トピック
中野は「時計の聖地」? ジャックロードに聞く高級腕時計のいま
2022年6月10日 09:00
サブカルの聖地として知られる、東京・中野の「中野ブロードウェイ」。ここに、機械式を中心とした高級腕時計を新品・中古問わず幅広く扱う時計店「ジャックロード」がある。同店の店長・阿部賢一氏に、最近の高級腕時計の売れ筋や傾向を聞いた。また、サブカルだけでなく「時計の聖地」化しているという中野ブロードウェイ界隈の現状についても聞いている。
人気はロレックス、オメガ、タグ・ホイヤー
ブロードウェイの3階にある時計店「ジャックロード」は、フジヤエービックやフジヤカメラなどを擁するフジヤグループの一員。オープンしたのは1987年で、今年で35周年を迎え、ブロードウェイの時計店の中では老舗にあたる。店舗の面積も大きいため、3階の「まんだらけ」本店などを目当てに訪れた人も、回遊する際に見かけたことがあるという人は多いだろう。
ジャックロードで取り扱っている腕時計は、海外の正規販売店を経て流通する、いわゆる「並行輸入品」が中心で、ブランドのバリエーションが非常に豊富。中古も積極的に取り扱い、新品で入手することが難しい商品も次々に並ぶため、店頭を眺めているだけでも見応えや発見がある。
その規模は、在庫が常時6,000点以上と非常に多く、内訳は時計の新品・中古が合わせて約3,500本で6割程度を占め、中古カテゴリーとは別に「ビンテージ」に区分する時計も約1,500本を取り揃えている(残りは女性用のバッグやジュエリーなど)。販売数も多く、メンズ時計に限っても1日40~60本を販売、年間で約20,000本を販売するという。販売する時計の価格は、30~60万円が中心とのことだ。
売れ筋は、ロレックス、オメガ、タグ・ホイヤー。国内でも知名度の高い3ブランドで高額なモデルも多いが、同店では安定した人気を誇る。ロレックスはかなり高額であるにもかかわらず、売上金額だけでなく販売本数でもトップクラスで、これは多くの中古時計店と同様でもある。これら3ブランドに続くのが、セイコー(含むグランドセイコー)、ブライトリングなど。ウブロやパネライも人気とのことだった。
また阿部氏によると、最近店頭で動きが目立っているという注目ブランドが、モーリス・ラクロア(Maurice Lacroix)。歴史の長いブランドが多い時計業界では比較的新しい1975年の創業だが、外装パーツからムーブメントに至るまで自社一貫生産する技術力を持つ。価格を抑えた作りで大ヒットしているエントリーモデル「アイコン」など、幅広いラインナップが魅力という。
コロナ禍で通信販売が加速
コロナ禍は時計の販売にも影響し、特に2020年の春ごろは外出が制限されたことで店頭は閑散としていたという。この年の4~6月は中古時計の相場が珍しく下落するなどの動きも見せたが、ジャックロードでは、順調に伸びていた通信販売がコロナ禍で加速し、店頭販売の減速を補う形になったという。
顧客の年齢層は30~40代が中心。かつてのように、新社会人になったからという理由で時計を買う人は減っているのではないか、とのこと。相対的に若い人は減っている印象だという。「Apple Watchなど、実用的なものが増えています。ブランド時計や機械式への憧れ、所有欲を満たすといった行動が、減っているのではないでしょうか」(阿部氏)
“時計投資”には「好きで買ってほしい」
近年の時計業界で話題になっているのが、投資目的の売買。これはロレックスなど一部の高級ブランドの製品が中古でも売買価格が下がりにくいこと、品薄から値上がりすることなどに着目し、転売や長期保有で利益を出すという投資活動。賛否両論を巻き起こしているが、グローバルで売買プラットフォームが確立されているという時代背景もあり、特にロレックスの高騰は世界的な潮流になっている。最近ではインフレによる現物資産の需要の高まりが、こうした流れに拍車をかけている。
ロレックスは、(百貨店などにある)正規販売店での販売供給時が最も安いが、入手は困難な状況。そのため中古(未使用も多い)が高い価格で推移するという状況で、正規店の新品販売を足で探し回る「ロレックスマラソン」なる言葉も生まれている。また、どの中古店でもロレックスの在庫の動きは非常に早く、入荷すればすぐに売れてしまう状況だ。現在ではパテック・フィリップやオーデマ ピゲ、オメガ・スピードマスターのビンテージなども高騰するなど、影響はロレックス以外にも波及している。
古くからの時計ファンや、一昔前のロレックスの中古価格を知っている人は、呆れたりウンザリしたり距離をおいたりと、反応はさまざまだが、余剰資金の逃避先としてや、“値下がりしない”“手堅い投資”と信じる人の流入は続いている。
「昔から、保有して値上がりを待つという考えはありましたが、投資目的の人が明らかに増えたのが、ここ1~2年です。時計には資産価値があり、価値が残るものと捉えられたのだと思います。コロナ禍での販売の落ち込みに対しては、確かに、投資目的の人の売買が補ってくれた面はあります」(阿部氏)
「ただ、私としてはやはり、好きで買ってほしい。そういうメッセージは出していきたいです。機械式時計の良さを知ってもらって、好きで所有してほしい。私たちが昔から中古やビンテージを扱っているのも、製品が代替わりしても良いものは良い、そういう想いを大事にしてきたからです」(阿部氏)
阿部氏が気に入って使っている腕時計のうち、ひとつはロレックスの古いGMTマスターだという。カラーはブラウンで、インデックスは日焼けしており(昔は敬遠されていた)、購入した当時は人気のあるモデルではなく、価格は30万~40万円だったとのこと。中古時計にはこうした「自分なりに魅力を見出す」という楽しみ方もあるが、現在のロレックスはほとんどすべてのモデルに高額な価格が付き、それが叶わくなってしまった。店として否定や拒否はしないものの、ひとりの時計好きとしては寂しい、というのが正直な感想だという。
“時計の聖地”になった中野ブロードウェイ
中野ブロードウェイには古くからマンガやアニメ、関連グッズを幅広く取り扱う「まんだらけ」が店を構え、界隈のサブカル系ショップやコアな店、レンタルショーケースも集まる形になっている。サブカルの聖地と言われる所以だが、近年になって顕著な変化が起こっている。高級腕時計を扱う店が増えているのだ。
この流れは周辺にも波及しており、現在は中野駅~中野ブロードウェイの周辺だけで20店以上が店を構え、なお増加しているという。最近では、元々時計店が多い銀座の名前を冠する店もブロードウェイに支店を出しているほか、直近では5月28日にもブロードウェイに新規に時計店が出店。「時計の聖地・中野ブロードウェイにオープンする」と案内されるなど、“時計の聖地”化の流れは加速している。
東京・銀座には、高級腕時計ブランドの直営や公式の店が並ぶ、通称「時計通り」と呼ばれるスポットがある。また、銀座に限らず百貨店や大型の家電量販店を訪れれば、さまざまなブランドの腕時計が一堂に会している。そうしたスポットや店と異なるのは、中野に集まっている店はいわゆる並行輸入や中古を中心とした店であること。結果的に、古今東西の新品・中古・ビンテージアイテムが集い、時計を求める人にとっては「中野に行けばなんでも揃う」という状況になっている。またそのことが新たな出店を惹き付ける要因にもなっている。
そのブロードウェイに古くから店を構えているのがジャックロードだが、阿部氏も「中野に時計ファンが集まっている」と変化を感じている。「以前は“かなりコアな時計ファンが集う街”という感覚でしたが、最近は“時計なら何でも見られる街”になっています」(阿部氏)。
同店にとってはライバルの増加だが、阿部氏は、以前とは考え方が変わったという。「競合店の出店が増え始めた当初は、正直なところとても不安でした。しかし、時計愛好家が集う場所(ビル)としての認知が拡大し、実際に集客が増加した昨今の状況をみて、我々の強みである品揃え・バリーションの豊富さを、より多くの方に知ってもらう、見てもらうチャンスが増えて良かったと、そう考えを新たにしているところです」(阿部氏)
中野に高級時計が集まる理由
中野ブロードウェイの魅力は「カオス」という言葉に集約される。地下は個店をベースに乾物から海産、中華惣菜、カレー、うどん、ソフトクリーム、スーパーもある食品フロアで、地域住民の食生活を支えるという側面を持つ。1階はゲーセンに薬局や靴屋、整体といった定番的なお店が並ぶが、時計屋も増加中。2階からはサブカルな店が増え、1階からエスカレーターで直結の3階が主戦場だ。まんだらけ関連店舗以外にも、新刊の書店、サバゲー、ミリタリーファッション、オーディオ(フジヤエービック)、トレーディングカード、レンタルショーケース、古銭、画廊、占い、美容院、古い喫茶店から天ぷら屋まで(挙げ始めるとキリがない)、脈絡なく“濃い”店舗が集積している。
「マンガやフィギュアなどのお店の隣で1本数千万の時計が売っている」という状況からしても、ジャックロードを始めとする時計店は、そうしたカオスを構成するひとつだったのだが、近年は、非常に狭いテナントであっても高級時計を扱う店が入るようになり、フロアの雰囲気という意味では以前と変わりつつある。
これには中野ブロードウェイという物件独自の理由もあるようだ。というのも、ビル自体に24時間警備が完備されており(中層以上はマンション)、一般的な路面店よりも警備コストを抑えられるという。もちろんブロードウェイ内のテナントであっても大きな店舗は独自に警備を契約しているが、“高級品かつ狭小店舗”が成立するのは、ブロードウェイならではといえるようだ。
なお、並行輸入品については、かつては国内で正規のサポートを受けられないなど、冷遇される時期が長かったものの、高級ブランドの多くはすでに国際保証の体制を整備しており、「自分たちの製品なら世界のどこでも面倒をみる」というスタンスが当たり前になっている。メンテナンス時に“正規”“並行輸入”という素性で区別するやり方は過去のものになっているのだ。新品でも中古でも個人売買であっても、それが偽物でない限りは、国内の窓口から正規のメンテナンスに出せて、ブランドによっては真贋判定の鑑定書を追加で付けてくれるところもある(もとより偽物かどうかはメンテナンスの初期段階で判別される)。
ただし、標準のメーカー保証期間については注意が必要。海外の正規代理店が出荷した時点で新品としての保証期間がスタートしているケースが多いので、この場合は販売店での在庫期間中もメーカーの保証期間を“消費”している形になる。メーカー保証の期限が近づくと大きく値引きされることもあるので、一長一短といったところだろうか。なお、店舗オリジナルのメンテナンス体制により新品なら2~3年の保証期間を用意している場合もあり、これは販売時点から適用される。
日本国内に限れば、時計師や修理工房など市井の店のメンテナンスレベルが高いことは国際的にも有名。高温多湿という悪条件にも関わらず、状態の良い中古は日本で探すというバイヤーは多いとされる。ブランドの正規メンテナンスでなくても、懇意にする店を見つけてメンテナンス体制を確保することは可能だ。ちなみに中野ブロードウェイには高級時計を対象にした修理専門店も店を構えている。
“投資目的のバブル”に困惑する時計ファンは少なくないが、中野にさまざまな時計が集まってきているのは事実。ジャックロードのバリエーションの豊富さは、中野ブロードウェイのカオスに重なる部分があり、また時計業界のカオスも、中野周辺で加速している。一歩引いて冷静になり、悲喜こもごもの“時計のカオス”を楽しむとして中野ブロードウェイを訪れるのも、面白いのではないだろうか。