鈴木淳也のPay Attention

第235回

いよいよ上陸 最後発「Samsung Wallet」はどう日本を攻略する

2月14日から日本で発売されるGalaxy S25 UltraとS25。Samsung Walletアプリ自体は対象機種において2月25日より順次提供が開始される

Samsung Electronicsの最新フラッグシップモデルのスマートフォン「Galaxy S25/Ultra」が、日本でも2月14日より発売される。

ニュースの1つは、ソフトバンクが10年ぶりにGalaxyの取り扱いを再開することで、これにより近年Samsung自身が販売チャネルを獲得しつつあるSIMフリーモデルと合わせて、製品購入の幅が広がったことが挙げられる。特にS25の世代では「Galaxy AI」を前面に推しており、同社ならではのマルチモーダル検索対応AIエージェントを搭載して他社製品の差別化を図っている。

だが、ここでは日本向けに初となる「Samsung Wallet」の提供を2月25日より順次開始するというニュースを取り上げたい。

振り返れば、もともと「Samsung Pay」として2015年夏にAppleやGoogleに続く形でスタートした同社の決済サービスだが、2022年からは名称を「Samsung Wallet」とし、決済やポイントカードのみならず、デジタルウォレットを通じてさまざまなサービスを包含すべく機能拡張を続けている。

今回はこのサービスの歴史を少し振り返りつつ、その特徴や日本参入までの経緯、そして「既存のウォレットサービスにどう対抗していくのか」まで、Samsung Walletのみにフォーカスしてまとめていきたい。

スマートフォンの画面の下面から上方向に“スワイプ”することでSamsung Walletがクイック起動できる。FoldやFlipのような普段メイン画面を閉じているデバイスでもサブ画面で同様の動作によりクイック起動できるため、使い勝手がいい

LoopPayの買収から始まったSamsung Pay

現在のスマートフォン向けのデジタルウォレットの世界はApple Payから始まったといっていい。それまでおサイフケータイや“(旧)Google Wallet”など、さまざまなデジタルウォレットの先駆者となるサービスが存在していたが、サービスの利用形態からウォレットのUI/UXまで、今日のスタイルの基礎となったのはApple Payで間違いない。このサービスが2014年秋に米国で登場して以降、フォロワーとなるサービスはすべてApple Payのそれがベースとなっているからだ。

スマートフォン向けプラットフォームの世界でライバルのGoogleは新しい決済サービスの名称を「Android Pay」とし、それまでスマートフォン内のセキュアエレメント(eSE)に決済情報を格納する方式から、スマートフォン本体に専用のセキュア領域を確保し(GP-SE)、ハードウェア的なセキュアエレメントと伴わない「HCE(Host Card Emulation)」を利用する方式へと方針転換し、2015年秋に再デビューしている。

旧Google Walletの提供開始は2011年でAppleよりも先行していたが、携帯キャリアからの妨害もあり頓挫、最終的にSEの実装方式を選ばないHCEにその軸を置くようになった。

そして本題のSamsung Wallet(Pay)だが、Android Payとほぼ同時期の2015年秋までに韓国と米国の2カ国でスタートしている。

Android PayはSEの実装方式を選ばなくなったため、NFCに対応した機種であれば実質的にほぼすべてのAndroidスマートフォンで利用可能だった。その意味でSamsung Payはプラットフォーマーに真っ向から対抗する形で存在し、しかもGalaxyという同社製品に限定されるというハンデが存在していた。

それにもかかわらず特徴を出せた理由の1つは、MST(Magnetic Secure Transmission)の存在にある。これはクレジットカードやポイントカードに採用されている磁気カード(Magnetic Stripe Card)の磁気部分を電気的にエミュレーションするもので、MSTの電気信号を発信できる装置のアンテナを磁気カードを読み取るリーダー装置へ近付けると、実際に磁気カードを通したような形で信号データがリーダー装置へと送られ、“物理的なカード”なしで“カード”を読み込んだのと同じ動作を実現する。

MSTの装置内にカード情報を複数蓄えておけば、財布を物理的に膨らませることなく、何枚もカードをデジタル媒体の中にストックしておける。この機能は2015年2月にSamsungが買収したLoopPayの買収によって実現したもので、同年にリリースされたGalaxy S6からLoopPayのMST機能を内蔵し、スマートフォンのみで磁気カードと同じ役割を果たせるようになった。

2015年1月にInternational CESに出展していた買収前のLoopPayのデモデバイス。ウォレットのUI/UXはまさにApple Payをベースとしている

Apple Payが登場したとはいえ、いわゆるNFCで実店舗決済できる店舗は2015年時点ではまだ限られていた。当時、筆者がNFCが利用可能な店舗を探すためにiPhone片手にわざわざ欧州各地を行脚していたほどで、ロンドン五輪のあった英国を除けば、比較的後期にクレジットカードのインフラが整備されたポーランドなど東欧諸国での対応が見られたものの、欧州でも西欧はどちらかといえば整備が遅れていた方だった。さらにインフラ整備が遅れていた米国は言うまでもなく(カナダは比較的NFC対応が早かった)、むしろ磁気カードが主流だったといって問題ない。

Apple Pay登場当時の米国での小売各社の混乱ぶりは別記事にまとめてあるが、同様のステータスだった韓国も含め、MSTの存在はNFCのみのApple PayやAndroid Payにはない大きな特徴だったように思う。

そのLoopPayだが、デモ機ではiPhoneに専用の“スリーブ”を取り付け、運転免許証などの身分証を挟み込めるスペースと、MSTの信号を発生させるモジュールが脱着できる仕組みを備えた形で紹介されており、スリーブごとカードリーダーに近付けて支払いを行ってもいいし、MSTモジュールのみを取り外して支払うことも可能だった。最終的にはSamsung Pay提供にあたってGalaxy本体にこの機能は内蔵され、比較的最近の(対象地域で発売される)機種までMSTが搭載されていた。もっとも、近年ではセキュリティ強化を理由に磁気カードを受け付けない小売店がほとんどのため、10年を経てその役割を終えたと言っていいだろう。

iPhoneに取り付けた専用スリーブからMSTモジュールを外したところ。スリーブ側にはモジュールとiPhoneの間に身分証を挟み込むスペースが用意されている
MSTモジュールのみでカードリーダーに近付けても、磁気カードのエミュレーション動作は可能

なぜこのタイミングでの日本国内リリースなのか

今回、日本でSamsung Walletの提供で尽力していた担当チームの方々に話を聞く機会を得たが、一番聞きたかったのが「なぜ今のタイミングで日本参入なのか」という点だ。

サムスン電子ジャパン GTM Group長 MX事業本部 営業革新Teamの鈴木祐介氏は「グローバル全体でSamsung Walletを広げていこうという戦略に基づいたもの」だという。

サムスン電子ジャパン GTM Group長 MX事業本部 営業革新Teamの鈴木祐介氏

「Samsung Walletは単体でビジネスを考えているわけではなく、このサービスを使うことでGalaxyの利便性を上げ、結果としてGalaxyの世界を広げるための手段であり、ツールというグローバルでの戦略がある。もともと日本での導入は前々から話があったものの、ご存じのように日本はFeliCaなどの決済が存在し、グローバルと日本でクレジット業界の状況が違い、話が進めづらいところがあった。今回、Galaxy S25の発売にあたり、このGalaxyのユーザー体験を向上するための1つの付加価値としてSamsung Walletを提供しようという話があり、1年以上をかけて準備を進めてきた」(鈴木氏)

今回日本でリリースされるSamsung Walletは、決済方面では2月25日のローンチ時点ではオリコのMastercardのみが対応し、残りの三井住友カード、三菱UFJデビット、JCBの3種類のカードは3月以降順次となっている。Type-A/BのNFCによる決済のみに対応し、交通系ICカードを含むFeliCa系電子マネーサービスには対応しない。だが鈴木氏によれば、FeliCaを除外して考えているわけではなく、あくまで“このタイミング”と考えたときに、提供可能だったのが現在のラインナップだという。

「グローバルの決済はType-A/Bが中心の世界であり、これが日本導入への足踏みの理由の1つだった。だがいろいろ検討するなかで、日本でも利用できる場所が増え、NFCのみのリリースでも一定の理解を得られるタイミングが到来したと考えている。もちろんFeliCaが日本で重要な位置を占めていることは分かっているが、限られた期間でまとめられる話でもなく、それを待っていては大事なタイミングを逃してしまう。ぜひとも今後導入の検討を行なっていきたい」

日本国内ローンチ時点でSamsung Walletが対応するサービス一覧(出典:Samsung)

もう少し深掘りしていくと、日本の決済市場の“勉強”を経て具体的アクションに乗り出したのが2023年夏ごろだという。

サムスン電子ジャパン GTM Group MX事業本部 営業革新Team課長の山崎慶子氏によれば、韓国本社と日本で議論するなかで、キャッシュレス化が進み、端末販売においても重要な国である日本が、各国でSamsung Walletの搭載が進むなかで「やはり主要サービスに対応する必要があるのではないか」という形でゴーサインが出たようだ。

Galaxyフラッグシップ新製品のローンチに合わせるという部分は決まっていて、昨年(24年)のS24のタイミングでは間に合わないため、一応のゴールは今年のS25に合わせることが決まった。

Samsung WalletにおけるUI/UXのメリットを説明するサムスン電子ジャパン GTM Group MX事業本部 営業革新Team課長の山崎慶子氏

日本の決済事情は前述のように理解しており、そのなかでどの決済サービス事業者(PSP)と連携していくかなどを検討し、メガバンク系カード会社が発行する主流のクレジットカードのほか、利用者の多い流通系カードなど、各社に対して一斉に声がけを開始していき、結果として今回のローンチ時点でのラインナップとなった。

今回、ローンチ時点ではオリコのみの対応となっているが、これは別にオリコに優先権を与えたとかの理由ではなく、単にローンチ時点で間に合ったのが同社のみという理由による。Samsung Walletの対応にあたっては、カード会社各社でそのための開発作業が発生するため、作業優先順位の問題から必ずしもSamsung側の都合に合わせてもらえるとは限らず、結果として対応できたのがオリコだけになったようだ。

そして、こうした作業工数の問題のみならず、交渉にあたっては「Samsung Walletの日本での必要性」を説明する必要がある。開発にあたっては当然コストが発生するわけで、Samsung Walletを通じてイシュアであるカード会社に収益が入らなければメリットはなく赤字になるだけであり、そもそも開発に入ってもらえない。

そのため、すでにApple PayやGoogle Payが存在する世界において、なぜSamsung Walletが必要なのか、グローバルでの展開状況などを丁寧に説明することで理解を得られたのが、今回のラインナップということになる。

現在、Samsung Walletが利用可能な端末が世界に4億台あり、そのうち同サービスを実際に利用しているユーザーは1億人。日本はまだ未提供のためこの数字には含まれていないが、参入後のインパクトなども含め、詳しい数字を説明し、時間をかけて改めて賛同を得たということだろう。

鈴木氏によれば、カード会社がSamsung Walletに参加するにあたり、特に金銭的な補助などは行なっていないという。参入の対価として同氏が挙げているのは積極的なプロモーション活動でカード会社をプッシュしていくことを挙げており、直接的な金銭のやり取りとは別の形での開発コストに見合った提案を行なっているようだ。規定のユーザー数やトランザクション数などのコミッションも特に設定しておらず、前述のように5~10年先を見据えたGalaxyユーザーの拡大と、それから享受できるメリットを説明するに留まっているとのこと。

機能的な特徴とPayPay連携の話

ローンチのタイミングが今回のようになった部分は理解できたが、一方でデジタルウォレットサービスとしては後発中の後発であり、市場としてはApple PayやGoogle Walletがすでに存在して一定以上の認知を得ているわけで、ここで登場したSamsung Walletが認知を得て、さらにGoogle Walletから“スイッチ”してもらえるかは未知数だ。

このSamsung Walletならではの特徴として山崎氏が挙げているのが「操作性の統一されたUI/UX」「端末に紐付いたサービスの簡便性や安定性」、そして「自社内で開発を完結できるスピード感」だ。

ロック画面上で“スワイプアップ”するとSamsung Walletがクイック起動する。この状態で必要なカードを選んですぐに利用できるため、いったんホーム画面上のアプリを経由するよりも素早くアクセスできる。

これはスマートフォンメーカー自身が提供している決済サービスならではの特徴だ。UI自体もシンプルで統一感あるものになっており、その点でも分かりやすくなっている。クレジット/デビットカードやポイントカードのほか、航空会社の搭乗券もウォレット上に登録できる。

対応する航空会社は、航空会社のアプリやWebサイト経由で直接ウォレットへの航空券を2次元コードの形で格納し、遅延情報なども含めたアップデートを逐次入手できるが、非対応の航空会社であってもPDFなどで提供される航空券の情報を読み取って直接ウォレット上に登録することも可能。この場合、遅延情報のアップデートなどは行なわれないが、2次元コードの情報をSamsung Walletが解析して航空会社も自動判別するため、ウォレット上の一覧表示で混乱することもないだろう。

Samsung Walletの基本UI。今日のスマートフォン向けデジタルウォレットでほぼ共通のものだ

そして、今回のローンチ時点での一番の注目はPayPayの対応かもしれない。

サムスン日本研究所 Mobile Solution Lab、Digital Wallet Part長ディレクターの小川拓也氏によれば、決定から実際の搭載まではいろいろ困難な道のりがあったようだが、最終的に対応が間に合うことになった。前述の鈴木氏によれば、Samsung Walletの日本で出すことが決定された時点でカード会社のほかに、PayPayを含むQRコード決済会社の各社と交渉する別チームを編成して対応にあたったという。

結果として現時点ではPayPayのみの対応となったが、今回10年ぶりにソフトバンクがGalaxy再参入を決めたというニュースがあり、影響の有無は分からないものの、追い風となるような幸運にも見舞われている。

実際のところ、Samsung Walletにコード決済が含まれる国は中国とインドの2カ国のみで、その点でPayPayはグローバルに対して日本独自の取り組みに近い。

ただ、現状で日本のキャッシュレスシーンが30-50代の比較的高い年齢層に偏っていることがあり、今後Samsung Walletを5年、10年単位で日本で続けていくのであれば、若年層を率先して取り込んでいかなければならない。

鈴木氏は「PayPayが入ったことは、若年層を取り込むうえで大きなメリット」になると述べており、PayPayがローンチ時点で提供できたことは非常に大きいという認識だ。

なお、Samsung WalletにおけるPayPayはディープリンク方式で実装されている。URLを指定して特定のアプリを呼び出す方式だが、直接バーコードやQRコードの表示機能をカード画面上に埋め込まず、いったんPayPayアプリを呼び出す方式にしたのはなぜか。小川氏によれば「実際に店舗などで支払いを確認する際にアプリが動作している画面が見られないのはまずいというケースがあり、相談のうえ、最適な形として今回の実装方式を選んだ」と説明する。シンプルに同一UIに統一するだけが正しいというわけではないようだ。

サムスン日本研究所 Mobile Solution Lab、Digital Wallet Part長ディレクターの小川拓也氏
Samsung WalletでPayPayのカードを選んだ画面。ボタンを押すとPayPayアプリに遷移する

今後のSamsung Walletだが、まずは認知を広げていくところからスタートする。まだ具体的な内容は決まっていないものの、参加しているパートナーと共同でサービス開始キャンペーンを展開していく。日本のユーザーに対しては、ほぼゼロに近い状態からの認知となるため、Galaxy原宿といったストアや、全国通信事業者のショップに確保しているデジタルPOPを活用した宣伝活動、そして公式SNSを経由したプロモーションなどが中心となる。

また既存のGalaxyユーザーに対してはプッシュ配信による宣伝活動を行なう。対象機種は2021年以降の発売モデルかつAndroid 14以上のGalaxyと限定されるが、こうした宣伝活動と合わせてSamsung Walletアプリのダウンロードに結びつけば、少しでも利用機会も増えるだろう。またSIMフリーモデルについてはデフォルトでGoogle Walletのアプリがプリインストールされていないため、宣伝によってはSamsung Walletが“ファースト決済アプリ”となる可能性がある。これら機種にはSamsung Walletをダウンロードするためのストアへの誘導リンクがアイコンとしてホームに配置されているため、ある程度の誘導となる。

今後の拡張については、前述のように交通系ICへの対応が1つの課題としてあがっている。クレジットカードなどでは代用できない部分が大きいため、重要度が高いという考えなのだろう。また米国や韓国では運転免許証やIDなどをSamsung Wallet上に入れるサービスが稼働しており、今後日本でもマイナンバーカードのスマートフォン搭載が進むなかで、やはり対応の筆頭として上がってくるはずだ。

まだまだ認知向上という面で先は長いものの、Samsung側のウォレット戦略が「長期の視点で日本の市場を見る」という点にあり、サービスの早期終了といった恐れも少なく、この点で期待が寄せられる。

今回説明をいただいたSamsung Walletチームの方々。左から小川氏、鈴木氏、山崎氏

国内SIerでシステムエンジニアとして勤務後、1997年よりアスキー(現KADOKAWA)で雑誌編集、2000年にプロフェッショナル向けIT情報サイト「@IT」の立ち上げに参画。渡米を機に2002年からフリーランスとしてサンフランシスコからシリコンバレーのIT情報発信を行なう。2011年以降は、取材分野を「NFCとモバイル決済」とし、リテール向けソリューションや公共インフラ、Fintechなどをテーマに取材活動を続けている。Twitter(@j17sf)