小寺信良のシティ・カントリー・シティ

第17回

緊急事態宣言と一人ぼっちの入学式。県外移住者の事情

緊急事態宣言が残した「疵」

ひとけのない成田空港第2ターミナルを抜け、ジェットスターが就航する第3ターミナルへ移動する

筆者ら家族は、3月30日に長く住んだ埼玉県に別れを告げ、宮崎市内の新居に移住した。高校生の娘は学校から遠くなったため、2年生からは寮に入る。中学生の娘は2年生へ転入、小学校の息子は中学1年生として、それぞれの新生活がスタートする事になっていた。

1時間半ほどで宮崎へ到着。中央に見えるのが宮崎空港

翌31日に入学予定の中学校へ行き、上履きやスクールバッグなど、制服以外の必要なものを購買部で買い込んだ。とは言うものの、4月7日始業式のあとは、4月20日まで臨時休校の予定であった。

4月7日の始業式は、2年生になる娘が一足先に登校し、転校生として紹介を受けた。当時宮崎県では感染者が3人しか出ておらず、4月9日の入学式も時間は短縮するものの、保護者の出席は可能との事であった。

だが同日、改正新型インフルエンザ等対策特別措置法に基づく初の「緊急事態宣言」が発令された。最初に対象となったのは、東京、神奈川、埼玉、千葉、大阪、兵庫、福岡の7都府県であったことは、皆さんもよくご記憶のところだろう。

翌8日、校長先生から直々に筆者のスマートフォンに電話があった。うちの息子の入学式の出席は、見合わせてくれないかという事であった。我々は緊急事態宣言が出された埼玉県からの移住で、まだ転居して2週間が経過していない。したがって入学式のように大勢人が集まる行事へ出向くことは、自粛して欲しいという事であった。よくよく話を聞くと、我々保護者だけでなく、息子も入学式への出席は見合わせて欲しい、という事であった。

しかしすでに7日は、2年生になる娘は登校して、給食まで食べて帰っている。たった2日の違いで、一生の思い出になる入学式に出席できないというのは、あんまりな対応ではないか。しかもこうした対応となるのは、筆者の息子1人だけだという。

話を聞いた瞬間、カッと頭に血が上ったのは事実である。だが頭を冷やして考えてみると、わざわざ自己紹介で言わなくても、新入生はクラス分け発表の際に出身小学校も一覧で張り出されるので、埼玉から来たということはわかる事である。無理に出席しても、クラスメイトやその保護者がイヤな気持ちになるかもしれない。ましてやそれが元で息子がいじめられでもしたら、やりきれない。

どうにもやり場のない憤りを感じたが、この要請を受け入れることにした。この話をそばで聞いた筆者の同僚は、「そんなことなら全員入学式せんほうがまし」と言ってのけた。

一人ぼっちの入学式

うちの息子の入学式は、翌週の登校日である4月14日に、校長室にて行なわれることになった。1人ではかわいそうなので、筆者も休みをとり、妻と連れだって1人ぼっちの入学式に参列した。

校長室では、校長先生以下、教務主任、学年主任、担任の先生が出席し、型どおりの入学式が行われた。校長先生の祝辞も特別なものであった。その後クラスに行って学級活動となり、すぐ下校となった。

式が終わったあと、学年主任と担任の先生に、緊急事態宣言の対象地から来たというだけで、いわれのない差別やいじめなどがないよう、特に注意深い配慮をお願いした。子供たちは純朴なので、そんなに神経質になる必要はないと思うが、保護者はわからない。「しばらくその子には近づくな」といった入れ知恵から、いじめに繋がる可能性は否定できない。

筆者もまだ自分の入学式の記憶があるが、全員大きめの制服に身を包んだよその小学校から来たクラスメイトに対して緊張感を持ちながら、これからどういった学校生活になるのか、不安と期待が入り混じった中で、成長のステップを噛みしめたものである。自分だけしかいない入学式で、息子は中学生になった実感をどれぐらい得られただろうか。

今回の件は、誰も責められない。埼玉県から移住した我々に罪があるわけでもないし、対応を迫られた学校に非があるわけでもない。だが登校日の2日後、16日には緊急事態宣言が全国へ拡大された。結局は、「どこにいても同じ」になったのだ。

学校側の対応は、その時は妥当だったのかもしれない。だが仮に7日の緊急事態宣言が最初から全国対象だったら、自分1人が入学式に出席できないといったことにはならなかったはずだ。

翻弄された息子の運命を思うと、やり場のない怒りは収まらない。

小寺 信良

テレビ番組、CM、プロモーションビデオのテクニカルディレクターとして10数年のキャリアを持ち、「難しい話を簡単に、簡単な話を難しく」をモットーに、ビデオ・オーディオとコンテンツのフィールドで幅広く執筆を行なう。メールマガジン「小寺・西田のマンデーランチビュッフェ」( http://yakan-hiko.com/kodera.html )も好評配信中。