小寺信良のシティ・カントリー・シティ

第5回

なぜクルマ社会の地方で自転車生活をしているのか

今回はタイトル通りのストレートな話である。

筆者が埼玉県に暮らしているときは、借家に駐車場も付いていた関係から、車を所持していた。現在もまだそこに妻とその子供たちが暮らしており、車もそこにある。車を宮崎まで持ってくる事も考えないでもなかったが、わざわざ運んでくるほど愛着がある車でもなし、1年後に家族全員が転居する際に処分して、宮崎で車を買い直せばいいか、と考えている。

昨今首都圏で暮らす人の中では、車を所有すること自体が必須ではなくなりつつある。免許さえあれば、必要な時だけサクッとカーシェアリングで借りられるようになっているからだ。

もちろんそれは現実問題として、潤沢な台数が揃う、しかもステーションが近所にあるといった条件が付く。だがそれがある程度クリアされるならば、毎月の駐車場代や車の維持費を考えると、月額1,000円程度の会費はそれほど高い出費ではないはずだ。

典型的な地方都市である宮崎市は、車中心の社会であることはすでに何度も述べている。だが本当に車がないとどこへも行けないのか、という点に関しては疑問がある。なぜならば筆者はその昔、今から20年ほど前までは、宮崎市内は自転車大国であった事を知っているからだ。

筆者が過去宮崎で暮らしていた小学校から高校ぐらいまでは、市の中心部である橘通1丁目から3丁目まで、歩道にはびっしりと自転車が駐輪されていたものだった。繁華街の中心となっているアーケード街である「一番街」も、店舗の前は自転車で一杯だったものだ。

現在の橘通3丁目付近。自転車専用レーンはあるものの、駐輪している自転車はほとんどない

それというのも、その区画が宮崎市に暮らす者の文化の中心地となっており、本やレコードを探す、贈答品を買う、服を買うといったことが、すべてその区画内で可能だったからだ。どこかに自転車を止めて徒歩で店舗間を移動したり、あるいは自転車で店舗間を移動するほうが、効率的であった。

それが今のように変わった背景には、複数の要因がある。あまりにも目抜き通りに自転車があふれ、景観がよくないと言うことで、歩道への駐輪が禁止されたとも聞く。これにより、バス利用が増えるだろうという狙いがあったのかもしれないが、事態はそう都合よくは動かなかった。

これまで自転車が担ってきた、「ちょこっとした買い物」にも、自家用車が投入されるようになっていった。こうして宮崎市内の家庭では、夫婦で1台ずつ車が常備されるようになっていった。元々敷地面積が広いので、庭にあと1台軽自動車を置くぐらいのスペースはあったのだ。

それはちょうど、「百貨店」が衰退していった時代と重なる。当時宮崎市の中心地には、大型百貨店が4店舗もあり、しのぎを削ったものだったが、「足」が変われば人の流れも変わる。

先見の明があった百貨店は、店舗を拡張せず、巨大な駐車場ビルを建てた。人の流れが、自転車から車へ変化することを見越したのだろう。今も生き残っている百貨店は、みな地価が高い立地にありながら、駐車場がデカい。

放置されたインフラ

宮崎市内において、自転車は「終わったインフラ」だ。だがその名残はあちこちにある。市内を走る道路には、車線が分かれていないほどの小道は別として、ほとんど自転車専用レーンが備わっているのだ。ここまで自転車のために便宜を図った道路設計は、首都圏ではあまり見当たらない。だから筆者としては、それをうまく利用したいと思っている。

大抵の道には歩道とともに自転車専用レーンが広く取られている

例えば筆者の住まいから繁華街までは1.6kmで、徒歩にして25分。宮崎人ならまず歩いて行く距離ではない。だが自転車なら、実質10分以下だ。ロードバイクを乗る方ならお分かりかと思うが、街中でも1時間あれば15kmぐらいは行ける。都内で言えば、池袋から品川ぐらいまでの距離である。日常的な移動として、ロードバイクで20分ぐらいを目安とすれば、5kmぐらいは行ける事になる。

実は宮崎市内の主要な施設および場所は、中心部から半径5kmの円内にすっぽり入る。「自転車で行く人などいない」とされる郊外のイオンも、市内中心部から5kmも離れていないのである。つまりそこそこ速い自転車があれば、車がなくても快適に暮らせるのではないか。そう考えたわけだ。

2017年に、自転車活用推進法という法律が施行されたのをご存じだろうか。これは大気汚染を抑える目的以外にも、健康増進や交通混雑の緩和等を目的として、自転車の利用を促進していこうというものである。また災害時においての機動性にも着目されている。

自転車活用推進法の概要

この法により、国は自転車の活用を推進、地方公共団体は国と役割分担し、実情に応じた施策を実施することとなった。つまり日本全国で、自転車をもっと使いやすくするべく環境整備をすることが決まったわけだ。これも筆者が車なし生活にチャレンジしてみようと思った理由の一つである。

だがこの法は、あまり機能していないように見える。皆さんの住む地域では、自転車活用に対して何か施策が実施されたという実感があるだろうか。筆者が住んでいたさいたま市では、小規模ながらシェアサイクルがサービスインした。ただ積極的に宣伝している感じもないので、知らない人は多いだろう。街で乗っている人を見かけたこともない。

余談だがこの法第十四条によれば、5月5日は「自転車の日」で、5月は「自転車月間」だそうである。同条3には「国は、自転車の日においてその趣旨にふさわしい事業を実施するよう努めるものとし、国及び地方公共団体は、自転車月間においてその趣旨にふさわしい行事が実施されるよう奨励しなければならない。」とあるが、これもほとんどの人が実感していないのではないだろうか。

一方ここ宮崎市では、すでにインフラとして自動車レーンはあるのだ。だが、それはもう20~30年以上前の遺産であり、老朽化がひどい。例えば市内を南北に結ぶ平和台線というバス通りがあるが、ここは30年ほど前だろうか、細かい礫を樹脂でコーティングするという手法で歩道を舗装した。できたばかりの時は、雨の日でも滑りにくく、水はけも良かった。

平和台線の歩道。礫を埋め込んだ特殊な舗装となっている

しかしこれが老朽化すると、どうなるか。埋め込まれた礫は、樹脂の劣化によって大量に剥がれ落ちる。剥がれた礫は、掃除の折などに歩道から車道へと掃き出され、車道からは車の往来により道路脇にはじき出される。結果として、自転車が走行する道路端部分に大量の礫が集まり、ただの砂利道と化すという事態になっている。

自転車が通行する路側帯付近はほぼ砂利道と化している

これが自転車走行には、ガタついて乗り心地が悪いという事に加え、ブレーキをかけても礫でスリップして止まれないという大きな障害となっている。

現時点では、まだ宮崎市は自転車活用推進法について何らかの手を打ってるようには見えない。従って自転車中心の生活は、まだちょっと早まった選択だったかもしれない。だが実際に誰かがやり始めないと、問題点が見えてこない。

今のところは、カーシェアリングの活用も視野に入れながら、とりあえず1年ぐらいは自転車生活にトライしてみようと思っている。

小寺 信良

テレビ番組、CM、プロモーションビデオのテクニカルディレクターとして10数年のキャリアを持ち、「難しい話を簡単に、簡単な話を難しく」をモットーに、ビデオ・オーディオとコンテンツのフィールドで幅広く執筆を行なう。メールマガジン「小寺・西田のマンデーランチビュッフェ」( http://yakan-hiko.com/kodera.html )も好評配信中。