鈴木淳也のPay Attention
第64回
コロナ禍で変わる2020年のホリデーシーズン商戦
2020年9月29日 08:30
皆さんは「Black Friday」というアメリカ特有の恒例行事をご存じだろうか。毎年11月の第3木曜日は「感謝祭(Thanksgiving)」という国民の祝日で世間はお休みとなり、その翌日にやってくるのがBlack Fridayとなる。
感謝祭はいわゆる「クリスマスシーズン」の到来であり、休みの日を挟んでクリスマスのあるホリデーシーズンの最初にやってくる平日がBlack Fridayだ。前日まで休業していた店舗はこの日を境に一気にお祭りムードとなり、小売店はホリデーシーズン向けのセール価格を提示しつつあの手この手で客を呼びまくる。感謝祭の日が終わりに近付くと店舗前には長蛇の列ができ、Black Friday解禁の金曜日0時のタイミングでドアがオープンしたと同時に人々は店舗の中になだれ込んで目当ての商品へと突撃していく……これがテレビ放送などをつうじて全米に中継されるという風景までが恒例行事というわけだ。
2000年代は米カリフォルニア州サンフランシスコに住んでいた筆者だが、実は一度もBlack Fridayのセールに参加したことがない。テレビで人混みの様子が映し出されるたびに外出する気が失せ、ピークが過ぎ去る週末まで家で大人しくしていることが多かった。
セール自体も、目玉商品がすでにほとんど捌けた12月中旬ごろ、アメリカ人のくせに「残り物には福がある」を口癖に、残ったセール商品を買いあさる友人に付き合う程度だ。実は本稿の扉絵用にBlack Fridayらしい写真を自前のライブラリで探していたのだが、当然そんなものはなかったので、扉絵ではサンフランシスコのクリスマスの様子(これは2016年のもの)を紹介しつつ、米国最大の小売事業者であるWalmartの2019年のBlack Fridayの様子を写した写真カットを次の形で使わせていただくことにした。
「All-New Black Friday Experience」
そのWalmartだが、ちょうど本稿執筆の9月23日のタイミングで興味深い発表を行なっている。
プレスリリース中で「All-New Black Friday Experience」とうたわれる2020年のWalmartのBlack Fridayだが、従来のような行列演出のような方針を大きく改め、セール期間を前倒しし、特定の日に客が集中しないよう工夫のうえ運営される。同社によれば、過去半年間の顧客の購買行動と実際のヒアリングを参考にした結果、販売におけるオンラインの比重を上げていくという。このホリデーシーズン向けの一時雇用をオンラインの需要対応に充て、クリスマスプレゼントの需要などで「Early Shopping」の提供を同日付けで開始し、人気のゲーム商品などは通常より在庫を多めにストックした状態で待機する。
一方で、リアル店舗は営業時間をホリデーシーズンの間も短縮し(例年であれば24時間営業が行なわれたりする)、消毒作業のための猶予時間を設ける。入店制限や来店者のマスク着用も徹底され、素早く店内を抜けられるように、ピックアップやデリバリーサービスの拡充を行ない、こうしたサービスの積極的な利用を促す。また接触機会を減らすために店員との間のプラスチックシールド設置を徹底するほか、可能な限り感染機会を減少させるよう、Walmart Payによる非接触決済の利用を推奨している。
Walmart Payは同社独自のスマホ決済サービスで、クレジットやデビットカードを登録しておくことで、QRコードによる決済がスマホアプリを通して行なえるというもの。同様の仕組みはTargetなども採用しているが、ギフトカード利用を組み合わせられたり、店舗独自の支払いオプションが用意されていたりと、比較的Walmart利用が多い買い物客にメリットがあるような作りになっている。
もともと、近年のBlack Friday自体が各社のフライングによる前倒しであったり、ホリデーシーズン時期にこだわらないという流れもあり、その分散傾向から行列や店内のラッシュは軽減傾向にあったといわれる。一方で、ホリデーシーズン商戦自体は米国での小売売上の4割近くが集中するという非常に偏った商戦期でもあり、「この時期は外せない」というメーカーや流通業者らの思惑もある。ゆえに分散傾向がありつつも、引き続きホリデーシーズンを狙った商品投入やセールが続いていたのが現状だ。
そこに今回の新型コロナウイルスが到来したことで、買い物客の行動は大きく変化した。別誌に寄稿したレポートでも触れたが、まずオンライン利用が増えたことと、買いだめ需要が中心のスーパーやディスカウントストアを除けば、入店制限が強化されたために店舗販売がままならず、カーブサイドピックアップやデリバリーのサービスが拡充される傾向が強くなった。特に米国では都市部を中心に店内飲食が禁止されているため、レストランのような業態は大きな方向転換を迫られる形になった。
CNNが9月4日(米国時間)に報じたところによれば、政府による何らかの援助がなければ、ニューヨーク州のレストランの3分の2が来年2021年1月までに廃業する可能性があるという調査報告が出ている。また、前述のレポートを執筆した時点では「Best Buy、Kohl's、Walmart、TargetがBlack Friday期間中は店舗閉鎖するという報道がある」と紹介していたが、現時点では対策したうえで入店を制限して営業を続行する計画となりつつある。いずれにせよ、コロナ禍での顧客行動の変化がWalmartを含む各事業者に影響を与え、全米最大の恒例行事も変わらざるを得なくなった。
買い物傾向は「巣ごもり需要」
ホリデーシーズンにおける購買傾向はいろいろ予測が出ているが、家電やスマートデバイスなどのデジタルグッズに対する需要が全体に高くなる傾向が強いと考えられる。例えばUSA Today紙がNPD Groupのデータを基に7月20日(米国時間)に報じたところによれば、2020年前半に65型以上のテレビ製品の販売台数が前年比53%上昇していたという。特に65型より大きいサイズのテレビは、第2四半期(4-6月期)で前年比77%の上昇となっているということで、大画面テレビ需要が急速に伸びつつあるようだ。
米カリフォルニア州ロサンゼルス内のVideo & Audio Center店舗でチーフテクノロジストのTom Campbell氏はUSA Todayのインタビューに対して「大画面テレビ販売は明らかに上向いており、ビジネスとパーソナルの両面で人々が家で過ごす時間が増えたことから、その理由は新型コロナウイルス(COVID-19)にある」と答えている。大画面テレビほど単価が上昇する傾向にあり、小売店にとっては大きな商材だ。実際、サンフランシスコを中心としたベイエリア在住の方のレポートによれば、CostcoとBest Buyの両ストアで大画面テレビのサイズが拡大し、売り場自体も全体にアピールが強い印象を受けたという。
NPD Groupでは9月9日(米国時間)に出した別のレポートにおいて、2020年第4四半期(10-12月期)の家電販売額、つまりホリデーシーズン商戦における同分野の売上が18%増加するとの予測を出している。
家電カテゴリにはいくつかの製品が含まれるが、その中でも同社は「ノートPC(45%増加)」「タブレット(37%増加)」「モニター(84%増加)」「プリンタ(59%増加)」「キーボードとマウス(62%増加)」を具体例として挙げる。興味深いのは、モニターやプリンタ、キーボードなどの入力装置は「家庭内利用」を想定した拡張機器であり、WFH(Work From Home)での環境を少しでもよくしようという意図をもっている点で、前述のテレビの大画面化に通じるものがある。
こうした「巣ごもり需要」の傾向は、ソフトウェア面にも表れている。例えばオンラインでのデジタル決済大手のPayPalが今年7月29日(米国時間)に発表した2020年第2四半期(4-6月期)決算では、同四半期の総決済額が前年同期比で30%増加し、新規追加のアクティブユーザー数は2,130万と前年同期比で137%多い水準で推移している。
デイリーのアクティブユーザー数は37%の大幅増加で、デジタルショッピングを行なうユーザーが急増していることがわかる。同社の説明によれば、コロナ禍によりトラベルやイベント興行などのカテゴリで決済利用の大幅な落ち込みが見られたものの、それを相殺してなお大幅に業績を後押しするほどのデジタルシフトが発生したことになる。
オンラインの中でも、主にエンターテインメントのカテゴリでの利用が伸びたと指摘するのはPayPal東京支店カントリーマネージャーの瓶子昌泰氏だ。同氏は「国内では東京五輪を想定して数年前から旅行業界やチケット業界で利用が伸びていましたが、それが激減しています。一方で、ゲームおよび有料の音楽や映像配信が大きく伸びていて、特に4-6月にそれが顕著でした。今年後半でも引き続きゲーム、デジタルグッズ、サブスクリプションなど巣ごもり関連の商品は堅調に伸びていくと見込まれます。GoToトラベルに東京が追加されたことなどもあり、今後のホリデーシーズンには国内旅行の需要が徐々に戻ることを予想しています。さらには、ふるさと納税の締め切りが近くなる年末にかけてはふるさと納税品の購入が増えると予想しています」と、世界的なトレンドと日本国内での直近の動きについてコメントしている。
購買傾向や販売手法は変われど、ホリデーシーズン商戦自体は2020年も継続するというのは、ここまで紹介した各社や調査団体での一致した意見だ。新型コロナウイルスだけでなく、世界的なリセッションに突入する傾向が強くなっており、消費者の財布の紐は今後より締まっていくと思われるものの、少なくともまだしばらくは必要なものへの投資は止めないということを意味している。
だが、人が集まってイベントを楽しむという行為が自粛されている昨今、往年の街の賑わいやクリスマスの盛り上がりは途絶えることになる。Black Fridayは続くが、そこでのイベント性はもはやないというのが2020年以降の小売の世界だろう。