西田宗千佳のイマトミライ
第238回
生成AIが「スーパーチャージ」するもの アドビによるAIのビジネス実装
2024年4月1日 08:20
アドビは世界規模の年次イベントを2つやっている。1つは秋の「Adobe MAX」で、もう1つが春の「Adobe Summit」だ。
多くの人に知られているのは、Photoshopなどのクリエイティブ・ツールのイベントである「MAX」の方かもしれない。一方の「Summit」は同社のもう1つの柱である、デジタルマーケティング関係のイベントである。
生成AIはコンテンツ生成を加速する。そのことはクリエイターにとってプラスになる面も多い。
だがそれ以上に、デジタルマーケティングとの相性は非常に良い。
1年前、アドビは自社の生成AIサービス「Adobe Firefly」を発表した。
他の生成AI関連企業同様、アドビもこの1年で機能実装を急速に進めた。同社はサービス開始からの1年で「65億枚以上の画像が生成された」としているが、これは、同社製品の中でももっともペースが速いものだという。
それはどういうことなのだろうか?
今回はAdobe Summitでの取材から、生成AIの「実践」がどう進むのかを改めて考えてみよう。
MLBなどが実践する「デジタルマーケティング」
まず「デジタルマーケティングとはなにか」を少し解説しておきたい。
広告などの施策は、消費者と企業が接点を持つためのものである。そうやって商品・サービスなどの内容を知ってもらい、選んでもらうことが目的だ。
ただ、消費者との関係が1度で切れてしまってはもったいない。継続的な関係を築き、いつも自社の商品を選んでもらえるよう試みる……。
簡単に言えば、そのための関係構築に「選択的な広告表示」「ダイレクトメール」「アプリ通知」「SNS」などを活用するのがデジタルマーケティングだ。
アドビはその過程を「顧客体験管理(Customer Experience Management、CXM)」と呼んでいる。CXMのための管理ツールや効果測定などを、主に大企業に提供することが、アドビにとってはクリエイティブツールと並ぶビジネスの柱になっている。
例えばメジャーリーグ(MLB)では、以下のような施策が展開されている。
アメリカではスポーツの配信技術やマーケティング技術に対するIT投資が加熱している。それだけスポーツファン向けのビジネスが有効、という話でもあるのだが、中でも成功例として語られることが多いのがMLBの事例だ。
MLBはオンライン配信などにも積極的なのだが、同時に、球場にファンが来ることをビジネスの基本にも置いている。
他のスポーツに比べ来場者数は圧倒的に多いのだが、それは、試合の開催数が多いことに加え、デジタルマーケティングでのファンとのリーチがうまくいっているからでもある。
現在、MLBのデジタルチケット率はすでに9割超え。日本では考えられない値だ。
地域のファンにSNS広告やメールなどで綿密なリーチを作り、さらに、試合結果に連動してアプリから通知を出すこともしている。
ホームランが出ると、打った選手のグッズを球場内で割引する通知を出し、試合の後には次の試合の割引に関する案内を出す。
「そんなことまでするのか」と思ってしまうが、そうやってファンとの関係をつなげる努力をすることが、売上とファンの増加につながっているわけだ。
当然、手作業で回るものではない。顧客動向の分析からコンテンツの生成、通知までがシステム化されているから実現できる。
MLBはシステム開発投資に積極的であり、そのパートナーとしてアドビの技術を活用している……ということなのだ。
AIがデジタルマーケティングを「スーパーチャージ」
Adobeのシャンタヌ・ナラヤンCEOは「AIがデジタル・エクスペリエンスを加速(Supercharge)する」と語る。
デジタルマーケティングの課題は、「多数の施策を素早く行なうことが必須であること」だ。
現在は、消費者が触れるデジタルコンテンツも劇的に多様化した。そのことは、必要なコンテンツの爆発にもつながっている。
アドビによれば、パートナーとしてFireflyを活用したIBMのプロジェクトでは、「生産性10倍アップ」「市場へのキャンペーン展開速度が60%高速化」「顧客のエンゲージメントが26倍に」という、圧倒的な成果が得られたとされる。
ファイザーも、ワクチンや治療薬の広告・教材向けのイラストレーションにFireflyを活用した。ファイザーのChief Digital&Technology Officer兼Executive Vice Presidentであるリディア・フォネシカ氏は「8,000種類のイラストがたった4日で作れた」と説明する。それだけコストも下がったわけだが、それ以上に「タイムリーな情報提供ができたことが重要」とフォネシカ氏は説明する。
肝心なのは「目的にあった画像生成」と「その管理」
AIによるパーソナライズや効果測定はもちろん、増加するマーケティング用コンテンツのマネジメント、コンテンツ自体の生成にもAIが活用される。
Fireflyのような生成AIの存在で、コンテンツ制作の速度は上がる。
以下の写真は、各ウェブサイトやSNSなどに表示される広告画像の一覧である。同じ商品であっても、縦横の解像度や商品画像の位置などが細かく違う。画一的にして点数を減らすこともできるが、消費者が触れるメディアに最適化を進めた方が効果は高まる。
現状、デジタルマーケティングを導入している企業担当者の90%が「コンテンツ管理に問題を抱えている」という。生成速度も利用範囲も拡大するなら当然のことだ。、だからこそ、CXMのようなツールによる最適化が必要になるのは必然だ。
数が増えたからといって、生成AIが作ったものをチェックせずに使えるわけでもない。管理ツールが必須であるのはそのためだが、それだけでなく、生成AI自体が、より安心できるコンテンツを生成することも重要になる。
Fireflyは権利処理がなされた「Adobe Stock」のコンテンツを中心に学習している。また、特定の商標や性的な内容などについて、プロンプトで抑制をかけてもいる。
だからといって「絶対に問題のあるコンテンツが生成できない」わけではない。プロンプトを工夫すれば、問題のある画像は出てくる。
ただ、ここでそれは問題ではない。
なぜなら、そういうプロンプトを書くということは「問題のあるコンテンツを出す」という意図があってのことだからだ。Fireflyの利用目的を考えると、意図的に問題のあるコンテンツを生み出す使い方は、そこまで大きな問題にはならない。
問題になるのは、「意図せず問題のあるコンテンツが紛れ込まないかどうか」という点だ。だからこそ、管理を簡便化するには重要なことになる。またそもそも問題が発生する比率を減らすためにも、Fireflyは「できるだけ問題が出ないソースを学習している」のである。
次に重要となるのが「自社の目的に合ったものが出るか」という点だ。
今回のAdobe Summitではそこが大きく進化した。
冒頭で紹介した記事でも触れているが、今回アドビは、Fireflyに「構成参照(Structure Reference)」機能や「カスタムモデル」機能を追加した。
どちらも「自社の目的に合ったものが出るか」を考えたものである。
前者は「参照画像」を用意すると、その色や形を生かして画像を生成する機能。以下の写真のように、明確に同じモチーフで画像のバリエーションが作れる。
「カスタムモデル」は、企業の持つコンテンツを学習し、それを生かしたコンテンツを生成していく機能だ。
基調講演ではコカコーラの協力を受け、架空のマーケティングキャンペーンを展開するデモが行われた。ロゴや商品などの情報を生かして大量のバリエーションを作るという作業は、大企業が生成AIに求めていたもの、と言えるだろう。
大企業にとっては、こうした要素を消費者のニーズとバランスをとった上で提供していくことが求められていく。平たく言えば「DX」そのものなのだが、生成AIの登場によるコンテンツ生成のあり方の変化は、CXM自体の変化ももたらしつつある。
生成AIの導入から1年で、アドビはそのことを見出し、生成AIをビジネスにする核に定めているのである。