鈴木淳也のPay Attention
第56回
規制緩和で日本の“送金”は盛り上がるか。TransferWiseと日本市場
2020年7月31日 16:35
今回はTransferWiseという英国のスタートアップ起業を紹介しつつ、「送金」について少し考えてみたい。
TransferWiseは2011年に英ロンドンで設立されたが、創業の中心にいたのは現CEOのKristo Kaarmann氏とエグゼクティブチェアーマンのTaavet Hinrikus氏の2名だ。
Kaarmann氏は金融コンサルタント出身で、一方のHinrikus氏はエストニア発の企業として知られるSkype(現Microsoft)の創業メンバーでもある。もともと、エストニアとビジネス拠点だった英国の間での国外送金で「手数料の高さ」に辟易していたことがTransferWise創業のきっかけということで、これをいわゆる「Fintech」の力を用いて安価でよりスムーズに行なうことを目指したものが、TransferWiseのビジネスモデルとなっている。
先日、本連載において日本上陸直前の英チャレンジャーバンク「Revolut(レボリュート)」を紹介したが、Revolutのビジネスモデルもまた国外送金における問題とその解決を目指したものになっており、それに「より使いやすい銀行口座と関連サービス」を付与することで若年層などを中心に急速に支持が集まっているといわれる。
TransferWiseの場合、国外送金に特化しているという点で、国外送金では業界最大手のWestern UnionやMoneyGramといったサービス事業者と競合する存在とも考えられる。今年6月に日本円から他通貨への送金手数料を最大24%下げたことを報告しているが、とにかく手数料の安価さに関して他の追随を許さない姿勢でその存在をアピールしている。「なぜTransferWiseは安価な手数料での国外送金を実現できているのか」という部分だが、それにはまず国外送金の基本的な仕組みを理解する必要がある。
「ピア・ツー・ピア」送金
国内送金のように銀行同士で口座間の送金が行えるケースとは異なり、国外への送金の場合は経路にもよるが、複数の中継銀行を経由して目的の口座へと送られるのが普通だ。この中継銀行とのやり取りには「SWIFT(スウィフト)」と呼ばれる国際間送金システムが利用され、「コルレス銀行(Correspond Bank)」ともいわれる中継銀行間のやり取りにはこのSWIFTメッセージが行き交うことになる。
使いやすい図版なのでよく流用しているが、下のRippleの図版でもわかるように、ルートが決定して以降の処理は基本的にメッセージの一方通行であり、各々の中継銀行でどれだけ処理に時間がかかり、かつ目的地に到着するまでにどれだけ中間手数料がかかるのか分からない。SWIFTコードの指定ミスなど何らかの理由で中継が途中で失敗するケースもあり、結果として「着金までどれだけ手数料がかかったのか分からない」「経路によっては数日ないし1週間近くかかることもある」といった不満が鬱積することになる。
TransferWiseによれば、日本の送金サービス利用者を対象にした調査報告で、71%が国外送金で何らかの不満を抱えており、そのうち60%が送金手数料の高さをその理由に挙げているという。また40-45%が送金にかかる時間に不満を抱いている。
一方で、同社のサービスを利用した場合3割近くのケースで20秒以下で送金が可能で、日本向け送金の9割が1分以内で完了していると、TransferWiseアジア太平洋地域・中東エクスパンション責任者Venkatesh Saha氏は説明する。
各種のユーザーレビューの評価を参考にする限り、TransferWiseの送金時間は必ずしも同業他社と比較して最速というわけではないものの、送金手数料に関しては概ね業界最安の水準であるということでは一致している。これは多くの送金サービス利用者の一番の不満を解消できていることを意味する。
ではなぜ、TransferWiseがこうした仕組みを提供できているのかという点だが、そこがFintechというか“ITらしい”手法による部分が大きいところだ。この仕組みは「Peer to Peer(ピア・ツー・ピア)」と呼ばれ、従来ながらの送金サービスがSWIFTメッセージの一方的な中継により、複数の銀行で処理が行なわれることで時間と手数料を浪費していく一方で、TransferWiseの提供する仕組みでは「同社サービス内の同じ通貨のアカウント同士をマッチングさせる」ことで「国外送金を国内送金に転換している」点にある。(訂正あり。詳しくは後述)
例えば次の図でXという国にいるA氏がZという国に住んでいるD氏のアカウントに送金を行ないたい場合、同じタイミングでZ国に住みながらX国への送金したいB氏とマッチングを行ない、その国際間送金の金額同士を相殺してしまう。実際にはA氏の送金はB氏が送るはずだったC氏へと送られ、B氏の送金はA氏が送る予定だったD氏へと送られる。
中継銀行を利用するケースでは各々の銀行の処理手数料がかかるが、TransferWiseでこのマッチングが可能な場合、為替レートさえ一定水準に抑え込んでいれば、あとはTransferWiseの1社の処理手数料だけで済む。同社の国外送金の多くはこのマッチングで行なわれており、別の呼び方では「為替交換のマーケットプレイス」ともいわれる。同様のシステムを採用する事業者としてはCurrencyFairが知られており、TransferWiseの直接の競合は同社とされることもある。とにかく、マッチングにより中間業者を省き、スピードとコストの両面で削減を図るというのが基本的なビジネスモデルとなる。
【訂正・追記】
なお本稿の掲載後、TransferWiseから指摘があり、現在はこの「ピア・ツー・ピア」によるマッチング方式のシステムは採用していないという。
同社によれば、現在ではマッチングによる送金手法ではなく、各通貨の流動性を予測しながらそれぞれの通貨を口座の中でプールする方式を採用しているという。具体的には、送金指示があった場合にいったん送金元の通貨建ての口座に資金をプールしておき、送金先の通貨建ての口座から資金を引き出して目的の口座に送金を行なうという流れだ。マッチングがないので1つの送金指示に対して他の介在者が存在しないという違いはあるが、コルレス銀行を経由せずに国内送金扱いで取引が完了し、手数料を最小限に押さえ込めるという点では従来のアイデアと変わらない。
具体的にいつどのような形でシステムが変革したのかについて明確な回答は得られなかったが、創業時のピア・ツー・ピア方式をベースに改良を重ね、世界各地の銀行にAPIを提供してネットワークを構築するなかで、多くの顧客の国外送金を迅速かつ安価に実現できるシステムを実現した結果だとコメントしている。以上簡単だが、補足説明を加えて訂正させていただく。
日本での送金ビジネスの可能性
前述Saha氏によれば、日本は市場として非常に期待できるという。昨今は新型コロナウイルスの影響で人の往来が激減しているものの、中長期的にみれば国内外のビジネスがより密接に結びつくケースが増え、それに応じて送金機会もさらに伸びていくとみられるからだ。
また経済規模に比して国外送金市場が成熟しておらず、特に既存の大手銀行など金融機関のサービスに不満を憶えている人の比率が高いというのは先ほどのデータの通りだ。
これはマネーロンダリング対策など手間に比して需要が少なく、競合も発生していないという理由による。ゆえに英国を中心に築き上げてきたノウハウを持ち込みつつ、どこよりも低い手数料で市場を活性化することでチャンスが生まれるというのが同社の考えなのだろう。「日本を市場として重視している証拠として、アジア地域では(現在中心拠点のあるシンガポールよりも先に)日本で最初に拠点を構えた」(Saha氏)という。
もう1つ、同氏が日本に期待を寄せているのは「規制緩和」だ。今年2020年前半に開催された第201回国会での議論によって、「資金決済法改正案」が2021年にも実施される見込みだ。本連載の最初期('19年6月)にも説明したが、本改正案では従来まで100万円の送金制限のあった資金移動事業者であっても、この上限を超えての送金が可能になる。
具体的には資金移動事業者を「第一種」「第二種」「第三種」の3つのカテゴリに分け、これまで100万円以上の送金業務には必要とされていた銀行免許の取得なしに、許認可のみで本格的な送金業務が可能になる。
従来の資金移動事業者は「第二種」にあたり、新たに100万円以上の送金が可能な「第一種」、送金額相当の資金をプールしておくことで数万円程度までの少額送金のみが可能になる「第三種」が設置される。
つまり、本格的にビジネスとして活用するには難しかった資金移動事業者が「第一種」の登場により送金特化で活用しやすくなり、「第三種」の登場が異業種を含むさまざまな事業者の送金業務への参入を容易にする。
Revolutでも出てきた「チャレンジャーバンク」の定義として、フルの銀行サービスを提供しない代わりに、さまざまな柔軟な選択肢を利用者に提供することがメリットに挙げられる。例えばTransferWiseが提携している英国のMonzoというチャレンジャーバンクは、支店を一切持たないインターネットバンクという身軽さを活かしつつ、各種サービスを安価または“お得”に提供している。今回の日本における規制緩和はフルバンキングに依らない柔軟な金融サービス登場を促す一助になるとみられ、2021年以降の動きが非常に楽しみでもある。