing検索・Perplexity・ChatGPT(ウェブ検索機能)での検索例。ショッピングに向いた内容だとかなり表示が変わる

こうした単語で検索した時には、なにかを知りたいというよりも「製品を探している」時が多いはず。価格やメーカーなどが並んでいた方がありがたい。

既存の検索エンジンであるGoogleとBingは製品をまず並べてから情報のリンクを出しているのに対し、生成AIベースの検索であるPerplexityとChatGPTは解説を並べている。

もちろんここで、「おすすめのWi-Fi 7対応ルーターを教えて」と聞けば、もっと製品が出てくるだろう。

しかし、人々の検索習慣はなかなか変わらないものだ。「検索」と言いつつも、質問から商品予約まで、いろいろな要素を含むのが「ネット検索」という行為であり、そこに広告が絡んでくる。

AIの力がネット検索の秩序と使い勝手を大きくかえる可能性はあるが、単に質問に答えているだけではダメだ。

質問にどう答えるべきかということを加味した、泥臭いUI構築がGoogleの強みでもある。

既存の検索体験を、別のテクノロジーからごぼう抜きできれば、「ネット検索の秩序」は変わる。

ただ、その変化においてはGoogle自身もAIの巨人であり、手強い競争相手であることを意識する必要がある。

先日、Perplexityがショッピング検索対応を始めたが、それもある意味「Google対策」の一つと言える。ただ今回は、ショッピング検索の形では表示されていなかったようだ。

競争を促進するには、そうした新しい秩序構築に対する公平性や利便性が重要だ。すなわち、反トラスト法以上にAI法制が大きく関わってくる……と筆者は考えている。

西田 宗千佳

1971年福井県生まれ。フリージャーナリスト。得意ジャンルは、パソコン・デジタルAV・家電、そしてネットワーク関連など「電気かデータが流れるもの全般」。主に、取材記事と個人向け解説記事を担当。朝日新聞、読売新聞、日本経済新聞、AERA、週刊東洋経済、週刊現代、GetNavi、モノマガジンなどに寄稿する他、テレビ番組・雑誌などの監修も手がける。 近著に、「生成AIの核心」 (NHK出版新書)、「メタバース×ビジネス革命」( SBクリエイティブ)、「デジタルトランスフォーメーションで何が起きるのか」(講談社)などがある。
 メールマガジン「小寺・西田の『マンデーランチビュッフェ』」を小寺信良氏と共同で配信中。 Xは@mnishi41