鈴木淳也のPay Attention

第230回

デジタル給与払い本格化? リクルートの即払いサービスが始まるまで

東京ミッドタウン八重洲から東京駅八重洲口を望む。左側に見えるビルがリクルートが本社を構えるグラントウキョウ サウスタワー

リクルートと三菱UFJ銀行が共同出資するリクルートMUFGビジネス(RMB)は2024年12月13日付けで、いわゆる「給与デジタル払い」を手がける資金移動業者として厚生労働大臣の指定第2号となった。

RMBの提供する「COIN+」のサービスを通じ、1月中旬をめどに「給与デジタル払い」のサービスが提供されることになる。

リクルートでは企業の業務支援を狙いとしたサービス群「Air ビジネスツールズ」を提供しており、「給与デジタル払い」はこのうちの「Airワーク 給与支払」を利用する事業者を対象とする。このサービスを通じて給与を受け取る従業員が希望した場合にのみ、従来の銀行口座振込に加え、COIN+での受け取りも選択可能になるという流れだ。

「給与デジタル払い」については本来、外国人のような一時就労者や、例えばスポットワークのような日払いや即払いでの給与の入手を望む労働者に対して、現金手渡しでなく、同時に銀行口座を経由しない手軽な支払い手段としての検討が進んでいた。

だが過去の連載記事でも触れたように、紆余曲折を経て「普段、銀行口座への給与振込をしてもらっている従業員が希望した金額のみ資金移動業者の管理するユーザーアカウントへの振り込みを依頼する」という形に落ち着いている。

PayPayの例が典型だが、銀行口座に振り込まれた給与のうち、使う分だけをPayPayアカウントにチャージする……というユーザーが普段行なっている処理を会社の経理処理の段階で前もって行なうだけのもので、この選択自体が特段メリットを感じるような作りになっていない点で課題がある。

ではリクルートのケースではどうなのだろうか。

リクルートのデジタル給与払いは「Airワーク 給与支払」の“即払いサービス”と結びついている

“即払い”と連動する仕組み

前提となる話としては、同社が24年4月に「Airワーク 給与支払」を使った給与の即払いサービスの提供を始めており、この支払いオプションとして銀行口座以外に「COIN+」を選択できるというのが、リクルートの「デジタル給与払い」サービス全体の建て付けになっている。

COIN+はRMBが提供する「エアウォレット」アプリ上で利用可能な電子マネーサービスだが、換金不可な“前払い式支払い手段”の電子マネーではなく、いつでも出金して現金化できる資金移動業者のサービスという点に特徴がある。Airペイなどの支払い手段としても利用が可能で、「Airワーク 給与支払」の即払いサービスを利用してCOIN+への振り込みを依頼した場合、エアウォレット上で残高が管理できるようになり、決済や銀行口座への払い出し、友人への送金が行なえる。

この即払いサービスだが、多くの企業では月のあるタイミングで“締め”を行ない、働いた時間に応じて翌月の特定の日付で指定の銀行口座へと1カ月分の給与を支払うことが多いが、そのタイミングを前倒しして指定できる仕組みだ。

具体的には、「Airワーク 給与支払」を導入している企業の場合、従業員からは労働時間に応じて「自身がどれだけ給与を受け取れるか」の数字が見えており、1カ月の締め日が来る前に働いた分の給料の払い出しを依頼できる。アルバイトやパートタイムのような従業員への支払いを想定した仕組みであり(※リクルートによればフルタイム勤務の会社での採用もあるという)、時給と労働時間に応じて日々給料の金額が従業員ごとに“口座”に積み上がっていくようになっており、それを好きなタイミングで引き出せるようなイメージといえばいいだろうか。

実際の即払いの利用例を紹介すると、東京都に拠点を置くITコンサルティング企業のバタフライプロジェクトではアルバイトも含め12名のスタッフが在籍しているが、そのうちの6割が即払いの仕組みを利用しているという。もともとの導入背景は給与支払い日を毎月10日から月末払いに変更しようとしたところ、生活サイクルが乱れるとの従業員からクレームがあり、より柔軟な支払い体制を可能にするために導入に踏み切ったという。

これにより、支払い月当月の5-25日までに申請を行なうと、支払われる給与の7割までを即払いで受け取ることが可能になった。

「なぜ7割?」かという点だが、即払いの申請で表示される支払い可能な金額というのが時給と労働時間を単純に掛け合わせた数字になっており、最終的な給与支払額である社会保険控除や源泉徴収分を差し引いた金額を考慮できていないというシステム的な理由による。そのため、暫定的に7割という上限をこのケースでは設定しているが、雇用主側の設定しだいでこの数字は変化するようだ。

即払いにおける支払いイメージ。基本的には月1回払いを想定しての最終的な給与の支払い金額があり、このうちの一部(ケースによるが最大7割程度)をそれよりも早いタイミングで申請により受け取れる

注意点としては、即払いとはいっても毎日日払いでその日の給与を受け取るような性質のものではなく、あくまで月1回払いという前提があるなかで、そのうちの一部を“前借り”というと語弊があるが、事前に受け取れるような仕組みと考えた方がいい。

リクルートによれば、最大4回の支払いサイクルを上限として想定している。先ほどの事例の1つで、静岡県に拠点を置く居酒屋の「それゆけ!鶏ヤロー!」のケースでは、従業員40名中の10名ほどが月に1-2回ほどの即払いを利用するスタイルになっているという。

日常生活を送るなかで毎月の決まったタイミングでさまざまな支払いがあり、これが必ずしも給与支払い日と連動しておらず、自分の好きなタイミングで早めに受け取りたいということもあるだろう。

リクルートのアンケート調査によれば、こういった柔軟な支払いオプションが存在することで人員募集における応募数が2割程度増加したという話もあり、福利厚生的な意味合いが強い仕組みだといえる。

従業員が給与受取申請を行なう画面の例

監督官庁との折衝

銀行口座を対象にした既存の即払いと連動させることで、「給与デジタル払い」を柔軟な支払いオプションを実現する仕組みとしたのが今回のリクルートのサービスの特徴となる。

銀行口座を対象にした給与振込の場合、振込手数料が発生し、これが雇用主側の負担になるという点で、「給与は月1回払い」というサイクルになっている一側面がある。雇用主側が給与振込口座を指定して新たに銀行口座を作らせたりするのも、メインバンクとの取引のなかでより有利な条件を引き出すための口実だったりするわけだ。

リクルートのケースでいえば、「Airワーク 給与支払」で銀行口座に給与振込を行なった場合、毎回110円の手数料が発生する一方で、COIN+を支払先に指定することで“現状で”この手数料は無料となる。つまり即払いをする場合に銀行口座を指定した場合には雇用主に毎回手数料負担が発生するが、COIN+経由であればこの負担がない。日払いでこそないものの、「給与デジタル払い」の概要が固まった時点で想定されていた「手数料負担なしで月1回より細かい単位での柔軟な支払い」が可能になったというわけだ。

だが、リクルート HRSaaS領域プロダクトマネジメント室 ペイロールプロダクト部 部長の渡辺和樹氏によれば、今回の「給与デジタル払い」で厚生労働大臣の指定第2号を受けるにあたって折衝で苦労した部分がこの「柔軟な支払いスタイル」にあったようだ。

リクルート HRSaaS領域プロダクトマネジメント室 ペイロールプロダクト部 部長の渡辺和樹氏

現在、「給与デジタル払い」サービスの提供にあたって厚生労働省に申請を行なっているのは、KDDI、PayPay、楽天、リクルートの4社だが、このうちサービスインまでこぎつけたのはPayPayとリクルートの2社のみとなる。

厚生労働省が申請の受付を開始したのが2023年の春で、PayPayが実際にサービスインを実現したのが2024年夏、そして今回のリクルートは2025年初頭、残り2社に至っては現在もなお折衝中という段階だ。

新しい制度なので慎重になるのは分かるが、準備までに最低でも1年半以上の期間を要したわけで、どのような審査や折衝が行なわれているのだろうか?

「審査については、まずリクルート側で用意した申請書類の確認期間が1カ月以上あり、そこから厚生労働省との一問一答ペースでのやり取りが行なわれ、それがすべて“クローズ”したので指定を受けられたと考えています。実際に申請内容のほぼすべての部分で議論があり、追加修正を繰り返しました。他社様の申請状況は分からないのですが、同時並行で同じようなやり取りが発生していると思われます。」

「今回特に時間がかかった部分は『労働者の申請ベースで即払い』のところで、本来、賃金のデジタル払いのガイドラインでは『月に1回』となっており、従業員と雇用主が交わす同意書の形式についてもそれを想定したものとなっています。『そもそも“即払い”とは何か』という説明から始まり、どのような形式で受け取るのか、トラブル時の対応はどうか、また従業員にとって不利な面はないのか、そもそも月例での給与支払いはきちんと行なわれるかまで、丁寧に厚生労働省や金融庁などと相談させていたきました」(リクルート渡辺氏)

つまりサービスとしての独自性を実現するために折衝に時間がかかった面があり、監督官庁がきちんとその部分に言及したうえで審査を行なっていたことが分かる。

一方で、リクルートの提案する「即払い」そのものが「給与デジタル払い」における大きなメリットであるにもかかわらず、当初の想定が「月1回払い」であり、給与の受取先に資金移動業者のアカウントを指定する場合には裏で銀行口座を紐付けておく必要があることを考慮すれば、「そもそもこの制度の狙いは何だったのか」という疑問も沸いてくる。

金融サービスの世界が変化するなかで、過渡期の混乱といえばそれまでだが、米国などで利用されている「Payroll Card」の日本導入(短期労働者や外国人労働者を想定した支払い手段の多様化)という議論から始まった新制度は、より現実的なスタイルへと変化しつつあるのかもしれない。

国内SIerでシステムエンジニアとして勤務後、1997年よりアスキー(現KADOKAWA)で雑誌編集、2000年にプロフェッショナル向けIT情報サイト「@IT」の立ち上げに参画。渡米を機に2002年からフリーランスとしてサンフランシスコからシリコンバレーのIT情報発信を行なう。2011年以降は、取材分野を「NFCとモバイル決済」とし、リテール向けソリューションや公共インフラ、Fintechなどをテーマに取材活動を続けている。Twitter(@j17sf)