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東京国立博物館で「やまと絵」の祭典が始まった! ほほ国宝・重要文化財

特別展「やまと絵ー受け継がれる王朝の美ー」

東京国立博物館の平成館で、特別展「やまと絵ー受け継がれる王朝の美ー」が、12月3日(日)までの会期で始まった。

「やまと絵」というだけでピンと来る人は、「おぉ……東京国立博物館で、30年ぶりに、やまと絵の特別展が開催されるのか!」と、これだけで観覧動機になりえる展覧会。ただし、ピンと来ない人には「やまと絵ってなんだ?」ということになる。前者に関しては、この記事を見るまでもなく、公式サイトの出品目録を確認すれば、見る/見ないを決定できるだろう。そこで、ここでは後者を対象にして記事を進めていきたい。

なお同展の、観覧者による展示室内での撮影は禁止されている。下で掲載する画像は、主催者の許可を得て撮影したもの。

やまと絵って何? 特別展「やまと絵」は何がすごい?

やまと絵とは、平易な表現をすれば「日本っぽい絵画」ということ。厳密に定義があるわけではないが、外国……特に中国大陸の唐の時代の絵画である唐絵(からえ)や、同じく宋や元、明から伝わった水墨画などの影響が少なく、日本独自色の強い絵画のこと。

例えば誰もが知る、紫式部が記した小説「源氏物語」を題材とした絵画は、やまと絵の代表的な作例。同じく、来年のNHK大河ドラマで脚光を浴びるだろう「紫式部日記」や、平安時代の恋愛小説とも言える「伊勢物語」などをテーマにした絵画も同様だ。そうした物語絵のほか、日本の景色や動植物、月ごとの行事などを画題にしたものも、やまと絵にカテゴライズされる。当然やまと絵は、日本の美術史のど真ん中に位置するだけでなく、日本の歴史や風俗を知るうえでも貴重な資料でもある作品群なのだ。

そして特別展「やまと絵ー受け継がれる王朝の美ー」では、日本全国にある、平安時代から安土桃山時代までの「これが、やまと絵の代表作だ!」という作品を、250点近く集めている(会期中に展示替えがあるため、一度に全作を見られるわけではない)。その約250点のうち、51件が国宝に、そのほかほとんどの作品が重要文化財に指定されている。

例えば、四大絵巻と言われる《源氏物語絵巻》や《信貴山縁起絵巻》、《伴大納言絵巻》、《鳥獣戯画》が集結するのは、非常にまれなこと。その4点が、10月11日から10月22日までは、一同に会すのだ(以降は《伴大納言絵巻》を除く3作品のみ)。

《鳥獣戯画》平安~鎌倉時代・京都・高山寺・甲巻の展示期間:10月11日~22日

また三大装飾経の《平家納経》、《久能寺経》と《慈光寺経》が、会期中に全作が展示される。教科書でおなじみの、神護寺所蔵の《伝源頼朝像》とともに、《伝平重盛像》と《伝藤原光能像》も、「あぁ……これだったか!」と思うはずだ(展示期間は10月24日~11月5日)。そのほか随筆家の白洲正子が「一番好きな風景画」と自著に記した、大阪の金剛寺所蔵の《日月四季山水図屛風》も11月7日~12月3日に展示される。

このように、必見作品を挙げれようとすればきりがなくなり、「一般的な展覧会であれば、いずれもエースとなれる作品ばかりを集めた」と同館担当者が語るほどの作品が、ずらりと並ぶのが今回の特別展なのだ。

展覧会名:特別展「やまと絵ー受け継がれる王朝の美ー」
会期:2023年10月11日(水)~12月3日(日)
会場:東京国立博物館の平成館
観覧料:一般2,100円、大学生1,300円、高校生900円
※会期中、一部作品の展示替えあり

実際に見比べて分かる「やまと絵とは?」

「序章 伝統と革新—やまと絵の変遷―」から「終章 やまと絵と四季―受け継がれる王朝の美―」の大きく5章に分けられ、1章は平安時代、2章は鎌倉時代、3章は南北朝から室町時代に制作された作品を展示。必ずしも章立てに沿って観覧したほうが良いとも思わないが、ここでは順に紹介していく。

序章では、唐絵とやまと絵を見比べて、やまと絵とは何かを示している。初めに目にするのは、平安時代の延久元年(1069)に描かれた国宝の《聖徳太子絵伝》。奈良の法隆寺に伝わったもので、太子の誕生から亡くなるまで(薨去)の事績が、全六面に描かれている。数多く描かれた聖徳太子の絵伝のなかで現存最古の作品。第一面の右上には、36人の話を聞き分けたという逸話が見られる。

国宝《聖徳太子絵伝》東京国立博物館蔵(第一面と二面の展示期間:10月11日~22日、その後は展示替えをしながら全六面が展示されていく)

そのほか、やまと絵の一例として京都の神護寺所蔵や京都国立博物館蔵の国宝《山水屏風》、唐絵の一例である伝周文筆《四季山水図屛風》などが並んで展示されていることで、やまと絵と、そうではない絵とが、なんとなく分かっていく。ちなみに会期後半では、雪舟等楊による《四季花鳥図屛風》が展開。

1章の展示風景

やまと絵と書の両方を同時に鑑賞できる1章

展覧会の序章で、やまと絵の雰囲気が掴めたら1章に進もう。ここでは、平安時代に記され描かれた和歌や経典が見られる。和歌や経典と言うと……いきなり地味だな……と思うかもしれないが、単に文字が記されているだけでは、もちろんない。

例えば京都国立博物館蔵の国宝《葦手下絵和漢朗詠集》は、茶色と群青、緑青、銀泥などを使って描かれた絵の上に、和漢の歌が記されたもの。描かれたやまと絵と文字とを、同時に鑑賞できる逸品だ。

藤原伊行筆《葦手下絵和漢朗詠集》平安時代・京都国立博物館蔵・通期展示(展示替えあり)

広島・嚴島神社蔵の《平家納経》や、《久能寺経》などの装飾経もド派手だ。写真を掲載できないのが残念だが、シンプルにお経が書写されただけでなく、ほとんど全てに金銀箔が散らされ、極彩色の下絵や文様が施されている。また三大装飾経には入っていないが、《一字蓮台法華経》も同様に豪華。絵も文字も芸術的なのだ。

さらに文字を書く紙にもこだわったのが平安貴族。文書や経典などの文字を書く時に使う料紙(いわゆる“紙”)に、様々な文様が施された中国大陸製の唐紙などを、色変わりで継いだのが《古今和歌集序(巻子本)》。これもまた“地味”とは無縁の作品だ。

やまと絵に加えて、文字や紙の好事家であれば、垂涎の品々が並んでいる

《一字蓮台法華経》平安時代・奈良の大和文華館蔵。展示期間:10月11日~11月5日
藤原定実筆・国宝《古今和歌集序(巻子本)》平安時代・東京の大倉集古館蔵。展示期間:10月11日~22日

1点ずつをじっくりと鑑賞しながらここまで進むと、ひと休みしたくなるかもしれない。それだけ、濃い作品が続くのだが、ここからが本番という人も多いだろう。なにせ前述した四大絵巻が展示されているのも、これからだ。

四大絵巻とは、一般的には《源氏物語絵巻》や《伴大納言絵巻》、それに《信貴山(しぎさん)縁起絵巻》と《鳥獣戯画》を指し、まれに《粉河寺(こかわでら)縁起絵巻》を挙げる人もいる。要は五大絵巻と言ってしまえば良いと思うのだが、この5点が次々と展示されている。

注意が必要なのが特に《鳥獣戯画》の展示期間。同品は、甲乙丙丁の4つの巻に分かれていて、同展での展示期間もそれぞれ異なる。そして、この4巻のうち多くの人がイメージするだろう、ウサギやカエル、サルが擬人化されて遊んでいるのは“甲巻”。もしそれが狙いであれば、展示期間は10月11日~22日に限られる。

国宝《鳥獣戯画 甲巻》平安~鎌倉時代・京都の高山寺蔵・展示期間:10月11日~22日

その《鳥獣戯画》とは異なり、はっきりと物語が設定されているのが、ほかの《源氏物語》や《伴大納言絵巻》、それに《信貴山縁起絵巻》。源氏物語は事前に一夜漬けするには話が長いが、ほか2点については簡単なストーリーを把握しておくと「おぉ……鉢で倉や米俵を飛ばす飛倉巻が展示されているなぁ」とか「応天門が焼けているところへ見物に行った人たちが、慌てている表情が興味深いな」などと、より作品を楽しめるはずだ。

国宝《信貴山縁起絵巻 飛倉巻》平安時代・奈良・朝護孫子寺蔵・展示期間:10月11日~11月5日

鎌倉時代の多様なやまと絵が見られる2章

1章では、平安時代のやまと絵を見てきたが、2章では鎌倉時代の優作が展示されている。鎌倉時代の美術の全般に言えるのが「写実性」の追求。より分かりやすい、仏像を例にすれば、運慶と快慶が活躍した時代だ。さらに同展の解説パネルには、「平安時代までの物語絵巻、説話絵巻に加え、高僧伝絵巻、縁起絵巻など描かれる対象が広がっていったのも特筆」されると記されている。

鎌倉時代のやまと絵が展開される2章の展示室

写実性の追求について分かりやすいのは、人物を描いた肖像画。そのため、10月24日~11月5日には、この展示室で《伝源頼朝像》など、神護寺に所蔵されている神護寺三像が見られる。

筆者は絵巻物が好きなため、神奈川・清浄光寺(遊行寺)が所蔵する、国宝《一遍聖絵 巻第九》へと先を急いだ。時宗(じしゅう)の開祖、一遍の事績を描いた伝記絵巻だ。ここで少し残念だったのは、先ほどの四大絵巻とは異なり、見られる絵が少なかったこと。それでも、鎌倉時代に描かれた絵巻が、いまだに色鮮やかに残っていることに感動する。また、東京国立博物館が所蔵する同作の《巻第七》も、少し異なる場所に展示されているので、あわせて観覧できる。

そのほか2章では、平安時代の平治の乱を題材にした《平治物語絵巻》のうち、東京・静嘉堂文庫美術館蔵の《信西巻》と、東京国立博物館蔵の国宝《六波羅行幸巻》の2巻を並べて展示。

法眼円伊筆・国宝《一遍聖絵 巻第九》鎌倉時代・神奈川の清浄光寺(遊行寺)蔵・展示期間:10月11日~11月5日(場面替えあり)
国宝《平治物語絵巻 六波羅行幸巻》鎌倉時代・東京国立博物館蔵・展示期間:10月11日~11月5日

やまと絵の進化する様子が感じられる3章

3章では、南北朝から室町時代にかけてのやまと絵が展示されている。この時代に想起される美術作品として、雪舟を代表とする水墨画を挙げる人が多いだろう。だが同時代にも、多くのやまと絵が制作されていたことや、水墨画などの漢画の要素を含み、やまと絵が進化していたことも、展示からうかがえる。

3章の展示風景

ここでは、特に《百鬼夜行絵巻》や《仏鬼軍絵巻》が人気となりそうだ。前者は、百年経過した器物が恨みをもって妖怪化するという物語を絵画化したもの。後者は地獄を浄土に変えようと仏たちが地獄に攻め入り、閻魔王庁との合戦を繰り広げる。いずれも奇想天外な物語だが、特に《百鬼夜行絵巻》は、キャラクター化された妖怪が怖いというよりも愛らしく描かれていて、ストーリーは分からなくても、見ているだけで楽しい。

伝土佐光信筆《百鬼夜行絵巻》室町時代・京都の真珠庵・通期展示(場面替えあり)
《仏鬼軍絵巻》室町時代・京都の十念寺・展示期間:10月11日~11月5日

和漢の融合という意味では、やまと絵の絵師、土佐光茂が描いたと伝わる静嘉堂文庫美術館蔵の《堅田図屏風》には目を見張った。琵琶湖西岸の名所として知られる堅田の景色を、やわらかい墨の線で描いたもの。元は襖絵だったのを屏風に仕立て直したそうだが、その横長の構図が景色の広がりを感じさせる。同展では数少ない、国宝にも重要文化財にも指定されて“いない”作品。展示室を歩いていて、こうした今まで知らなかった「おっ!」と思える作品に巡り会えると、うれしさも格別だ。

やまと絵の真髄が見られる終章

4章では、天皇や貴族たちの求めに応じて絵画制作を担った、宮廷絵所をフィーチャーしている。同機関のトップである宮廷絵所預(きゅうていえどころあずかり)を歴任した、鎌倉から室町時代までの最高クラスの絵師たちの作品が見られるのだ。

4章の展示風景

そして終章では、やまと絵の主要テーマの一つだった、四季を描いた作品が展開されている。同展の解説では「過去の伝統を踏まえながらも新たな表現を獲得してきたやまと絵の真髄」が見られるとしている。その言葉どおり、いずれもすばらしい作品だった。

狩野秀頼筆・国宝《観楓図屛風》室町~安土桃山時代・東京国立博物館蔵・展示期間:10月11日~11月5日
《月次風俗図屛風》室町時代・東京国立博物館蔵・展示期間:10月11日~11月5日
《浜松図屛風》室町時代・東京国立博物館蔵・通期展示

やまと絵の入門者にもおすすめの特別展

特別展「やまと絵ー受け継がれる王朝の美ー」を振り返ると、改めて、これだけの作品が一堂に集められることは、めったにないことだろうと感じる。

また、教科書に載っている作品も多い。それらは、見ていて親しみやすいだけでなく、当時の最先端かつ基準や手本となった作品だったとも言える。そうした作品が並ぶ同展を見れば、やまと絵の理解が一気に進む。また何より、やまと絵はもちろん美術に特別な関心がなくても「この絵はいいな」と心地よく感じる作品と出会えるはずだ。

なお今回の作品の多くが、国宝や重要文化財に指定されているため、それぞれ展示できる期間が長くない(文化財保護法)。会期中には、多くが同等の作品へと替えられるため、上で紹介した作品も会期後半には展示されていない可能性が高い。そのため、もし目当ての作品がある場合は、公開期間をよく確認しておきたい。

最後に、今回の特別展では、やまと絵のなかでも、平安時代から安土桃山時代までの作品が主に展示されている。では、やまと絵は江戸時代にはなくなったのかといえば、そんなことはない。

そんな特別展ではほとんど展示されていない、江戸時代以降に描かれたやまと絵の優作については、同館本館の総合文化展で特集されている。岩佐又兵衛や土佐光起、(伝)俵屋宗達、尾形光琳など、そうそうたるメンバーによる作品がラインナップ。特別展を観覧した後に、「やまと絵の世界に、もっと浸りたい!」という人は、そちらも忘れずに観覧したい。