西田宗千佳のイマトミライ
第170回
Adobe MAXで見た「AI」「シェア」「3D」のトレンド
2022年10月24日 14:20
10月18日・19日(アメリカ太平洋時間)、Adobeの年次イベント「Adobe MAX 2022」が開催された。
コロナ禍でオンライン開催が2年間続いたが、今年はオンライン+オフラインのハイブリッドイベントとなり、3年ぶりに、米ロサンゼルスや東京などで基調講演を含むイベントも開催されている。筆者も3年ぶりに、ロサンゼルスで現地取材を行なった。
Adobeはいくつもの顔を持つ企業だが、Adobe MAXは、その中でもクリエイティブ・ツールに関するイベントであり、知名度も高い。
一方で、クリエイティブ・ツールにはいくつもの、変化を促す波がやってきている。それはなんなのか? そして、Adobeはどう対処しようとしているのかを考えてみよう。
AIへの投資がAdobeを変えた
Adobe MAXではさまざまな新発表が行なわれている。
その中でも重要なものであり、今後社会にとって欠かせないものになると考えている「コンテンツ認証イニシアチブ」については別途、AV Watchに記事を書いているのでぜひ併読願いたい。
それ以外の発表内容をまとめると、以下の3項目に分かれる、と筆者は考えた。
1つは「AI」。Adobeの持つ現在のコアテクノノジーの1つはAI基盤である「Adobe Sensei」であることに疑いはない。2016年に発表されたが、その前から投資は続いており、現在の軸となっている。
Adobeは今年の12月で創業40年を迎える。同社のシャンタヌ・ナラヤンCEOもAdobeの40年を振り返りながら、重要な投資として、自らも関わった「InDesign」(これは日本語化も非常に大きなプロジェクトで、同社にとっても日本市場にとっても重要な転機となった)と、Adobe Senseiについて長く時間を割いて説明した。
新技術を「チラ見せ」する場として定着した「Sneaks」も、そのほとんどがAdobe Senseiを基盤として作られている。
中でも、画像や命令(プロンプト)をベースに映像を生成する「ジェネレーティブAI」の分野は、現在最もホットな領域だ。初夏から急速に盛り上がった「お絵描きAI」も当然この領域に属する。
Adobe MAXに参加するのはほとんどがクリエイターだ。彼らにとっては、ジェネレーティブAIに仕事を奪われるのでは……という不安がある。
その中で、ナラヤンCEOは「AIとクリエイターは対抗する存在でない」ことを明示するキーワードを使った。
「AIとは、クリエイターによってのCo-Pilot(副操縦士)だ」というのだ。あくまで作品を統括して全体を作る役目と責任を負う主役はクリエイター自身であり、クリエイターがより楽に「飛べる」ようにするのがAIの仕事、という考え方だ。
同じく、Adobe デジタルメディア事業 社長 デビッド・ワドワニ氏も「AIは人の創造性を拡張するものであって、置き換えるものであってはならない」と話す。このコメントが出た瞬間、会場では拍手が起きた。
クリエイターツールを作り、クリエイターを顧客としているAdobeのメッセージとしては非常に妥当なものだ。それを単純な「顧客におもねる姿」と考えるのも正しくなかろう。
では、現在広がっている「お絵描きAI」と、Adobeが目指すジェネレーティブAIの違いはどこになるのだろうか?
Adobeのスコット・ベルスキーCPO(最高製品責任者)は次のように説明した。
ベルスキーCPO:基本的なジェネレーティブAIは、テキストプロンプトからJPEGを作成するというもの。そのJPEGは低解像度で、編集はできません。レイヤーもマスクもない。破壊的です。
私たちは、ジェネレーティブAIが、人間と機械のハイブリッドなクリエイティブプロセスの一部である必要があると信じています。
Photoshopで、ジェネレーティブAIで1つのレイヤーを生成し、さらにそれを編集するオプションをユーザーに提供するとしましょう。人間のアシスタントがやってくれるようなことをジェネレーティブAIがやってくれるのです。クリエイターはそれを最終的な作品に取り込み、編集する。
それが私たちのアプローチです。私たちは、機械と人間のハイブリッドな制作の世界を思い描いています。
一つの現実解として、AdobeはAIが「クリエイティブワークの一部を生成する」ことは否定していない。一方で、それは素材であって、最終成果そのものではない。人間がやってもできるが面倒なことをAIにやってもらい、コストと時間を削減して「本来クリエイターがやりたいこと」に集中させたい、というのがAdobeの思想だ。
クラウド活用で「レビュー作業」を快適に
もう一つ、クリエイターやビジネスパーソンの時間を奪っているのが「データの確認とやり取り」、いわゆるレビュー作業である。
筆者も日常的に行なっているが、確かに面倒だ。
ファイルをメールやSlackなどのビジネスメッセージングツールでやり取りすることは増えたが、それらのやり取り自体が大変ではある。
そのことは、当然Adobeもわかっている。
そこで今回柱の一つとして強調されたのが「Share(共有)」である。
PhotoshopやIllustratorには最新バージョンから「共有」ボタンが用意され、「レビュー用に共有」という機能が使えるようになった。
これを使うと、関係者に直接データを送り、コメントを入れながら作品のレビューが進められる。しかも、送られた相手はアプリを使う必要はなく、ウェブでいい。もちろん、Adobeのアプリから扱うこともできる。
以下はPhotoshopでの例だが、どこにどういうチェックが入ったかが、ちゃんと可視化されるようになっている。
こうしたことができるのは、Adobeが各種アプリのデータを「クラウドファイルシステム化」してきた成果でもある。例えばPhotoshopの場合、昨年から「データをCreative Cloudに保存するのか、それともローカルに保存するのか」という選択肢が出るようになっている。クラウドファイルシステムとして保存していけば、複数の機種での利用や今回のような「レビューのための共有」が楽になる。
Adobeのデジタルイメージング・オーガナイゼーション担当バイスプレジデントであり、PhotoshopやLightroomなどの製品を担当するマリア・ヤップ氏は次のように話す。
ヤップ氏:Photoshopの場合、現在クラウド・ファイルシステムを使っている人は約20%です。どんなことでも、なぜファイルをクラウドに置くのか、その理由を理解する必要があります。Photoshopの場合は、「なぜクラウドに置くのか?」と多くの人が考えている段階でしょう。そして、利用者が20%になったことで、より多くの機能を提供できるようになっています。クラウド上にあるので、リンクを送ればすぐに開くことができます。
昨年から、クラウドへの保存をデフォルトでオンにしましたが、お客様にはまだ選択肢があります。常に選択肢があるということを確信していただきたいです。しかし、今ではクラウド保存をデフォルトとし、ユーザーがもっと活用し、利益を得られるように促しています。
3Dはメタバースのためだけにあらず
もう一つの変化が「3D」だ。
2019年1月、同社はAllegorithmic社を買収、同12月にはOculus(現Meta)より、モデリングツール「Medium」の資産と開発チームを買収している。
その結果として生まれたのが「Adobe Substance 3D」シリーズ。Adobeは積極的な投資を続けてきたが、今年はようやく、3Dモデリングツールである「Adobe Substance 3D Modeler」の正式版が公開された。
Substance 3D ModelerはVRでのモデリング作業にも対応している。筆者も短時間試したが、かなり快適だ。現実とは異なり、「大きく全体をつくりたいときには表示を小さくし、ディテールを作り込みたいときには全体を大きく表示する」という考え方が面白い。
こうした3Dツールというと、どうしても流行りの「メタバース向け」と考えたくなる。
だがベルスキーCPOは、「そこも重要だが、商品のプロモーションなどに、もっと3Dが使われるようになる」と話す。
同社・3D&メタバース担当バイスプレジデントのセバスチャン・ドゥギ氏はもう少し詳しく、次のように説明してくれた。
ドゥギ氏:誰もが3Dを使いたがるのには2つの理由があります。
1つは、モノを開発段階で作る必要が減る、ということ。そうすればより早く、より安くモノ作りを進められます。サンプルを作る量が減るので、CO2の削減にもなります。
2つ目は、ウェブサイトでなにかを販売する際、3Dで視覚化できればより売れるのが明白だからです。買い手と密接な関係が広がるでしょう。
そして、その先にメタバースがある。誰もが2Dとともに3Dでもデータを作るようになれば、それをメタバースに持ち込むのも簡単になっていく。
Adobeとしては、そうした未来を見据えて3Dへの投資を続けているのだ。