鈴木淳也のPay Attention
第50回
キャッシュレス化の中で「現金自動精算機」市場が急拡大する理由
2020年6月12日 08:30
最近スーパーや飲食店に行くと、「セルフレジ」と呼ばれる自分で会計を行うレジが増えたことに気付かないだろうか。電子マネーやクレジットカードによる決済はもちろんのこと、現金支払いに至るまですべて買い物客が1人で精算を済ませる。現金の場合、投入口に硬貨と紙幣を挿入することで、釣り銭が自動的に出てくる仕組みだ。こうした「現金自動精算機」を見かける機会が増えたのも最近のトレンドだ。
筆者の把握する限り、セルフレジの運用が本格化したのは欧米が起点だったと考えている。スーパーやコンビニなどでレジ待ちの行列が常態化し、これ以上人員と設備を含め追加で増やすことが難しいというなか、購入する商品の点数が少ない客を中心にセルフレジへと誘導し、混雑緩和と顧客満足度の両立を図ったことがきっかけだ。
ただ、英国など一部の国を除けばセルフレジでの会計は「キャッシュレス決済」が基本であり、クレジットカードやデビットカードを利用することを前提に、素早くチェックアウトが可能なセルフレジを利用できるという流れだった。
一方で日本国内に目を向けると、セルフレジの運用にみられるようにいまなお現金での支払いが多くを占めている。
コンビニでの現金決済比率は7~8割だといわれるが、当然それだけの客が店舗における支払い手段として「現金」を選択できることに期待しているわけで、「現金自動精算機」を見かける機会が増えるというのも当然の流れだろう。
今回、この分野で日本国内最大手となるグローリー(Glory)に、現在国内外で起きている「キャッシュ」事情と今後の見通しについて、同社国内事業本部販売企画統括部商品企画部部長の桑田宏紀氏と同部商品企画2グループの谷澤龍威氏の2人に話をうかがった。
「現金自動精算機」は日本で独自発展
桑田氏によれば、グローリーは同社が「つり銭機」と呼ぶビジネスを30年近くやっており、特にここ4年ほどはセルフレジの興隆とともに「380」と呼ばれるシリーズの売り上げが伸びているという。「300」というカウンターのレジ設置向けのシリーズは10年前から存在していたが、セルフレジ人気に合わせて380シリーズは一昨年から倍々ペースで売上が伸びている。
もともとのアイデアとしては、店員がレジで現金の出し入れをする「ドロワー(Drawer)」を電子化するもので、機械に置き換えることで1件1件のやり取りのミスをなくしたり、硬貨を取り出す手間を低減することが狙いにあった。
例えば日本では一般に1日3回などのペースでレジ締めや交換作業が発生していたが、この作業負担は大きく、これを機械化することで効率化が可能になる。
「30年前にさかのぼると、単純にコインを払い出すという機械はすでに海外にありましたが、それを日本流にアレンジしたのがきっかけです。つまり払い出すだけでなく、入金したものをそのままストックとしてセットしておき、そのまま払い出しに流用する機能です。30年前の市場参入前にも、グローリーでは硬貨を数えて銀行窓口に出す出金用の機械をすでに販売していましたが、こうした銀行向けの機能をリテール向けに転用しました。硬貨を数えること自体が難しいもので、大きさで仕分けたうえで、6つの場所の場所に置くという基本技術があります。これを海外で出回っていたものに付け加える形で、独自技術として1つの機械に作り上げました」(桑田氏)
後述するが、グローリーは現在海外事業でも成長を続けており、その年間売上の半分程度が海外事業からのものだ。このように売上が急拡大する理由の1つに、海外ではこうした製品があまり存在していなかったことが挙げられる。
それについて同氏は「日本の硬貨が海外のものに比べて価値が高い」という理由を述べている。「500円硬貨というのは、世界の硬貨の中でも飛び抜けて価値が高い。例えば米国だと(一般に広く流通している高価値の高価は)25セントだったりしますが、金額でいえば25円程度です。なので研究開発投資にそれほど価値を見出さなかったのでしょう。また、日本では流通貨幣の品質を高く維持しようと質の悪いものを市場に残さないように努めており、傷がついていたりと質の悪い硬貨が流通することも少なくない海外との差になっており、市場として成立しやすかったというのもあるかもしれません。こうした理由で、工数を機械に置き換える仕組みが発達したのです」(桑田氏)
市場参入を決めてからも試行錯誤は続く。同社は25年前に、あるファーストフードと共同で“出入金口が客側を向いた”現金自動精算機の運用を試みていたが、この計画は結局頓挫したという。だが「できるだけ店員に硬貨を触らせない」というチャレンジはすでにこの頃から存在していたようだ。
新型コロナウイルスの影響で少しずつだが「現金は衛生面で汚い」という認識が広がってきており、飲食店などを中心にそうした意図で現金自動精算機や食券販売用の自販機を設置するケースは増えている。
次に同社が目を付けたのはスーパーだ。スーパーは1日の来店客数が多く、売上も大きく、それだけ動く金額も大きい。ホームセンターや衣料品などの業態に比べてレジの混雑も顕著で、かつ現金での決済比率が大きいという部分もある。「人の胃袋は無制限で、食品に対するニーズは無限です。来客で混雑しているのは昔から変わりなく、投資意欲や体力も大きい」(桑田氏)という理由でスーパーを中心に市場開拓を行ない、後にファーストフードや飲食関連の業態で徐々に広まってきたという流れだ。
以前に本連載で利益率の問題から地方の小規模なスーパーほど運営体力が厳しいという話を紹介したが、同氏によればスーパーの投資意欲は規模の大小や地域差がほとんどみられないという。特に最近では有効求人倍率に対してスーパーでの労働を希望する応募者が少ないという事情もあり、効率化に対するニーズは他業態に比べてもひときわ高かったようだ。
レジでの打ち間違いミスに加え、レジ締め業務などでの効率化。この厳正化と省力化の2つの要素が製品導入のモチベーションを押し上げた。実際、あるスーパーで一斉にレジに同社製品が導入されたとき、バイトの間で「(面倒さから)競合のスーパーでは働きたくない」という口コミが広がったほどだという。
セミセルフの興隆
冒頭でも触れたように、いま倍々ペースで増え続けているのはセルフレジ向けの製品だが、これを押し上げる要因になっているのはセルフレジでも「セミセルフ(Semi-Self)」と呼ばれるタイプの普及だ。
海外でセルフレジが流行りだしたころ、流通関係者の間では「目新しく、レジ要員が不要になるので極めて素晴らしい」ということで注目されたが、そこで一般的なセルフレジの形態をそのまま日本に持ち込んでもなかなか普及は進まなかった。理由は「キャッシュレス専用」だとか「現金の取り扱いができない」といったものではなく、単純に「利用客自身が商品をスキャンして会計まで自分で済ませる」という方式は、スループットが極めて悪いということだ。
つまり、混雑緩和のためにセルフレジを導入しても逆に詰まってしまい、その解消のためには何十台も機材を導入せざるを得ず、「だったら普通のレジでいいんじゃないか」という結論に至る。そのため、利用客が“まごつく”商品スキャンの部分のみを店員のオペレーションとして分離し、会計のみセルフにする「セミセルフ」を打ち出したことで、ようやく普及の流れが見込まれるようになったというわけだ。
商品スキャン用の“レーン”に対して、複数台の会計用のセミセルフレジが設置されているケースがあるが、これもまた会計をゆっくりと行なうための工夫となっている。
例えば現金支払いにおいて、財布にたまった小銭を消化するために“きりのいい金額”を用意しようとしても、商品スキャン用のレーンと会計用のレジが一体化していては、後ろの行列が気になって安心して小銭を用意することができない。これらを分離することで効率化がさらに進んだうえ、利用客からの評価も高いというのが現在の流れだ。なお、セミセルフ自体は最近ブームとなる10年前から存在しており、寺岡精工が普及に励んできたという背景がある。近年の爆発的ブームは東芝テックがセミセルフ市場に本格参入したことで起きたものとのことで、さまざまな要因が重なって普及に至った。
ただ、セルフレジとセミセルフレジともに、グローリーが提供するような“現金”を取り扱う仕組みがあったからこそ、利用が進んだという事情もある。
「Amazon Goにみられるように、将来的にみれば『レジは必要ないでしょう』という流れはあるかもしれません。実験のために投資もたくさん行なわれています。しかし現場では、6~7割のお客は現金を持ってくるわけで、これがないと不十分という話になってしまいます。またキャッシュレス決済のみが利用可能なファミリーレストランで、キャッシュレスだけで営業は厳しいという話も聞こえてきており、大義名分と実態で乖離があるのも事実です」(桑田氏)
ゆえに、「現金と縁が切れないならば効率化を最大限に実現する」というのが、グローリー製品の特徴にもなる。前述のように、従来までのレジ締め業務ではドロワーを丸ごと交換したり、逐次紙幣や硬貨を抜いて来客の少ない時間帯に数え上げるという作業が発生していた。
同社の300シリーズと380シリーズでは、硬貨など、釣り銭が足りなくなった分だけを適時投入口から継ぎ足して、必要に応じて「1万円札をだけを抜く」という機能が用意されている。これなら硬貨を補充する作業は最小限で済むし、レジ締め業務でお金を数える必要はないし、さらに売上金として1万札のみを抜くことができるのでセキュリティ的にも万全だ。レジ締め業務は、多い店舗だと1日6回発生することがあるとのことで、それだけ労力を低減できる。
海外事業の実際
グローリーは海外進出にも積極的だ。筆者は世界中の展示会やカンファレンスの取材を行なっているが、2020年だけでも1月の米ニューヨークのNRF、2月のドイツのデュッセルドルフのEuroShopと、いずれの小売向け展示会においてもグローリーのブースを見かけている。
もともと同社の海外事業は「金融機関」向けのものであり、現金の取り扱いで「安心安全」を打ち出して実績を築いている。イタリアの銀行での導入ケースだが、窓口において「(グローリーの)現金入出金機が導入されたので、銀行強盗で襲うだけ無駄ですよ」というアピールが行なわれていたという。犯罪率の高い米国やブラジルなどでも似たような評価を得ているとのことで、このあたりの事情も海外ならではかもしれない。
リテール分野に本腰を入れ始めたのは10年前で、それまで日本で培ってきた技術を逆に輸出する形で持ち込んだのがきっかけとなっている。2012年には欧米を中心にこうした現金入出金機の広大な販売とメンテナンス網を持つ英Talaris Topcoを傘下に収め、拡販のための下地を築いた。桑田氏によれば、納入先はスーパーや専門店が中心で、日本とそれほど市場に違いはないという。
一方で日本との最大の違いとして同氏が挙げているのが、「海外では店員側に向いたつり銭機が1つもない」という特徴だ。同氏は「対面セルフ」と呼んでいるが、支払い時だけ自動化が行なわれるという仕組みとなる。海外でこうした装置が導入される理由の上位に「レジからお金がなくなる」というのがきているが、入出金の誤差がなくなるというのは極めて評価されるポイントだという。極端な例では「数カ月で投資がペイできる」という話も聞くほどで、それだけ会計時のミスや不正が横行しているということでもある。
こうした現金管理の仕組みは海外のリテール業界においてそれほどメジャーではなく、効率面で注目されて参入ベンダーが急増したのはここ最近の話だと桑田氏は付け加える。
日本国外に出たことで気になるのは、どれだけの金種をカバーできるかという点だ。一定の市場がある日本円のほか、主力通貨となる米ドルやユーロ、そして英ポンドを除けば、欧州では東欧や北欧を中心に独自通貨を導入しており、海外でも国ごとに異なる通貨を発行しているのが一般的だ。
だが桑田氏によれば、現金の判別ソフトウェアは付け替えが可能で、もともと多国展開しやすい仕組みになっているという。同氏が例として挙げるのがスウェーデンで、同国を含む北欧はもともと歴史的に機械化が好きな地域であり、リテール業界でのつり銭機も30年来にわたって広く利用されているという。キャッシュレス先進国といわれるスウェーデンだが、実際には冬場の移動を嫌う国民性もあって小売店でのレジの「キャッシュアウト」機能の実装など、小売店そのものが金融機関の一部として機能する側面を持っており、現金の自動処理に対するニーズも元から高かったようだ。
また興味深い話題としては、食品を取り扱う業態での「店員と現金の分離」が挙げられる。もともとはフランスのパン屋で導入が勧められたもので、食材を手にするところでの清潔さを押し出したのがきっかけだという。それが日本へと輸入され、ドーナツチェーンや弁当チェーンなどでの導入をきっかけに一気に認知されていったという流れだ。
キャッシュレスのこれから
日本政府では、「キャッシュレス・ビジョン」の名の下に「2025年までにキャッシュレス決済比率の40%達成」を打ち出し、各種施策を展開している。これを額面通りに受け取れば、それだけ現金管理を生業とするグローリーの市場が狭まることを意味する。だが同件に関して谷澤氏は、政府が政策の根拠としているキャッシュレス比率の算出方法には「一定の前提条件がある」と指摘する。
「総務省が出している家計支出に関するデータですが、モデルケースとして持ち家で子どもがいるケースを想定しており、住宅や光熱費などに比べ、食品や家庭用品、保険などに充てる金額の比率が大幅に高くなっています。一般に、日本では家賃や光熱費といった支払いは銀行口座引き落としの比率が高く、国のキャッシュレス比率算出方法では、こうした口座引き落としはキャッシュレス決済として扱われていません。一方で、クレジットカードの決済比率は2割程度ということで、全体として政府の出すキャッシュレス比率というのがこのクレジットカード決済の比率に結びつけられてしまいます。実際のキャッシュレス決済比率は4割程度はあるのではないでしょうか。モデルケースを見直して、賃貸で子どもなしのケースをみると、食品などの支出が減る一方で家賃支払いの負担は増え、結果的に(口座引き落としを含む)キャッシュレス決済比率は8割近くに達すると想定されます」(谷澤氏)
筆者も常々、日本政府が出してくるキャッシュレス決済比率の数字の不自然さは感じており、2016年度で2割前後、2020年現在で25~26%という数字をあまり積極的に説明には用いていないが、グローリー側ではこの点を改めて強調する。
「クレジットカードの普及率ですが、50年かけて2割ということで、それを10年未満で倍の4割にするということですから、かなり強気な目標だと思います。政府が旗を振られているわけで、実際にキャッシュレスが浸透していくでしょう。十数年や20年といった期間でみれば、人口減少もありいずれ“パイ”は埋まっていくでしょう。ただ、こうした状況にもかかわらずわれわれの製品は倍々ペースで売れているわけで、多少楽観的ではありますが、“Xデイ”はそう早くには来ないとも考えています」(桑田氏)
グローリーとしては、こうした現金管理のソリューションだけでなく、支払いを処理するデータセンター(GCAN)も持っており、ここではクレジットカードやデビットカードだけでなく、電子マネーからQRコード決済の処理までが可能だ。桑田氏は「O2O(オンラインとオフライン)ができるのが強み」というが、現金だけに留まらない幅広い製品やサービスのラインナップを持っているのが強みといえる。
当面縁を切ることができない「現金」とどう付き合っていくか。その効率のいい手段を提供するベンダーの1つとしてグローリーはその活動領域を広げつつある。