西田宗千佳のイマトミライ

第243回

なぜパナソニックのテレビは「Fire TV」を採用するのか テレビの歴史と現在

VIERA Z95Aシリーズ

パナソニックがテレビの新製品を発表した。今年の新製品の最大の特徴は、Amazonとの共同開発により、基盤となるOS関連フレームワークに「Fire TV」に採用したことだ。

この方針はグローバルでの戦略に基づくもので、今年の1月に開催された「CES 2024」で発表されていたものである。

こうした傾向はどうやって生まれたものなのか。そして、今のテレビの市場がどうなっているかを解説してみたい。

VIERA Z95Aシリーズ

10年で支持を拡大した「Fire TV」

パナソニックが採用する「Fire TV」は、Amazonが展開しているテレビ向けOS環境である。まずはその歴史を少し振り返ってみよう。

2014年、テレビに外付けして使う「セットトップボックス」として登場。Amazonが自社の映像配信である「Prime Video」をテレビで使いやすくするための機器として生まれた。

当初は薄いピザボックスタイプだったが、現在はスティックタイプ(Fire TV Stick)、キューブタイプ(Fire TV Cube)など複数の製品が登場し、売り上げも好調であるという。

初代Fire TV(日本では2015年発売)
Fire TV Stick 4K(2023年発売)

これはFire TVに限った要素ではないが、この種の機器の特徴として、アプリを追加することで色々なサービスに対応できるという点が挙げられる。Prime Videoへの対応も当然だが、他のサービスにも多く対応しており、「テレビで映像配信を楽しむ方法」としては、コスト的にも機能的にもリーズナブルだ。

特に日本では、2022年にABEMAと連携、「FIFAワールドカップカタール2022を大画面テレビで」というキャッチフレーズのもと、Fire TVでAMEBAを見る……という形が幅広く宣伝された。国内での知名度が上がるきっかけの1つではあっただろう。

テレビに外付けする機器としてスタートしたものの、海外ではテレビへの「ビルドイン」も進んだ。2010年代末には、低価格モデルからではあるものの、「Fire TVビルドイン」として、「スマート化したテレビ」が売られるようになっていた。

写真は、2019年1月に米ラスベガスにある家電量販店で筆者が撮影したもの。店頭に箱のまま積んで売られるメジャー商品の1つであったことがわかるだろう。

筆者が2019年1月、アメリカの家電量販店で撮影した写真。「TOSHIBA」(台湾コンパル製)ブランドのFire TV内蔵製品が多数販売されていた

なおブランド名は「TOSHIBA」だが、日本でいう「東芝製」「REGZAブランド」とは関係ない。当時は北米のテレビ事業を台湾・コンパルにブランド供与しており、コンパルの製品が「TOSHIBA」として販売されていたものである点に留意いただきたい。

そして2022年には、アメリカ市場向けにAmazon自身が「Fire TV Omni」というブランドで、高画質かつFire TV搭載のテレビを売り始める。意図については後ほどもう少し解説するが、要はそれだけ「Fire TVがブランド化し、搭載テレビを売るビジネスが重要になった」ということなのだ。

さらに同年、日本でもフナイがAmazonと組み、日本国内発の「Fire TVビルドイン」製品を発売した。ヤマダデンキ独占販売のモデルとしてすでに定着している。

そして今年、日本の大手テレビメーカーの一角として、パナソニックがFire TVを採用することになった……という流れなのである。

Firefox OSからFire TV OSへ移行する理由

昨年までパナソニックは、独自のテレビ向けOSをベースにしていた。正確に言えば、「元々は汎用OSベースだったのだが、結果として1社で管理するものになってしまった」という方が正しい。

なぜOSを切り替えることになったのか? 詳細はまた今後取材を予定しているが、その背景には、開発コストを抑えつつテレビ用OSの開発を続けていく上で、「テレビとしての高画質化」「録画関連機能」といった自社が作らねばならない部分以外を共同開発することが必要になってきた……という点がある。

テレビメーカーは、2000年代半ばから「テレビで映像配信を見る」準備を始めていた。

着手スピードという点で言えば、国内メーカーは世界でも先端グループにいたといってもいい。各社が独自のものを準備するところから、2006年7月には、テレビポータル事業である「アクトビラ」が、松下電器産業(当時。現パナソニック)・ソニー・シャープ・東芝・日立の合弁事業としてスタートした。

ただ、この取り組みは成功せず、アクトビラは2022年にサービスを終了している。

理由は複数ある。ネット回線の速度や映像圧縮の技術が未熟であったこと、テレビが使えるハードウェアの性能に限界があり、快適なサービスを提供できなかったことなどが大きい。この当時は組み込み用Linuxなどを使い、「大規模なネットサービスやアプリを入れ替えながら使う」設計思想ではなかった。

2015年前後から本格化した「テレビのスマホ化」、つまり、複数のメジャーなサービスから自分が好きなものを追加していける環境が出来上がってはじめて、人々はテレビで映像配信を見るようになったのである。

NetflixやAmazon Prime Videoの視聴拡大に伴い、国内・海外で続々登場する映像配信に素早く対応する必要が生まれ、各社がテレビに「モダンなOSプラットフォーム」を採用し始めたのだ。

ソニーが2015年にAndroidを採用、それに続き、同年にパナソニックが「Firefox OS」の採用を決めている。

昨年までパナソニックが使っていたのは、かつてのFirefox OSを自社でメンテナンスしたものだ。

表現が微妙であるのは、Firefox(Mozilla)が2016年に「Firefox OS」自体の開発を終了したためだ。正確には「スマホ向けのFirefox OS開発を終了」したのだが、画面付きのパワフルなデバイスではなくIoTを指向することになったので、テレビ向けもパートーナーシップ拡大を含む積極展開はなくなった。その後はFirefox OSベースのコードをパナソニックが引き継ぎ、自社向けに開発を続けていた。

パナソニックは日本のテレビ市場では一定のシェアを持つが、世界的に見れば大きなシェアを確保しているわけではないし、独自OSを使った機器を多数展開しているわけでもない。OSのメンテナンスと機能改善を1社でやるのは大変だ。

単独で巨大なシェアを持ち、連携機器も多い韓国のサムスンやLGは独自OSを維持しているが、楽なことではない。

Firefox OSを選んだ当時、パナソニックは「大手と組むことによって自由度を失う」ことを危惧していた。

だが結果的には、Firefox OSが期待したような「オルタナティブ」に成長できず、コスト面でのリスクが増大することになり、「過去には選ばなかった選択肢」を選ぶ結果になったのである。

ここから「アプリ対応の迅速さを含めたスピード感」を持ちつつ展開していくには、パナソニックの事業規模では、大手とOSでパートナーシップを組むという選択をせざるを得なかったのだろう。

テレビにFire TVの機能を組み込んだ

映像配信は「テレビを売るために必須」に

映像配信が見られる「スマートテレビ」というと、「高機能かつハイエンドな製品」というイメージを持っている人がいる。しかし、現状はすでにそういう状況ではない。

以下の画像は、Netflixが毎回IR資料に掲載するグラフである。調査会社・ニールセンのデータを元に、アメリカの映像視聴におけるストリーミングが占める割合と、その中でのNetflixのシェアを示したものだが、すでに38.5%の視聴が「ストリーミングから」となっている。「まだこれだけ」という見方もできるが、逆にいえば「ネットがなければ4割弱の映像が見られない」ということでもあり、テレビにネット機能は「必須」なのだ。

NetflixのIR資料より。アメリカの場合、映像視聴の38.5%の視聴が「ストリーミングから」となっている

テレビを購入すれば映像配信が見られるのはあたりまえであり、買う人も「YouTubeやPrime Videoが大画面できれいに見られる」ことを魅力として買うようになっているのである。

余談だが、テレビが売れるタイミングとして、新聞などでは「オリンピック商戦」といった言葉が使われることが多い。大型イベントをきっかけにテレビを買う人が多いのでは……という発想から生まれたものである。今年はパリオリンピックが開催される(7月26日-8月11日)ので、その時期にテレビ市場はどうなるのか、という新聞の見出しも見かけた。

だが現実問題として、テレビには「オリンピック商戦」というものは存在していない。プロモーションのきっかけであるのは事実だろうが、少なくともテレビの出荷数量データを見ても「オリンピック商戦」を思わせる動きはない。

以下は、JEITA(一般社団法人 電子情報技術産業協会)による「民生用電子機器国内出荷統計」のうち、2012年以降の薄型テレビに関する出荷データをまとめ、グラフ化したものである。

JEITAの民生用電子機器国内出荷統計より筆者作成。2012年以降のテレビ出荷台数をサイズ別に統計。グラフが綺麗に「年単位で周期的な形」であり、オリンピックなどの大型イベント開催はほとんど影響していないのがわかる

青線は30型以上で「リビング向け」と思われる大型テレビを、オレンジの線はそれより小さい「個室向け」の製品を示したもので、グリーンは特に大きい「50型以上」を示したものである。

サイズの話は後ほど述べるとして、重要なのはグラフのピークが「毎年同じような位置に来ている」「オリンピックの開催年にピークがない」ことだ。

テレビの普及率が低かった昭和の時代ならともかく、現在のテレビはイベントでは売れない。

特定の商戦期に売れるものであり、一定のサイクル(故障や生活環境の変化など)で買い替えられていく製品になった。

違うサイクルで売れたのは、地デジへの移行時(2011年)やコロナ禍(2020年)など、特別な出費動機があった時くらいなのだ。

別の言い方をすれば、「買い替えるタイミングで、家庭内でのバリューに合わせて商品が選択されている」状況であり、そのバリューこそが「大型化」だったり「映像配信対応」だったりする、と考えるべきだろう。

テレビの進化を支える「コンテンツの見つけやすさ」

「より良い映像配信対応」や「音声アシスタントによる家電連携」は、テレビの価値を大きく変える存在になりうる。

なぜAmazonはテレビへのビルドインを進めるのか? 2023年2月、Amazonブランドデバイス事業のトップを務めていたデイブ・リンプ氏(昨年秋に退社)は筆者の質問に次のように答えている。

「テレビは、フラットスクリーン化と4K以外、長い間、再発明されていません。私たちが見ているテレビは、長い間、同じものです。(中略)私たちは、テレビを作ることよりも、むしろ、テレビがどう進化できるのか、ということについて、差別化を図りたいと考えています」

パナソニック エンターテインメント&コミュニケーションの代表取締役社長・CEOの豊嶋明氏は、CESでの発表会場で以下のように取材に答えた。

「消費者のテレビの見方は変化しています。そこに対応していくには、Fire TVを活用すべきと考えました」

AmazonはFire TVで、映像配信のコンテンツ検索やアプリ表示などに工夫を加えている。これは従来の「チャンネル」という放送ベースの考え方を離れた工夫でもある。どのテレビメーカーも、画像や音質以外の機能的な変化軸として「コンテンツの見つけやすさ」にフォーカスしている。リンプ氏のいう「テレビの進化」の1つもここだ。

パナソニックとしては、ここからテレビに映像配信が必須の形に進化していくとき、Fire TVの持つ「コンテンツの見つけやすさ」を取り込んでいくことが大切……と判断したのだろう。

さらもう1つ理由がありそうだ。

「Fire TVが便利である」ことは広く知れ渡っている。ブランド価値も大きい。

日本ではパナソニックブランドは強いが、世界のテレビ市場では弱くなった。特に、若い世代に向けた市場では厳しい。

そうすると、「パナソニック」という柱だけでなく「AmazonのFire TV」という柱が存在することが、世界でテレビを売っていくためには必要になってきた……という見方もできる。

実は日本でも、ソニーやシャープの「Android搭載」というメッセージは効いている。機能的には課題も多いが、「機能や名前をスマホでよく知っている」ということは明確にプラスである。パナソニックはFire TVに同じような効果を期待している可能性は高い。

西田 宗千佳

1971年福井県生まれ。フリージャーナリスト。得意ジャンルは、パソコン・デジタルAV・家電、そしてネットワーク関連など「電気かデータが流れるもの全般」。主に、取材記事と個人向け解説記事を担当。朝日新聞、読売新聞、日本経済新聞、AERA、週刊東洋経済、週刊現代、GetNavi、モノマガジンなどに寄稿する他、テレビ番組・雑誌などの監修も手がける。 近著に、「生成AIの核心」 (NHK出版新書)、「メタバース×ビジネス革命」( SBクリエイティブ)、「デジタルトランスフォーメーションで何が起きるのか」(講談社)などがある。
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