西田宗千佳のイマトミライ
第137回
ヤマダはなぜアマゾンと組み「Fire TV搭載テレビ」を売るのか
2022年2月21日 08:15
ヤマダデンキから、AmazonのFire TVを搭載したテレビが発売になる。発売は3月5日からで、ヤマダホールディングス傘下の店舗(ヤマダデンキグループ、大塚家具など)の他、ヤマダウェブコム、Amazon.co.jpのヤマダデンキで販売する。
Fire TV内蔵テレビが日本上陸。アマゾン×ヤマダ 5.5万円~
日本の映像配信普及に、Fire TVは大きな役割を果たしている。Amazon Prime Videoがトップシェアであるだけでなく、他の多くの映像配信にも対応し、数千円以内という低価格さから、「テレビにつけて配信を見ている」という人は、コロナ禍以降急速に増加した。
そのFire TVが入ったテレビはアメリカなどでは発売済みだが、日本で出るのは初めてのことだ。
今回の施策はどのような理由で生まれたものなのか? テレビ市場にどう影響するのかなどを分析してみよう。
「Amazonとの対抗」に注目が集まるが……
トップ量販店グループと通販大手のAmazonが組むということで、2月17日にオンライン開催された発表会では、ヤマダ側に真意を問う質問が相次いだ。
「以前はAmazonを警戒していた。ただ、一緒に製品を販売する中で、『お客様第一』という方針では共通している」
ヤマダホールディングスの山田昇会長は記者の質問にそう答えた。
そう質問したくなるのもわかるが、実のところ、「家電販売店」としてのヤマダデンキグループにとって、Amazonはそこまで怖い存在ではない。
ヤマダ電機を中核とした複数の家電量販店グループで構成される「ヤマダデンキ」は、家電量販店としては日本でシェアトップだ。日本の家電販売は家電量販店に支えられており、7割から8割が家電量販店からの売上、とされる。複数の資料によると、ヤマダデンキグループのシェアは、家電全体の売上の2割程度と見られている。
ライバルは多数あるが、Amazonはその一部に過ぎず、現況として、ヤマダとしてはAmazonを強固に敵視する必然性はない。
今回の施策は、「過去から因縁のあるライバル同士の提携」というよりも、別の見方をした方が実情に合うだろう。
ではどう見るべきか?
観点は2つある。
映像配信を軸に「FUNAI=ヤマダ・プライベートブランド」を強化
1つ目の観点は「ヤマダのプライベート・ブランドとしてのテレビ」としての側面だ。
今回のテレビは、開発と製造を船井電機が担当している。
2017年以降、同社は日本のテレビ市場に「FUNAI」ブランドの製品を展開しているが、これはヤマダで独占的に販売されている。すなわち「FUNAI」は実質的に、ヤマダのプライベート・ブランドとして展開している。当時の状況については以下の記事に詳しい。
「私が市場創造する」と山田会長。ヤマダ独占販売のFUNAIテレビ(2017年)
船井電機としては、国内シェアトップのヤマダに安定的に供給することで経営の安定をはかり、ヤマダとしては、利益率や販売交渉の面で有利なプライベート・ブランド的な存在を得ることができる。中国系メーカーなどからの低価格製品攻勢への対応、という意味もあっただろう。
当時は「FUNAIブランドでテレビ全体のシェア20%を目指す」と鼻息も荒かったのだが、その後の状況はそこまで芳しくない。
市場調査会社BCNのシェア調査では、シェア10%以上を占めるトップ5社(ソニー・シャープ・TVS REGZA・パナソニック・Hisense)の中にも、FUNAI(ヤマダ)の名前はない。船井電機の経営状況も必ずしも好転しておらず、ヤマダとの提携でも莫大な数が売れているわけではないことを示唆している。
プライベートブランド的なFUNAIがあると言っても、ヤマダの店頭では他社のテレビも販売されている。FUNAIのテレビは安価だが「悪くはない」という感じであり、ブランド力も強くない。テレビの市場がリビング向け・大型・4Kに集中している今は、商品性の高いものの方が売れやすくはある。
FUNAIも上位モデルではAndroid TV搭載になり映像配信が見られるようになっているのだが、Netflixには対応していないという弱みもあるのだ。TVS REGZAのAndroid TVもそうなのだが、Netflix非対応の製品では、顧客に「Netflix対応」が気になる、と言われるようだ。そういう場合には現状、外付けのネット配信機器の同時利用を薦めるという。
そうなるとそこでは、「Fire TV」の存在がフォーカスされるわけだ。
ヤマダ/FUNAIとしては、Android TVにこだわる必要はない。特に安価な製品ではそうだ。
ネット配信が必要なら、最初からFire TVを組み込んで開発すればいい。ハードウェアとしての要件はAndroid TVと大差ない。録画機能などの開発ノウハウは船井電機側にあるので、「映像配信に対応したモダンなテレビ」を作る方法論として、Amazonとのパートナーシップを選ぶのは、現実的な選択肢と言える。
「おうちまるごと」におけるパートナーとしてのAmazon
そして2つ目の注目点が「ヤマダのビジネスモデル」だ。
ヤマダデンキグループは「家電量販店」だが、現在は「おうちまるごと」をテーマに掲げている。前述のように、Amazonはライバルというわけではない。現在から過去まで、ヤマダのライバルは他の家電量販店だ。
家電機器の販売利益率が落ちている今、特定の家電を1つ売ってもそこで得られる利益は落ちている。だからこそ、家具から家電、リフォームまで様々な領域をカバーし、トータルで利益を得る形を目指すように、ヤマダホールディングス全体の構造が変化している。だから大塚家具を傘下に収めたりしているのだ。
ネット配信が簡単に使えるテレビを用意することは、今の家電にとって重要な要素だ。Fire TVを別売するよりもいい。
Fire TVならAmazonのスマートスピーカー「Echo」シリーズと連携も容易。様々なスマート家電をセットで売るにも向いている。
「予約特別価格」に注目、ネット販売力強化も狙いの1つか
とはいうものの、ヤマダのFire TVが劇的にシェアを伸ばし、他のテレビを駆逐してしまうのか……というと、筆者は「そこまでではない」と考えている。
まずは位置付けだ。
価格を見るとそこまで安くはない。
一番安価なモデルは55,000円からとなっているが、こちらは32型のHD(1,366×768ドット)で、他社の同サイズ製品とさほど変わらない。55型4Kの「FL-55HF340」は142,720円で、他社同等品より少し安いくらいだろうか。
チューナーの搭載数や録画機能など、搭載機能が全く異なるので、海外のモデルと比較するのはフェアではないのはわかっている。だが、海外では「とにかく格安なスマートテレビ」という印象もあるので、ちょっと方向性は違うように思う。
米Amazon、初の4Kスマートテレビ「Fire TV Omni/4-Series」
一方、3月4日23時までにAmazon.co.jp内のヤマダデンキで購入すると、予約限定で以下の3モデルが特別価格で買える。
・43型 4K液晶「FL-43UF340」76,780円
・50型 4K液晶「FL-50UF340」87,780円
・55型 4K液晶「FL-55UF340」109,780円
これは確かに印象が一変するくらい安い。こちらだったら話は別だ。
ヤマダはFire TV内蔵モデルについて、店頭のほか、ヤマダホールディングス傘下のオンライン販売店、Amazon.co.jpのヤマダデンキでも販売する。そうしたタイミングで売られる「特別価格」を狙うのがおすすめかもしれない。
これは筆者の私見だが、記者説明会などでの対応からは、ヤマダとしては、店舗での商品力強化以上に、ネット販売に期待している部分があるのではないか。ヤマダのネット販売はそこまで求心力がない。だが、目玉になる商品があれば別だし、ネット通販利用者とスマートテレビの相性は良い。
ヤマダ/FUNAIは「FUNAIブランドの全てのテレビをFire TV内蔵に置き換えるわけではない」とコメントしている。まだ、一般的なテレビの販売もあると見込んでいるのだろう。そしてその多くはおそらく店頭でのものだ。
その点も含めて考えると、今回の製品投入は「FUNAIブランドテレビの商品力強化」であると同時に、「ネットに弱いヤマダ」という印象を覆すためのもの、とも言えるのかもしれない。