西田宗千佳のイマトミライ

第28回

「スーパーアプリ」とはなにか。ヤフーとLINE経営統合の狙い

11月13日深夜に報じられた「ヤフーとLINEの経営統合」のニュースは、多くの人々に驚きを持って迎えられた。

ヤフーとLINEが経営統合と報道。「決定した事実はない」

それは筆者も同様だ。ただ筆者にとっては、「まさか」というより「今なのか」「そこまで話は進んでいたのか」という驚きに近い。ソフトバンク・ヤフーがLINEのようなアプリを欲しており、以前より「孫正義氏がLINEを欲しがっている」という噂はあったからだ。だが、話が進んでいるという明確な証拠があったわけでもなく、「その可能性はある」くらいに思っていた。

軸になったのは、いうまでもなく「LINE」というアプリ。そして、今後ソフトバンクが戦略的なサービス/アプリとして利用する「PayPay」だ。

そこでキーワードになってくるのが「スーパーアプリ」。今回は、その存在について解説してみたい。

ポータルからアプリへの変化が「スーパーアプリ」を生んだ

本誌での鈴木淳也氏の解説にもあるように、今回の話の軸には「スーパーアプリ」という概念の存在がある。

ヤフーとLINEの経営統合が日本の決済市場にもたらす効果

そもそもスーパーアプリとはなにか? 要は「プラットフォーム化し、いろいろなビジネスの起点になるアプリ」のことだ。以下はソフトバンク/PayPayが折りに触れて示しているスライドだが、とても狙いがわかりやすい。

ソフトバンク・2020年3月期 第2四半期 決算説明資料より抜粋。PayPayを「スーパーアプリ化」し、窓口として活用する

スーパーアプリの必要性を理解するには、人々がどうネットサービスを利用するのか、という「導線」を考える必要がある。

過去、ネットを使うための端末がPCだけであった頃、利用導線はシンプルだった。すべてはネット検索から始まり、そこから枝葉のようにサービスにつながっていた。人々はブラウザーを開いたのち、まず「ポータルサイト」を開き、そこからキーワードで検索したり、ポータルサイトにあるニュースやサービスを利用した。入り口=ポータルを押さえることは顧客動線を押さえることであり、集客力において大きな意味を持っていたのだ。

日本において「ヤフー」こと「Yahoo! Japan」が成功したのは、初期のうちにPCにおけるポータルサイトとしての価値を不動のものにしたからだ。もっとも強かったのはスマホ登場以前の2000年代だが、その影響は今も色濃い。

以下のデータは、ネットのアクセスログを集計するサービス「Statcounter」のデータを使い、2009年から10年間での、日本の「パソコンでの検索サイト利用率」を集計したものだ。年を経るごとに落ちてはきているものの、Yahoo! Japan(緑)のシェアはGoogleに次ぐ二位だ。

ネットのアクセスログを集計するサービス「Statcounter」のデータを使い、2009年から10年間での、日本の「パソコンでの検索サイト利用率」を集計。Google(赤)がトップシェアだが、Yahoo! Japan(緑)も健闘している

「二位じゃダメなんじゃないですか?」といいたくなる人もいそうだが、とんでもない。世界的にみれば、Googleにここまで拮抗できているポータルサイトがある国の方が珍しい。同じく「Statcounter」のデータを、今度はワールドワイドの値で見ると、完全にGoogle一強であり、他はほとんど影響力を持たない。

上と同じ統計を「全世界のすべてのインターネット機器」を対象に集計。Googleのシェアが圧倒的で、日本とはまったく違う様相であるのがわかる

PCだけの時代は、「すべての人がなにをするにもブラウザーを開く」時代だったので、このシェアが大きく影響した。しかし今は「スマホもPCも使う」時代だ。ネット全体に与える影響としてはスマホの方が大きい。

スマホでの行動の起点は、ブラウザーを開くことではなく「アプリを開くこと」になった。そうすると、ネットへの導線はどうしても分散する。「スマホを開くと毎回使う定番アプリ」の力が強くなり、ブラウザーの役割は低下する。ポータルサイトが強くても、それはブランドとしての認知度で有利、という話になってきて、過去のように「導線をすべて押さえる」ことにはならないのだ。

定番アプリといえば、メールにブラウザー、地図ソフト。そしてSNSに音楽アプリ、YouTube。ヒマな時に思わず開いてしまうアプリ、なにかあった時に開くアプリは、みなさんもほぼ固定化しているのではないだろうか。

スマホはアプリを自由にインストールできる。だが、そのほとんどは使われないか、すぐにアンインストールされる。ニールセンデジタルが今年3月に公開した調査によれば、「毎日一度は使うアプリ」の数は、電話やカメラなどの基本アプリをのぞくと「8つしかない」という。これはほぼ実感とも離れていない。

ニールセンデジタルによる今年3月の調査より。月に31回以上(すなわち1日1回以上)使うアプリの数は、じわじわ増えているものの8つしかない

そんな数少ない枠に入っている可能性がきわめて高いのが「LINE」である。もうこれだけで、「なぜソフトバンクはLINEが欲しかったのか」がわかろうというものだ。

中国からの「タイムマシン経営」ふたたび

定番アプリは、ポータルサイトに変わる窓口となり得る。一方で問題なのは、そこでどうやって「複数のサービスを使わせるのか」という点だ。

アプリに大量にアイコンを並べても、メニューを増やしても利用は伸びない。実のところ、現在のLINEが苦労しているのはその点だ。無料のメッセージングとそれに紐付く広告ビジネスは好調で市場支配率が高いものの、有料サービスやショッピングなどへ遷移させるのは難しい。狭いスマホの画面で、過去のポータルサイトのような「とにかく並べる」アプローチは複雑化しやすく、成功しづらいのだ。

そこで出てきたのが「ミニアプリ」という存在である。

アプリをいちいちダウンロードしてもらうのは難しくなった。使い続けてもらうのも難しい。だが、アプリストアを経由せず、決済などで必要な時だけロードされる形にすればどうだろう? 基盤となる「決済アプリ」などさえインストールしてもらっていれば、あとはなんとかなる。外部からのバーコードによる誘引でも、画面上のタップでもいい。「アプリをインストールする」ということを意識させず、サービスごとに利用を促進していけば、複雑さも(多少ではあるが)和らぐ。

こうした仕組みを最初に積極的に採り入れたのは、中国でAlipayやWeChat Payである。彼らはまさに「新しいアプリをインストールさせずにサービス利用を促進する」ことを狙っていた。

LINEもミニアプリを導入しているし、PayPayも同様だ。こうしたミニアプリの受け皿こそ「スーパーアプリ」であり、定番アプリだからこそ成立する。ソフトバンクは決済からスーパーアプリ化を目指していて、LINEはコミュニケーションからスーパーアプリ化を目指していた。両社の思惑が合致すれば、「決済の新しい巨人とメッセージングの巨人」が組んだ、強力なスーパーアプリを生み出せる。

PayPay
LINEのウォレット

問題はもちろん山積みだ。「スーパーアプリ化」という目標が同じでも、戦略が現状は異なる以上、すりあわせが必須だ。また、スーパーアプリ化は複雑化であり、ユーザーの支持を得続けられるとは限らない。だが、なにもしないよりはずっと良く、国内のライバルに差をつける、という意味では最大の施策といっていい。

ここからの2年ほどで、両社はどう「2つのスーパーアプリ」を統合していくのだろうか。成功すれば歴史に残るプロジェクトとなるが、果たしてどうなのだろうか。

ちなみに。

ソフトバンクの孫正義氏は、過去に「タイムマシン経営」を標榜していた。アメリカで成功したビジネスモデルを日本にいち早く持ち込むことで、そのタイムラグを最大に活かして国内で有利な立場に立つ、という戦略を採ってきたからだ。

今回はアメリカではなく「中国からのタイムマシン経営」といえる。

これもまた、時代の趨勢といえるのではないだろうか。

西田 宗千佳

1971年福井県生まれ。フリージャーナリスト。得意ジャンルは、パソコン・デジタルAV・家電、そしてネットワーク関連など「電気かデータが流れるもの全般」。主に、取材記事と個人向け解説記事を担当。朝日新聞、読売新聞、日本経済新聞、週刊朝日、AERA、週刊東洋経済、GetNavi、デジモノステーションなどに寄稿する他、テレビ番組・雑誌などの監修も手がける。
 近著に、「顧客を売り場へ直送する」「漂流するソニーのDNAプレイステーションで世界と戦った男たち」(講談社)、「電子書籍革命の真実未来の本 本のミライ」(エンターブレイン)、「ソニーとアップル」(朝日新聞出版)、「スマートテレビ」(KADOKAWA)などがある。
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