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江戸時代と現代が交差する「タイムトリップタクシー」を体験してきた

タイムトリップタクシーは予約制。12月7日から運航開始

ソニーグループは、Mixed Reality(複合現実)技術を活用した「MR Cruise(MRクルーズ)」の第一弾として、大和自動車交通と共同で「タイムトリップタクシー」を提供すると発表した。

タイムトリップタクシーは大和自動車交通が運行する「観光タクシー」。12月7日から1月13日まで、浅草・谷中・上野エリアで運行される。完全予約制で、価格は1台あたり6,000円から9,600円で、4人まで乗車可能。価格はルートによって異なる。予約は「タイムトリップタクシー」のサイトで受付する。

「タイムトリップタクシー」に試乗

今回はサービス前に、現地で実際に試乗してきた。

利用するのはバンタイプのタクシーで、もともと大和自動車交通がタクシーとして運用している車両だが、MR Cruise向けにGPSと4Kディスプレイ、外部と内部を認識するカメラを備えている。

タイムトリップタクシーの車両。大和自動車交通が観光用として運行している車両をそのまま使う

4Kディスプレイはほぼ視界を覆うサイズになっていて、そこには外部をカメラで捉えたリアルタイム映像が表示される。さらには車両内にはCG生成用のPCがあり、リアルタイムにCGを生成し、外界の映像に重ねて映像を作る。

車内からはそれを見て楽しむ。どんな感じなのかは、以下の動画を見ていただくのがわかりやすいだろう。

ただ、この動画を見ると「観光なのに画面を見ているのか」と感じてしまうかもしれない。

しかし、実際に乗ってみると感覚は「画面を見ているだけ」とはかなり違う。

MRなので、実際に見えている世界にCGが重ねっている。

観光開始時の画面。ドライバーまでCGで描かれているが、観光中にはドライバーは消える
運航中の画像。街並みにCGが重なって見える

こうしたものを作るには、ルートに合わせてコンテンツを配置していくのが基本だ。しかし、タイムトリップタクシーの場合には「ルート依存」でコンテンツが配置されているわけではない。なぜなら観光タクシーは、道の工事状況や渋滞などによってルートが変わることもあるためだ。

タイムトリップタクシーではGPSによる位置情報を使い、「この場所に来たらイベントが発生し、実景にCGが重なる」という実装になっている。そのため、CGイベントの組み合わせや観光案内のルートも比較的自由に選べるのが特徴になっている。

またちょっとしたことなのだが、視界の端に左右の窓を通して見える「ガラス越しの車窓」があるのも大きい。

左右のガラスにも当然車窓が見えるが、それとディスプレイ上の映像が「なんとなくマッチ」して視界が広くなり、没入感が高まる

横のガラスにはCGが重なるわけではないのだが、イメージ的には「画面のMRからサイドの車窓まで風景がつながっている」感じだ。ディスプレイサイズと窓の形状から来るある種の錯覚に過ぎないのだが、実際、そういうある種の開放感と没入感がある。

つまり、「高解像度かつ広角な外部撮影映像」「十分な画質で、現実の風景に近い大きなディスプレイ」「周囲の状況との組み合わせ」を作ることが、HMDなどを使うことなく、比較的シンプルなハードウェアでのMR体験を生み出している。

実験車両「SC-1」での知見を実際のビジネスに

こうした知見は、ソニーがテストしてきた「SC-1」という車両でのテストに基づいたものだ。

SC-1はタイムトリップタクシーと同じく、外界の風景にCGを重ねる「MR型体験」を実装した試験車両だ。自動運転によりゆっくり公園などを走ることを想定した車両であり、車両外部のディスプレイとの連携や現地映像の遠隔地視聴、車内からの360度映像体験など、より多数の機能が搭載されていた。

SC-1

これらのプロジェクトを手がける、ソニーグループ・事業開発プラットフォーム SCプロジェクト プロジェクトマネージャーの高梨 伸氏は、SC-1からタイムトリップタクシーに至る流れを次のように語る。

「いろいろな方々にSC-1を見せてきましたが、その中で『正面のディスプレイだけでも使える』という話から、『それならすでにあるタクシーにも実装できるのでは』ということになりました。そこで、大和自動車交通さんで観光タクシーとの連動を……という話になり、今回の話になったんです」

前述のように、タイムトリップタクシーのハードウェア自体は既存のタクシー。逆に運用中の車両だけに、シートなどの快適さはそのままで、試作レベルのものではない。そこにシンプルなハードウェア構成で作り上げたものだが、効果は意外なほど高かった。

観光タクシーとして運転手側への負担はほとんどない。彼らが持つスムーズな車両運航の知見はそのまま生かしつつ、自動的に車内へはMRでの観光案内ができるようになっている。現状、言語は日本語のほかに英語・中国語・韓国語に対応しているが、これも時間と労力の問題であり、増やしていくことに大きな課題はない。

結局のところ、乗車中の楽しみは「コンテンツをどう作るか」に依存しており、「ソフト作りというより、ゲーム作りに近い」と高梨氏は説明する。

今回、浅草などがMRを使った観光の対象に選ばれた理由は、「歴史的なエピソードは多数あるのに、歴史的建物や街並みはほとんど残っていない」という点がある。江戸末期の混乱や関東大震災、第二次世界大戦などの影響で、ほとんどが焼失してしまっているからだ。

そのため、観光タクシーで走っても街並みは「一般的な東京の街並み」でしかない。

しかしそこにMRで映像を重ねることで、街並みの中に当時のエピソードを加えることができる。

走行中の風景。実際の街に江戸の街並みが重なっていて、双方の「高さが違う」のがポイント

映像を使うので実際の街並みを全て消して江戸時代の風景にしてしまうこともできるが、「あえて今の風景も残した」(高梨氏)そうだ。過去の平屋建ての街並みと、今の多層階が基本の街並みのギャップを楽しめるからだ。

また、イベントが仕込まれたポイントとポイントの間を移動中には、ちょっとしたパーティクル(粒子)が画面を舞っていたりもする。イベントの隙間で体験が途切れた感じにならないようにする工夫だ。

東京スカイツリーが見える場所では、そこを借景として、街の中に魚が泳ぐこともある。魚自体は別に歴史などと関係はなく、大きな意味があるわけではないのだが、「魚が一緒に泳ぐ向こうにスカイツリーが見える、という体験自体が面白い」(高梨氏)という判断からだ。

東京スカイツリーがよく見えるルートでは、空中に魚の群れが現れることもある

そうした体験が街のあちこちに仕込まれており、運転するルートによって、出てくる順番や時間が変わるようになっている。また、たまたま経路の関係で同じ場所を通った時でも、同じコンテンツが2度出てくることはないように工夫されているという。

「乗るたび、通る経路の違いによって、毎回違う体験ができるようにしたいし、そのための仕組みを整えたい」と高梨氏は話す。

自動運転時代、車窓は最大のコンテンツに

こうした発想は、SC-1開発のきっかけともつながっている。

「もともと我々は、『自動運転があたりまえになった時に、どういう世界がありうるか』ということを考えてきました。自ら運転しないなら……ということでSC-1を作ってみたのですが、そこで分かったのは『車窓そのものがもっとも重要なコンテンツの1つだ』ということなんです」

高梨氏はそう説明する。

例えば、通勤する最中に見る車窓の風景は基本的に同じだ。だが、天気が違ったり時間が違ったりすると、また別のものに感じられることがある。そこにちょっとしたコンテンツを付加してあげることで、さらに「いつもと違う特別な風景」に感じられるようになる。

ただ、完全自動運転が実現するのはまだ先の話だ。

「だとすれば、その前段階として、プロが運転してくれる観光タクシーにこの技術を使ったらどうだろう……という発想になったんです」(高梨氏)

なるほど。そう考えると、観光タクシーとMR技術の関係にも納得がいく。