教員のICT活用 - こどもとIT
学びを奪われていた子どもたちが、ICTで読み書きの困難を克服した特別支援現場での実践
――「東京学芸大学附属小金井小学校 ICT×インクルーシブ教育セミナー」レポート②
2019年8月14日 07:00
読み書きの困難さをICTの力で補いインクルーシブ教育の可能性を探るセミナー「ICTに学びを救われる子はあなたのそばにいる 東京学芸大学附属小金井小学校 ICT×インクルーシブ教育セミナーVOL.2」が7月13日、マイクロソフト品川本社を会場にが開催された。公開授業などの様子などは前回記事(https://www.watch.impress.co.jp/kodomo_it/teachers/1198665.html)で詳しくレポートしたが、今回は、当日午後に複数開催されたセミナーから3つをピックアップして、読み書きの代替手段として積極的にICTを使う意義と実例を紹介する。
身近にあるテクノロジーを紙と鉛筆の代わりに
東京大学先端科学技術研究センター人間支援工学分野特任助教の平林ルミ氏は、読み書き困難のある子どもたちが、手の届く身近にあるテクノロジー「あるテク」を活用して紙と鉛筆の代わりにして学ぶための研究とサポートを行っている。
機器やアプリを読み書きの代替手段に
例えばOSのアクセシビリティに関する基本機能だけでも、読み上げや音声入力などが使えるし、各種汎用アプリや専用アプリを活用することで、個々の苦手な手段をサポートすることができる。困難さは個人によって様々で、それに合う学習支援ツールも異なるが、よく活用する支援ツールとして「音声読み上げ」「画像記録」「ワープロ」「筆算支援」「計算機」「マッピングツール」の6つのカテゴリーが紹介された。
平林氏はブログで「日本版ディスレクシアホイール」として、iPadで読み書き支援に使えるアプリ類を用途別の一覧で紹介している。具体的なツールを探している人にはとても便利だ。
平林氏が紹介した複数の実例の中でも、「書き」の困難さが強い中学2年生が、通常学級にタブレット型パソコン、スキャナ、プリンタを持ち込み、フル活用して授業を受けているケースはその効果がわかりやすいだろう。普段ノートをとるのにパソコンを使うのはもちろんのこと、プリントが配られたらその場でスキャンしてデータ化し、パソコン上でキーボード入力でプリントを完成させ、プリントアウトして提出する、という方法を取っている。定期試験もこのスタイルで対応したということだ。先生の側は授業のやり方を変える必要がなく、生徒の側で道具を駆使して学べる環境を作り出している。
他にも、代読や回答のワープロでの入力、計算機の使用などで高校入試や大学入試に挑み、合格した例などが紹介された。
読み書きの手段を代替して教科の学習の中身に入る
このように、平林氏の所属する東大先端研のチームでは、読み書きを別の方法で代替するという取り組みをしているわけだが、この考えはまだ少数派なのだという。特別支援の世界でも通常教育の世界でも、「読み書きを別の手段で代替してしまってよいのか?」「読めた方が/書けた方がいいのでは?」という考え方は根強いそうだ。
読み書きが困難な子どもたちというのは、それらが全くできないのではなく、努力すれば徐々に少しはできるようになる。この「やればできる」という状態が、努力を求め習得を優先する構図を生む。ところが、困難さのある子どもたちは、努力しても通常習得できる量には到底届かず、その差は埋まらないという。
「読み書きができるようになってから教科の学習に入ろうとすると、いつまでも内容に入っていけません。すると勉強が遅れ、わからなくなり、自信を失い学校に行きたくなくなってしまいます」と、平林氏は語る。これは明らかに負の循環だろう。
読み書きは学習のための手段なので、手段がなければ学習が遮られてしまう。だから困難な手段は補って教科の学習ができる状態にすることが重要であり、それにより学びの好循環を生み出そうというわけだ。
サポートするときには、「読み書きができなくても勉強はできるよ」と提案し、苦手なことを他の手段で補うと、学習の楽しさがどんどん実感され、苦手な読み書きでもできるところはやってみようという意欲が出てくるそうだ。他の手段で代替したからといって読み書きの手段を捨てるわけではない。
あらたに渋谷区で全区をあげての取り組みも
平林氏が関わっているサポート活動は、東大先端研による「DO-IT Japan」、東大先端研と日本財団による「異才発掘プロジェクト ROCKET」、ソフトバンクグループの塾「ハイブリッド・キッズ・アカデミー」と複数ある。さらにこの7月に東大先端研が渋谷区の委託で「渋谷区ラーニングリソースセンター」を立ち上げたことを紹介した。
渋谷区は2017年9月より区内の全小中学生に1人1台のタブレット端末を貸与してICT活用を進めていることで知られている。その渋谷区で、2018年に全小中学校(小3~中2)を対象に、どのくらい学習につまずきを抱えている子どもがいるかを調査したことを平林氏は紹介した。
通常のテストと読み書き計算の手段を代替したテストを行い、点数の差が大きければ、その手段を苦手としていることが見える。漢字(手書きと選択式)、読解(自力読みと代読)、計算(自力計算と計算機使用)を行い結果を比べたところ、読み書き計算の手段を補うと点数の上がる子どもが、書くこと:6.0%~10.6%、読むこと:2.5%~9.6%、計算すること:4.7%~9.5%の割合でいることがわかったそうだ(割合の幅は学年の違いによるもの)。
1人1台の環境を生かして、「書き」が苦手な子どもがタブレットでノートを取ったり、「読み」が苦手な子どもが読み上げ機能を使うなどの活用方法をすでにサポートしているということだ。今後の渋谷区ラーニングリソースセンターによる情報共有やサポート体制の強化に期待したい。
平林氏は、機器やアプリを与えたら解決するのではなく、本人が日常で使いこなすことが必要だと解説する。自分に合った学び方を子どもたちが自分で選ぶことが大切で、それは子ども自身が十分に使う経験をした上で実現するということだ。テクノロジーが読み書きの困難をサポートする意義が実例と理屈の両面から語られ、全体として納得感の高い時間となった。
「自分はダメだ」と思っていた子どもたちが自信と学びを取り戻すまで
島根県松江市立意東小学校 特別支援教育士の井上賞子教諭は、これまで学校やその他の関係で支援してきた子どもたちの事例を紹介した。
読みの困難から授業に無気力だったAさんの場合
特に読みの困難が強くそのせいで漢字の定着も悪かった小4のAさん。読み書きの苦手意識がとても強く、無気力で授業中寝てばかりという状態から支援がスタートした。Aさんの場合、読み上げを活用すれば内容が理解ができることがわかり、書く手段もキーボード入力や音声入力を活用して学習に取り組めるようになった。
読みが困難なのに内容が理解できるという状況をイメージできない方がいるかもしれないが、Aさんが通常の方法で受けたテストと音声つきで行ったテストの結果を比べると一目瞭然だ。
これは、Aさんが当初ほとんど回答できなかったテストを持参して、音を入れて欲しいと井上教諭に頼んだ時のもの。PowerPointにテスト画像と読み上げの音声を埋め込んだ状態で挑戦したら100点が取れたのだ。読み上げ音声があれば高得点が取れることがその後のテストでもはっきりした。教科書やノートテイクでICTを使って学習ができても、テストの手段が変わらなければ力が評価されないということがわかる例だ。
小3の頃から「読めない」ことに気づいてもらえなかったBさんの場合
小3の頃から「読めない」と訴えていたにもかかわらず、真面目で友達も多く周囲に迷惑をかけることもなく運動もできたBさんは、「様子を見ましょう」と言われたまま中学生になり、中2でようやく支援につながった。
Bさんはノートもとれて、絵がとても得意で、本も好きで、文章も書け、小学校まではテストの点数もとれていたのだが、実は、字を書いても絵として写している状態で、文字情報としては扱えていなかったのだという。図が多い教科の学習や挿絵がある本の読書では大意をつかみ、漢字テストは形や位置を記憶にとどめていたようだ。「読めない」ことにはずっと気づかれなかった。
支援につながった頃には無気力に陥っていたBさんだが、アセスメントによって困難さの背景がわかり、読み上げの活用や感覚過敏を軽減するカラーグラスを使うなどして負担を軽減。デイジー教科書(※)や動画を活用してパソコン上で要点をまとめる家庭学習をすることで、学習の見通しをつけ授業の理解が高まった。学習の意欲が得られ、その後Bさんは、公立高校の入試を別室実施、拡大・読み上げ機能あり、カラーグラス着用で受験し合格している。
※障害のある子どもたちのために、デジタル化され、音声読み上げや表示切り替え等の読みの困難をサポートする各種機能が備わった教科書。
不適応状態を読み書きの自信をつけて克服したCさんの場合
小6で特別支援学級のCさんは、漢字の読み書きの難しさだけでなくコミュニケーションの課題もあり、暴れてしまうなどの不適応状態が多かったため、ひとり別室に分かれて学習している状態だった。大変な状況のスタートだったものの、井上教諭はCさんの様子から理解する能力が高いと考え支援を始めた。
読み上げをすれば内容が理解できても、漢字の読み書きに課題のあったCさん、読みは音と漢字の関連をつなぐこと、書きは書き順を動画やなぞり書きで確認することをアプリを使って練習し、手がかりをつかんでいった。低学年の漢字も定着していなかったが、自尊心を考え6年生の漢字からスタートして戻っていった。最初の頃に書いた漢字と、捉え直しをした後に書いた漢字には大きな違いがあるのがわかる。
次第にCさんの「書きたい」という気持ちや自信が強まり好循環に転じる。特性上、過度に丁寧に書くことを求めることは難しかったが、手書きで解決できる場面も増えた。もともとキーボードでの入力が得意で、場に応じて自ら入力方法を選んで解決することもできたため、ノートをパソコンでとることで情報を集約し、参照する手立ても持てるようになる。自分の学び方への納得感と誇りは、通常級の学習に参加する際にタブレットを持ち込み活用する姿につながっていった。顕著だった不適応⾏動は井上教諭が担任した以降は落ち着いたそうだ。
いずれも適切な支援を受けて、ICTを代替手段に学習の意欲と自信を取り戻した例ばかりだが、井上教諭は随所で「この事実は重い」と表現した。当事者である子どもたちが、自分では判断しようのない特性に気づいてもらえないまま苦しみ、「自分はダメだ」と思っている痛みは強く、重い。
問題が健在化する前に「困った」を伝えられる環境づくり
東京学芸大学附属小金井小学校で特別支援教育コーディネーターを兼務する佐藤牧子養護教諭は、問題が健在化する前の子どもたちにも眼差しを向けている。何か気になることがあっても手立てがないと「様子を見ましょう」と保留されてしまい、気づいた時には学校に来られなくなっているというパターンを防ぎたいと考えているのだ。
「困った」が言えない子どもたち
東京学芸大学附属小金井小学校では、空き教室を利用して「ニコニコルーム」という部屋を作り、畳スペースやボールプール、個別学習スペースなど、子どもたちが好きなスタイルで過ごせるようにしている。子どもたちは休み時間には自由に来ることができ、大学生や大学院生が話を聞いてくれる体制ができている。
子どもは「先生にはいいところを見せたい」と思うものなので、学生のほうが小さなつぶやきを受け止めやすいというが、それでも自分が困っていることをなかなか大人には伝えられない。自分で状況がわかっていない場合もあるが、「ばかにされるのでは」「言ってはいけないことでは」と考えてしまい、マイナス感情を伝えにくいというのだ。「困ったことあるかな?」と聞いても「大丈夫です。何もありません」と返ってきてしまう。
ロボットに代わりに喋ってもらう
佐藤養護教諭は、学校では、マイナス感情も含めてそのまま肯定されるという経験が足りない可能性を指摘し、読み書きの支援をしている児童との活動で、プログラミングできるSotaというロボットを活用したことを紹介した。児童自身が「自分が困っていること」をSotaの言葉としてプログラミングしたのだ。
例えば、「国語は文章問題を読むのが疲れる」「計算は間違えるから大きな紙に書きたい」「お母さんにソータくんから言ってほしい」「勉強の時間が長い」などの言葉がSotaから発せられた。児童はSotaが話すことで改めて自分の「困った」に自覚的になれる。
相手がロボットだと、社会的な関わりを要求されない上、反応に一貫性があり予測可能性が高い。それが気持ちの伝えやすさにつながっているのではないかと佐藤養護教諭は考えている。ロボットではなく人間にしかできないことはもちろんあるが、ロボットが相手だからこそできることもあるのかもしれない。
本記事ではICTにより学びのスタートラインに立てた子どもたちのはっきりした事例を見てきたが、困難さにはかなりのグラデーションがあり、個別に丁寧なサポートが必要とされる。まずは読み書きに関する困難さが存在するということが知識として常識になり、気軽に相談できることが大切だろう。もし、自分の周りで何か思い当たることや気になることがあれば、ぜひ学校や専門家に相談をしてみてほしい。「ICTに学びを救われる子はあなたのそばにいる」のだから。