いつモノコト

ハヤカワのNFT電子書籍付の本を買ってみた

2023年6月、早川書房とメディアドゥは共同で、世界初というNFT電子書籍付きの「紙の書籍」を発表しました。早川書房はこれのために新レーベル「ハヤカワ新書」を立ち上げ、6月20日から刊行が開始されています。どういう使い勝手になっているのか気になる部分もあったので、書店に赴いて、第1弾の「現実とは? 脳と意識のテクノロジーの未来」(著・藤井直敬)を買って試してみました。

まず、ハヤカワ新書は紙の書籍としてラインナップされているので、書店や通信販売で紙の本を購入することになります。kindleや電子書籍サービスで電子書籍だけを購入するという形ではありません。書店の店頭では「NFT電子書籍付」と大きく表示された色違いの帯が付けられていて、分かりやすくなっていました。このバージョンにはNFTなどの特典を入手できるQRコードを印刷したカードが封入されています。店頭にはNFT電子書籍付ではないバージョンもあり、こちらはQRコードを印刷したカードが封入されていないという違いはありますが、どちらも本の内容は同じです。

販売価格はNFT特典の有無で異なり、NFT付き版は通常版+400円という設定で、1,518円でした。

封入されているQRコードを読み取ると、NFTを管理する「FanTop」にアクセスして、NFT特典を受け取る形です。初回はFanTopの会員登録や、NFTをやり取りするための暗号資産ウォレットサービス「Blocto」への会員登録を行ないます。

手続きが終わると、マイページではトークンを所有していることが確認できます。私は早川書房の記者会見の出席者限定で配布された紙の本「一九八四年(新訳版)」(著・ジョージ・オーウェル)ももらっていたので、こちらのタイトルも封入されているQRコードからNFT特典を入手しました。NFTトークンは数量限定で発行されており、入手したものにはシリアルナンバーのように番号が割り当てられています。

入手したNFT特典

入手したNFTトークンの見た目は、FanTop上では書影(表紙)が表示されているだけで、それをクルクル回したりできますが(笑)、特別な感じはありません。この画像が付けられたNFTに、“特典として”電子書籍が付属しています。FanTopでは従来、NFTの特典にグラビア画像や描きおろしイラストなどが付いていて、それを見たり所有したりできたわけですが、「ハヤカワ新書」の場合は本の内容がまるごと電子書籍になっており、NFTに紐づくことで所有できるわけですね。

FanTopにはWebサイト版とアプリ版があり、電子書籍を読む場合はアプリ版を使います。電子書籍はEPUB形式、ビューワーは実績のあるセルシス製で、電子書籍の閲覧はなんら問題なく行なえました。

紙の本とアプリで読めるNFT特典の電子書棚、内容は同じです
ビューワーの設定。一通りの機能は揃っています

FanTopではすでにユーザー間の売買も行なえるようになっているので、この入手した電子書籍付きのNFTをマーケットに出品することもできます。価格は自由に設定できますが、コンテンツ利用料として490円、取引手数料として200円が設定されており、取引が成立した場合、合計690円を引いた額が入金される形です。

このコンテンツ利用料というのが、著者や出版社などへの分配金で、取引手数料はFanTopなどプラットフォーム側に支払われる額だと思います。例えば、私がAさんに売却した後、Aさんがマーケットに出品する際には、再びコンテンツ利用料と取引手数料が設定されることになります。このように二次流通が続いても、取引で売上が立つ度に著者や版元に一部が還元されるという形になっています。

NFTトークンをマーケットに出品する際の画面。コンテンツ利用料として490円、取引手数料として200円が設定されています

NFT電子書籍と二次流通、その手触り

私はすでに電子書籍を2,300点以上購入し、特別な理由がない限りは紙の本を買わないようにしているので、紙の本とのセットが前提のNFT電子書籍は、手を出しづらいというのが正直なところです。今回のような形であれば、紙の本を古書店に売却してしまい、NFTの電子書籍を所有し続けるというほうが普段のスタイルに近いことになります。しかしそれだと紙の本を必ずセットにしたレーベルのコンセプトからかけ離れた使い方ですし、無駄も多いと感じます。

また、NFT電子書籍の閲覧自体は、前述のようにセルシスのビューワーで問題なく行なえますが、トークン管理画面の中に収まっていることや、マーケットプレイスと隣接しているというイメージもあってか、アプリに対して(それが電子的であっても)“充実させたい本棚”というイメージは持ちづらいかもしれません。実際に本棚としての機能もあまりないわけですが……。「読み終わったら売る本を、読んでいる」というのが現在の感覚・手触りでしょうか。

ハヤカワの担当者が記者会見で語っていたように、この取り組みはハヤカワが“ファーストペンギン”になったもので、普及するかどうかはまだまだこれからの展開次第だと思います。一方で、NFTという注目の技術を使って、二次流通でも作者や版元に収益還元を行なう仕組みは、書籍に限らず求められているものだと思いますし、投機目的でないNFTの使い方として大いに注目に値します。こまかな部分は理想からまだ遠い形かもしれませんが、萌芽を見届けるような興味深さは感じられます。

太田 亮三