西田宗千佳のイマトミライ

第59回

ゲームの枠を超える。ソニーとEpicをつなぐ映像とメタバースの可能性

7月10日、ソニーは、米Epic Games(Epic)に対して2.5億米ドル(約268億円)の戦略的な出資を行なうと発表した。

ソニーがEpicに約268億円出資。協業体制を強化

ゲームメーカーでありゲーム開発環境である「Unreal Engine」をもち、PC上でゲームストアも運営するEpicへの出資は大きなニュースだが、そこまで意外性はないようにも思える。だが、この発表にはポイントがある。それは、「出資の主体となっているのが(ゲーム部門のSIEではなく)ソニー本社」ということだ。

その意味を分析してみよう。

Epic Gamesとはどのような企業なのか

まず、Epicがどういう企業か、改めて解説しよう。

創業は1991年。1998年に発表したファースト・パーソン・シューティングゲーム『Unreal』がその高い技術力と先進性で注目を集めたのだが、Unrealで使っていた技術をまとめて他社に対して「ゲームエンジン」として使えるようにしたのが「Unreal Engine(UE)」。UEは現在もEpicの主力事業であり、2021年には最新版である「UE 5」がリリースされる。

Epicにはゲームメーカーとしての顔ももちろん残っている。

2006年に『Gears of War』を発売し、人気シリーズとなる。Gears of Warはマイクロソフトの出資によってXbox 360専用ソフトとして開発され、Epicの名を知らしめると同時に、Xboxシリーズの顔と言える存在になっていく。ただし、2013年にEpicはGears of Warシリーズのブランドをマイクロソフトに移管し、管理・開発から離れる。

現在、Epicの代名詞となっているのが『Fortnite』だ。基本プレイ無料、多人数で対戦する「バトルロワイヤル型」と呼ばれるゲームだが、2017年のサービス開始以降、人気を維持し続け、5月には、サービス開始以来の登録プレイヤー数が3億5,000万人を超えたことが発表されている。ニールセンのゲーム調査部門の調べでは、2019年のForniteの売り上げは約1.8億ドルとなっている。

UEとFortnite、この2枚の看板こそが、現在のEpicを象徴するものだ。だが、この2つが「ゲームという枠を超えつつある」ことが、今回の提携の軸にある。

映像制作を支えるUnreal Engine

UEのようなゲームエンジンは、この数年で急速に「ゲーム以外」に広がっている。

例えば映画やアニメのような映像作品。本制作前に流れを確認するために作る「プレビス」に使ったり、背景制作に使ったりもできる。

以前本連載でも詳しく解説したことがあるが、Epicはこのジャンルにとても積極的で、映画会社向けのサポート窓口もある。

ソニーは自分たちで映画制作にも使うが、同時に「映画制作のためのシステムや設備」を売るビジネスをしている。映画用のカメラや音響機器を思い出すが、それだけに留まるものではない。マイクロLEDを使ったディスプレイである「Crystal LED」を使ったデジタルセット・システムもそのひとつ。リアルタイムCGの映像を映し出し、その前で演技をすることで、セット制作や撮影のコストを下げることを狙うものだ。こうした仕組みでは柔軟性の高いリアリタイムCGシステムが必要であり、優秀なゲームエンジンを使うのが基本だ。

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すでにいくつもの作品で使われている技術だが、ハードウエアの性能とゲームエンジンが向上していけば、使えるシーンはもっと増える。2021年にリリースが予定されている最新版である「UE5」では、映画本編やCMなどで使われる高品質なCGモデルをそのままリアルタイム環境で使えるようになるとされており、映像作品との関係はさらに緊密なものとなる。

UE5は高性能ゲーム機である「PlayStation 5」に最適化が進められており、欠かせない存在になるのは間違いない。だがゲームだけでなく、映画制作環境など、ソニーの他の事業領域にも関わる領域が広がるなら、ゲーム部門のSIEだけでなく、ソニーにとっても魅力的、ということになる。

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広がる「メタバース・エンタテインメント」の可能性

Epicのもうひとつの顔、Forniteも「ゲーム以外の領域」が拡大している。

5月7日、Fortniteに「パーティーロイヤル」という機能が搭載された。このモードでは戦闘は一切なく、純粋にくつろぐための空間。アーティストのライブやパフォーマンスを行なう仕組みである。

Fortniteに搭載された「パーティーロイヤル」。オンライン上でイベントやフェスを開催する仕組みだ

Fortniteには人が集まるようになったので、その中でイベントをやろう、という試みも増えていた。2019年内から何度もアーティストがライブイベントを行なっており、Epicもアーティストや映画会社とのタイアップを企画してきた。新型コロナウィルス感染症(COVID-19)流行以降、ステイホームの潮流の中で次の流れを模索するアーティストからは、こうした領域に注目が集まっていた。

ラッパーのトラヴィス・スコットは、4月24日に「Astronomical」と名付けた音楽イベントをFortnite内で開催し、累計で2,700万人以上の参加者を集めた。

トラヴィス・スコットのイベント「Astronomical」。単に映像を流すのでなく、3D空間を使った演出が特徴

また、クリストファー・ノーラン監督の新作「TENET テネット」とのタイアップも行なわれており、トレイラーのほか、6月26日には「インセプション」全編が配信された。

このような試みはFortniteだけにあるものではない。大手からスタートアップまで、世界中の企業で開発競争が進められている領域といってよく、どの形が正解かもわからない。

こうした「汎用性の高い仮想空間」を「メタバース」と呼ぶことが多い。最初からメタバースを目指して開発されているサービスもあるが、ゲームから拡張する形で汎用性を目指す場合もある。Fortniteは後者の典型だ。開発の自由度では前者の方が有利なのだが、「開発が終わってから人を集めないといけない」という欠点がある。だがゲームの場合、すでに人が集まっているので、その分有利だ。人が集まると、本来の目的とは違う形で利用が広がることも多い。「人が集まったこと」がFortniteのメタバース化を促した、と言ってもいい。

これだけのプラットフォームがあれば、この上でのエンターテインメントビジネスを検討するところも出てくる。ノウハウの共通開発を考えるところも出てくるだろう。ソニーの動きはまさにそのひとつだ。

5月19日に開催された2020年度経営方針説明会の中で、ソニーの吉田憲一郎社長は「リモートを極める。エレクトロニクスで追求してきたのはリアリティでありリアルタイム。これはリモートに通じる」と語った。メタバースを使ったエンターテインメントはリモートそのものであり、ソニーの戦略にかなう。

現状最もユーザーが多く、開発も進みつつあるメタバースの1つであるFortniteは、ソニーにとって魅力的であるのは間違いない。そして、そこでのノウハウは「UEを使ったリアルタイムCGによるエンターテインメント開発」に他ならず、メタバース以外でも使える。

ソニーから見るとEpicには、「エンターテインメント制作環境」という方向と「メタバースでのエンターテインメント」という方向、2つの魅力がある。そしておそらく、それぞれにトンネルを掘り下げていくと、結局ひとつの場所に行きつき、同じようなノウハウを手に入れることになる。

SIEではなく「ソニー」がEpicと提携したのは、そういうことを重視したからなのだろう。

西田 宗千佳

1971年福井県生まれ。フリージャーナリスト。得意ジャンルは、パソコン・デジタルAV・家電、そしてネットワーク関連など「電気かデータが流れるもの全般」。主に、取材記事と個人向け解説記事を担当。朝日新聞、読売新聞、日本経済新聞、週刊朝日、AERA、週刊東洋経済、GetNavi、デジモノステーションなどに寄稿する他、テレビ番組・雑誌などの監修も手がける。
 近著に、「顧客を売り場へ直送する」「漂流するソニーのDNAプレイステーションで世界と戦った男たち」(講談社)、「電子書籍革命の真実未来の本 本のミライ」(エンターブレイン)、「ソニーとアップル」(朝日新聞出版)、「スマートテレビ」(KADOKAWA)などがある。
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