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匠のVR画質。絵も音も妥協しないパナソニックVRグラス【CES2020】
2020年1月10日 09:10
パナソニックはCES 2020で「VRグラス」を発表した。
VR機器はもう珍しくない。CES会場にも多数の製品がある。しかし、パナソニックのものはちょっと違っている。
まず、外観がより「メガネ的」だ。そして、映像のクオリティが非常に高い。詳細は後ほど述べるが、「いままでのVR機器では色々ガマンしていたのだな」と感じる。パナソニックはなぜ今、VRグラスを開発したのだろうか?
開発は「パナソニックの画質の匠達」だった
記者向けに用意された体験ブースに向かうと、そこにいたのは、パナソニック アプライアンス社・技術本部・次世代AVアライアンス担当部長の柏木吉一郎氏。パナソニックで、ハリウッドとともにブルーレイのオーサリングなど画質回りを担当し、テレビの高画質化を手がけた「画質の匠」のひとりである。
なぜ柏木氏がVRグラスの開発を担当したのか? 柏木氏は、AV製品との関わりが深い人物だ。だから、「この技術も次世代ホームシアターを狙っているのだろうか」と思いたずねると、帰ってきた答えはちょっと違っていた。
柏木氏(以下敬称略):「究極の個人用デバイス」という意図はありますが、別にAV的な用途だけにこだわったわけではないんです。VRはディスプレイの変化であり、人が「見る」「体験する」ことを変えるもの。だから、ちゃんとした妥協のない基盤を作っておきたかったんです。
いままでのVR用HMDは、解像度も低いものが多いし、周辺部の映像がぼやけてしまっている。HDRにも対応していない。そうじゃなくて、高い解像度で周辺もぼやけないものを作る必要がある、と考えて開発しました。
実はこの製品の開発は、計画開始から3年以上かけているという。色々な企業からVR機器が出てくるのを横目に、「理想的なデバイスを作ってそこからスタートしたい」と考えてじっくりと時間をかけていたのだ。
デザインが目を惹くが、それより先に画質の話をしておこう。
かけてみて感じたのは、とにかく映像が「スッキリ」していることだ。解像感が高く、ぼやけもゆがみもない。VRでは、人間の目の特性に合わせ、視野の中心の解像感を重視し、周辺はぼやけた感じになることがある。それは処理軽減という目的もあるのだが、コストや技術的な問題から、利用するレンズなどに妥協があり、「周辺はボケた感じになる」ことを許容している部分がある。
しかし、パナソニックの試作機はそれがない。「視野特性の話はあるんですが、でも、普段目で外界を見ている時、外側がぼやけているわけじゃないですよね」と柏木氏は言う。「妥協しない」とは、そういう話だ。
VR用機器は、通常のテレビやスマホなどとは、また違う考え方が必要になる。小さなディスプレイをレンズで拡大して見ることになるからだ。一般にディスプレイの解像度は「PPI」(1平方インチあたりの解像度)で示すが、拡大してごく近い距離で見るVR機器の性能の指針にすると、それだけでは正しく性能を測れない。
そこで重要になるのがPPD(角度あたりの画素密度)という考え方。一般に、視力1.0の人のPPDが60と言われている。この数字に近ければ現実に近い解像度、というわけだ。
一般的な、有機ELや液晶パネルを使ったVR用HMDのPPIは16程度と言われているが、パナソニックの試作機は「26」。これはかなり高い値だ。だから、見える映像は精細感が高く感じられるのだ。
ちなみに、PPIは試作機の場合2,245。スマホは300から400PPIくらいなので圧倒的に高い値だが、これは、ディスプレイが、カメラのビューファインダー(EVF)などに使われる「マイクロOLED」だからだ。デバイスとしては、EVF向けでは大手のKopinと共同開発したものだという。
ただし、PPDだけでいえば、HoloLens2は47PPDで、パナソニックの試作機より高い。しかし、HoloLens2は透過型AR機器であり、ディスプレイが視野を覆う範囲(Field of View、FOV)は横方向で43度程度と狭く、視野の中央にしか映像が表示されない。パナソニックの試作機は「VR用」なので、ほぼ視野全体を覆う形になっている。FOVの値は公開されていない。「40度・50度と極端に狭いのも不自然だけれど、180度を超える広さも不要ではないか、と考えています。一般的なVR機器と同じくらいであれば、90度か120度かというのは、そこまで重要ではないかな、と考えています」と柏木氏は言う。
むしろ重要なのは、HDRに対応していること、色解像度が10bitオーバーを想定している、という点だ。
現在の4Kテレビでもわかるように、HDRの価値はきわめて高い。金箔が貼られた仏像や金管楽器のきらめき、ろうそくの繊細な明かりなどもちゃんと再現できる。空の自然な色合いをバンディング(階調割れ)なしに再現するには、やはり10bit以上の色解像度が必要になる。
柏木:ディスプレイデバイスについては、Kopinに対して我々が条件を示して開発した形です。現在の試作機では片眼で2,048×2,048ドットのものを使っていますが、2,560×2,560ドット、5K相当のものを利用することを検討しています。解像感は変わらないのですが、その分視野が広がります。レンズなどの光学系は、我々の独自開発です。
映像だけでなく「音」にもこだわっている。組み込まれているヘッドホンは、Technicsブランドのイヤフォンでも採用されている磁性流体を使ったもの。デジタルアンプも「Technics由来」のもので、どっしりとした音が出る。AV専用ではないといいつつ、その辺に抜かりはない。
「違和感のないデザイン」と「高画質」の両立を目指して
この試作機の特徴は、VR用HMDに多い「かぶる」形ではなく、メガネのように「かける」形になっていることだ。一般的なHMDでは、比較的面積の広いディスプレイパネルを配置する構造を採用しているため、目の前に大きなディスプレイがくっつき、頭からかぶる形になる。
だがパナソニックの試作機は、Kopinのビューファインダー向けディスプレイデバイスを使い、それぞれの目の前にコンパクトなディスプレイを埋め込む形だ。だから、メガネのレンズ部を飛び出させたようなデザインになった。「攻殻機動隊」のバトーや、「マトリックス」のモーフィアス、「Zガンダム」のバスク・オムといった、いわゆる「ゴーグルをかけているキャラクター」に似た印象になる。
柏木:このデザインは、最初から狙いました。ディスプレイデバイスの選択も、このデザインにしたかったからですよ。なぜなら、外にそのままかけていってもそこまで違和感のないものにしたかったからです。
メガネに近い外観の機器はCES会場にもいくつかある。だが、そのほとんどは視野を覆う「VR用」ではなく、外界の映像に透過型ディスプレイで映像を重ねる「AR用」だ。AR向けの光学系の場合、VRのように視野全体を覆う必然性がなく、コンパクトなディスプレイデバイスを使いやすいからだ。だが一方で、透過型だと実現できないこともたくさんある。
柏木:VRとして使うだけでなく、カメラを組み合わせて「ビデオシースルー型」のAR・MRを実現することも考えています。そうすると、実景によりリアルにCGを重ねられます。
なお、メガネ型になったため、当然だが、視力矯正用のメガネをそのまま併用することはできない。視力矯正用レンズを別途組み合わせて使うことを想定している。目と目の間の距離(IPD)の調整は、鼻の間にあるつまみを回すことで簡単にできる。かなりよく考えられたデザインだ。
実は「ポジトラあり」「スタンドアローン動作」も可能?
VR機器としての機能はどうだろう?
現状の試作機はPCに接続され、そこから映像を流して表示していた。また、ポジショントラッキングについてはいわゆる「3DoF」対応で、自由度は高くない。ハンドトラッキングなどの機能もない。
だが柏木氏は、「このスペックで固定されているわけではない」とも言う。
柏木:ポジショントラッキングは簡単に追加できます。PC接続専用というわけではなく、中にSoCを搭載し、スタンドアローンで動作させることも想定しています。実は今のデバイスにも、すでにSoCは入ってるんです。今回のデモでは使っていませんが。現在はモバイル向けのSoCの性能も上がってきたので、PC接続が必須とは考えていません。
ポジショントラッキングにしろハンドトラッキングにしろ、外部にはそれらを得意とする企業があるじゃないですか。彼らと組む形を採ればいい、と考えています。それらは商品としてどうまとめるか、という話ですよね。そこにはいろんな選択肢があり得ます。
でも、それより先に「必要な基盤」を作らないといけない。画質に関わる部分は、我々じゃないとできないですから。
現状、このVRグラスの発売時期などは未定だ。商品化する時の形も決まっていない。
「希望としては、2021年のCESには商品としてのものをもってきたい」(柏木氏)ともいう。ただしそれは「第一段階」であり、そのスペック・形式で固定されるビジネスではない。
また、コンシューマ向けに大量に、最初から安価に販売する予定もないという。
柏木:価格などは決まっていません。しかし、「まず安くしないと」という風に考えているわけでもない。例えば、最近でた折りたたみ式のスマホはかなり高いですよね? でも、価値を感じて買っている人はいるわけで。
業務向けがまずは想定されるが、個人向けも含め、発売を期待したい。