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AWSで生成AIはどうつかわれているのか 国内事例と最新戦略

アマゾン ウェブ サービス ジャパン(AWSジャパン)は10月31日、顧客向け自社イベント「AWS AI Day ~AWS のテクノロジーで加速する生成AIのプロダクション活用~」に先立ち、AWSの生成AIサービスと様々な開発支援の進捗を報告する「生成AIへの取り組みアップデート」記者説明会を東京都内で開催した。

AWSの生成AIに関する最新戦略

AWSジャパンは、2023年7月に「LLM開発支援プログラム」を、2024年7月には「生成AI 実用化推進プログラム」を発表するなど、企業の生成AI開発や利活用を支援している。先ごろ第2期の採択事業者が発表された経済産業省とNEDOが主導する基盤モデル開発支援事業「GENIAC」(Generative AI Accelerator Challenge)に対してAWSも計算リソース提供を行なっている。

アマゾン ウェブ サービス ジャパン サービス&テクノロジー事業統括本部 技術本部長 小林正人氏

アマゾン ウェブ サービス ジャパン サービス&テクノロジー事業統括本部 技術本部長の小林正人氏が、AWSの生成AIに関する最新戦略および生成AI支援施策の最新状況について説明した。AWSは、セキュアなAI活用の推進、選択肢の提供を通して、日本国内のAI開発と活用を幅広く支援してきたという。

小林氏は、「AIは仕事を変革するゲームチェンジャーになり得る技術だ」と述べた。Amazon自身も25年以上にわたってAIに投資してきて、様々な事業の自動化を推進してきた経緯がある。小林氏は物流倉庫で活用されているAmazon Roboticsのロボットへの取り組みを紹介した。ロボットの群制御もAWSの技術が支えている。

Amazon自身もAIを活用して自動化を推進

Amazon.comでの生成AI活用事例としては、多くの製品レビューのなかから信頼でき着目すべきユーザーレビューに基づいてAIが製品レビューのハイライトを生成したり、ラベルに基づいて製品特徴を示すアイコンをAIが生成したり、アイコンを選択すると関連レビューをまとめてくれたりする。

Amazon.comでの生成AI活用も進められている

Amazonのマーケットプレイスで商品を販売する出品者の作業負担を軽減するAIのサービスも開始している。ここでは生成画像も活用されており、出品者はワンクリックで適した背景を生成できる。リアルで魅力的な背景の画像を使った商品のクリックスルー率は4割増したという。

製品画像の背景にリアルな背景画像を加えることでクリック率が向上

AWSが実施したAIに関する意識調査によれば、78%の組織が2028年までに「AIを利用する」と答えた。北米ではこの数字は92%まで高くなる。分野としては財務、IT、ビジネスオペレーションや法務など幅広い。国内でもすでに多くの顧客がAWSを使って実業務での生成AIの本番利用を始めている。

今後、ほとんどの企業がAIを活用する意向がある

3つの生成AIスタック

AWSの生成AIスタックはインフラストラクチャ、アプリケーション開発、利用の3種類にわけられる

小林氏は、AWSの生成AIスタックはインフラストラクチャ、アプリケーション開発、利用の三種類に分類できると紹介し、それぞれのレイヤーの例を紹介した。

まずモデルの学習と推論のためのインフラストラクチャのレイヤーでは、サーバリソースや独自のアクセラレーターなどのコンピューティングリソースが提供されている。分散学習を可能にするネットワークやストレージの仕組みもある。

AWSは、NVIDIAと戦略的なパートナーシップの拡張を発表しており、最新GPUインスタンスを順次提供している。基盤レベルの技術提供により、2万個のGPUによるクラスタ提供が可能となっている。NVIDIA H100に加え、H200もすでにAWSで活用できる。

AWSはNVIDIAとの戦略的なパートナーシップの拡張を発表

AWSはカスタムシリコンへの独自開発投資も行なっている。大幅にコストを削減し、エネルギー効率も強化できているという。

推論向けの「AWS INFERENTIA」は、推論に必要なコストを最大40%削減できる。同等のECインスタンスと比較するとエネルギー効率が最大50%以上向上した。

学習向けの「AWS TRAINIUM」は、モデル学習コストを最大50%削減、エネルギー効率を最大25%向上できているという。モデル開発では何度も学習サイクルを回す必要があるので、コストパフォーマンスに優れたカスタムチップのニーズはあると語った。

学習と推論向けに独自半導体も開発。特にエネルギー効率に優れる

アプリケーション開発ツール「Amazon Bedrock」

生成AIモデルを活用してアプリケーションを開発するツール「Amazon Bedrock」

生成AIのモデルを活用してアプリケーションを開発するレイヤーには、開発ツールとして「Amazon Bedrock」が提供されている。顧客の既存の社内アプリケーションに生成AIを組み込んだアプリケーションを組み込みやすくする。

生成AIは様々なモデルが各社から提供されており能力も日進月歩で開発されているが、「Amazon Bedrock」では業務に最適なモデルを選択・活用することができ、ユーザーは自社データを使用し、セキュアかつプライベートな環境で、モデルの挙動を用途に応じてカスタマイズできる。

「責任あるAI」を支援する機能を実装したツールだとし、たとえば「出力にNGワードがあると弾く」といった機能がある。

最適な精度、コスト、レイテンシに合わせてAIモデルを選択可能

生成AI活用は、モデルの精度、コスト、レイテンシなどを開発用途に応じてバランスよく選択する必要がある。

「Amazon Bedrock」では、Amazonのほか、MetaやAnthropic、Stability.AIなど30を超える各社のモデルを選択して、カスタムできる。Bedrockが仲立ちすることで、モデルの呼び出し方もあまり意識しなくても良くなる。昨今、AIがコンピュータを操作する「Computer use」機能で注目されているAnthropicの「Claude 3.5 sonnet v2」も使うことができる。

AIモデル活用アプリケーション「Amazon Q」

活用アプリケーション「Amazon Q」

モデル活用アプリケーションのレイヤーでは、「Amazon Q」が紹介された。顧客個別のデータを使ったAIサポートを提供できる。日常業務のAIアシスタントのほか、AWSのマネジメントコンソールや統合開発環境との統合、データ分析ソリューションとの統合、コールセンターソリューションとの統合が可能だ。「Amazon Q」を使うことで、顧客あるいは従業員のUXが良くなるという。

日本国内でも様々な用途に使われているAWS

身近なサービスで活用されはじめている生成AI

小林氏は、「実務課題解決を目的とした生成AI活用が広がっている」と述べ、料理レシピ動画サービス「クラシル」、家計簿アプリ「おカネレコ」、インターネットメディア「note」、オンライン英会話「レアジョブ」、生協の宅配「パルシステム」、オンライン動画配信「Hulu」の番組企画などを例として挙げた。

レアジョブテクノロジーズではオンライン英会話のレッスンレポート作成をAIで自動化している。先生と生徒との会話に対するフィードバック・レポートをAIが作成する。それにより講師の業務削減が可能になった。Bedrockを使うことで、AWS上のインフラで完結できるサービス開発が、セキュアに行なえるようになったという。

オンライン英会話レアジョブテクノロジーズではレッスンレポート作成をAIで自動化

また社会課題の解決にむけた生成AI事例としては、医療現場での活用として保険証の読みとりに使っている「ファストドクター」、診察券の読み取りに活用している「コーテッグ」、カルテ作成補助の「Pleap」が紹介された。

介護現場ではケアプラン作成に「やさしい手」が、公共インフラ現場では自治体業務効率化「シフトプラス」、道路状況監視「岩崎電気」、災害監視「アーベルソフト」が紹介された。

医療や介護、公共インフラなど社会問題の解決に向けたAI事例

Pleapは医師と患者の会話からのカルテ入力サポートに生成AIを活用している。リアルタイムで候補文章が作成されることで業務が効率化され、従来は1割から2割程度しか残せなかった医師記録が、7割程度残せるようになった。Amazon SageMakerとBedrockを使うことでLLMを手軽に利用できたという。

Pleapはカルテ入力サポートにAIを活用

専門家業務を支援する生成AI事例には、アイ・アイ・エムのシステム運用・障害対応、Conoris Technologyのセキュリティチェックシート回答、JDSCの海運産業の専門的問い合わせ対応、特許の解析、ニュース記事作成、金融商品広告レビューが紹介された。

専門家業務も生成AIがサポート

パテント・リザルトでは、既存の特許の解説をするための要約や図表を生成AIで作成する機能を開発した。ユーザーが一つの特許情報を読み解き、理解するためにかかる時間を8割削減した。

パテント・リザルトでは特許を理解するための要約生成を行なうAIを開発

製造業ではi Smart TechnologiesによるAI現場監督、日立パワーソリューションズによる設備情報検索、金融業では三菱UFJ銀行は提案資料作成に、SBI新生銀行は法人営業活動記録作成に、JPX総研は投資家向け情報提供に使っている。商社でも三井物産は入札仕様書の解析に、丸紅は全社業務効率化に活用しているという。

製造業、金融機関、商社でも生成AI活用が進む

i Smart Technologiesでは生産現場のIoTデータを解釈するために生成AIを使っている。生産現場の機械から上がってくる動作状況などを解析させることで解析時間を7割削減した。

小林氏は「データは集めることが重要だが、ただ単に溜まっているだけでは価値を生み出さない。データを見て解釈し、推測する、すなわちインサイトを得るためには経験や専門知識が必要で、それをAIがサポートする。自然言語でデータの見方をサポートできる。専門家ではなくても現場で何が起きているかを理解して今まで気づかなかったことを事前に気づいてアクションが起こせるようになるかもしれない」と紹介した。

さらに同社ではデータ解析を請け負うビジネスも行なっているが、従業員数には限りがあるため、生成AIを活用することで効率化を図っているという。

i Smart Technologiesでは生産現場のIoTデータを解釈するために生成AIを活用

既存業務の効率化ではなくクリエイティブな側面に生成AIを活用する試みも行なわれている。紹介されたのはホームページ作成のペライチの事例で、同社はBedrockを使ってホームページを作るための叩き台の生成用に「ペライチクリエイトアシスタント」を5カ月で開発した。

ホームページを作るとき、発注者側はイメージを伝えるのに苦労することがある。そこを生成AIで助けるツールで、既存のページをもとに提案する。叩き台になるWebページやサンプルページを作る時間が10日から10分に短縮したという。

ペライチでは事業者のホームページ作成を助ける「ペライチクリエイトアシスタント」を開発

生成AI活用ユースケースや手軽に試せるツールも

小林氏は生成AIへの取り組みにおいて重要なことは「何を実現したいか」を考えることだと述べた。「生成AIは手段であって目的ではない。『こういうことができたらいい』ということをイメージしてもらうことが重要だ」という。そのためにAWSでは「生成AIコンテンツハブ」という目的別ユースケースを集約したポータルサイトを用意している。

ユースケースを集めた「生成AIコンテンツハブ」

また、「Generative AI Use caess JP(GenU)」は、ユースケース集付きの、すぐに生成AIを試せるツールだ。チャットや要約、翻訳などをWebインターフェイスから、モデルを切り替えて使うことができる。様々なモデルを簡単に試すことが可能だ。企業内部の情報に基づいて回答するRAGも試せる。実際に、これをカスタマイズして業務のなかで本番展開している顧客もいるという。

Webから簡単に生成AI業務活用をトライアル可能なツール「Generative AI Use caess JP(GenU)」

小林氏は「アイデアの実現をなるべく早くするよう助ける。課題感はあるが前へ進むのが難しい顧客に対して、参考になるユースケースのショウケースを示していきたい。顧客が不安に思っているポイントをなるべく理解して解を出すことも必要だと思っている」と語った。

生成AIそのものの開発も加速

2023年7月に立ち上げられた「AWS LLM開発支援プログラム」

生成AIの開発そのものも支援している。2023年7月にはAWS Japanとして「AWS LLM開発支援プログラム」を立ち上げた。計算リソースの確保の支援や技術支援、AWS利用クレジットの提供などを通して日本国内の企業や団体を支援するプログラムで、立ち上げから半年後の成果発表会までに17の企業・団体が参加した。

経済産業省の国内の生成AI開発力向上プロジェクト「GENIAC」も支援

また経済産業省とNEDOは、国内の生成AI開発力を向上させるための取り組みとして「GENIAC」を進めている。AWSも基盤モデル開発力の底上げに対して、第2期の計算リソース提供者として参加して支援している。20の採択企業・団体のうち、13がAWSを活用している。

参加者はバラエティに富んでおり、AIを使って薬を開発しようとしている会社もあれば、完全自動運転を目指す会社、アニメーション制作の現場をより効率的にしようとしている会社もある。

GENIACでAWSを活用してる13の企業・団体

小林氏は「単にモデルを作ることから一歩進んで、『こういった課題を解決したい』という取り組みが出てきていることは非常に面白い」と語った。

AWSはGPUやアクセラレーター、分散学習を効率的に行なえるSageMaker Hyperpodなどの計算資源提供のほか、技術支援では担当者が並走するかたちで高速なストレージ活用や環境構築を支援している。「第2期も初日から円滑な学習のために張り付きサポートを行なっている」という。

また、MetaやAnthropicなどの開発者を招いて、モデルを開発あるいは最適化するためのナレッジ習得の機会も提供している。

計算資源提供、技術支援、コミュニティにおいて支援を実施

2024年は、独自の新プログラムとして「AWS Japan 生成AI実用化推進プログラム」を始めた。生成AIでのプロダクトのイノベーションに挑戦する参加者向けで、10月31日現在で、60以上の会社が参加してプログラムを利用しており、現在、締切期間を延長している。

このプログラムでは公開モデルの改良、そして活用によるアプローチを支援対象としており、総額1,000万USドル規模のクレジットを投資してAWS利用料を軽減する。同時にパートナー企業とも連携し、AI活用を加速させている。

2024年には「AWS Japan 生成AI実用化推進プログラム」を開始

グローバルな取り組みとしては「AWS Generative AI Accelerator」を進めている。スタートアップを対象に全世界から80社を選定して取り組みで、日本からも橙(あかり)、Fotographer AI、Poeticsの3社が選定されている。

AWS Generative AI Acceleratorには日本から3社が選定

小林氏は最後に「良いことのためにAIを推進していく。肌感ではもやもやしている顧客が多い。生成AIに何ができて何が難しいかは認知されているが、ビジネス上の課題はたくさんある。課題を解決するために後押ししていきたい。今後もサービス開発事例が出てくると思うのでご期待いただきたい」と語った。

「良いことのためにAIを推進していく」とのこと

AWSの強みは中で閉じていること

AWSを使えば、AWSのなかで閉じてセキュアな仕組みを作ることができる。AWSの外には一切データが出ない。環境のなかで閉じて管理できる点は大きな強みだという。

また、生成AIはモデルだけは容易には成立しない。モデルが簡単に素早く動作するだけではなく、ウェブのインターフェースなども必ず必要となる。そのようなモデルとその外側のアプリ開発がより効率的に、コスパ高く進めていける点も強みだと語った。

なお、AWSは独自チップも開発しているが、あくまで選択肢の提案であり「顧客が何を重視するか次第だ」と語った。モデルについても同様で、特にAamzonのモデルを押すこともないという。なおモデルについて独自性能評価指標を示せる「Model Evaluation」も提供されている。これは顧客の評価軸によってわかりやすく示すためのものだと述べた。