西田宗千佳のイマトミライ
第204回
ユーザー数1億人超え Meta「Threads」はなぜ一気に立ち上がったのか
2023年7月10日 08:20
SNSに大きな変化が起きようとしている。
昨年から続くTwitterのごたごたは、ここにきて大きなライバルの登場で新たな局面を迎えた。MetaがTwitter対抗と考えられるサービス「Threads」をスタートさせたからだ。
Threadsはスタートすると一気にユーザー数を拡大、5日間で1億人ものユーザーを抱えるに至った。
一方で、Twitter創業者のジャック・ドーシー氏の発案による分散型SNSプロジェクト「Bluesky」や、国産の分散型SNSである「Misskey.io」などのTwitter対抗サービスにも注目が集まっている。
SNSにはそれぞれの特徴・運営方針がある。その詳細を分析するのは難しいことだ。だが、技術的な特徴から見えてくることはある。
今回は、Twitterがどうなっていくのか、そして、「Twitter対抗」がどうなるのか、その辺から占ってみようと思う。
記事初出時に3日で7,000万人超えとしていましたが、5日で1億人突破が明かされたため、見出しを修正しています。
すべては「Twitterのゴタゴタ」から始まった
「Twitter対抗」が急に注目されたのは、Twitter自身に原因がある。
イーロン・マスク氏がTwitterに買収提案をしたのは昨年4月のことだった。
それ以前から株式を大規模取得するなど、Twitterの経営に関与すべく様々な「ツイート」を発していたが、4月の買収提案からまあ紆余曲折あって、10月に買収を完了した。
買収前からその後の動きは、1つ1つ挙げていくのも大変なくらいだ。そんな「イーロン・マスク劇場」にメディアも踊らされ、報道合戦も加熱した印象がある。
マスク氏は、Twitterのコンテンツモデレーション(投稿監視)が「リベラル派の主張に偏っている」と不満を持っていたようだ。また、Twitterがビジネス的に成長しづらい状況にあることも懸念しており、買収による収益拡大を目指していた。
その過程で行なった人員削減を含めた施策は、必ずしもプラスの結果だけを生み出してきたようには見えない。ただ、施策は多くのユーザーは不満を感じながらも、日々サービスを使っていたのだろう。
そこに大きな制約がかけられる日が、急にやってきた。
7月1日夜(日本時間)、1日の投稿閲覧数に制限を加え、結果としてTwitterが急に閲覧しづらくなったのだ。閲覧制限を迎えると「API呼び出しの回数制限を超えました」という表示が出て、閲覧が難しくなった。
Twitterはその後声明を発表し、「プラットフォームからスパムや悪質行為を排除するため」に複数の施策を行なっており、広告への影響は「最小限」とコメントしている。
Twitterを運営するX社のLinda Yaccarino CEOも、「プラットフォームを強化し続けるために大きな行動を起こす必要がある」とツイート、狙いが信頼性向上にあると説明している。
だが、今までにないほど明確に「影響が出た」のは間違いない。
筆者は有料プランである「Twitter Blue」の契約者なので制限が少なかったのだが、利用者全体で見れば、こうした人々は少数派だろう。
Twitter買収後、マスク氏がTwitterから多くのエンジニアを含む社員をレイオフした。「ここまで人を減らして大丈夫なのか」という声が上がったが、すぐにはサービスが止まることはなかった。
それも当然だ。サービスを支えるシステムは、一度構築されればそれなりに動き続ける。だが、動いているシステムは、適切なメンテナンスがなければ、ゆっくりと安定性を失っていく。そして、「サービス改善」として色々な変更を加えた場合、その影響はサービスの土台に現れてくる。
スパムなどの行為は、常にどのプラットフォームにも行なわれている。その対処は必要なことだ。だが、そのために振るった「なた」が、ユーザーにも影響してしまうようでは困る。
今回の「閲覧回数制限」騒ぎでは、その予兆が見えたような印象を受ける。
Twitterは制約を緩めてきているようで、この原稿を執筆している7月9日現在では、前の週のような影響は出ていないようだ。
ただこれが、Twitterが目的を果たしつつあるからなのか、それともThreadsという巨大なライバルが出現したからなのかはわからない。後者だと思われても不思議はない。
Threadsは「招待制」不採用。一気に7000万人超え
MetaによるThreadsの立ち上げは、Twitterとは対照的だ。明確かつ素早い。意思統一されたチームの仕事を感じる。
MetaがThreadsのスタートを外部に広く見せたのは7月3日のこと。Twitterが閲覧制限で揺れていたタイミングだ。
iOS向けのApp Storeに予約ページが開設され、ウェブなどでもカウントダウンが始まる。アプリの予約者には「7月6日午後11時(日本時間)」を記載したカードも表示されるようになった。
ただ、Threads自体は日本時間の7月6日早朝には稼働していた。この時間ずらしの意図は不明だが、なんとなく「念のためにアクセス集中をずらす手を打っておいた」のではないかな、という気はする。
その後Threadsは急速に登録者数を伸ばし、冒頭で述べたように、すでに7,000万以上のユーザーが登録したという。これは驚くべきことだ。
筆者はなにも、数にだけ驚いているのではない。数を支えるインフラとノウハウの力に驚かされたのだ。
SNSは単に書き込みを表示すればいいサービスではない。技術的に見ると、負荷の面で大変な要素が多い。こうしたサービスへの新規登録は、意外と負荷の重い処理でもある。また、必要なものではあるが、初期と同じ混雑がずっと続くわけでもない。
サービスを安定稼働させるため、多くのSNSは、スタート時に「招待制」を採る。ユーザー数の増加を読みやすくし、インフラへの負担が平坦なものになるように……との工夫だ。
例えばTwitter代替として注目されている「Bluesky」も招待制を採っている。「Misskey.io」も急激にユーザーが増加、招待制でも追いつかないため、「招待コード運試し」や「資金支援者への優先割り当て」などの策を採用している。
ところが、Threadsは招待制を採用しなかった。興味がある人はいつでも、どんどん登録できるようにした。なかなかできることではない。
Twitterへの不満が高まったと見るや、準備していたサービスを一気に立ち上げ、しかも無制限に新規ユーザーを増やしても落ちない。
これは、FacebookとInstagramという、世界最大規模のSNS運営ノウハウとインフラを持つMetaのお家芸であり、ビッグテックの底力を見せつけた「横綱相撲」である。
こうしたやり方は、単に予算があってインフラがあるからできるのではない。SNSに特有のトラフィックを捌くためのノウハウを持っており、十分に対応できる能力を持っているからできるのだ。
そうした「超巨大サービスの運営ノウハウ」を持っている企業は非常に少ない。Metaの他には、ByteDanceやGoogleくらいのものではないか。
そして皮肉にも、本来Twitterはそんな稀有な会社の1つであるはずだ。
急遽立ち上げも、ちらつく「周到な準備」
機能的に見て、Threadsが未完成であるのは間違いない。
スマホアプリだけが用意されており、ウェブブラウザーからの閲覧はできない。ハッシュタグもなく、ユーザーがフォローした人だけを見られる機能もない。インフルエンサーとTwitterから移住してきたヘビーユーザーが混じり合い、フィードの構成に苦情を言っている人も少なくない。
ウェブブラウザーからの閲覧や「フォローした人だけのリスト表示」については「開発リストの中にある」としている。だが、いつ実装されるのかという明確なコメントはない。
とはいうものの、Threadsがかなり慎重に準備を進められてきたものであるのも事実であるようだ。スタートのタイミングは前倒しになったようだが、事前にInstagram経由でインフルエンサーには声がかかっており、サービス開始と同時に盛り上げる算段がなされていた。
日本で言えば、日本音楽著作権協会(JASRAC)との「サービス全体で利用許諾契約」がすぐに締結された、という点も大きい。
JASRACが利用許諾契約を締結している動画等サービスの一覧に、Meta(@Meta) が運営する#Threads(スレッズ)を追加しました。
— JASRAC(公式) (@JASRAC_1939)July 6, 2023
InstagramやFacebookと同様にJASRACの管理楽曲をご利用いただけます。https://t.co/hdNmd9HzKW
これは、いわゆる「歌ってみた」などのUGC活動の際、利用許諾契約がなされているサービス上では、ユーザーが個別に利用許諾手続きを行なわなくていい、というものだ。そもそもFacebookやInstagramでは同様の契約が締結されており、Meta社内では、Threadsのスタートに合わせてJASRACへと速やかに申請・締結を行なう準備がなされていたのだろう。
そしてもう1つ。
元々「Threads」サービスは、Instagram内で提供されていたものに使われていた。2019年10月、「親しい友人と写真をやり取りするメッセージングサービス」としてスタートしていたのだが、2021年12月にサービスを終了していた。
今回のThreadsは「新生Threads」とでも呼ぶべきものだろう。すでに持っていた商標を使い、社内に存在していたノウハウを使い、準備を着々と進めていたのであろうことが予想できる。
TwitterはMetaに対し、「Threadsは元Twitter社員を雇用して作ったものだ」と警告文書を送った、との報道もある。
それが真実かは、現時点ではわからない。
しかし、旧Threadsが終了した時期などを考えると、Twitterの周囲がゴタゴタし始めたあたりには、すでに計画の検討を始めていた可能性もありそうだ、と筆者は考えている。
Threadsは本気で「フェディバース」を目指すのか
Threadsについて1つ気になることがある。
スタートしたばかりのThreadsには実装されていない機能として「ActivityPub」のサポートがある。
ActivityPubとは、World Wide Web Consortium(W3C)が2018年に発表した、ソーシャルメディア・プラットフォーム相互運用のためのプロトコルだ。
現状、メジャーなSNSの多くは「中央集権型」だ。その場合、運営方針やアプリのUIが気にいらないと、サービス自体を使わない……という選択肢しかなくなる。また、他のサービスの利用者とのつながりは(当然だが)存在しないので、「つながり」自体もサービスに閉じてしまう。
ならば、ソーシャルメディア同士で相互接続するためのプロトコルを用意し、1つのサービスに閉じることなく「別々のサービス同士が乗り合い」をする形を目指そう……という考え方が生まれた。
こうした発想をFediverse(フェディバース)と呼び、主に使われている通信プロトコルが「ActivityPub」である。2016年から2017年に「分散型SNS」として話題になった「Mastodon」でもサポートされている。
ThreadsのActivityPub採用がどこまで本気で、いつ実現されるのかはわからない。
ソーシャルグラフ(つながり)を手放すことなくサービスを選べるようになるわけで、ActivityPubのサポートは良いことのように思えるが、課題はいくつかある。
1つは、データが「残りやすくなる」ということ。SNSなどに書いた情報が、将来マイナスの記録になる「デジタルタトゥー」も問題になっている。単一のサービスならば消しやすいのだが、分散したサービスにおいては、データをすべて追いかけて消すのは難しいとことがある。SNSからウェブの世界へコピーされた情報が消しづらいのと同様の側面がある。
「そもそもネットに書くべきでないことを、書く前に認識しておくべき」という言い方もできるが、SNSが本格的に分散し始めると、情報の拡散がどのような形で起こるのか、意識しておくべきという話でもある。
2つ目に、巨大プラットフォームが「分散」自体を飲み込んでしまうことだ。
「分散型だからサービスを選ぶ」というユーザーは少数だ。相当に意識の高い人だけであり、ほとんどの人は「分散が自分にどんな価値を持つか」を気にしない。Mastodonをはじめ、分散型サービスはいくつもすでにあるが、結局はユーザー数が増え、「そこに参加したいと思うソーシャルグラフ」が外部から見えるようになってはじめて、利用者がついてくる。
そして、安定して大量のユーザーを集めるには、特定の企業による大型のサービスの方が望ましい。前述のように、Threadsが一気に人を集めたのも、結局は「すぐに使えるから」ということに他ならない。
巨大な存在があると、小さなプラットフォームはそこに飲み込まれてしまう可能性があるわけだ。
ActivityPubを採用していても、そこでどこのサービスと接続するのかは、サービス運用者側が決める。フェディバースの一員だがあえてThreadsとは接続しない、というサービスが出てくる可能性もある。それは分散を守るためでありつつ、「分断」でもある。
分散したサービスを構築するのはとても重要なことだ。その上で、利用者側も「分散の価値をわかって選ぶ」時代になるのはなかなか難しい。
Metaはその点をどう考えているのだろうか?
いわゆる「メタバース」では、Metaは分散と相互接続に積極的である。ただし、まだその姿は実現していない。なんとなくフェディバースにも似ていないだろうか?
TwitterとThreadsを比べると、今はThreadsの方が運営側への風通しは良いように思える。もちろん、FacebookやInstagramにも固有の問題があり、Threadsも課題を抱えたサービスになるかもしれない。
そこで、Twitterのように「イーロン・マスク劇場」になるのではなく、フェディバースへの対応方針も含め、もっとクリアーな運営が望まれる。
それが実現するのだとしたら、Metaは一定数のユーザーをTwitterから獲得することになるだろう。そして、ThreadsにもTwitterにも馴染めない人は、Blueskyなど、別のサービスに移っていく。
Twitterの視界が澄み切らないままなら、過去の「一世を風靡したが人気を失ったサービス」と同様、ゆっくりとその重要度を失っていくことになるのではないだろうか。