西田宗千佳のイマトミライ

第226回

ITインフラの進歩と新たな課題 能登半島地震にみる「ITと災害」

新年から大変な年となった。

ITは人と人をつなぐ技術だが、その大半は「あらゆるインフラと生活がおおむね問題なく回っている」ことを前提として機能するように作られている。突発的かつ危機的状況に耐えられるのは、それに備えているシステムだけだ。

現在はどのような状況なのか? そしてなにが変わり、新しい課題はどこにあるのかを考えてみよう。

生活インフラとしての「IT復旧」

東日本大震災を経て、個人の使うITインフラでも「連絡網の複線化」が浸透するようにはなってきた。

それはなにも、携帯電話回線を複数持つことだけではない。安否連絡の方法として、電話やメールだけでなく、SMSにソーシャルメディアなど、複数の方法を使うことだ。そしてもちろん、災害時には「災害用伝言板」もある。各種インフラへの負担を減らすためにも、災害用伝言板の利用はより促進されるべきだ。連絡手段の複線化とその認知は、さらに進めていく必要がある。

回線が無事な地域とのコミュニケーションは格段に楽になっており、混乱を防ぐにはプラスの方向に働いていたと判断する。

被災地支援のためのデータ通信無制限化や追加データ付与なども流れるように進んでいるが、これもまた、ライフラインとしてのスマートフォンの重要さが定着し、災害時対応のプロセスの一環として盛り込まれているためである。

非常時・災害時対応プロセスの大切さを改めて認識している。

もちろん、回線自体が使えなければ連絡は取りづらい。

被災地では携帯電話を含め回線が不通となり、その復旧に各社が全力を注いだ。この原稿は1月3日夜に執筆しているが、その段階でも復旧作業は継続中である。その状況は可視化されるようになっている。

ただ、1月4日に入ると、非常電源のバッテリーや燃料は枯渇していき、停電が続く地域では通信が不可能になるエリアが出てくると想定されており、各社は電源車の確保や電力インフラの復旧に努めている。

令和6年能登半島地震(出典:気象庁)

「衛星」というインフラの可能性

そんな中、やはり課題は「一時的な回線寸断」にどう対応するかだ。

やはり1つの答えは、地上の通信網だけに頼らない「NTN(Non Terrestrial Network、非地上網)」の整備かと思う。

実現が近いのが、スターリンク(Starlink)をはじめとした衛星からの直接通信だ。KDDIがStarlinkを使って2024年内のサービス化を目指しているし、楽天モバイルも、2026年までの展開を目指している。

KDDIは2024年中に、Starlinkと組んで衛星と携帯の直接通信を実現する

奇しくも1月3日(アメリカ時間)、Space Xは、Starlink向けに携帯電話との直接通信を可能とする6つの衛星打ち上げを行なっている。

ただし、これは「衛星さえあれば無制限にどこでも通信ができる」ことを示していない。イーロン・マスク氏もその後自身のXへのポストで、「携帯電話がつながらない場所にとっては優れたソリューションだが、既存網を代替する競争力はない」と説明している。

災害時の場合、SMSや最低限のメッセージングで活躍するもの……と考えるのが適切であり、複線化・インフラ寸断時のライフラインと考えておくべきだろう。

仮に携帯電話と直接通信ができなくても、基地局回線のバックアップや避難所や官公庁などの回線維持に、衛星通信は極めて有用だ。今回は間に合わなかったが、この先の対策として、導入を促進していく必要は大きい。

衛星事業者も「複数」の時代へ

ただ、こうしたものが「Starlinkしかない」と考えるのは違う。やはりインフラは多数の組織で提供されるべきものだ。

楽天がASTと組んで提供するのも、そうした意識があるからではないだろうか。これは良いことだ。

またNTTは、アマゾンが開発中の衛星網「Project Kuiper」のアジア地域初の戦略的パートナーとなった。こちらのサービスは現状、携帯電話への直接接続を行なうと明言していないが、固定型のアンテナに対する高速通信については、2025年中にサービスを開始する。

アマゾンは衛星網「Project Kuiper」を2025年にサービス開始すべく準備中

また、iPhone 14・15では、衛星通信による「緊急SOS機能」が搭載されている。ただし現状日本は対象外で、北米を中心に西欧など18カ国で利用できる。

この機能は自由に通信回線を使えるものではなく、緊急通報をテキストメッセージで関係当局に送るためのものだ。

前述のように日本は対象外だが、日本で売られているiPhoneにも組み込まれている。以下は筆者が日本で買ったiPhone 14 Pro Maxを使い、アメリカで「緊急SOS機能」のテストをした時のものだが、ちゃんと動作している。

アメリカで体験した衛星緊急通報の「デモ」。実際に衛星を追いかけ、テキストを送る直前までをやってみることができる

日本で展開されていない理由は、緊急通報としてこの種の通信を受け取るためのルールが整備中であるためだ。アップルでも日本展開の意向がある、と聞いている。

こちらも「いつかくる次の災害」に備え、整備を進めてほしいと思う。ルールさえできれば、同様の仕組みをiPhone以外が導入することは十分に考えられる。

ソーシャルメディアと「嘘情報」の関係

大きな災害やニュースが起こるとソーシャルメディアが騒然とする。それは今回も例外ではなかった。

情報のライフラインとして、ソーシャルメディアは重要なものだ。特に日本では、東日本大震災でTwitter(現X)が利用された経緯もあり、「災害時にはXを」と考える人も多い。

ただ、Xはもはや過去のTwitterではない。情報をシェアするメディアとしては、当時とは違う問題が拡大してしまった。

現在、Xはポスト(投稿)のインプレッションをベースにした収益化が行なわれている。拡散されるポストとそれに紐づくリプライにはインプレッションがついてまわり、収益が発生して「しまう」。

その結果として、偽情報の拡散はより可視化されやすくなった。翻訳技術やbot技術の進化により、海外からインプレッションを求める「偽ポスト」が流入していることも大きい。

過去、偽情報とは「完全な嘘」「過去の写真などを使ったデマ」の類と想定されていた。だが今回起きているのは、それらだけでなく、「誰かがつぶやいた、いかにも拡散されそうなものをコピーして、文脈を切り離して拡散する」という類の偽情報の拡大でもある。

過去から、個人の安否や避難呼びかけなどは、ソーシャルメディア上でオープンに呼びかける「べきではない」とされてきた。拡散したい気持ちはわかるが、見る側はその真偽を確認できず、さらに、現地にいらぬ負担をかける可能性が高いからである。

そのため緊急時ほど、

・政府や自治体、それに準ずる公的機関の情報
・大手メディアを中心とした、公的情報が集まりやすいところを介した情報

などを中心にシェアすることが望ましい。

少なくともこれらの場合、緊急時の人の生き死にに関わる情報で嘘やデマが紛れ込む確率はそれ以外のポストよりずっと低く、真贋の判定を慎重に行う必然性は薄いためだ。

「画像を見て」「文章を読んで」正確に真贋を判断するのは難しいことだ。筆者も自分の判断に完全な自信は持てない。だから判断を「信頼」という基準で判断し、公的機関及びそれに類する情報に限ることにしている。

来歴記録を保護する「CAI(Contents Authenticity Initiative、コンテンツ認証)」や、その基盤フォーマット技術である「C2PA(Coalition for Content Provenance and Authenticity)」は、真贋でなく「誰が情報を出したか」「誰がどう情報を作ったのか」で情報を精査しやすくなるので、デマやコピー対策に有効と考えられる。政府機関・報道機関は率先して対応を検討してほしい。

また筆者はそれ以上に、ソーシャルメディア・プラットフォームやウェブブラウザの提供元にも、対応をお願いしたいと考えている。技術がわかっている人だけが来歴をトラックするのでは意味がない。一目で来歴の有無(これだけでも相当違う)や来歴の種別がわかる仕組みを組み込むことで、この種の技術は初めて有用となる。

とはいうものの、ソーシャルメディアは本質的に、「人の衝動的行動の拡大機」として働く側面が強い。すべての瞬間で理知的にポストや拡散が行なえるわけではない。

以前からその点は大きな課題だったが、Xにおける収益化は、結局のところ、混乱の助長につながっている。今も混乱が続く本質は、ソーシャルメディア自身が抱えているある種の性質と収益化の掛け算にある。

情報の複線化が重要、と筆者が考える理由はここにある。安否などの情報は、こうした感情拡散型のプラットフォームではなく、発信者と紐づいた、安否確認により向いたものが有用だろう。「災害用伝言板」はそもそもそのためのものだし、周知・アップデートして、そうした役割を強く担わせていくのは1つのあり方だ。

せめてX、そして他のソーシャルメディアも、今起きていることをしっかり記録し、解析してほしいと思う。そこからは「どのような行動があったのか」が見えてくるはずで、結果としてそれは、偽情報や不公正に運用されるbotの撲滅につなげられるはずだ。

ままならない「X依存」を脱するには

「質が変わってしまったのにX(Twitter)に依存しているのが悪い」という指摘もある。それはその通りではある。

ただ、その代替がまだ普及していないのも事実だ。Threadsなどの他のSNSも、Xほどの一般性を持ち得ていない。筆者にしろ、地震情報を求める際、まずアクセスするのはテレビとXだ。

今後のことを考えると、解決策はいくつか考えられる。

まず、公的機関や報道機関は、X以外にも情報をポストするようにした方がいい。Xを使う利点は「ここさえ対応すれば」というコストの低さにあったわけだが、それは(残念ながら)もう通じない。低コストに複数のソーシャルメディアを運用するノウハウを、民間企業だけでなく公的な組織も持つ必要がある。

次に、そうした管理コスト軽減のために、「ActivityPub」の活用を検討していくことだ。

ActivityPubはWeb技術標準化団体「W3C」が定めるソーシャルメディア・プラットフォーム相互運用プロトコル。自社サービスに閉じず、相互に投稿データ等を連携可能にする。X(Twitter)代替を目指すソーシャルメディアでは採用例が多いが、先日、MetaのThreadsも対応のテストを開始している。

対応したソーシャルメディアが普及していけば、公的機関はActivityPub経由で情報を出すことで、より多くのソーシャルメディアをまたいで情報提供が可能になる。

ただし問題は「普及するかどうか」だ。

消費者はサービスを「便利か」「楽しいか」など、自分にとっての利益で判断する。「オープンだから」「災害時だから」だけではなかなか広がってはいかない。

だからこそ、ソーシャルメディア同士が健全に競争し、それぞれが有用であった上で、さらに、自然な形でActivityPubなどの技術的な仕組みを導入し、社会全体のコストを下げていく必要がある。

結果そのことは、ビジネスの発展だけでなく社会の安定と安心にもつながるだろう。

西田 宗千佳

1971年福井県生まれ。フリージャーナリスト。得意ジャンルは、パソコン・デジタルAV・家電、そしてネットワーク関連など「電気かデータが流れるもの全般」。主に、取材記事と個人向け解説記事を担当。朝日新聞、読売新聞、日本経済新聞、AERA、週刊東洋経済、週刊現代、GetNavi、モノマガジンなどに寄稿する他、テレビ番組・雑誌などの監修も手がける。 近著に、「生成AIの核心」 (NHK出版新書)、「メタバース×ビジネス革命」( SBクリエイティブ)、「デジタルトランスフォーメーションで何が起きるのか」(講談社)などがある。
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