西田宗千佳のイマトミライ
第128回
ドンキが「チューナーなしテレビ」を売る背景。ネット配信の拡大
2021年12月13日 08:20
12月7日、ドン・キホーテは、同社のオリジナルブランド「情熱価格」で、テレビチューナーを内蔵しない「チューナーレス スマートテレビ」を発表した。
ドンキ、チューナ非搭載の“ネット動画TV”約2万円から。Android TV採用
OSとしてはAndroid TVを採用、ネット配信を見ることに注力した製品であり、地上波などをそのまま受信して見ることはできない「テレビ」であることが注目され、Twitterでもトレンドになったりしていた。
この製品がどんな意味を持っているのか、今回は改めて考えてみよう。
放送を見ていなくても「テレビ」、個室向けの隙間に浸透
テレビ、という言葉には、基本的に3つの意味がある。
1つは、「放送」としてのテレビ。次に、放送を見る「機器」としてのテレビ。最初の定義は前者であり、次に「テレビジョン受像器」がテレビ(放送・番組)を見るものなので「テレビ」と呼ばれるようになった。「テレビを見る」といえば、放送で提供される番組を放送の受像器で見るわけで、両者が混ざっていてもさほど違和感はなかった。
そこに第三の意味が現れる。「家庭にある大きな画面の機械」という意味合いだ。
家庭用ビデオや家庭用ゲーム機が登場すると、テレビを使っているが放送は見ていない、という状況が広がっていく。だが、見ている機械はもちろん「テレビ」である。
ドン・キホーテが発売したのはもちろん、3番目の意味の「テレビ」だ。テレビが放送を見るだけのものではなくなって久しいわけで、そこまで違和感はないだろう。
日本の場合にも、2010年代後半以降、個人市場向けには「PC用ディスプレイ」の売れ行きが伸びていた。PCディスプレイ市場の主軸は法人向けであり、全体出荷数では微減・横ばいというところだったが、Amazonや家電量販店のPC関連売り場など、完全な個人市場向けの売り場では売れ行きが良かった。
以下は、電子情報技術産業協会(JEITA)が公開している「民生用電子機器国内出荷統計」から、テレビの国内出荷台数を抜粋し、筆者がまとめたものだ。
オレンジは大型(37型以上。JEITAの統計基準変更により2018年以降は40型以上)を、ブルーは小型(29型以下)を示している。
リビングにおけるテレビ=大型の製品は堅調であり、地デジ特需後の買い替え需要がやってきたこともあり、順調に数量が伸びてきて、ほぼ2011年以前の水準に戻りつつある。
一方、個室向けのテレビ=小型の製品は需要が落ち込んだままだ。これは地デジ移行後、1990年代には「一部屋に一台」まで拡大したテレビが再び「一家に一台」に戻っていった結果と言える。
ただ、「映像を大きな画面で見たい」ニーズがなくなっているわけではない。牽引役の1つはゲームだが、同時に、自室で自由に映像を見たい、というニーズも大きい。
また、小さなテレビは収益性が低くなって、大手メーカーが売りたがらなくなったこともある。価格優先で差別化しにくく、利益率が確保しにくいからだ。結果として、より安価なPC用ディスプレイにも注目が集まりやすくなる。
ドン・キホーテは比較的安価なテレビを多数売ってきたので、そうした状況ももちろん知っていただろう。だからこうした製品が出てくるのだ。
テレビでのネット動画視聴は「NHKより多い」量に
同時に、日本における「ネット配信」利用の拡大が背景にあるのは間違いない。
やはりコロナ禍以降、Netflixに代表される映像配信の利用者は増えている。2018年頃までは、新作が配信になってもなかなか話題にならなかったが、今はAmazon Prime VideoやNetflixが新作を配信すれば、一般的な芸能メディアやニュースでも報道され、Twitterのトレンドになるようになっている。
だが現実問題として、ドン・キホーテの「テレビ」が主軸にしているのは、こうした有料配信ではなかろう。
日本のネット配信の中心は間違いなく「YouTube」だ。
以前、TVS REGZAを取材した記事でも書いたのだが、同社の調べによると、同社製テレビの視聴データによると、ネット動画の視聴時間はトータルで「1日1時間半」を超えているという。しかも、視聴されているのは圧倒的にYouTubeで、それに続くのがAmazon Prime VideoやNetflix……という状況であるようだ。
1日1時間半、という数字は、同社によれば「NHK1局の視聴量を超える」という。その多くがYouTubeというのは、周囲でのYouTube視聴量の「肌感」とも乖離していない。
YouTubeは英国の独立系コンサルタント会社であるOxford Economicsに調査を依頼したレポートを公開しているが、その情報によれば、「2020年度のYouTubeの経済効果は、日本のGDPのうち2,390億円に相当する」としている。
YouTube、日本のGDP貢献は2390億円。動画配信からリアル送客に
この数字はテレビでの視聴だけのものではないが、それだけ大きなメディアに育っている証拠でもあり、当然、「YouTubeを見るためにテレビを使っている人」も増えている、ということだろう。
もう一つ、テレビでのネット動画視聴に関するデータを出しておこう。
サイバーエージェントが9月に発表した2021年通期決算の説明資料によると、同社の動画配信「ABEMA」の視聴者のうち、テレビでの視聴者が2年前の2倍である「14%」まで拡大している。
これはもちろん、ABEMAが見られるテレビが増えてきたからということなのだが、それは因果関係が逆だ。テレビでの視聴量が増えた理由は、彼らが積極的にテレビメーカーに売り込んだからである。定着の努力が実を結んだのであり、同時に、ABEMAの認知が浸透し、「テレビについているならそれで見る」という発想の人が増えた、ということでもある。
「放送のないテレビ」はマスではないが、ニーズはある
一方で、放送を受信できないテレビがマス向けの存在か、というと、そうでもなかろう。
以下は、Netflixが毎回決算のたびに公開している、アメリカでの「プライムタイムに2人以上でテレビを見ている時に、なにがテレビに表示されているのか」を調査したものだ。アメリカのように、Netflixの世帯普及率が6割弱まできている配信先進国であっても、配信全体の支配率は3割というところ。意外と他のものも見ているわけだ。
日本とは環境が違うのでイコールでは結べないが、リビング向けならば「放送がまったく不要」と割り切れる人は少ないだろう。やはり個室向けであったり、一切「テレビ放送が受信できるもの」を持たずにNHKの受信料までカットしたい人など、ちょっと特殊なニーズかと思う。
ただ、前出のように個室に向くサイズのディスプレイを求めるニーズはあり、そこでは「放送はいらない」という話になるかもしれない。特に、NHKプラスやTVerのような存在もあるし、放送に近い番組を流しているABEMAもある。
だとすると、ドン・キホーテがニッチな路線をカバーしにいくのも理解できるというものだ。
個人的には、この種の製品はあまりおすすめしない。チューナーがないからではない。低価格なAndroid TVについては、長く使った時の動作の快適さに課題があるからだ。それならば、テレビやPC用ディスプレイに「Fire TV Stick」や「Chromecast with Google TV」のような、安価な映像配信対応機器を追加してもいい。配信側の機能や操作性が陳腐化しても、テレビ全体を買い替えるより安く済むからだ。
まあ、ドン・キホーテもその辺はよくわかっているだろう。おそらくは、PCディスプレイに追加機器を加えるより「ちょっとわかりやすい商品」として提示しているのだと思う。
そういう市場が成立しつつあるくらい、テレビにおいて「ネットの動画を見る」ことが当たり前になっている時代でもあるのだ。