ニュース

作品の意図を考えてはいけない 「横尾忠則 寒山百得」展 東京国立博物館

「横尾忠則 寒山百得」展が、東京国立博物館の表慶館で開催中

「横尾忠則 寒山百得」展が、9月12日から12月3日までの会期で、上野の東京国立博物館の表慶館で始まった。

同展は、鎌倉時代に中国から日本へと伝わった、当時の仏教の最新トレンドであった「禅宗」を具現化したキャラクター、「寒山拾得(かんざんじっとく)」をテーマとして、横尾忠則さんが描いた全102点を紹介するものである。

「寒山拾得」は、鎌倉時代から数多くの画僧、絵師、画家たちによって描かれることとなった定番の画題。その古典的なテーマを、現代アートの巨匠・横尾忠則さんがどのように捉え、何を表現したのかが注目されている。

さらに本館の2階では、特集「東京国立博物館の寒山拾得図」と題し、鎌倉から明治時代に描かれた「寒山拾得」の作品が集められている。これらを交互に鑑賞することで、横尾忠則さんと寒山拾得の深い世界観を、より豊かに味わうことができるだろう。

現代アーティスト・横尾忠則さんが描いた、102作の寒山拾得が、表慶館に所狭しと展示されている
本館では、中国の因陀羅(いんだら)が元時代に描いたと伝わる、国宝《寒山拾得図(禅機図断簡)》をはじめ、明治期までに描かれた様々な「寒山拾得」が並ぶ

なお以下では、「横尾忠則 寒山百得」展と、本館開催の特集「東京国立博物館の寒山拾得図」展を交えながらレビューしていく。

「横尾忠則 寒山百得」展

会場:東京国立博物館(東京都台東区上野公園13-9)の表慶館
会期:9月12日(火)~12月3日(日)
観覧料:一般:1,600円、大学生:1,400円、高校生:1,000円、中学生以下は無料

特集「東京国立博物館の寒山拾得図-伝説の風狂僧への憧れ-」

会場:東京国立博物館の本館特別1室
会期:9月12日(火)~11月5日(日)
※会期中、作品の展示替えあり

特集「東京国立博物館の寒山拾得図」が展開されている、本館(日本館)2階の特別1室
本館2階での特集展では、前期に因陀羅(いんだら)の描いた国宝《寒山拾得》や、河鍋暁斎の《豊干禅師》、後期で「寒山拾得図」の基準とも言える顔輝(がんき)筆と伝わる《寒山拾得図》などが展示される

描いた日時を追いながら見ていきたい

横尾忠則さん本人は、同展の開催発表会で「はっきり言って、作品に意味やメッセージなどは全くありません。ご覧になる方には、作品の前に立って何かを感じとってもらいたい」といった趣旨の発言をしている。その言葉通り、ただ「横尾忠則の作品を見に行く」でも良いだろう。だが、やはり「寒山拾得」とは何か? は簡単に押さえておきたい。

寒山拾得を数行の言葉で説明するのは、容易ではない。禅を知らない(筆者を含む)人たちに、寒山拾得とは何かを説明しようと、かつて森鴎外や芥川龍之介は『寒山拾得』と題した、それぞれ30分ほどで読める短編を著した。それらをもってしても、寒山拾得の具体的なイメージが掴めるかと言えば心もとない(それでも一読することをおすすめする)。

とはいえ説明を試みてみる。元ネタの寒山拾得(かんざんじっとく)は、中国の唐の時代に、禅宗の聖地とも言える天台山国清寺に居たと言われる、「寒山(かんざん)」と「拾得(じっとく)」という2人の禅僧だ。難しい四文字熟語ではなく、2人の禅にまつわるキャラクターなのだ。

中国の明の時代に劉俊(りょうしゅん)によって描かれたとされる《寒山拾得図(寒山拾得蝦蟇鉄拐図のうち)》。写真左の巻物を持っているのが寒山で、同右の箒を持っているのが拾得(本館2階の特集の展示風景)

まず拾得は、近くの山から拾われて、国清寺では飯炊きの手伝いや掃除など、雑用係をしていたという。そのため伝統的な寒山拾得図では、箒(ほうき)を持っていることが多く、横尾忠則さんの「寒山百得」ではそれが箒だったり掃除機だったりする。

寒山は、近くの寒巖(かんばん)という巌窟で暮らしていたが、時々は国清寺に来て、拾得から残り飯をもらって食べたり、2人で遊んだりしていた。幼い頃から読書が好きで、「寒山詩」と呼ばれる、300を超える漢詩を残している。そのため巻物を持つ姿で描かれることが多いが……横尾忠則さん「寒山百得」ではトイレットペーパーを持っていたりする。

表慶館の展示風景

ちなみに、前述した寒山と拾得は、寒山が書いたとされる漢詩、「寒山詩」を基にしている。それら約300の漢詩に描写された寒山拾得を、後世の画僧や絵師などが「こんな人たちだっただろう」と解釈をして、描かれてきたのだ。例えば「2人は禅僧だ」という解説も少なくないが、2人が修行を積んでいたという話も、ひたすら座禅を組んでいたという話もないので、僧ではなかったかもしれない。ここでは定番の例として、芥川龍之介が『寒山拾得』という短編で描いた、標準的な寒山拾得“像”を紹介しておく。

「その男は二人とも、同じようなぼろぼろの着物を着ていた。しかも髪も髭ものび放題で、如何にもこっけいな顔つきをしていた。自分はこの二人の男に何処かで遇あったような気がしたが、どうしても思い出せなかつた」

描かれた作品に、特別な意味やメッセージはない!

これまでの寒山拾得像はさておき、現在の画家、横尾忠則さんの「寒山百得」展に話を戻そう。

タイトルにある「寒山百得」は、その名の通り、100を超える「寒山拾得」を描き展示していることからつけられた。それぞれの作品の近くには、制作年月日が記してある。2021年の9月から始まり、ついこのあいだの2023年の6月まで続く。

2021年9月から2023年6月に描かれた、102点の「寒山拾得」が並ぶ

東京国立博物館では必ずあるといっていい「解説」は、一切ない。東京国立博物館の学芸研究部調査研究課長・松嶋雅人さんは次のように楽しみ方のヒントを語った。

「102枚を連続してご覧いただければ、様々なストーリーが、頭の中に浮かんできます。基本的には見ていると、何が描かれているかが掴めると思います。それらの中には、横尾忠則さんが実際に会った方が出てきたり、記憶から出てきた架空の人物などが描かれています。さらに西洋絵画の歴史的なタッチや表現など……本当に様々な形で表現されています。そうした作品をご覧になる方々が、いろんな発想や空想を自由に感じ取れる、そういうシリーズだと思います」

東京国立博物館の学芸研究部調査研究課長・松嶋雅人さん
見知った顔が作品の中に組み込まれていたりする
こんな洋画があったような……という作品が横尾忠則風に描かれている
寒山や拾得がどこにいるのか分からない作品もある

言われたままに展示会場へ入ると、どこを見ても寒山と拾得が描かれている。当たり前だが、本当にひたすら寒山と拾得が並んでいる。

横尾忠則さんは1年半前に、100点を描くという目標を設定した。その目標を達成するために「アーティストをやめて、アスリートのように体が感じるままに描いてみた」というようなことを言っている。野球で言うところの1,000本ノックを、寒山拾得で挑戦したということだろうか。

そうして描かれた寒山拾得は、これまで見た古典的な寒山拾得図とは全く異なり、やはり横尾忠則的な作品ばかりだ。そう思うのは、鮮やかな色もだが、やはり横尾忠則さんが自由な発想で描いたからだろう。

横尾忠則さんがアスリートのようなマインドで描いた作品が、次々と見られる

展示会場で作品を見ていると、誰もが初めは「これはなんだろう?」とか「横尾さんは何を考えて、この作品を描いたんだろう?」などと考えてしまうだろう。だが、そんな邪念が頭の中で邪魔をし始めたら、横尾忠則さんの言葉を思い出すといいだろう。

「はっきり言って、作品に意味やメッセージなどは全くありません」

横尾忠則さんが、どんな意図で作品を描いたのかなどは、どうでも良いこと。それよりも作品を見た観覧者が、なにを感じたのかが重要だということだろう。なにやら「禅」の話をしている気持ちになってくるが、何も考えずに描いた作品を、こちらも何も考えずに見ていくと、作品鑑賞が、じわじわと面白くなっていった気がする。

はっきり言って、描かれた絵に、意味はない

会場の表慶館の建物自体やミュージアムショップも見どころ

「横尾忠則 寒山百得」展の会場である、東京国立博物館の表慶館は、その建物自体も趣深い。

設計は、現在は国宝に指定されている赤坂の迎賓館(旧・東宮御所)などを手がけた、建築家の片山東熊(とうくま)。日本で初めての本格的な美術館として明治42年(1909)に開館し、現在は重要文化財に指定されている。

重要文化財に指定されている表慶館が会場
建物中央のドーム屋根が美しい
階段ホールなどは、宮廷建築の雰囲気が色濃い
建物探訪をするのにも楽しい場所だ

雰囲気の良い表慶館だが、1つ弱点がある。100作品を展示する会場としては少し狭いのだ。特に「横尾忠則 寒山百得」のように多くの人が訪れるだろう展示会では、窮屈に感じるだろう。

少し狭く、人が滞留しそうな場所が何カ所かある

平日の午前中や閉館間際などに行くのがベストだが、週末しか行けない人も多いだろう。そこで無理に展示されている順番に作品を見ていこうとするのではなく、空いている作品から見て回ることをおすすめする。会場が広くないため、そうして何周かすると全てをじっくりと見られるだろう。

また、最後にはミュージアムショップが展開されている。今回の「寒山百得」作品がアレンジされたオリジナルグッズも多く、人気となりそうな商品がいくつかあった。作品の展示会場と同じように、ショップを巡るのも楽しかった。

ミュージアムショップの全景
多くのオリジナル商品が展開されている
BEAMSとコラボしたブランケット(41,800円)
靴下(2,640円)
トートバッグ(3,630円)など
「横尾忠則 寒山百得」展の図録(2,200円)