西田宗千佳のイマトミライ

第133回

マイクロソフト、7.8兆円巨大買収の勝算

1月18日、米マイクロソフトはゲーム大手Activision Blizzardの買収意向を発表

1月18日、米マイクロソフトは、ゲーム大手Activision Blizzard(アクティビジョン・ブリザード)の買収意向を発表した。買収額は、総額687億ドル(約7.8兆円)。しかも、マイクロソフトの手持ち資金での買収だ。

マイクロソフト、アクティビジョン・ブリザードを買収。約7.9兆円

なぜマイクロソフトはここまで大きな買収をしたのか? 今回はその点を分析してみよう。

「独占する」ための買収ではない

Activision Blizzardは「Call of Duty」「Warcraft」「Hearthstone」「Diablo」など、ゲームファンに人気の高いゲームを多数抱える大手であり、ゲーム業界の構造を一気に変えてしまう、大きな影響を与える可能性が高い。

シンプルに考えれば、ゲーム機=プラットフォームを持つメーカーがヒットメーカーを持つ企業を買収するのは当然のことのように思える。

家庭用ゲーム機が生まれて以降、差別化ポイントは「どんなゲームがプレイできるか」だった。他のプラットフォームではできないゲームがどれだけ多いか、が重要だったのだ。

ならば、ゲームプラットフォーマーが「独占」を目的に、ゲームメーカーを買収して自社のプラットフォームからしかソフトが出ないようにしてしまうのはわかりやすい作戦のように思える。

だが、実際にはこれは難しいことだ。

ゲームの開発は大型化した。結果として、開発費用はかかるものの、ヒットが見込める「大作の続編」に開発が集中しがちだ。だが、そうした作品からは大きな収益も見込めるので、手放すのはもったいない。

現在、多くのヒット作は、複数のプラットフォームで販売される「マルチプラットフォーム」になっている。販売の機会を最大化して収益を安定するための方法論であり、プラットフォーマーではない独立したゲームメーカーとしては、ある意味当然と言える判断だ。

単純な独占になるということは、収益が単一のプラットフォーマーから得られるものだけになる、ということでもある。そのゲームを求める人全員が独占プラットフォームを買ってくれるとは限らず、通常は販売数が減る結果になる。

それに、Activision Blizzardのように多くのタイトルを持つところが単純な独占を目指すと、他のプラットフォームとの間での競争を阻害する、という見方もできる。Activision Blizzardについて、FTC(公正取引委員会)の審査が課題である……という指摘もある。

そうなると、プラットフォーマーが巨大ゲームメーカーを買収しても、単純な「独占」はプラスではない。

そのことは、マイクロソフトもよくわかっている。すでに体験したことだからだ。

マイクロソフトは2020年、米ZeniMax Mediaを買収した。ZeniMax Mediaは傘下に、「The Elder Scrolls」「Fallout」シリーズなどの人気作を持つゲームメーカー、Bethesda Softworksを持つ。ZeniMax Mediaの買収は、実質的にBethesdaを求めてのものだ。マイクロソフトはZeniMax Mediaを75億ドル(約8,500億円)で買収したのだが、この時も、買収額の大きさと「大きなブランドを持つゲームメーカーを買収した」ことで驚かれている。

ZeniMax/Bethesdaの買収後も、現状、各ソフトは「マイクロソフト独占」になっていない。そうする方がリスクは大きいからだ。

今回のActivision Blizzardは、金額が1桁さらに大きくなるが、傘下により多くのブランドを抱えていくという意味では、同じような戦略になるだろう。

米マイクロソフトのGaming CEOであるフィル・スペンサー氏は、自身のTwitterアカウントで、「ソニーとの間で、過去にActivision Blizzardとの間で交わした契約や、PlayStationでの『Call of Duty』の展開は維持される」と発言した

どこまで維持されるのかはともかく、マイクロソフトが「単純な独占提供」にこだわっているのではないのは間違いなさそうだ。

Xbox Game Passは重要だが……

ではなにが目的か?

短期的にいえば、「Xbox Game Pass」に組み込むタイトルを増やすことが狙いだろう。

マイクロソフトは現在、有料会員制サービスであるXbox Game Passを推進している。カタログに登録されたゲームが、ゲームハードであるXboxとPC、クラウドゲーミングで遊び放題になるものだ。

マイクロソフトは自社の「Xbox Game Studio」を、作品の発売日から積極的にXbox Game Passに組み込んでいる。会員以外にはパッケージやダウンロードで販売されるものを、会員にはより手軽な価格で提供しているわけだ。

マイクロソフトは、Xbox One世代の後半以降、積極的にプラットフォームのビジネス戦略を変更し始めている。

ゲームのプラットフォームといえば「ゲーム機」が軸に思えるが、マイクロソフトは「Xbox Live」サービスのアカウントを軸に切り替え始めている。その中核にあるのがXbox Game Passだ。

この辺は、以前本連載の中でも解説している。

PS5とXbox Series Xにみる次世代ゲーム体験。“性能”競争の次

ゲームハードであるXboxがなくても、PCやスマホからゲームがプレイできるようにする。日常的にどこでもゲームができる環境を整備した上で、「快適なプレイ環境」としてXbox Series Xをアピールする……という流れだ。

PlayStationにしてもNintendo Switchにしても有料のネットサービスを併用するのは基本であり、そういう意味では「アカウントが基本」なのはどこも同じと言えるかもしれない。

ただマイクロソフトの場合、Windows PCという別のハードウェアを積極的に組み込めるところがポイントだ。Windows 10以降、Xbox Liveアカウントを活用する機能はOSの標準機能となっている。

PCはSteamの利用が広がっていることもあり、ゲーム・プラットフォームとしての価値が高まっている。その中でXbox Game Passは併存できる。クラウドゲーミングにも対応したので、ゲーミングPCだけにこだわる必要もない。Xboxというハードウェアの普及以上に「Xboxプラットフォーム」向けゲームの利用者を増やせるわけだ。

「Xbox Cloud Gaming」の狙い。全てのPCが「ゲーミングPC」に

日本でも昨年秋からクラウドゲーミングがスタート。「プラットフォーム」としての価値向上に努めている。

買収した企業のゲームを他社に「売らない」のはあまりいいやり方ではないかもしれないが、販売した上でXbox Game Passにも収録するのであれば併存しうる。

Xbox Game PassにActivision Blizzardのタイトルを積極的に組み込むことはプレスリリースでも言及されており、ここは既定路線と言える。

だが、Xbox Game Passの収益は、安定収益という意味では重要だ。しかし、Xbox Game Passからの収益をすべてActivision Blizzardのゲームに回せるわけでもなく、他のプレイされたゲームへの利用料支払いも必要になるわけで、7.8兆円もの額を取り返すのは大変である。

買収額の回収、という点では「Xbox Game Passだけ」と考えるのは難しい。

メタバースよりコミュニティ。成功体験は「Minecraft」

ではなにが重要なのか?

リリースの中で、マイクロソフトのサティア・ナデラCEOは「メタバース プラットフォームの発展においても、重要な役割を果たすことになるでしょう」と言及している。

そのため、「マイクロソフトは将来のメタバースのために買収したのだ」という人もいる。

だが、この言及は「ちょっとしたリップサービス」のようなものだと筆者は考えている。メタバースでユーザーアカウントが重要になるのは事実だろうが、どう関係し、どう収益を得るのか、ビジネスモデルができているわけではない。価値はあるだろうが7.8兆円の価値が明確にあるか、というと、ちょっと疑問が残る。そんな不明確な根拠で7.8兆円の出費をした、と考えるのは難しい。

その前段階として、Xbox Live・Xbox Game Passの利用者を増やすことが重要なのは間違いない。他のプラットフォームで遊ぶ人がいたとしても、「メインはマイクロソフトである」ことが浸透していけば価値をもつ。

ヒットタイトルと同じくらい、「ユーザーコミュニティ」「ユーザー層」が重要だ。人気があるゲームのIPを持つ企業を傘下に置くということは、そのコミュニティを手に入れて、ビジネスを拡大していくことでもある。コミュニティを最初から作ると時間がかかるが、すでにヒットしたゲームにはコミュニティがあり、「時間を買える」可能性が高い。

マイクロソフトは過去にこの路線で成功体験がある。

「Minecraft」開発元のMojang Studio買収だ。

Minecraftは大ヒットゲームだが、2014年にマイクロソフトがMojang Studioを25億ドルで買収して以降、傘下でさらにビジネスを拡大した。

Minecraftはマイクロソフトにとって、ゲーム企業買収の成功例である

2014年に筆者は、Mojang Studio買収直後に東京ゲームショウで来日した、Xbox事業の責任者(当時はHead of Xbox、現在はGaming CEO)のフィル・スペンサー氏にインタビューしている。

Xbox事業責任者が語る「プラットフォームの責務」と「ゲームの未来」

その中で、彼は買収の狙いについて次のように答えている。

「独占作品にしたいわけではないし、事実そうはならない。Minecraftの魅力は、色々な人々にプレイされていること。老いも若きも、男性も女性も遊んでいる。現在のゲーム業界のなかで、これほどグローバルで幅広いコミュニティはない。コミュニティ重視の『サービスとしてのゲーム』を考えるなら、他社のゲーム機を含め、色々なスクリーンでプレイできることが必須だ」

現在、Minecraftは自由にいろいろな世界を作れることから「最もメタバースに近いサービスの1つ」と言われている。その観点で見れば、ナデラCEOの「メタバース」発言もまんざらではない。

まあ、他のゲームで同じようにメタバースに直結した展開があるわけではないが、たくさんのゲームが持つ「幅広いユーザーコミュニティの総和」が財産であるのは間違いない。

IPまで買うなら「いましかない」

同時に、Minecraftは「IP(知的財産)」としてもうまく成功した例と言える。

マイクロソフトは教育用を含めた多数の「Minecraft」バリエーションを作り、ブランドを活かした新ゲーム「Minecraft Dungeons」なども開発している。

Minecraftブランドがあり、それを自由に使えることは、マイクロソフトという会社にとって大きな財産になったわけだ。

IPは企業にとって財産である。

ゲームを他社のプラットフォームに売れるのも財産としての価値であり、自社で別の形で続編や派生版を作れるのもまた価値である。

今は、IPを幅白く展開するのが価値を産みやすい時代になった。任天堂はIPを最大に活かしてビジネスをしている。ソニーも、ゲームの映画化などを始めた。CESのプレスカンファレンスにも、映画版「アンチャーテッド」公開に合わせ、トム・ホランドがやってきた。ゲームの映画化は成功例が少ないが、今後どうなるかは、ソニーの努力次第だろう。

2月18日から、映画版「アンチャーテッド」が公開に。主演のトム・ホランドは、CESのソニー・プレスカンファレンスにも登場した

Netflixでもドラマ「ウィッチャー」は大成功している。「ウィッチャー」はポーランドのアンドレイ・サプコフスキによる小説が元になっているが、ドラマ化につながる過程では、ポーランドのゲーム会社・CD Projekt REDによるゲームが大きな役割を果たしている。ドラマ化以降、ゲームの方も販売数はまた増加したようだ。

Netflixでもゲーム由来のIPは人気。小説原作の「ウィッチャー」は、CD Projekt REDによるゲームのヒットからドラマ化につながり、さらにドラマの人気と知名度でゲームもヒットしている

今はあらゆる意味でIPが重要になっており、それを得られる機会があるなら活かしたい……というのは基本戦略と言えるかもしれない。

Activision Blizzardは2020年以降、セクハラ問題で揺れている。2020年7月、カリフォルニア州・公正雇用住宅局がActivision Blizzardを「恒常的にセクシャルハラスメントがされていた」と訴えたのだ。

結果、コアな人材が流出し株価も低迷、厳しい状況に置かれている。セクハラ問題がなければ、Activision Blizzardも独立性を維持しようとしたはずだ。買収額は高いが、マイクロソフトはIPも含め、Activision Blizzardを買えるのはこのタイミングしかない、と判断したのではないだろうか。

西田 宗千佳

1971年福井県生まれ。フリージャーナリスト。得意ジャンルは、パソコン・デジタルAV・家電、そしてネットワーク関連など「電気かデータが流れるもの全般」。主に、取材記事と個人向け解説記事を担当。朝日新聞、読売新聞、日本経済新聞、週刊朝日、AERA、週刊東洋経済、GetNavi、デジモノステーションなどに寄稿する他、テレビ番組・雑誌などの監修も手がける。
 近著に、「顧客を売り場へ直送する」「漂流するソニーのDNAプレイステーションで世界と戦った男たち」(講談社)、「電子書籍革命の真実未来の本 本のミライ」(エンターブレイン)、「ソニーとアップル」(朝日新聞出版)、「スマートテレビ」(KADOKAWA)などがある。
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