西田宗千佳のイマトミライ

第10回

「ハリー・ポッター:魔法同盟」に見るNianticの狙い

7月2日、ワ―ナー ブラザース ジャパンとNianticは、スマホ向けゲーム「ハリー・ポッター:魔法同盟」について、日本でのサービスを開始した。同日には東京都内で発表会も開催、概要を紹介している。

「ハリー・ポッター:魔法同盟」がついに日本でも登場

Nianticの位置情報ゲームといえば、2016年にスタートし、世界的な大ヒットとなった「ポケモンGO」が思い浮かぶ。「ハリー・ポッター:魔法同盟」は、ナイアンティックにとって、「イングレス」「ポケモンGO」に続く大型タイトルであり、ハリー・ポッターというIPの強さもあって、大ヒットが期待されている。

同一基盤の上で動くポケモンGOとハリポタ。「位置ゲームの任天堂」を目指すNiantic

「ハリー・ポッター:魔法同盟」は、これまでNianticが成功させてきた位置情報ゲーム基盤を活かして作られている。この基盤を、Nianticは「Niantic Real World Platform」と呼んでいる。だから、「ハリー・ポッター:魔法同盟」と「ポケモンGO」の画面は、地図の上を歩いてプレイする、という側面だけを取り出すと、非常に似ている。

「ポケモンGO」
「ハリー・ポッター:魔法同盟」。ビジュアルのディテールは違うが、位置情報ゲームとしての基本設計は似ている

実際、同じOpenStreetMapの地図情報をベースに使っており、各種地点情報も共有されている。だが、そこに各ゲームに合わせたビジュアルやゲームメカニクスなどを組み合わせることで、位置情報ゲームとしてはそれぞれ違うものとして仕上げている。

「Niantic Real World Platform」の特徴は、ゲームをしている全員が同じ仮想空間を共有していることにある。ネットゲームは「たくさんの人が同じ場所に集まる」ことに弱い。サーバーの処理能力には限界があり、同じ場所に人が集まることは、サーバーの処理負荷を高めることに他ならないからだ。そのためネットゲームでは、サーバーを分割し、それぞれを「世界」とすることが多い。1つのゲームでありながら、世界をいくつにも分割して管理することで、負荷問題に対応しているわけだ。

Nianticは位置情報ゲームのために「Niantic Real World Platform」という共通基盤を開発。どのゲームもその上で動く

だが、Nianticのプラットフォームはユーザーの世界を分割しない。位置情報ゲームにおいては、「目には見えないが画面の中にはある世界」を、たくさんの人々で共有することに面白さが詰まっており、サーバーの分割によってユーザーの世界を分割してしまうことは、本質的な楽しさをスポイルすることにつながるからだ。

同じ地図データ、地点データを活かし、その上に複数の「大規模な位置情報ゲーム」を共存させることこそ、Niantic Real World Platformの本質といっていい。現在ナイアンティックは、より高度なAR技術などを開発中だが、それも、Niantic Real World Platformの中に組み込まれ、ゲームが高度化していくのだろう。

一年ほど前、Niantic・アジア統括本部長の川島優志氏にインタビューした際、彼は 自社のロールモデルを「任天堂」に例えた。

川島氏:目指している事業モデルとして、「任天堂」のあり方を参考にしています。彼らは自分たちで「ゲーム機」というプラットフォームを持ち、サードパーティーの参加を促しながらも、一方で自分たちでもそれを引っ張るようなソフトを作り出します。

ポケモンGOは、イングレスで開発した技術の上に成り立っています。現在開発中の「ハリー・ポッター」も、すべて同じ基盤の上にあります。

我々はNiantic設立以降、6年にわたって技術を積み重ねてきましたが、その上に現在のサービスがあります。位置情報を活用する技術はもちろんですが、不正利用を防ぐ技術、安全性の確保など、我々はさまざまなノウハウを積み重ねました。

今後は、我々が開発した技術基盤を公開し、外部の方々が活用できるようにしていきたい。いまは時期尚早で、まだまだ他社に対して使える状態で公開することはできないのですが。

同じ基盤だが異なる「ゲームメカニクス」、それぞれでファンを掴むか

「ハリー・ポッター:魔法同盟」は、見た目こそ似ているものの、ゲームの手触りは「ポケモンGO」とかなり異なっている。「よくわかららない」という声も聞こえてくる。実際のところ、スタートの段階からやれること、やるべきことがとにかくたくさんある。ポケモンGOはゲームメカニズムがかなりシンプルで、誰にでもプレイしやすい一方で、ゲーマーからは「シンプルすぎる」との批判も聞かれた。それに対して「ハリー・ポッター:魔法同盟」は、様々なコレクション要素から魔法を指で描く様まで、かなり凝った作りになっている。そこに、ハリー・ポッターの世界ならではの用語がちりばめられているので、あまり馴染みのない人にはわかりにくい作り、といえる。

『ハリー・ポッター:魔法同盟』ゲームプレイトレーラー

だが一方で、そうしたことは無視して、とりあえずレベル6まで進めれば、そこまでの経験と説明で「なんとなくわかってくる」ようにもなっている。ハリー・ポッターの世界に親しみがあり、用語の問題がなければ、そんなに難しいゲームというわけでもない。むしろ、いろんな展開が初期から用意されていて、飽きさせない作りで、なんというか、とても今時のゲームっぽい、手慣れた印象すら持つ。AR要素についても、ポケモンGOではおまけ的な部分から入っていった印象が強いのだが、「ハリー・ポッター:魔法同盟」では、より今時らしい高度な実装で、うまくゲームに溶け込んでいる。

実景の上にCGキャラクターを重ねる「AR要素」は格段に進化。魔法を指で描いて発動させる

どうやら、アート作成やゲームのメカニクスについては、ワーナーブラザース・ゲームズの側が大きな権限を持ち、一方でARでの体験については、Niantic側が主導的に進めたようである。2016年からの3年で進化したAR技術が、各種ゲーム開発のノウハウを持つワーナーの知見とうまく融合したのだろう。

一方で、ポケモンGOはそのシンプルさがゆえに、普段ゲームをしない人に刺さった部分がある。特に日本の場合、ハリー・ポッターの世界観の持つハードル(魅力的だが日常的ではない)を考えると、ポケモンGOやイングレスとはまったく違う層に刺さるのではないか、という印象を持つ。

「魔法同盟はポケモンGOほどヒットしていない」と伝える記事も出ているが、ポケモンGOはある意味、あの時期だからこそ生まれ得た特殊なヒットではないか、と筆者は思っている。今後は、おなじ基盤を使いつつ、個人のニーズに合わせた位置情報ゲームが楽しまれていくのだろう。

西田 宗千佳

1971年福井県生まれ。フリージャーナリスト。得意ジャンルは、パソコン・デジタルAV・家電、そしてネットワーク関連など「電気かデータが流れるもの全般」。主に、取材記事と個人向け解説記事を担当。朝日新聞、読売新聞、日本経済新聞、週刊朝日、AERA、週刊東洋経済、GetNavi、デジモノステーションなどに寄稿する他、テレビ番組・雑誌などの監修も手がける。
 近著に、「顧客を売り場へ直送する」「漂流するソニーのDNAプレイステーションで世界と戦った男たち」(講談社)、「電子書籍革命の真実未来の本 本のミライ」(エンターブレイン)、「ソニーとアップル」(朝日新聞出版)、「スマートテレビ」(KADOKAWA)などがある。
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