VR Watch
3D VRディスプレイ「zSpace」を教育に。高校で実証実験
2017年12月28日 11:33
VRディスプレイ「zSpace」を活用
今回の授業は、日本の中高教育においてVRおよびARを導入した際の学習効果を見るという試みで、東京福祉大学 教育学部の柴田隆史准教授が主導。授業にはzSpace社のVRディスプレイ「zSpace」を使用しています。
zSpaceは、3D偏光グラスと液晶ディスプレイ、スタイラスペンからなるVRシステム。画面に映った3Dモデルや映像などのオブジェクトを3D偏光グラスで見ながら、スタイラスペンで操作することができます。3D偏光グラスにはヘッドトラッキング用のマーカーを備えており、装着した状態で頭の位置を動かすことで、3Dオブジェクトを「のぞき込む」ことが可能。
北米や欧州、中国など海外の教育機関で広く導入されており、日本においても大学などの研究用途で導入が進んでいますが、日本の中高では導入例がなく、今回の授業はzSpaceを実際の教育現場で活用する初めての試み。今回の実証実験で使われたモデルはPC内蔵型の「zSpace 300」。
津波のメカニズムをVRで学ぶ
実証実験の対象となった授業は、生徒自身でテーマを決め、そのテーマと周辺の事柄を1年間かけて学ぶ「探求」の授業。
取材したクラスでは、「津波」をメインのテーマに定めて学習に取り組んでおり、これまで、津波に関連する事象として「東日本大震災」や「災害ボランティア」などについて調べ、学んだといいます。
zSpaceを使う場面としては、地球の表面を覆う「プレート」と、地震が発生するメカニズムについて学習する中で、地球の構造をモデル化し、プレート単位で分離して観察できるコンテンツを用いていました。このとき使用していたアプリケーションは、3Dモデルに対して分解・組み立て操作を操作を行なうことで学習対象の構造を学べる「VIVED Science」。
生徒たちは、スマトラ沖地震やメキシコ地震など、過去に震災の起きた地域とプレートの位置関係を照らし合わせて地震とプレートの関係について調べ、結果をワークシートに記入し、グループごとに調べた結果わかったことをまとめて発表していました。
zSpaceを用いた授業は視覚的にわかりやすく、また、プレートごとに地球を「分解」できるなど、3Dモデルに対して能動的な操作が可能です。似たような効果は模型を使うことでも得られますが、3Dモデルの方がより自由度の高い操作ができ、精度の高い情報が得られる点、そして教材として模型を用意するより、コンディションの維持や保管場所の面でコストが低い点も特徴的です。
VRを適切に使用して学習理解を深める
今回の実証実験を主導した柴田准教授は、人間工学やメディア情報学などを専門分野とし、教育現場におけるICT機器の活用に関する研究に取り組んでいる研究者です。教育の現場においては、機器が発揮できる機能性の観点から、適切なメディアの使い分けが重要だと話しています。
「例えば学校のICT化が進んで、一人一台タブレット端末を使うことになったとしても、1コマ45分の授業の中で、ずっとタブレットを使うわけではないですよね。既存の教材やメディアも併用しながら、最も効果的なタイミングでタブレットを使うはずです。
VRもそれと同じで、メディアの特性を理解し、適切な使い方をすることで、より効果的に児童・生徒の学習理解を深める効果が期待できます。あるいは、従来の教材では出てこないような気付きや発見が出てくるのです。新しいメディアの価値はそこにあります」(柴田准教授)
今回の授業では、プレートやマントル、火山の構造など、基礎的な知識を先に解説し、それらを踏まえて、zSpaceを使った授業に進んでいました。柴田准教授は座学だけでなく、児童・生徒自身による「能動的な観察」や「発見」が学習効果を高めることに繋がると強調します。
「教材としては実物を見ることがベストですが、学習対象によってはそれが難しい。地球のプレートもそうですよね。今回の授業であれば、プレートの重なっているところが盛り上がって、でこぼこしている、というのを観察から発見し、自分の言葉で話すことによって、自分が今いる日本と、プレートの位置関係を理解することができました。ここで重要なのは、編集された映像をただ見るのではなく、自分で気になったところを見たり、時には発見することで、理解が深まるということです」(柴田准教授)
VRの活用に向く学習内容については、立体感や形状が重要な対象を表現するのに向いているとの見解を示しました。一例としては、埴輪や土器などの遺物や、遺跡の全体像、分子構造モデルなどを挙げています。
「過去に3D教材を作って、実際に人に見てもらったときによく訊かれたのは、『裏側や底面は見られないのか?』ということでした。写真を見ているときには訊かれないのに、3Dモデルにすることで『隠れているところも観察したい』という新たなニーズが出てきたのです。VRならば、その要求に応えることができます。オーソドックスなものでいえば、分子構造モデルもそうですよね。分子同士の繋がりや位置関係は、立体で見てこそ理解ができるものです。
ただ、物によっては触覚が大事なものもあるように、VRは既存の模型を完全に置き換えるものではありません。今日使った『VIVE Science』のコンテンツは、作り方次第ではマントルの構造とかまで作り込むこともできますが、今回はそこまでのものは用意していませんし、アプリケーション自体にも、メモを書き込める機能などが付いていますが使っていません。これは模型では実現しにくい部分の機能性ではありますが、あくまでも実際の授業の中で、メディアの特性が最も活かせるタイミングで使ったからこそ、今回の形で使うことにしたのです」(柴田准教授)
今日の教育現場ではタブレット端末などの活用も始まっていますが、VRデバイスの採用は進んでいません。こうした状況の中、教育現場にVRを普及させるために必要な取り組みは、どういったことなのでしょうか。
「教育現場でVRを使うことで、従来から存在するほかのデジタル教材や、あるいは紙の教科書と、機能性の面でどのような違いがあり、利点があるのか。その価値を明確にすることが重要です。
実際に教育に従事するのは学校の先生なので、先生が技術や機材について理解し、教材を開発して、自分の授業の中で使えるようにならなければなりません。今回も担当の先生と何度も打ち合わせをして、授業の流れをどう構成するか、担当の先生と何度も話し合って、『学習指導案』を作り込み、今回の実証実験に踏み切っています
VRのような新しいテクノロジーが『どう使えるのか』をご理解いただいた上でないと、現実的には効果的な運用が難しいので、そのために、我々のような研究者が、これまでにないような効果が見込めることを示す必要があるというのが課題です。今後はその環境も整えたいと思っています。
でも、今すぐzSpaceのようなものを使うべきだとも考えていなくて、技術の扱いやすさやコストなど様々な面で、適切な状況になってから『教育でも使える』ことを進めるような取り組みも進めていきたいのです。ちょうどタブレットはそのフェーズにきていますね」(柴准田教授)
今回の授業を担当した同校のドゥラゴ英理花教諭にも、VRを使った授業についての所感を聞いてみました。
「VR教材を授業に導入した目的には、教材として使ったVRの学習効果を見たいという点はもちろんですが、地球の構造や地震が起こるメカニズムを知ることで、子どもたちに『津波という事象』についてもっと深く知ってもらいたいという思いがありました。
今回は柴田先生からのお声掛けもあって、zSpaceを授業で使う機会を得ることができました。zSpaceで使用したソフトは、今教えている内容に合致する内容でしたし、実際に授業でzSpaceを使ってみると、生徒たちの食いつきもよく、アクティブ・ラーニングの観点からみても高い学習効果が認められたと思います」(ドゥラゴ教諭)
今後については、生徒の問題解決力を伸ばす方向性で、VRだけでなく、プログラミングやデザイン思考などを取り入れた、座学よりは実習寄りのグループ学習をしていきたいとのこと。同校では2018年度から、タブレット端末を使った連絡事項の周知や、配布物の頒布などを実施していく見込みです。