石野純也のモバイル通信SE
第61回
世界へ向かう「ポケトーク」を巡る“通信”の戦い ソラコム対ソフトバンク
2024年10月16日 08:20
ポケトークは、約5年ぶりとなるAI翻訳機の新モデル「ポケトークS2」を10月17日から販売開始する。
翻訳に特化したシンプルなユーザーインターフェイスや、利用シーンに合わせた大小2モデル展開という点は既存の「ポケトークS」と同じだが、米国で伸びている法人用途に合わせて分析ツールの「ポケトークアナリティクス」との連携を強化。バッテリー持続時間も向上させている。
グローバル展開を支える通信回線での競争
これに加え、ネットワークについても大きな変更があった。これまでのポケトークには、KDDI傘下のソラコムが回線を提供しており、グローバルで通信することができた。本体には2年間の通信料も含まれており、これを超えた場合には2年あたり11,000円で追加のSIMカードを購入できる仕組みを採用している。
一方で、ポケトークは'23年7月にソフトバンクと業務提携を締結。ソフトバンクを通じて、ドイツのIoT専用グローバルSIMの「1NCE」を採用することを明かしていた。1NCEは、ソフトバンクグループおよびソフトバンクが資本参加しており、日本を含むアジア太平洋地域では同社が独占的に提供している。
ポケトークS2に採用されたのも、この1NCEのeSIMだ。
KDDI陣営からソフトバンク陣営に乗り換えた格好になるポケトークだが、その要因は複数あったという。
1つが、対応する国や地域の広さだ。ソラコム回線を採用していたポケトークSまでは、144の国や地域に対応していたのに対し、ポケトークS2では173まで拡大している。多言語対応の翻訳機という特性上、やはり対応している国や地域は多い方がいい。
とは言え、これが決定的な差になるかと言えば、必ずしもそうではない。ポケトークの用途として拡大しているのは法人や官公庁向けで、どちらかと言えば日本や米国などの国内利用が多くなっているからだ。日本ではインバウンド対応、米国では行政機関や教育機関での活用事例が増えており、こうしたニーズと対応国の多さは直接的な関係がない。売りにはなるものの、決定的な要因ではないというわけだ。
1NCEを採用した主な理由は、その料金体系やソフトバンクとの販売連携にありそうだ。まず、料金について、1NCEはその名の通り、1回限りの売り切り制を採用しており、非常にシンプルだ。金額は2,200円。この金額を支払うだけで、最長10年間、500MBまで通信を利用することが可能になる。しかも、グローバルで料金は均一。2,200円さえ払ってしまえば、世界各国で利用できる。
ソラコムもデータ通信料は安いが、料金体系が従量制で国や地域によっても金額が異なる。売り切りになるハードウェアに組み込む回線として、2,200円ポッキリの1NCEは相性がいいと言えるだろう。
500MBという容量制限はあるものの、ポケトークは翻訳機のため、送受信されるのは主に音声と画像翻訳の画像だけであまり大きなトラフィックは発生しない想定だ。また、ポケトークが採用した1NCEのSIMは、データ容量が尽きた場合、自動でチャージがされる設定になっており、ユーザーは2年間(ビジネスの場合は3年間)、通信量を気にせずに利用を続けることが可能になっているという。
圧倒的な低価格+ソフトバンク販売力が決め手に
ポケトークの代表取締役会長兼CEO、松田憲幸氏は「圧倒的な低価格」と1NCEを採用した理由を話す。価格面に加え、「スピードや対応国数など、全部総合して我々の方で判断した」(同)という。機能面だけでなく、ソフトバンクとの営業面での連携も回線選択の決め手になったようだ。松田氏は、ソフトバンクとの「販売面での連携も非常に大きい」(同)と明かす。
ソフトバンク側も、1NCEの強みは「圧倒的な価格競争力」(ソフトバンク 常務執行役員 グローバル事業・DX事業・IoT事業担当 野崎大地氏)にあると見ているようだ。結果として、1NCEは創業7年で「3,000万回線に到達する勢い」で規模を拡大している。
ポケトークは、'22年時点で累計販売台数が100万台を超えるヒット商品。ソフトバンクとの提携でも、100万台の販売を目標にしている。
実は、ポケトークの親会社にあたるソースネクストは、ソラコムにも出資しており、ソラコム上場時のイベントには松田氏も出席していた。松田氏はこうした点まで含め、「すべてを勘案してこの形で決めた」と語っており、コスト的なインパクトがいかに大きかったかがうかがえる。
これまで販売されてきたポケトークに組み込まれているすべての回線をMNPのように丸ごと切り替えるわけではないが、ポケトークはIoT端末の中でも比較的販売台数が多い。また、センサーなどのわずかなデータをやり取りするだけのIoT端末と比べればまとまったデータ通信量も発生するため、売上げを見込みやすい。こうした事例が相次げば、KDDI・ソラコム陣営にとって痛手になる可能性もありそうだ。