キャッシュレス百景
第12回
「キャッシュレス後進国ドイツ」は本当か? Apple Pay(と€50)で挑む by 鈴木淳也
2019年3月12日 08:10
ドイツを「キャッシュレス後進国」という人がいる。確かに、筆者が4年前まで毎年のようにドイツに滞在していたころは現金支払いにしか対応しない店が多かったし、カード決済が行なえる店でも「日本から持ってきたクレカはダメ」という感じで地元のデビットカードしか受け付けない体たらくで、機器も古いからApple Payのようなタップ&ペイの支払い手段は論外だ。地元のスーパーでもカード決済をしている人の数は少なく、この点で英国やフランスなどに比べると「キャッシュレス後進国」だなというのは毎回感じていた。
こうした実感は実際のデータにも表れている。例えば経済産業省が2018年4月に公開した「キャッシュレス・ビジョン」では、欧州他国が軒並み40-60%程度のキャッシュレス決済比率を叩きだしているのに対し、ドイツは14.9%と日本の18.4%よりも下回っていたりする。この経産省のデータは日本クレジット協会が毎年出している統計資料と同様にBIS(国際決済銀行)の統計を基準にしているようだが、それによればドイツのキャッシュレス決済の数字はほぼ「デビットカード」決済によるもので、「クレジットカード」決済の比率が極端に低い。ドイツ人の友人が「ドイツでは新型iPhoneが発表されると『そうか、そろそろ旧モデルを買う時期が来たか』というくらい保守的」というよくわからないジョークを話していたが、それくらい(借金をしないという)堅実な国民性を示していると考えておけばいいのだろう。
一方で、「ドイツにおけるキャッシュレス決済比率は5割弱で、欧州諸国では中堅ランク」というデータを示す記事もある。同様のデータを示す別のプレスリリースでは「ドイツでは借金を翌月に持ち越さず即月払いがほとんど」という点にも触れており、やはりクレカよりもデビットという国民性は確かなようだ。
いずれにせよ、筆者が訪問しない4年の間にドイツがどの程度変化しているのか、スペイン・バルセロナのMWC取材後の復路の旅程を利用して、3日間ほど滞在してみることにした。
まずはバルセロナを飛行機で脱出してミュンヘンに到着、その後列車でフランクフルトに移動して現地で2泊し、3日目の夜のフライトで日本へと戻る。
直前にいたバルセロナでは一度も現金を使わず、最後の空港へのタクシー代もカードで支払えてしまったため、タクシー用としてとっておいた50ユーロを握りしめつつ、「使う現金は最大でこの50ユーロのみ。あとはどこまでカード支払いとApple Payで通用するのか」を試すべく、ドイツの地を踏みしめた。
1日目:「Bargeldlos in Deutschland(ドイツでキャッシュレス)」
ミュンヘンからフランクフルトへの移動はICEという高速鉄道を使うため、まずは列車が発着するミュンヘン中央駅へと移動しなければならない。空港からの足は地域鉄道であるSバーンを利用した。
ドイツ鉄道(DB)の券売機はかなりクセがあるため操作が面倒だが、キャッシュレスでさっくりチケットが購入でき、改札もないのでそのまま列車に乗り込めるのはありがたい。飛行機の遅延を想定して空港到着からICEの発車時間までは4時間弱のマージンを確保しておいたが、おかげで市内を少しだけ観光する時間ができた。中心部のマリエン広場までSバーンで移動し、あとは小雨の降る中を「ピナコテーク・シリーズ」と呼ばれる3つの美術館を中継する形で歩いて中央駅まで移動するルートを採った。
ピナコテーク・シリーズは「ノイエ・ピナコテーク」「アルテ・ピナコテーク」「ピナコテーク・デア・モデルネ」の3つで構成される美術館群で、ヴィンセント・ヴァン・ゴッホの「ひまわり」の1作を含む世界的に有名なコレクションが多数陳列されている。かねてから訪問してみたかった場所で、持ち時間は少なかったが全部をまわることが可能な1日フリーパス12ユーロを購入し、スーツケースをクロークに預けて楽しむことにした。チケット自体はカードで購入できるものの、クローク利用料だけは現金で払わなければいけない。今回、閉鎖していたノイエを除く2つの美術館をまわったため1ユーロ×2=2ユーロの現金支払いがさっそく発生した。
中央駅に着いたが、列車の移動は2時間半あるため、やはり飲料と昼飯は確保しておきたい。ちょうど手頃な中華料理屋をみつけたのでランチボックス購入を試みるが、ここはキャッシュオンリーで5.5ユーロの支払いが発生。ICEのチケット自体はMWC出発前に早割で日本から購入済みで、PDFを印刷して利用した。
フランクフルト中央駅に到着したので宿にチェックインに向かうが、その前に飲料水と軽いスナックを確保しておく。決済端末もVerifoneの最新のもので、普通にApple Payによる支払いが行なえる。以前に同所を訪問したときには見られなかった風景だ。今回の宿は「東横イン」で、知る人ぞ知る「フランクフルトの東横イン」だ。周辺の雰囲気は悪いものの、中央駅から徒歩2-3分の距離で宿代が安い(2泊で120ユーロ)というなかなか貴重な場所になっている。今回入った部屋は駅のホームが見下ろせる場所で、鉄道好きなら喜びそうな環境だ。少し休んで事務作業を終わらせた後、晩ご飯を食べに街に繰り出すことにした。
移動途中に見つけたスーパーで飲料を確保しつつ、「Muku」という地元で人気のラーメン屋を訪問してみた。ここまでフランクフルト到着以降はすべてカード決済で通過できていたが、最後の会計の段階で「最低利用額」の制限に引っかかってしまう。現金払いよりは……ということで、炭酸水を追加注文した。店の雰囲気もすごく良く、店員の方に非常に丁寧な対応をしてもらったこともあり、チップのつもりで感謝を込めての注文だ。
さて、初日の最大のミッションは洗濯だ。MWCで始まった欧州滞在もすでに8泊を越えており、着替えも尽きている。東横インを選んだ理由の1つが「ホテル内にコインランドリーがある」という点だが、洗濯機を動かすのに1回2ユーロ、乾燥機を回すのに1回1ユーロかかる。さらに洗剤の購入で50セントかかるため、少なくとも3.5ユーロの現金支払いがここで発生した。余談だが、洗濯機をまわしたまま部屋で気絶してしまい、翌朝再度洗濯機をまわすために追加で2ユーロ支払ったことを付け加えておく(そのまま乾燥させると臭いが酷いため)。1日目だけで、結局13ユーロの現金支払いが発生している。
2日目:ドイツの古都でキャッシュレスの旅を
ドイツ滞在2日目は1日観光だ。訪問先はフランクフルトから列車で1時間強の場所にあるハイデルベルク。ここは度重なる戦火を逃れた古い建造物が多く残った街として有名な場所で、ロマンチック街道など日本発の南ドイツツアーには必ずといっていいほど含まれている名所だ。筆者もかつて訪問したことがあるが、当時は移動に手一杯で早朝の30分ほどしか街にいられず、いつかゆっくりまわりたいという願望を叶えるための再訪となった。
街の観光名所はいくつかあるが、基本的には1.5km以上に及ぶ目抜き通り周辺の古い建造物群と、ネッカー川にかかる橋、そして丘の上に街を見下ろす形でそびえるハイデルベルク城が基本コースになる。途中、聖霊教会で1ユーロをコインで寄進して中を見学しつつ、市政府前の中心広場から10-15分ほど坂を上った場所にあるハイデルベルク城を目指した。城の周辺には巨大な庭園跡があり、それだけで十分景色は綺麗なのだが、せっかくなので城の内部に有料チケットを買って入ってみることにした。支払いはカードで……と思ったのだが、受付の人には「キャッシュオンリー」でといわれる。聞くと、カードの支払い下限が10ユーロより高い金額という設定になっており、入場券大人1枚の8ユーロでは2ユーロほど足りない。仕方なく東横インで受け取った10ユーロ紙幣を渡し、2ユーロコインとともに入場券を受け取った。
ハイデルベルク城からの帰り道、お昼を食べていなかったことに気付いたので、目抜き通りにあったソーセージ屋さんに入ってみることにした。ソーセージとフライドポテトと飲料で合わせて6ユーロと観光地にしてはお得な設定ではあったが、ここもキャッシュオンリーということで現金を支払って食事を済ませる。
ハイデルベルク中央駅に戻ってきたので、フランクフルトに帰る列車に乗る前にトイレを済ませておくことにした。欧州の駅トイレは有料で、コインが手元になくて利用できずに泣くこともしばしばだが、このハイデルベルク駅のトイレはクレカ決済に対応するだけでなく、Apple Payまで利用できる。
「50セント」ということでiPhoneをかざしてみたところ、なぜか決済された金額は「1ユーロ」。
不思議に思っていたが、たまたまトイレの通過時に出てきたレシートらしき券を手に持ったまま駅のドーナツ屋で飲料とドーナツを買ったところ、「券をこっちにちょうだい。割り引きしてあげるから」と店員にいわれ、会計額から50セント引いてくれた。
つまり、カード決済で余分に引かれた50セントは駅の商店で買い物するためのクーポンとして活用しろというわけだ。ドイツ語が読めずにわからなかったが、どうやらトイレのポスターにはそういうことが書かれていたらしい。
2日目の夜だが、やはりドイツに来たからにはラーメンを食べるべきだと思う。Mukuの次に候補として考えていたRamen Junに行ってみることにした。ホテルから25分ほどの徒歩圏内の比較的便利な場所にあったが、ちょうど夜8時という時間が悪かったらしく、かなり待たされた後に豚骨ラーメンを注文してみた。海外ラーメンでありがちな変なアレンジはなく、日本の豚骨ラーメンそのもの。ただし味は九州風というよりは天下一品系の京都ラーメンな印象で、現地の味に疲れたというジャンクフードマニアにはたまらない内容だ。こちらはカード決済的なトラブルはなく、結局2日目に使った現金はハイデルベルクでの合計15ユーロのみとなった。
3日目:ドイツという欧州キャッシュレスの異端
3日目、ドイツ滞在最終日。この日のフライトは夜の7時40分、拠点空港ではないJALのカウンターが開くのが3時間前だとして、フランクフルト中央駅からフランクフルト空港までは20分程度で移動できるため、夕方の4時前に中央駅を出ていればいいことになる。ただし東横インのチェックアウト時間は朝10時なので、それまでは部屋で仕事をし、あとは荷物を宿に預けた状態でお昼を食べつつ5時間前後外を散策するというプランで動くことにした。
3月3日の日曜日の昼前、ひなまつりのフランクフルト中心部を歩いていると、驚くほど人や車がいない。見えるのは警察官やパトカーだけで、大量のバリケードを運び込んでいる。なにやら物騒な想像も頭をよぎったが、コスプレしたおっさん集団の姿がときどき目に入ったので、何やらイベントが間もなく始まるのだと推察した。警官を捕まえて聞いたところ、「Fastnacht」というパレードが昼過ぎに始まるという。仮装した集団が飴をバラ蒔きながら街を徘徊するとのことで、大量の子ども連れがやってくるイベントのようだ。実際、菓子やソーセージを販売する多くの露天の設営準備が進んでおり、2時間ほど歩き回っているといつの間にか街は多くの人々で覆い尽くされ、先ほどまでの静けさが嘘のようにお祭りムードへと変わった。
2018年後半に北欧主要都市を一通りまわってきて、それがたとえワゴン販売や青空市場の小さな露店であってもカード決済が行なえる状況を見てきたため、「欧州ではどこでもカードが使えるんだな」という感想を抱いていた。だがドイツに来て、「あぁ、ドイツはやっぱりドイツなんだな」という感想で落ち着いた。露店はすべてキャッシュオンリーで、お祭りを楽しむには現金が要る。筆者はきちんと空気を読み、3.5ユーロでソーセージを購入して祭りの雰囲気を楽しむことにした。
3日目に使った現金はこの3.5ユーロだけだが、3日間の合計金額は31.5ユーロ。カード決済はトータルで250ユーロ以上使っているため、金額でいえば十分キャッシュレスではあるのだが、痒いところに手が届かないという意味でドイツのキャッシュレス化はまだもう何ステップか必要だという印象を抱いた。
具体的には特に少額決済の場面で、「それくらい現金で払えばいいじゃん」という現地の雰囲気を感じる。この少額決済さえも現金なしでカードで支払えるようになりつつあるのが欧州におけるキャッシュレスであり、今回の欧州訪問で滞在期間が一番長かったバルセロナで特に感じた。
実際、バルセロナ滞在中はワリカンの場面以外で現金に触れておらず、MWC会場の露店でもすべてApple Payで支払っている。
果たして、ドイツがこのようなキャッシュレス環境になるのはいつの日か。ハイデルベルクに続く目的地を考えつつ、次の訪問を楽しみにしたいと思う。