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窓口要らずの「学割」で通学・海外旅行 マイナカード活用のデジタル在学証明書実証
2025年3月26日 11:48
マイナンバーカードの利活用拡大を図るデジタル庁は、民間企業などから事例を公募しており、様々な実証を行なっている。3月24日には、JR西日本による大学生の在学証明書のデジタル化と学割チケットの連携に関する事業の実証実験が行なわれた。
オンラインで在学証明書を取得し、学割チケットもオンラインで購入して、本人確認をマイナンバーカードで行なうというもので、最終的にJR大阪駅の顔認証改札をタッチレスで通過して乗車するという実験だった。
これによって、学生の利便性向上や鉄道事業者や大学の窓口業務の負担軽減に繋がるかどうかを検証。今後さらに、実現可能性や課題の整理と解決策の検討を行ない、さらなる発展に繋げたい考えだ。
学割チケットの購入をオンラインで
今回の実証実験では、大阪大学の学生が海外旅行に行くという設定で実証が行なわれた。
これまでは、学生が大学の窓口に行って在学証明書を申請。窓口では学生の本人確認を行ない、確かに学生が在籍していることを確認して証明書を紙で発行する。それを持って学生は公共交通機関の窓口に行なって在学証明書を提示し、学生向けの割引運賃(学割)のチケットを購入する。
交通機関側は、在学証明書が本物か、確かに学生本人かを確認した上でチケットを販売。それを受け取った学生は、改札機に投入するなどして鉄道に乗り込んで空港に向けて出発する。
証明書の申請・取得・検証、チケットの購入を全てオンラインで行なうというのが今回の目的だ。
実証実験では、大阪大学のサイトに学生がログインし、デジタル在学証明書を取得してスマートフォンのウォレットアプリに保管する。続いてJR西日本の電子チケット販売の「まちのヲトモ パスポート」にログイン。ここで「デジタル認証アプリ」でマイナンバーカードの情報を読み取り、本人確認をする。
学割チケット購入時には、ウォレットアプリからデジタル在学証明書を呼び出し、検証を行なう。これで学割チケットが購入できるようになるので、希望のチケットを購入する。学生はJR西日本の顔認証改札に顔情報を登録してあるという設定で、チケットと紐付けることで、そのまま改札を通過すればタッチレスで乗車できる。それが今回のシナリオだ。
こうしたオンラインの学割チケット購入を実現するために、VC(Verifiable Credential)やOpenID、マイナンバーカードなどを駆使し、複数の事業者が連携するシステムが構築された。
デジタル在学証明書をVCで実現
従来までの仕組みにはいくつもの課題があった。例えば大学にとってはきちんと所属する学生を証明する必要があり、窓口業務としても一定の負担が生じていた。学生にとっては、大学窓口が空いている時間に取得しにいき、さらに駅に行って並んで学割チケットを購入する必要があった。
公共交通機関にとっても、在学証明書が正しいか、本人かどうかのチェックをしつつ、窓口で対応する必要があり、全員それぞれに負担があった。同様のことは通学定期券の購入でも発生しており、窓口が長蛇の列になることも多かった。
こうした現状に対して、在学証明書をデジタル化すること、それをマイナンバーカードと連携させることという2点を組み合わせることで解決を目指したのが今回の取り組みだ。
公共交通機関として主導したのはJR西日本だが、教育機関として国立情報学研究所(NII)が参画し、在学証明書のデジタル化を担当。今回は大阪大学の在学証明書をVCで発行できるというシナリオとした。さらにマイナンバーカードによるオンラインの本人確認機能と組み合わせることで、学割チケットをオンラインで購入できるようになった。
システムとしては、NIIが証明書の発行機関としてIdP(Identity Provider)を立ち上げてデジタルでの証明書発行機能とのID連携を行なう。利用者(ここでは学生)はそこで発行された在学証明書をスマートフォンのウォレットアプリにダウンロード。この在学証明書は第三者が検証できるVC(Verifiable Credential)であり、信頼性を担保する。
検証機関となるJR西日本は、ID基盤としてMAB(Mobility Auth Bridge)を活用。提示されたVC(在学証明書)とデジタル認証アプリを使ったマイナンバーカードによる本人確認情報を連携させ、確かに本人が在学証明書を提示したことを確認する。
その後、学割チケットの購入ができる「まちのヲトモパスポート」を通じてチケットを販売する。JR西日本では顔認証改札の実証実験も行なっているが、今回は将来像としてこの顔認証と連携することで、ウォークスルーで改札を通過してチケットが利用できる、という想定のデモとした。
全てオンラインで完結するのが今回のポイントで、在学証明書の取得で窓口に行く必要もなく、チケット購入でも駅窓口に行く必要はない。交通機関側も、VCとデジタル認証アプリによって学生本人であることを確認できるため、オンラインで安全に学割チケットが販売できて、窓口業務の負担を軽減となって省人化に繋げられる。
NIIはもともと、VCの発行に関して伊藤忠テクノソリューションズ(CTC)と共同で標準化を進めてきた。学術機関では在学証明書だけでなく成績証明書や卒業証書といった証明書があり、NIIではこれらをデジタル化し、国や機関をまたいで相互運用できる仕組みの構築を目指している。
今回のシステムは、「疎結合」もキーワード。それぞれが独立しているため、学術機関も交通機関も複数の組み合わせが実現可能で、広く応用できるという点が特徴だ。
世界でも最先端の取り組みで世界をリードできるか
デジタル庁は昨年「文教の分野におけるマイナンバーカードを活用した実証実験<学割利用時本人確認>」の公募を行なっていて、3社が応募していた。その中でJR西日本が選ばれたのは、標準化されたインタフェースとプロトコルを介して連携することで、他の大学や交通機関、サービス事業者への拡張も想定されていたからだ。
NIIが標準仕様として学術機関の各種証明書を定義し、それを様々な大学が採用しても、JR西日本は検証できるし、他の交通機関でも同様に対応できる。今回はVCだが、mdoc形式であっても連携は可能で、こうした点で柔軟な仕組みが採択に至った理由だという。
JR西日本のMAB(Mobility Auth Bridge)は、関西エリアの公共交通機関らが協業するKansai MaaSでも使われているID基盤で、複数のサービスで利用できるOpenID Connectに準拠しているため、複数のサービスと連携できる。
デジタル庁国民向けサービスグループ企画調整官の鳥山高典氏は、「産官学で連携してモデルを構築した点と、信頼性を担保した上で拡張性を見込んでいる点」が今回のポイントだと説明した。
国立情報学研究所(NII)教授でトラスト・デジタルID基盤研究開発センター長の佐藤周行氏は、「大学は命をかけて在学証明の真正性を担保している」と強調。デジタル化しても同様の高いレベルの信頼性が必要だという。今回の取り組みでは、高い信頼性を維持したまま在学証明書をデジタル化できたと佐藤氏。学術機関の各種証明書のデジタル化について、「今後とも枠組みの強化、研究開発を進めていきたい」と話す。
OpenIDファウンデーション・ジャパン代表理事の富士榮尚寛氏は、今回のように複数の事業者が関連する場合、「安全かつスケーラブルに実現するのは標準技術が必要」と述べ、独自の技術でシステムを構築した場合の安全性や相互運用性の課題を指摘する。
冨士榮氏によれば、欧州や米国、台湾やタイ、シンガポールといったアジア各国でも、学術機関における証明書の検証や実証の動きはあるという。ただ、実際に実証実験に進んでいる例は少なく、「他国に先んじて実装を一歩進めたのはインパクトがある」と説明。学術機関と民間事業者の間で標準プロトコルが使われる今回の事例は「世界的にも先端の実例」と評価する。
JR西日本ではデジタル活用を推進しており、同社取締役兼常務執行役員 デジタルソリューション本部長の奥田英雄氏は、「切符を買うストレスをなくしたい、便利な切符を提供することで学生に鉄道に親しんでもらいたい。シームレスに買ってもらうことよりも学生との距離を縮めたいというのが本命」と今回の狙いを話す。将来的には、WESTER IDとの連携や、地域限定サービス、高齢者や障害者向けのサービスへの展開も視野に入れているという。
実験を視察したデジタル大臣政務官の岸信千世氏は、「マイナンバーカードの利用シーンの拡大に努めているが、昨今は本人確認に加えて、今回のようにオンラインでの資格証明のニーズが高まっている」と指摘。ユースケースの拡大が重要で、JR西日本の取り組みに期待を寄せる。
「将来的には、複数の大学に同様の取り組みを広げ、証明書発行や交通機関などでの取り組みを拡大し、社会的な実装を目指して取り組んでいきたい」と岸氏。
大阪大学は、1月29日にデジタル学生証を全面導入。デジタル学生証での本人確認ができるように、鉄道会社と連携して認知を高める取り組みも進めているという。4月以降の新入生は、スマートフォンアプリからデジタル学生証を提示することで、関西のほとんどの交通機関において学割購入など可能になるという。
そうした背景もあり、今回の取り組みにも賛同。大阪大学OUDX推進室副室長の鎗水徹教授は、「日本には約800もの大学があり、それぞれが似たようなシステムをそれぞれ作っていてはもったいない」と強調。標準的な仕組みを作って国内外に提供し、システムは共用することで国際競争力を高めたいとの考えを示す。
デジタル庁では、今回の実証実験をもとに検証を行ない、技術の実効性確認や横展開が可能かを検証。社会実装に向けた課題と解決案の洗い出しを行なう。JR西日本は、継続して検討を進め、大阪大学ともさらに連携していきたい考えだ。